3-31.スタンピード2日目夜
本日の狩りの結果は、昨日の倍以上……むしろ、今日だけで10,000匹近い狩猟数だが、まだそれなりに数がいる。どう考えても、最初に聞いた予測と数があってない。
「聞いていた数と違うんですけど……」
「そうだね~」
「うむ。普段は下流でも狩られているからだろうな。この数は予想外……しかし、半数は狩れているだろう。ラズへの連絡は不要だな。明日からは狩猟方法が変わるが、問題は無いだろう」
明日辺りから、魚は飛び跳ねてくるらしい。
なので、網の部分で死体が引っかかっていてもそれを飛び越えてくる。今日みたいに死体を退けて新しく入ってこれるようにしなくても新しい魚が追加されていく。
そして、ダムの上に待機して飛んでくる魚を叩き落とす必要があるらしい。
「危険性はあるのか?」
兄さんの質問に双子は大きく頷いた。危険性が出てくるのか……まあ、レベルがだいぶ上がっているので、当初よりは全然平気な気もするのだけど。
「そのままの勢いでぶつかると危険だよ~」
「横から弓矢で射る方が危険はないが、慣れない武器を使うよりは自分の武器で対応した方がよいだろう。多少逃がしてしまっても、次の領地に入ったところで、同じような段差が用意されていて、他の冒険者が控えているはずだ」
飛び跳ねて、ダムの上に行こうとするだけでなく、川岸にいる私達にタックルしてくることもあるらしい。
そして、ここが最終地点で全て狩りつくすのではなく、あくまでも最初の狩場であるから逃がしても良いのか。
逃がしてしまって、ダムの上からこちらに攻撃を仕掛けられると危険そう。
「でもさ、次に行くまでに進化しちゃったらどうするの?」
「それはおそらくない。何らかの刺激がないと進化のきっかけがないからな。飛び越えたあと、すぐに進化しないなら放置で大丈夫だ」
レウスの問にあっさりと否定が入る。
刺激がないと進化しない……でも、2メートルのダム越えたら進化することある。割とゆるゆるでは?
「聞いてもいいですか?」
「うむ。なんだろうか?」
「ダムの部分に罠や魔法を仕掛けて、越えられない様にするのはどうですか?」
「罠は壊されるだろうな。3日目からはかなり身体能力も強化されているので、罠で壁を作っておいても何百体が代わる代わる体当たりをすれば、いずれ破壊される。そうすると、逆に罠が邪魔になり、こちらの動きが阻害され、相手は動きやすくなってしまう」
罠は壊されたら邪魔になる。
じゃあ、魔法で壁を用意するのがいいかな。邪魔にならないのを考慮すると、土壁ではないし……弱点も考慮して、雷壁を張るのがいいかな?
「魔法であれば構わないです?」
「構わないよ~」
「なら、私が、雷壁〈サンダーウォール〉をダムの上、1mの高さで張ります。ダム下についてはクロウに任せていい?」
「ああ。任せて欲しくないがなぁ」
MP切れになると体が怠くて、辛いからね。
クロウは昨日と今日でそれなりにポーション飲んでいる。ポーション中毒にはなってないと思うけど、とりあえず、状態異常回復〈リフレッシュ〉をかけておく。
これで、少しは楽になったはず……これが続くと良くないけど、クロウは明日で終わりなので、なんとかなるだろう。
「打合せが終わったなら、食事だ。ほら、食べるぞ」
兄さんが全員に御椀を渡す。魚の身をつみれにした味噌汁だった。
他に、魚のタタキや焼き魚に味噌煮、フライもある。魚尽くしのメニューだった。
「兄さん、これって……」
「ユニコキュプリーノスの刺身と焼き物、ついでに汁物だな……どうせこの機会逃したら5年は食べられないだろう?」
「あ、うん……そうだね」
魔物肉でも食べる世界だから、別に問題はないのだけど……。
魚……この世界では食べてなかったな。兄さん達は湖で釣った魚を食べたと聞いているけど。
「これは生でも大丈夫なのか?」
「ああ。毒性はないし、肝は使ってない。鑑定して問題はなかったな。生だが、軽くあぶっている。食べても問題は無い。まあ、無理して君達が食べる必要はないがな」
双子は興味津々だけど、生であることを心配している。私たちは気にせず食べさせてもらう。
モモとシマオウも普通に食べている。キャロとロットは、魚は食べないようなので、適当に採取した草を食べさせている。
ここら辺は百々草ではない雑草が生えているので、是非、こっちもゆっくり調べたい。でも、食いつきが百々草の方が良いので、素材としては微妙な可能性もあるのかな。
「……うまい」
「美味しいね~」
兄さんが作った料理は、美味しかった。刺身を醤油で食べられないのがちょっと不満だが、薬味と塩で食べても美味しい。
キュプリーノスの身はカツオに近いっぽい。味噌汁も出汁が出てるけど……どうやったんだろう?
