3-26.追加情報
翌日、兄さんはラズ様と話をしてくると言って、出掛けていった。ナーガ君もレウス達と何か約束があるらしく出掛けていった。
すでにスタンピードは粗方の準備が出来ているので、特にすることも無い。どうしようかなと悩んでいると店の方から声がかかった。
「てんちょ~。お客さんですよ~」
「え?」
「んふっ……少々お時間をいただいてもいいですか?」
一階にて素材を整理したり、作業場に籠って実験でもしようかと思っていたが、店番をしてくれているラーナから呼ばれた。
しかし、店に出る前に店側から人が入ってきてしまった。
「ボス~。勝手にはいっちゃダメですよ~知りませんからね~」
「あ、ラーナちゃん。えっと、知り合い? 貴族の人とかじゃない?」
「ちがいますよ~。最初、雇われるときに繋いだボスです~」
「ああ、ネビアさん?」
球体のアーティファクトで聞いていた声と違ったけど、確かに口調が同じだった。しかし……直接会ってみると、裏の人と言われるのが納得するかもしれない。美形なんだけど、なんか笑顔が怖い。裏がありそうな顔をしている。
「えっと……兄さんいないのですが、私でいいですか?」
「ええ、今日は貴方とお話がしたくて……よろしいですか?」
「じゃあ、上にどうぞ」
兄さんからは、クヴェレ家の関連情報を彼に依頼したと聞いている。兄さんがいない時は私にそれが渡される可能性があることも……中身は確認していいという許可も貰っている。
とりあえず、話を聞くために上に行き、お茶を用意する。
「こちらが頼まれていたクヴェレ侯爵家の情報になります。5年前のスタンピードのことや、後継者争いと侯爵家内部の動きをまとめています」
「ありがとうございます。兄に渡しておきます」
スタンピードにて協力関係になる侯爵家の情報。分厚い資料は5センチくらいありそう。まあ、こっちの紙は薄くて真っすぐでもないから、読み切れない程多いわけではない。
「どうぞ」と言われたので、さらっと流し読みをするが……クヴェレ家は、現在、後継者となっているのは愛人の子、5年前のスタンピード後に後継者が変わったらしい。
理由は……後継者だった人が双子の兄弟であり、不吉という話。また、その双子の母である正妻の消息不明であるからというのもある。
後は、3年以内に、領内で、中級・上級薬師の不審死が7件。
わぁ……この情報だけで、すっごく嫌な感じだ。この不審死の原因についても、いくつかは書いてある。
病気で亡くなったのが2件、領内の移動中に3件。殺害が2件……。殺害があるだけに病気すら怪しいし、馬車での移動だって、事故になることは少ない……と思うのだけど。まあ、偶然亡くなった可能性も1,2件はあると思いたい。
殺害理由は不明……となっているが、1件は暗殺ギルドに依頼があったとも書かれている。
眉間に皺が寄りそうになり、ぐりぐりとほぐす。癖になって皺が残るのは嫌だ。
だけど、これを読んでいると頭が痛くなってくる。
「んふっ……似ていますね。あちらは顔は変えずに胃を押さえてましたが…………血は繋がらないのでしょう?」
「……それも調べたんですか?」
「蛇の道は蛇と言いますからね。さて、これを確認してください」
渡された小さな小瓶を5つ。
中身を確認すると、全て毒。……しかも、これって……今回のスタンピードの対象ヒュドールオピスの毒が元になっていると解析できてしまった。
「んふっ。前回のスタンピードの後に流行った毒薬ですよ」
「毒薬が流行るってあるんですか?」
どんな状態なら、そんな怖いことが起きるのか。
にこにこと笑っているネビアさんが薄ら寒い。怖いんだけど……。
「僕ら裏の人間にとって、毒を使って暗殺を試みても、解毒されて失敗しては意味がありません。多くの毒は、解毒の素材も同じ魔物である必要がありますからね。5年以上、同じ魔物が現れることがないということは、なかなか重宝するんですよ」
解毒薬を作りにくいってことはわかる。個々の魔物でその特殊性が毒に現れる。しかし、裏の人間の御用達な時点で関わりたくない。
しかし……今回はその毒を持つ魔物……進化させるのは危険と聞いているけど。
「……進化させると、そういう素材になるって認識でいいんですか?」
「んふふふっ……しかし、いくつかの薬の素材としても使われるんですよ。だから、毎回、数匹はわざと進化させているという記録もあります」
「どうぞ」と言って、渡されたのは薬のレシピのようなもの。これは正式に認められたレシピじゃないけど、この通りに作れば薬ができる事はわかる。
いくつかの貴重な薬に必要な素材であることはわかった。それなりに長持ちする素材なので、次のスタンピードまで保管も可能。
毒だけではなく、薬の素材にもなる素材か。
そんなことより……このレシピの中に師匠の物を不法に入手しているのが混じっている。……前回のスタンピードでレオニスさんが参加しているのも、師匠に素材を渡すためだったりするのかな。
「それで……これは?」
毒の小瓶のうち、なんか一つだけ気になるんだよね。
