3-27.スタンピード0日目 大河
王弟殿下が治める土地は王国の中でも、特殊な位置にある。
広さもあるが、北側から東にかけて国境山脈があり、西側に流れる川が大きく右に曲がり南に流れる大河に合流する。山脈と大河に囲まれているため、攻めにくく、天然の要塞にもなり得る。
他の貴族が治める土地の数倍の広さもあり、この領地の生産力だけでも十分すぎる事から、王国からの独立も可能な土地……国王との仲は悪くないらしいけど、派閥の対立は大きい。
西側には川を隔ててヴァルト伯爵家。その川がさらに他の川と合流して大河となって流れる南側にはクヴェレ侯爵家。どちらも国王派に属す家で、このどちらかを通らないと他家と交流は出来ない……ことになっているだけで、ラズ様との様子を見ると王弟家を封じ込める気も無さそう。
クヴェレ侯爵家の双子兄弟は、ラズ様とは仲が良いようだった。双子の話では、今回と同様のスタンピードに参加することは、今回で3回目らしい。
しかも、前回のスタンピード後に後継ぎを外されてからは領内で冒険者まがいのことをしていたらしく、武闘派とのこと。
「ラズは逆だけどね。昔は出奔して冒険者だったけど、今は貴族に戻った……まあ、元から後継ぎではないけどね」
「うむ。あの件が無ければ冒険者でいたかったのだろうな。よく頑張っている」
どうなんだろう。何があったかは知らないけれど……ラズ様はあの町を好きなことは確かだろう。ちゃんと統治しているかは……まあ、やることやってるけど、取りこぼしがあるかな。私が言えることではないけど。
それなりに準備万端、なのに、いまだに消えない不安。
何かを見落としているような気がするのだけど、それがわからない。
出発。
大きな馬車に乗って移動するが、馬車に乗っているのは、私と兄さんと侯爵家の双子だけ。
他のメンバーはキャロやロット、シマオウで後ろから付いてきている。
ナーガ君は馬車でも良かったっぽいけど、ナーガ君の従魔なので、ナーガ君がいた方が良いということで、馬車には乗らなかった。
移動に3日かかっているので、流石に飽きてきたけど……それでも、なんとか大河にたどり着いた。
「広い! ねぇ、泳いでもいい!?」
「……魔物が出るだろ」
レウスの言葉に、ナーガ君が呆れたように止めている。
「広い川なのに意外と流れが速いな」
「あの、あっちに支流もあるみたいだよ」
アルス君と兄さんまで混じって、年少組と大河を眺めている。領地の境目を流れる大河って聞いていたけど、納得。この川幅では、渡るのも大変だろう。
この先に人工的に段差を付けたダムのような場所があるらしい。そこを登ろうとする魚を魔法で倒すのが効率的らしい。だが、川幅が500mあるらしい。川の深さは場所によりけりだけど、場所によっては10mあるとか。
どうやって魔法を全体に……多少は広がるにしても、全体に届かせるのは大変そう。それに目的の魔物だけでなく、他の生態系にも影響が及んでしまうので戸惑う。
「もっと狭い場所だと考えてたんだがな」
「川の合流前であればそういう場所もあるが、上流に行くほど、ユニコキュプリーノスより進化して危険な可能性が出てくるからな。ここら辺で固まりに向かって魔法を撃って倒していくのが効率的だ」
兄さんに双子弟の方が返事をして説明してくれるが……この幅だと撃ち漏らしが増えそうだが、この高さを飛び越えるのはすぐにではないし、一応、上流にも別のパーティーで待ち受けるらしい。
ただ、出来る限りここで倒したい事情もある。
「数を倒していくには、ばんばん魔法を撃つだけだよ、簡単でしょ?」
簡単と言ってるけど……これ、こっちの岸で魔法撃っていても、向こう側で進化したらどうするのって思う。むしろ、ど真ん中の場合には、足場もないのにどうやって戦うんだろうとか考えてしまう。
何とかなると軽く考えているようだけど……こちらのメンバーのレベルだと進化させると危険な可能性はレオニスさんからも聞いているので納得しかねる。
「案ずることは無い。進化した場合のことは気にせずに、まずは数減らしをしてくれ」
「じゃあ、明日からよろしくね~」
そう言って、双子と従者の人はテントに入っていった。
夜営についてはどうするのかは聞いていないけど、食事については各自用意でいいのだろうか。何も言われてないので、多分自分たちで用意するのかな?