「骨と魚の皮の部分を焼いて、出汁をとった。もっと味を出したいなら、身を焼いて乾燥させてみるか?」
なるほど……大量にあるし、鰹節もどきを作るのもいいかもしれない。
海が遠いから海藻とかも手に入らないし……大量にあるから、試してみるのも良さそう。
「ちょっとやってみようかな」
「何を思いついたか知らないが、食べ終わってからにしろ」
「うん。兄さんが捌いた残りを使ってもいい?」
「ああ」
呆れた顔をしている兄さんに返事をして、食事を再開する。
一人でこの人数分を作ったのかと思ったが、ちゃんとレウスとアルス君が手伝っていたらしい。
ため池の方には問題がないので早めに切り上げていたらしい。
「うんうん、美味しいね~。これはどうやって作るのかな?」
「お師匠さんの研究結果で偶然の副産物だな。温度管理が難しいんで、売り出すのは不可能だな。……湿度や温度については、クレインが魔法で調整できるからな」
「いや、それは……」
「ふむ。パメラ薬師の一子相伝の秘薬というわけだな! 美味いぞ」
いや、味噌が一子相伝とは言ってないけどね。
師匠から受け継いだものを勝手に作ったことになっている。空気を読んで、会話をしないレウス達には感謝する。
「味噌汁美味しい」とか言った途端に、色々まずいよね。
若干、呆れたように私と兄さんを見ているナーガ君に笑顔を返しておくが、ため息で返されてしまった。
そして、食べ終わった後、早速試してみる。
鰹節くらいの大きさに魚をさばいて、適当に櫛を刺して、火で炙ってから、乾燥〈ドライ〉を使って、鰹節っぽいものが何本かできた。
「これで……」
ナイフで鰹節? を削ってみるが……薄く削るのが難しい。だいぶ分厚い形になってしまったが、水を沸騰させた鍋を下ろして、削った鰹節もどきを入れて、出汁をとってみるが……。
「結構、良い感じ?」
「……だな」
めずらしく、ナーガ君もこくこくと頷いている。最近、ちょっと減りつつあった食関連の信頼が回復したかもしれない。
これは上手くいったんじゃないだろうか?
「満足したなら、さっさと準備してきた方がいいんじゃないか? 足場を作るための資材、木を切り倒して作るんだろう?」
「兄さん……うん。じゃあ、行ってくる」
「クロウ。手伝ってやってくれるか」
「やれやれ、人使いが荒いなぁ」
とりあえず、兄さんに疑似鰹節の作成は任せることにして、さっさと足場作成の準備に係ろう。とりあえず、助手としてクロウが指名されていたので、一緒に連れていく。
適当で構わないので木々を伐採して、足場用の資材を作成していく。
「MPは大丈夫だよね?」
「ああ。魔法を撃ってるだけでレベルがかなり上がったからな……しかし、いいのかねぇ?」
「たぶん、明日は打ち止めになるんじゃないかな。私は昼頃にレベル55になってから経験値入ってないから」
「俺も、もう50を超えているからなぁ」
倒した人が一番経験値貰えるので……私は今日の昼間にはレベル55になって、そこからは経験値が入っていない。
他のメンバーもなんだかんだとレベルは50近いし……だいぶ強さは安定した。このペースなら5日目までには全員が50を超える……代償もあるけど。
「二人は明日までで、ラズ様への報告お願いしていい?」
「まあ、その予定だったしなぁ。足場を用意ってことは、進化させる方針になったのか……大丈夫なのか?」
「うん……ついでに報告してもらわないといけない事も聞いたから、よろしく。進化については戦えるように足場を用意すればいけると思う」
そう言いながら、宝石に魔力を込めて、会話を聞かせないための結界を発生させた。
「ティガ対策か……」
「どうしても、聞かせてはまずい話もあるからね。魔法唱えるとわかっちゃうから……」
知ってしまったら……いけない事ってあると思う。
彼がそのことを不快に思う可能性もあるけれど。本来、知らないはずの話を盗み聞きしている時点で、こちらを責められないはず。
「まあ、川の音で聞けないってことにでもしとけばいいだろう。……レウス達は?」
「う~ん。レベル上がって強くなってるから、大丈夫……と言いたいんだけどね」
「勘か?」
