3-23.新薬師ギルド長
翌日。
商業ギルドで登録し、ラズ様にも報告したと師匠に伝えたら、「じゃあ、薬師ギルドにも顔を出そうかね」と言われた。
この前の試験で割といらっとしたので嫌だなと思ったが、師匠が行くというのでお供をする。師匠の方がずっと嫌がらせを受けていたのに、嫌とはいえなかった。
「ギ、ギルド長に、と、取り次ぎますので、少々お待ちくださいませ、す、すぐですから!」
入口にいた受付嬢に師匠が名乗ると、怯えながら上等な待合室へと案内された。
先日とは随分と違う対応で、上等なお茶と茶請けも用意された。
「この前と随分態度違いません?」
「当たり前さね。人が違っただろう?」
うん?
たしかに、案内してくれた人も、この部屋まで案内する間にすれ違った職員、先日の試験の時には見ていない。
「わたし一人なら面倒だから関わらないでいたが、弟子をとったからね。一掃してもらったよ」
「は?」
「先代のギルド長は平民だからね。接するだけでは貴族の怖さはわからない……新しいギルド長は男爵と言っていただろう? 足の引っ張りあいばかりの貴族世界。そんな場所にもその身を置いている男爵が、自分の汚点になる可能性を残しておくはずが無いさね」
「こわっ」
え?
つまり、この前の試験は仕組まれていたってこと? わざと無礼なことをさせていたってことでよい?
そういえば、兄さんも最初は怒っていたのに、途中から何も言わなかったな。末路を聞いたから、見逃していたとか?
まあ、師匠への無礼はきっちり払わせたというなら、私もすっきりだ。薬師ギルドの印象が少し良くなった。
だけど、こちらに逆恨みは困るけどね。
「お待たせして申し訳ない」
「いや、こっちも急だったからね。随分と風通しがよくなったようさね」
「ははっ、ご協力いただき助かりましたよ。就任3日目で、ゴミが無くなりましたからね。やはり職場は綺麗な方が捗りますよ」
「あ、あの……全員、ですか?」
ゴミって、ギルドの職員のことだよね? 綺麗さっぱり消しちゃった感じ?
にこにこと笑っているレカルスト様に、自身の顔が引き攣ってくる。
「ははっ、まさか。流石に全員を掃除するには権力が足りませんので。伯爵家以上の子飼いは残っていますよ。主だった者たちは、横領などもしていたので犯罪奴隷も少々……これからの資金繰りはしばらく安泰かと」
「まあ、貴族の子飼いはそもそも嫌がらせをする馬鹿共とは違うんだけどね」
「嫌がらせを止めない時点で同罪でしょう。パメラ殿への嫌がらせに関わっていない者はいないので、処罰は容易でした。代わりは上位貴族の子女を雇うことで、恩も売れましたからね。感謝いたします」
え〜。つまり、子爵以下は排除したんだ? 一部、残っているのはコネが大きいのか。
しかも、もう雇ったんだ? いや、最初から雇うこと前提に準備されていたとか?
準備万端で乗り込んで、薬師ギルドを乗っ取っちゃったんだ。
まあ、前ギルド長はラリってたから、比べることは出来ないんだけど……有能だな。そういえば、ハンバート子爵家ってどうなったんだろう?
「ああ。断絶しましたよ。爵位と領地、財産没収で放逐されました」
「えっ」
つい、声に出していたらしい。
師匠は苦々しい顔をして、レカルスト様はいい笑顔だ。
しかし……。断絶したの? 待って、私、多分というか、間違いなく恨まれているんだけど? 狙われたりしないよね?
「すでに逆恨みしていた嫡男は確保された。闇ギルドにクレイン嬢の誘拐を頼もうとしたらしくてね。あっさりと犯罪者として捕まった。他の者もそのうち捕まり奴隷落ちだろうね。おかげで我が家は助かっているよ」
「おや、やはりあんたのとこがあの領地をもらったのかい。まあ、あそこは薬師には素材の宝庫だからね」
「宝庫に出来る薬師は一部ですがね。まあ、あの家が持つのは宝の持ち腐れではありました。今はそこまで価値は高くありませんが、あの土地自体は有益ですからね」
へぇ……いい土地なんだ?
此処からは遠いらしいが、貴重な素材が多かった……ん? 過去形なの?
「あそこの土地の特産品のうち、いくつかは容易に代用出来るように素材開発したさね。あいつらにデカい顔をさせるのも腹が立つだろう? だが、途中でアレに拘るよりもやりたい事ができて、それからは放置したよ」
「実際、私が知る頃には、パメラ殿は国有数の薬師でしたからね。薬師ギルドが大きい顔を出来たのは昔の話ですよ」
「よく言うよ。あんたの父親には煮え湯を飲まされたんだがねぇ。しかし、次は真っ当な薬師を派遣してくれとは頼んだが、まさか跡取り息子を派遣してくれるとはね」
色々複雑な関係らしい。
しかし、師匠の頼みを聞いてくれたなら良い人では?