食事については、とりあえず置いておこう。
まずは、明日からの準備を先にしないといけない。
「まず生態として、日が沈むとターゲットは動かないらしい。そのため、夜のうちに川下に網を張っておく。この網自体は、下流から登ってくる分には素通りだが、戻ることが出来ない様になっている。基本的には川の流れでこの網がある部分に魔物の死体は溜まっていくから、倒していくと追加で登ってくることは出来なくなる。なので、ある程度死体が溜まった時点で網ごと死体回収、そして魔法を撃つというのを繰り返すことになる」
「…………無理だろう」
兄さんの説明にナーガ君が突っ込む。うん。だって、500メートル先まで続く網をどうやって回収するのって話になるから、私も無理だと思う。
「全体の網回収は無理なのはわかっている。そうではなく、こちらの岸よりの一部だけ回収していくと、新しい魚はそこからしか入ってこれないだろう? そうやって、入ってくる場所を固定化するんだと。ただ、夜になったら全体の網も回収するがな」
「川に入って戦ったりはしないの?」
「死体に紛れて生きているのが、たまにいる。その場合には倒すことになるくらいだ。川に入ると危険だから、原則入るな。夜の網回収もボートを用意してある」
兄さんの説明は私もレオニスさんから聞いてきた手順と同じだった。
ちなみに魔物を回収しなくても、数日放置していれば死体は消えてしまうため、必須ではないが、冒険者としては討伐部位回収をしておかないと戦歴に加えられないので、回収する方向とのこと。
むしろ、回収した魚の処理に追われるため、魔法担当以外は順番に昼間に仮眠を取って、夜通し魚を処理するのがオススメとのこと。
「俺は魔法担当になるのかい?」
「最初はクレインがばんばん全体に撃ちまくって、出口を塞ぐ。その後からは、クロウも参加がいいんじゃないか? 遠距離で撃つのはクレインの方が良いだろう」
「え? そんなに遠距離で撃つのは、やった事ないよ?」
せいぜい50mとか100mくらいで、500m先なんてやった事ないんだけど。
私とクロウが困惑しているが、それが出来ないとこの作戦が破綻していることになるのでやるしかない。
雷魔法は感電すると思うから広がるとは思うけど……試したことない。
「それと……クロウとクレイン以外は昼間は基本的にはやることがない。万が一に備えて、他の魔物たちが出てこないようにと警戒するくらいになるんだが、初日と二日目は昼間の仮眠は取らないでいく」
「仮眠とって、夜の作業をした方が良いんじゃないの?」
「それはレオのおっさん達みたいなベテランの場合だ。俺らは昼間にパーティー抜けて休んだりはしない方が良い」
そういえば、攻撃とかしてなくても、その場にいれば戦闘参加した扱いで経験値は入るけど、仮眠とるためにテントとか入るとパーティーから一時離脱扱いで経験値入らないんだっけ? 他にも距離を離れすぎると駄目とかもある。
「夜営についてだが、基本的には3組で3時間ずつだ。3,2,2で、3の所にクレインとクロウ。しっかり休んでもらわないといけないんで、最初に夜営でその後は朝まで休む形にする。あとは、戦力の問題で俺とナーガは別々だな。索敵能力を考えるとナーガとティガで組んでもらっていいか?」
「ああ、問題ないよ」
「……わかった」
戦力を分けて、索敵能力分けるとだいたい組み合わせが決まってしまうんだよね……。兄さんもティガさんもとりあえず何事もないように振舞っている。あとは、レウスとアルス君。
「じゃあ、俺はグラノスさんにしていい、アルス?」
「あ、うん。もちろん、えっと、クロウさん、クレインさんお願いします」
「ああ、よろしくなぁ」