「……私のユニークスキルが〈直感〉なのはわかってるでしょ? 多分、それだと思うけど……自分のこと、しかも、直近の死に関してしか発動しない」
「まあ、はっきりとしないってことだなぁ」
「そういうこと……だいたい、そっちだって思ったほど使い勝手がいいものでもないでしょ」
「こっちは常時発動型だからな。俺がより詳しく調べようとすれば、さらにMPやらSPを使うこともある。まあ、あんたが使ってる〈鑑定〉やら〈解析〉やらもようやく使えるようになってきたが……そっちを使わなくても、性能が段違いだからな」
「それは、ちょっと羨ましいけどね」
クロウのは、常時発動型でもかなり使いやすそうだけど……知らなくていいことを知るという点ではこっちも同じか。
「しかし……実力差がはっきりしてきたな」
「……レベルだけでは、ね……」
急激なレベルアップの代償として、魔法・技能・アビリティをあまり覚えていない。
私もここ2日で雷魔法と土魔法、解析くらいしか上がってない。使ってないと熟練度が上がらないという点では……レベルアップだけするのは、一長一短なところがある。
キノコの森ダンジョンと違って、単調な作業の繰り返しというのもいけないのだと思うけど。
「それでも、この世界の人間よりは格段に高いステータスだがな」
「そもそも、ユニークスキルって覚える人は一段目でもわずかしかいない。レベル70以上にならないと覚えないとか、そういう話があるみたい。最初から覚えているだけで異常なんだよね」
「難儀だなぁ……気付いてるか? 俺らのステータスがどんどん離れてることに」
「……うん、そんな感じはしてた」
私や兄さんに比べ、ナーガ君はアビリティを覚える数が少なかった。それでも、必要な部分は上がっていたから、気にはならなかったけど……。
アビリティの数が少ない、ティガさん、レウス、アルス君との差が明確になってきた。クロウはそもそも魔導士系で上がり方が違うのと……風や雷魔法に、MP不足やら魔力操作など、私が覚えてる魔法系アビリティに鑑定などの見破るスキルも取得し始めているので、魔法系としては優秀だろう。
当初、魔法系の私よりもレウスやティガさんの方がDEFは上がるだろうと思っていたが、実際にそこまで差が出来ていない。
ハーフであるティガさんとレウスは初期からステータスが高くこのまま上がっていくなら……と考えていたが、アビリティが増えていないことで、爆発的な伸びをすることはなかった。
理由は、盾術とか耐性系を使ってないので、上がっていかないとかだろう……もっているアビリティの数の違いがステータスの違いになっている。
「仲間内で揉めたいわけじゃないのに……不公平感が出るのが目に見えている」
「言い出したらキリがない事だろうがなぁ。俺の目から見れば、あんたのアビリティの数が異常だけどな。数も多いがアビリティのレベルが高すぎる……理由はあんたのDEX値とLUK値を見れば何となくわかるがな。この2つの値が影響しているだろう。俺とグラノスのDEX値も高いせいか、他の連中よりはアビリティを覚えやすいがな」
同じことを同じ様にやったなら、DEX値が高い方が熟練度が上がる。それは師匠から聞いていた。熟練度が上がれば、アビリティを覚える。LUK……運要素も関係すると聞いていた。
しかし……運が良いとは思えないくらい、騒動に巻き込まれていると思うんだけどな。
「あんたは運も高いが、悪運も同様に高いんじゃないか? 随分と巻き込まれ体質だと思うぞ……そのユニークスキルで嗅ぎ取ってしまうせいかもしれないがな」
「よく見てるね」
「そうだなぁ……おっさんとしては、巻き込まれてばかりでは体がもたん。勘弁してほしいんだがなぁ」
「わかってる。クロウの能力を活かすなら、冒険者じゃない……それに、戦うことも嫌いでしょ」
「聞いてどうする? あんたの悪運に付き合うなら、今後も安全にはならないだろう」
「そう、だね……」
私の悪運のせい? この世界自体が、わりと異邦人に厳しい世界だからだと思うのだけど……それでも、出来る限り、安全になるようにしているつもりなんだけどな。
