3-34.スタンピード4日目(2)
アルス君を救出し、意識を確認した。多少川の水を飲んでしまったのと、攻撃を受けたらしいが、応答がはっきりしているので大丈夫だろう。そう考えて、川を振り返った時、眩い光とともに一匹目の水竜が現れた。
そして、すぐさま戦闘態勢に構えようとした瞬間に、もう一頭進化した。
「どういうことですか?」
「う~ん。どうしてだろうね?」
川に落ちたアルス君を助けられたのは良かったが、目の前には2匹の水竜。
横にやってきたスペル様に確認をするも、スペル様もわかっていないらしい。
「わからないが、倒せばいい。兄君、いこう」
「はいはい、じゃあ行ってくるね」
二人は全く慌てる様子もなく、むしろ当然のように水竜の方へと駆け出していく。
進化した場所は、アルス君が落ちた場所に近い……岸からは200mは先、ダムの方からは20メートルくらいの場所。
接近戦では難しいのでは? ……と思ったが、たたたっとダムを駆け、水竜に一番近いところから技を繰り出し、一撃で沈めた。
圧巻の一撃だった。
二人とも、武器にSPを込めていた。兄さんや私が込めるよりももっと多い。
武器に1,2センチSPを纏わせている私達と違い、10センチ以上は纏わせて、そのまま振りかぶりながら技を出すと、纏わせた淡い光が斬撃となって飛び、水竜の頭がポロリと落ちて、動かなくなった。
兄さんがいないのがすごく悔やまれる。見れば、すごく参考になったと思う。
レベルは近づいたつもりだったけど、技術が全然違った。走りながら武器にSPを貯めていたのだとは思うけど、一瞬で、圧倒的だった。
「ちょっと、死体回収してくるよ」
足場を使い、大きなフックに死体を引っ掛けながら、回収してきたけど……。手慣れてるけど……なんだろう。
足場になる場所を増やしておいたけど、これ、足りなくない?
意外とゴリラ……いや、筋肉のある双子は、5メートルもある水竜を一人で運んでいるけど……私はあれを回収できる気はしない。でも、貴重な素材だから回収しないとかはできない。
しかも、先ほど、川の中を無理やり走った時にも、ユニコキュプリーノスに邪魔されたし……あれで油断して川に落ちたら大惨事……。
「クレインさん……すみませんでした」
「アルス君、けがはない? 風邪ひいちゃうから、着替えた方がいいね」
びしょ濡れのアルス君に手拭いサイズの布を渡し、野営しているテントで着替えるように伝える。
とりあえず、びしょびしょになってしまった防具については、乾かそう。
魔法で乾かしたいとこだけど……ちらっと視線を送るとにこにこと笑顔が返ってきたので、風通りの良い場所に置いて乾かすことにした。
「えっと、ありがとうございます?」
「うん。気にしないでいいよ。僕らはそのためにいるんだから。ちょっと予定が早まっただけだよ」
水竜を倒して、死体を回収した後はのほほんと腰を掛けているスペル様にどう対応していいかがわからない。
「うむ。様子を見たが、先ほどの件で刺激を与えてしまったのか、一部は今にも進化しそうだ。予定外ではあるが、気を引き締めてくれ」
「彼が落ちたときに攻撃とみなしたとか、刺激を与えてしまったね。他のも進化する可能性があるけど……あのケルピーは何処に行ったかな」
「痺れてる仔馬を咥えて、母馬ともう一匹は去りましたけど……みんなには気を付けるように伝えておきます」
「ああ。ここからは警戒してくれ」
「はい、ありがとうございました」
私がシュトルツ様に頭を下げると、レウス達も姿勢を正して、次々に謝罪をした。
慣れてきて、緊張感がなくなっている中で、他の魔物の出現でばたばたしてしまった……。私も大丈夫だろうと兄さんにお使いを頼んでしまっているので、明らかな判断ミスだった。
魔物と戦えなくて飽きていたとか、ケルピーも敵対というよりはこちらに興味を持っていて……雷壁に触れて怒って、蹴り飛ばした……こっちが油断していたのは自覚している。
3人とも、正座してちゃんと聞く体制になっている。
「うん。まず、まだ任務中なので、きちんとお仕事をしよう。日暮れまで、ちゃんと警戒して対応するようにね。その、夜営もだけど、命に関わることでもあるから……それと、進化する可能性が出てきたから、遊び気分だと死ぬこともあるからね?」
冒険者として生きる場合に、緊張感の無さは致命的だとお説教をしておく。特に、レウスには今後も冒険者をするつもりであるなら、ちゃんと考えるようにと忠告する。