よく見るとこれだけ小瓶の中でも古いように見える。
「んふっ、やはりわかりますか……変異種がいることは?」
「進化前がバイコキュプリーノス……一応、聞いています」
「これはその変異種の毒と言われていますね。ちなみに毒の効果はこちらの方が断然強いです……解毒できない毒としては、代表格ですね」
「はぁ……」
何が言いたいのかよくわからない。
まあ、こっちのが危険だろうな……とは私も思ったけど。
それ以上に……この世界、毒殺って多いのかな。
師匠は……魔物の毒に対する解毒は得意とする一方で、こういう加工された毒については、依頼を受けていないと聞いている。
まあ、解毒出来ても、出来なくても貴族の敵ができるので、私も関わりたくない。ただし、今回はラズ様の命令なので、作るつもりではいるけど。
「それで、この毒を使われたという被害者リストです。もちろん、暗殺ギルドから拝借しているものなので、中身を話すことはお勧めしませんよ」
いや、触るのも戸惑うのでそのままで掲げてくれるのを見せてくれればいい。触りたくないし、リストを見るのも怖いけど……。
とりあえず、そのまま持っていてもらいながら、中身を確認すると……。
うん……なんか、ばっちり上から二番目に、クヴェレ侯爵夫人って書いてある。
暗殺対象だったってことですよね……。そして、現在は消息不明。
「んふっ……薬師の不審死も含め、気を付けた方が良いですよ」
「そ、そうですね……忠告ありがとうございます。これ、内容を兄さんに話しても?」
「ええ、もちろんですよ。雇い主ですからね。あなたに伝えたのはその方が直接反応を見れるので、面白いと思いまして……んふふふっ」
楽しそうに笑っているけど……兄さんと違って、すぐに顔に出るからか。
まあ、それだけではなく私のことを直接見たかったかな。
「ありがとうございました。もし、普通の薬で欲しい物とかあれば言ってください。可能なら用意します」
「毒の作成は?」
「しません」
「ん~面白いですね。では、僕はお暇しましょうかね。何か調べて欲しいことがありましたら、ラーナに伝えてください」
「わかりました」
ネビアさんから渡された資料を兄さんに渡して、兄さんとナーガ君で相談することになる。
だけど……詳細に調べられた情報には、国王派の現状も書いてある。クヴェレ侯爵家、現侯爵は国王派……もし、あの双子が継ぐことになれば、王弟派に近づく。
だけど……愛人の子を正妻が消息不明で発言できないからと、無理やり正妻の子にしているのは、無理があるだろう。
兄さんが帰ってきてから、ナーガ君も含めて、今後について話をする。
「…………それで、信頼できるのか?」
ナーガ君は、水竜を進化させることについては懐疑的だった。
「ああ。ネビアからの情報通り、何匹かは進化させることになるらしいな。……危険がどの程度かはわからないが、ラズは俺ら3人は平気と考えている。レオのおっさんもな。それから、クレインを薬師として殺そうとする可能性はそれなりに高いとネビアは踏んでいるんだろう」
「えっと……ナーガ君。今回については、ラズ様からも解毒治療は頼まれてるから」
「……そうか」
ネビアさんの情報については……信頼できると思う。
そして……解毒って、時間が勝負だから。もう何年も経っているのを治せるのか、不安はあるけど……。ラズ様からの命令受けているし、やれるだけやるつもりではいる。
貴族同士の争いに巻き込まれたくはないけど……避けられない部分でもあるのと、助ける側だからというのもある。
毒を作り出すようなことはしないと決めている。
「……気をつけろ」
「ナーガ君。うん……わかってるよ」
「とりあえず……ネビアの奴がわざわざ忠告したってことは、そういうことだろうな……ただ、薬師の不審死があったとしても、君を対象にするのは無理だろう」
不審死については、私が殺されるのは……たぶん、限りなく低い。クヴェレの双子が私を殺そうとするなら、可能性は高いと思うけど、ラズ様と仲良さそうだし、彼らは依頼人側だと思う。
そうなると……兄さん、ナーガ君とは別に、彼らの目も搔い潜る殺し屋が必要で……そういう依頼があればネビアさんからも情報あるだろうし、いまのところは大丈夫な気がする。
そっちを心配しているんじゃなくて、魚の進化後の対処の方が心配の種だ。
「……バイコキュアプリーノスを?」
「狩ることになるんだろう。ラズが向こうに頼み事をしているとか言っていたからな。その代償を俺らが代わるなら、普通の個体を狩るということじゃないだろう。そちらの毒を盛られたというネビアの情報を信じるなら」
「多分だけど、毒薬が通常個体の毒じゃないから、侯爵家でありながらここまで解毒出来ていないんじゃないかな。前回のスタンピードでも参加しているんだから、通常個体の素材なら持ってるはず……」
「だよな。俺もそう思う」
最悪を考えるなら、一斉に進化した場合……水竜が犇めき合う現場。
レウスとアルス君が、私達と行動すると言っていたので、対策を考えるとして……。