「えっと、よろしくね」
夜営の組み合わせが決まったので、準備をしていく……その前に、クロウの雷魔法練習をすることになった。
「武器に魔力を通しても、魔法として撃てないんだが?」
「え? ……こんな感じだよ」
ミスリルの短剣に魔力を通した後、一気に放出するイメージで川に雷魔法を撃つ。
「見本は助かるがなぁ……どうやってるんだ?」
「魔法を撃つのと一緒で、溜めてから撃つ。雷だから、この短剣から撃つのではなく、視点をずらして上から降らせる? なんだろう、この槍から発射ではなくて、ラジコン? ドローン? みたいに魔力を移動させて、上から撃つ感じ? 遠いとイメージが難しいけど」
説明も難しい。上級魔法は基礎魔法よりもちょっと扱いが難しい。
雷の場合、上からドーンっと落とす使い方しか今のところ出来ないんだよね。横から撃つのが上手く出来ない。それよりも帯電させて、相手を痺れせる方が数倍楽だったりする。
「溜めて、上から落とすか……しばらく練習してみるか」
「手伝う?」
「あんたが付き合うまでもないが……こいつの魔力が無くなった場合はどうすればいい?」
「私が補充するから声をかけて」
「了解だ」
クロウは槍を片手に練習を始めた。まあ、クロウなら器用だし、そのうちなんとかなるだろう。
クロウが去ったら、兄さんが隣に座ったので、おや? と思いつつ、そちらを向く。何か話があるんだろうか?
「弓に付与したら、どうなる?」
「え? う~ん?」
剣とか槍とかに〈付与〉するのと違うよね。弓の場合、遠距離なわけだし……。矢に魔力を込めておくならともかく、弓の方に込めてどうにかなるのかな?
「効果無さそう? 矢の方に魔力を込めないとだと思うけど……消耗品だしね」
「そうか」
「兄さんならMP使うよりもSPを込めた方が良くない?」
「刀にしか出来ないから、遠距離での戦い方を考えていてな」
「う~ん……纏わせたSPをそのまま飛ばしたら? 魔法みたいに」
「……出来ると思うか?」
「私は出来ないけど、兄さんは魔法よりそっちのが得意だし、出来そうな気がする」
ダンジョンでSP纏わせて高火力出していたし……。それをそのまま飛ばす……ファンタジー世界だから、出来ると思うんだけどな。
「こう……纏わせたのを、飛ばす」
剣にSPを纏わせると、すごく不安定に剣が淡く発光する。これがMP……しかも、属性を纏わせるともっと綺麗に光ってるのだけど、SPは苦手で、変に波打ったりと安定していない。
そして、そのまま振りかぶると同時にSPを消す……。いや、消すというかそのまま撃ったつもりだけど、きちんと乗せられていないから消えた。難しい……。
「ふむ……」
兄さんがSPを刀に纏わせると、刀が光り輝いて見える。うん、前に見た時よりも上手くなってる。あのまま攻撃すると……兄さんの場合、そもそもクリティカル率というか必殺率というのか……上乗せされるから、高火力の一撃。
ナーガ君の防御力でも耐えきれないかもしれないとは思っている。
「……難しいな」
刀を振りながら、纏わせているSPを飛ばそうとしているが、中々うまくいかないらしい。でも、SPが根本から切っ先へ移動したりしているのが見えるので……やっぱり、そのうち飛ぶ斬撃とか出来そう。
「練習してれば、兄さんはそのうちできそうだよ。弓よりもそっちの方が良いと思う」
「ああ。やってみる、ありがとうな。ここまで大きい川と予想してなかったからな、今からでも遠距離攻撃を考えた方が良さそうだからな」
それはある……。
川の向こうとか届かないのは予想外だった。とはいえ、今のとこ危険は感じないから大丈夫だと思うけど……明日から、1週間、頑張らないとだ。