私の方が色々と調べて、下準備もしてしまっているから……指示ばかりで自分たちで考えさせたりしてなかった。とりあえず、今からでも考えさせよう。
「じゃあ、さっきのヒュドールオピスと自分ならどう戦うのか、倒せるのかを考えておいてね。今日は余裕があるから私達が戦うことは無くても、明日は大量のヒュドールオピスと戦うことになるかもしれない」
「……大丈夫なのか?」
「ナーガ! 今更、ダメって言われても帰らないよ! ちゃんと考えればいいんでしょ?」
「うん。川の中で進化した場合、こちらから攻撃手段は限られる。接近戦が出来ない可能性も含めて考えてね」
私も考えないといけない。
予想外の強さ、というわけではない。
ヒュドールオピスは、A級に分類されている魔物。ただし、あくまでも海上で戦うときにA級であり、今回みたいなスタンピードでは進化したばかりということもあり、その強さは一段落ちる……らしい。
レオニスさんは進化したばかりのヒュドールオピスとしか戦ったことはないという。B級くらいの防御・攻撃力しかないという。鱗が硬くなってくるので、数時間以内に倒せないならそのまま逃がした方が良い……とは聞いている。
進化してしばらくの間……おそらく数時間程度は、強力な水や毒を噴射して攻撃することはないらしい。長い体での薙ぎ払いや、突進、噛みつき、丸呑みという単純な攻撃をしてくる間に倒すと聞いている。
あの水竜と戦うことは出来るステータスは全員ある。ただし、水上で戦うことはできないので、不利ではある。
「何を考えこんでるんだ?」
「あ、兄さん。おかえり……ちょっとトラブルがあってね。すでに2体進化しちゃって……もしかしたら、この後も進化するかも?」
「けがは?」
「アルス君がちょっと川の水飲んじゃったり、擦り傷とか? 突進によるダメージも多少……あ、ユニコの方ね! ヒュドールオピスと戦った被害は一切なし、お二方があっさり倒したよ」
倒し方については、さくっと説明した。ついでに、私の見立ても含めて、現在のレベルであれば基本的には平気。ただし、川に落ちるなど相手の主戦場、こちらにとって不利な場所となった場合には危険。
「で、君の見立てでは、一段上と予想される希少種の方とは戦えそうか?」
「普通の場合であっても、川側での戦いは遠距離攻撃がないとつらいかな。まあ、足場があれば戦えると思うし、やり方次第ではあるけどね。できれば、ため池側をさっさと兄さんとナーガ君で倒してしまった方が良いかな。何だかんだと、ため池側にも数百のユニコがいるから……数を考慮すると、双子のどちらかにも一緒にいてもらった方がいいかもしれないけど…………ただ、大丈夫そうな割にはなんか……」
不安が消えない。
見落としがある……なにか、気になっているのに、答えがでない。
直感、なのかな? 自分の命の危険に関しては、感じ取れていると思うのだけど……仲間まで広げることが出来ていない。それでも、感じ取ろうとしていて、この感覚なのだろうか?
「ふむ……戦闘能力には問題がないのに、何か引っかかるか。君の能力、鍛え方次第では仲間にも発動する可能性があるみたいだな」
「そうだといいんだけど……」
「まあ、現状はわかった。君は取ってきた素材の確認をしてくれ」
「あ、ありがとう」
兄さんから渡された素材は頼んでた物以外にも、結構な種類があった。珍しい物も取ってきてくれたらしい。
一つ一つ確認していると、兄さんが嬉しそうな声で発言した。
「おっ……本当に進化したな」
「え?」
振り返ると川にて、3体目のヒュドールオピスが出現し、あっさりとシュトルツ様が倒していた。
「なるほど……確かに、先手必勝なら何とかなりそうだな」
「うん。兄さんの攻撃力ならね。レウスとアルス君はどこまで出来るかはわからないけど……足場を作れば戦えそうとは思ってるけどね」
「俺らもため池側を全滅させたら、あっちで戦うんだろう。もう少し大きく島を点在させるのがいいんじゃないか?」
「島ね……今の足場より大きく……やってみる」
「君の魔法に頼りきりですまんとは思うが」
「気にしないで。それが役割だからね」
なるほど。
川に足場を作るのは考えていたけど、島のように点在させるのは有り? いやでも、島から島への移動をどうするつもりなんだろう?