「あんたが気にすることじゃない。あのラズという貴族の意図はわかる。俺らとあんたらを同じように扱う気はない。強すぎるのはあんたらだけでいい。他はそこまで強くさせない。この依頼に参加しなければ、レベル差が生じていた。冒険者の等級やら、活動範囲にも差が生じただろう。こっちに参加した結果、ステータスに差が生じた……最初から、どちらかの不利益が仕組まれていたんだろうなぁ」
「……ごめん」
「あんたが悪いわけじゃないだろう……だが、まあ、どうなるかねぇ。ティガは不満そうだ」
同じには扱わない。明確に区別されている。
でも、最初から言われていたことでもある。ナーガ君と兄さんまでは私と同じように扱うが、彼らは保障しないと。
クロウは他の人達よりも早く、正確に気付いている。ステータスがしっかりと見えるから……それでも不満は漏らさないでいてくれている。
「俺らが考えることで、あんたが悩むことじゃない。別れが来ても、笑顔で送り出すのがいい女の条件だ」
「なにそれ? だいたい、他人事みたいな言い方だね?」
「他人事だからな。ティガも俺もレウスも、アルスもだが……自分で道を選ぶべきだろう? 俺はあんたの奴隷となり、助手になることを選び、婆様の弟子にもなった。冒険者でなくてもいい」
「え? ああ、まあ、そうだね?」
「俺は俺の道を行く。あいつらがどんな結論をだしてもなぁ。……あんたの側はそれなりに居心地はいい、見られていても咎めることがない。それだけでも気が楽になる……見える事で救える確率が少しでも上がるなら、薬師の立場も悪くないしなぁ」
兄さんが急に推薦して、薬師になるように強制した割には、気に入ってたらしい。
自分自身で上手く使いこなせないユニークスキルか。
クロウはクロウで、見えていることに悩んでいたのかもしれない。
でも、私はちょくちょくデリカシーを持てといっているはずだけどな。
まあ、クロウに視られることより、ティガさんに聴かれている方を気にしている時点で……駄目な気もする。
「……ちょっと考えるけど……ひどい結論だしたらどうする?」
「どうもしないなぁ……俺は俺、あんたはあんただ。考え方が合わないのは今更だしな…………ギクシャクした状態で宙ぶらりんの方がごめんだ。だいたい、俺やティガの年齢じゃ、今更、自分を変えることも難しい。若者のように一から友人関係を作ろうとする気概もないしな」
ティガさんの口数が減っているのは間違いないのだけど……ゆっくり話をする時間もない。クロウと組んで向こう岸に行っていたが、特に話をしたりはしていないらしい。
「……クロウより上だっけ?」
「40代も50代も、似たようなものだろ。ナーガとレウスの年齢差と同じでもな」
「……足並みそろわないかな?」
「難しいだろうなぁ」
いい歳した大人だから、意見が合わなくても、なあなあでやり過ごすことも出来そうだけど……こんな世界に来て、しがらみに囚われるくらいなら、別れて好きな事した方がいい気もする……。
「……わかった」
さっさと私が決めるべきだろう。
私が甘いことを考えて、ずるずると引き伸ばしにしてしまった。
「それで……わざわざグラノスが俺を一緒に行かせた理由は、そんなことを確認するためじゃないんだろう?」
「あ、うん……この毒、解析できる?」
「なるほど。少し時間をもらうぞ」
「……聞かないの?」
「俺は途中で帰るんだろう? 巻き込んでくれるな……知らん方がいいんだろう?」
「ごめん。ありがとう……ちゃんと報酬の一部はきちんと分けるから」
「……報酬貰ったら、黙ってろってことか?」
「うん。この毒の成分とか、極秘事項になるだろうし……私も終わったら処分する」
途中でクロウ達が帰るように判断して、ちゃんと説明をしていないのは私だけど、一部でも関わるならちゃんと決めておかないとだろう。
この成分について、私ではわからないのだから、クロウでないと出来ないところはちゃんと報酬払う。
しかし……。
人間関係はやっぱり……難しい。兄さん達が甘やかしてくれるから、出来ているつもりだっただけで、早々に不和が起きている。
……それでも、ちゃんと今後をどうするか、決めないといけない。