「ナーガ君が二人を守るのが前提になるとして……ナーガ君の盾は強化しよう。見えない位置に〈水耐性〉のアビリティ効果のある宝石を取り付ける。あと、他には継続回復〈リジェネ〉を付与した宝石も内側に取り付けていい? MP補給とかをしないでも済みそうだから……MP低めなナーガ君にはいいと思う。ただし、これは他の人には言わないようにね?」
「……なぜ?」
「付与出来ることは伏せたい。危なそうなら、レウスやアルス君にも水耐性の付与をした宝石は渡すけど……」
ナーガ君が眉間に皺を寄せる。
仲間内で優劣をつけることへの嫌悪だろう。素直だなと思う。
ある程度ばれてるとしても、魔石にくらいで宝石に付与はまだ話さない方が良さそう。
「俺らとあいつらで区別をすれば、それだけ不和を呼ぶのは承知している。だが、ラズ側は俺らとあいつらを一緒には判断していない。同じ条件ではない……それから、ティガとクロウについては、生死問わずで、懸賞金が出ている」
「……帝国側は欲しがっているし、ラズ様達は他の貴族に渡すくらいなら消すつもりでもいるんだよね。怖いことに……ただ、王弟派が力をつけすぎないようにしている可能性もある」
敵に渡す気はないが、味方に入れるつもりもない。すごく中途半端。
兄さんとラズ様の間はだいぶ縮まった気がするのにね……。これ以上受け入れられないという線引きがある。
「……危ないなら、別行動するか?」
「それも危なそう……。正直に言うと、私は〈直感〉を使い熟せてない自覚はある。だけど、ずっと何か嫌な予感がしてる。彼らを置いていくこと……多分、死ぬとかではないと思ってるけど」
「……確証なくても、言ったらどうだ? ユニークスキル、ちゃんと伝えてないだろ」
「ナーガ君は言ったの?」
「……いや」
だよね。
ナーガ君だって、ちゃんと伝えてない。その中二病っぽいユニークスキル。私もアルス君の知らないし……。だいたい、使い熟せないから説明も難しいとも言える。
「話し合いをするにも、スタンピードの後かなとは思ってる」
「だな。守ってやる必要も出てくるが……嫌か?」
「……問題ない」
ナーガ君としては、仲良くやりたいからこそ、差別するべきではないということもわかるけど。
「装備について、ナーガが納得しないのであれば、それでいいが……自己責任だからな?」
「……わかった。すまん、準備頼む……」
「うん。とりあえず、ナーガ君の分は盾に仕込んじゃうね」
ナーガ君盾の裏側のど真ん中に、継続回復〈リジェネ〉を付与した宝石を取り付け、さらにそれを金属片で覆い、見えないようにしておく。
ついでに、〈水耐性〉を付与した分については、盾を持つ部分の裏につけておく。
「見た目はわからないな」
「まあ、一応ね。ちゃんと話し合うから、もう少し待ってね。それと、兄さんにはこれを渡しておくね」
聖結界〈バリア〉を付与した水晶を渡しておく。
結界範囲内に任意の人しか入れなくなる。また、声なども遮断する効果がある。流石に何度も攻撃されると壊れるので、防御としては微妙……ただ、密談には使えるはず。
「ところで、俺のもナーガのも水晶のようだが、何か理由があるのかい?」
「ああ……多分、相性? 水魔法や水にかんするアビリティならアクアマリンとかラピスラズリみたいな青系の宝石。光魔法なら水晶とか透明感のある黄色水晶のシトリンとか? 奥の手で作ってるのは、これ! アメシストに雷属性!」
まあ、ジュエルクロコさんのおかげで、多種多様な宝石が手に入ったので……とはいえ、数に少しばかり不安がある。割と……失敗もしてしまったからね。
アメシストについては、ある程度慣れてから作ったので、まだまだ数もある。大量消費したのは、水晶です。いや、使いやすいのだけどね……光魔法と聖魔法を込めるのはこれがいい。ただし、ばれるとまずいのでね……取扱注意。
「……そうか」
若干、あきれたように二人が私を見ている。いや、ちゃんと成果を出さないと、あのコートを買った意味が無くなる。でも、その成果を大々的に出すとまずいという……なんだろう、この矛盾。
付与もだいぶ分かってきたというか、ちょっと出来ることが増えてきて、色々と試せるのは楽しい。
「無理はしないようにな」
「わかってるよ」
ナーガ君もこっちをジト目で見てるけど……信用ないな。
しかし、二人とも自分たちの宝石を渡す必要はないんだけど?
「半分だけだ。こっちでも使う予定がいくつかあるんでな。他は実験に使ってくれ。投資だからな。出来上がったものにはちゃんと報酬を払う」
「……使い道がない」
いやいや、換金できたりもするから、持っておくべきだと思う。
しかし……二人の分も半分ずつ渡されてしまった……。失敗して使えなくなったりすることもあるよと言ったら、兄さんから記録を見せろと言われてしまった。
記録を渡した後、兄さんは宝石を選別して、青系と水晶の宝石を増やしてくれた。……うん、ありがたいけどね。
とりあえず、別にして保管しておこう。失敗する間は自分の分を使って、練習して出来るようになったら……二人の分を使わせてもらおう。