「まあ、弓でこちらに引き付けることも出来るだろう。そもそも、ヒュドールオピスについては、あいつらに任せてもいいはずだしな」
「う~ん、まあ、そうなんだけどね」
兄さんが双子と話をしてくるということで、去っていくと入れ違いに、レウスとアルス君がやってきた。
「クレイン。考えたよ」
「ナーガ君は?」
「一緒に考えたんだけど、ナーガはほら……グラノスさんとクレインと一緒でしょ? 俺とアルスで組んだ方がいいじゃん」
「その予定だけど……いいの?」
「いいも何もなくない? 役割違うんだし、ナーガ本人の望みでもあるんだから」
「そっか。それで、どうすることにしたの?」
「アルスが岸で槍で戦う。俺は囮や攪乱のために、足場を移動したりしようかなと思ってる」
レウスが断言したので、アルス君に視線を送るとこくりと頷きが返ってきた。普段は少しおどおどしているところはあるが、瞳に迷いが無いようだから、ちゃんと話し合って決めたらしい。
双子のように一撃で倒せるほどの火力はないが、囮や攪乱のための動きをしてもらいながら、攻撃することも必要だし、足場があるところなら大丈夫なはず。
「一応聞くけど、なんで、アルス君?」
「俺は双剣使いだから、一撃は軽い。素早さはそれなりにあるし、防御もアルスより高いから囮に向いてる。アルスは槍術もあるし、攻撃力も俺より上。あと、俺の場合、〈跳躍〉使ってダムの方からジャンプしても攻撃が届きそうかなって」
確かに、レウスの跳躍力は通常の倍くらいあるから……でも、飛んで攻撃した後川に落ちるよね、それ……。
まあ、作戦としては……決して悪いわけじゃないんだけどさ。身軽だから、飛び跳ねて、翻弄するっていうのは、レウスには合っている。
「川にいくつか島を作るから、レウスはそこに飛び乗って、陸地で戦うように。川に落ちたら救出が大変だから、直接、飛び乗るようなことは避けて、ちゃんと地に足つけて攻撃するように」
「はーい」
「アルス君も、それでいい?」
「えっと……できれば、休憩は欲しいかなって思うんだけど……ずっと戦うのは大変だから」
「うん。休憩は必要だと思うから、適宜、そこは交代するよ。ただ、明日はバイコキュプリーノスを進化させて、討伐する間については、アルス君がすることになると思う」
「……僕に出来ると思う?」
「不安になるのもわかるけど、やってみてごらん? レベルは上がってるから、一撃死とかはないよ。川に落ちると危険だけどね。その時はすぐに私を呼びに来てね。戦力としては、シュトルツ様が倒すことになってるから無理だと思ったら引いていい。ただ、全く戦わないという選択肢はない。そのために残ると決めたのはアルス君だからね?」
残ったのだから、戦わせる。
戦いから逃げることは許さないと伝えると、ぐっと拳を握って頷いた。ちゃんと覚悟はあるらしい。
「うん……そうだよね。やってみて、ダメなら他を考えればいいんだ」
「あと、できれば、レウスが考え無しの行動したら止めることはして欲しいかな。さすがに、飛び乗って攻撃とか、反撃受けて川に落ちるからね。無謀は止める、もしくはすぐに報告して。私と兄さんで止めるから」
「う、うん。僕、頑張るから!」
「うん。期待してるよ、アルス君」
シュトルツ様に視線を送ると、「次に進化があれば連携してみよう」と言ってくれたので、任せたが……その日はそれ以上、進化することはなかった。
どちらにしろ、かなり念入りに準備しているのに、消えない焦燥感。
明日が正念場。