「父は自分が来るつもりでしたよ。ロディオーラの水薬と錬金試薬のお礼に。ただ、色々と面倒な町で、薬師バカの父より私が良いと思いまして」
「まあ、貴族としても振る舞える方がいいだろうね。町のギルド同士の連携、王都の薬師との関係、立て直しを考えるとあんたのが適任だろう……あとは頼むさね」
「任されました」
師匠の言葉にレカルスト様は立ち上がり、敬々しく礼をした。確かに、貴族っぽい。
でも、この人に任せるの? 優秀なのはわかるけど……。
「剥れるんじゃないよ、ひよっこ。あんたはまだ町に居着くのは早いよ。もう2、3年は各地を周って素材を知るところからだよ。わたしの後を継ぐんだ……まだまだ、素材知識についてはあんたの父に及ばないよ。……そういえば、あの子の素材図録はレオ坊が持ってるのかね?」
うん? 父(仮)がこまめに素材をまとめていた図録があるの? 冒険者だったから、自分たちで素材を取りに行くので、それを記した本があるらしい。
それは便利そうだから、欲しいな。レオニスさんに強請ろうかな。多分、持っているのは、レオニスさんだよね?
「やれやれ。お弟子さんに厳しいですな。すでに、王宮薬師の実力が認められたというのに。ああ、遅ればせながら、先日の試験結果ですが、合格です。クレイン嬢、貴女は正式な超級薬師です。おめでとうございます」
「上級?」
「超級。超級薬10種類、規定通りに出来上がっていたからね。この国でも僅かしかいない、王宮薬師でも超級でない者もいる。薬師の最高峰である超級薬師、もちろん、最年少だね」
へぇ~。
あの中に超級の薬が混じっていたらしい。見習いとか呼んでたくせに、超級混ぜるってどういうこと?
これも嫌がらせかな? なんでそんなものを一緒にいれちゃったの?
「嫌がらせで用意した課題をあっさりやり遂げ、相手の評価が上昇。自分たちは嫌がらせがバレて職を失う。まあ、自業自得さね。しかし……超級になるには、なんらかの調合の発展に影響を与える成果が必要じゃなかったかね?」
「中和剤の扱いに困っていた薬師達がこぞって推薦していましたよ。あれだけで薬の成功率が上がりますからね。メディシーアの名もありますが……」
わかる〜。
中和剤は師匠みたいな熟練の技がなくても良いのは大きいよね。みんな欲しかったんだ。でも、錬金術士に頼むような事はしなかったのか。
錬金術師側は、中和剤はあの強さで困らないからね……薬師と錬金術師の間も微妙に仲悪そう。
「しかし、ずいぶんと情報が早いさね」
「アストリッド女史が錬金ギルドと商業ギルドに売り込みをかけましたからね。流石でしたよ。登録した翌日には王都の錬金ギルドが販売、王宮へも売り込みがあったとか。私も使いましたが、あれはいい」
「そうかい。まあ、同感だよ。随分と楽になるよ、あれで品質が一定になるならだがね」
いや、レシピとしては難易度低いから……普通の中和剤よりはちょっと難しいと言っても、ポーションが中級だから……錬金術師は中級以上しかいない。作れない錬金術師はいないはず。品質が安定しないってことはあり得ない。
「錬金術師でない者が薄めて使うよりは、はるかに良いでしょう。錬金も覚えているから得た発想であっても、素晴らしいかと」
「当然だよ。この子にとって、知識と技術は生きるための手段でもある。自分のもつ知識をどんなふうに役立てるか……まだまだ知識不足であっても、今ある知識の中で、最善を考えて、実行できる。そういう点では理想の弟子だよ……甘いところはあるけどね」
「師匠……」
いや……褒めてくれるのはすごく嬉しいけど。
そして、生きていくために技術を手に入れたいと考えていたのも事実だけど……なんだろ、師匠の言い方だと高尚なことを実現しているように聞こえる……師匠みたいに技術がないから、効果を弱めて染みわたるまで放置しちゃえと考えただけです……すみません。
「この年になって、弟子が可愛いことを知ったよ。あんたの父は間違っていなかったね」
「あなたの知識と技術が無くなること……レシピさえ手に入れば何とでもなると考える王家を父は嘆いていましたから。こちらとしても安心しましたよ、継がせる相手がいたことに……相手がどのような者であっても」
「……」
「昔からバカ息子が継ぐとは言ってたさね。冒険者を引退するまでは好きにさせていただけだよ。まあ、孫達になったが、その方が優秀だろう?」
「そのようですね」
私の出自については、黙るしかない。まあ、多分、知っているのだろう。にっこりと笑うその瞳の奥で何を考えているかはわからないけど……。師匠は何でもないように孫と言ってくれている。他の人は関係ない……。
そして、レカルスト様が真剣な顔をしてこちらに向かい直る。
「さて、クレイン嬢」
「は、はい」
「ありがとうございます。あなたが発案した錬金試薬、そして魔物の解毒治療の記録のおかげで、患者の容体が安定しました」
「え? あ、はい」
錬金試薬について、発想こそ私? かもしれないけど、大家さんが作った物だけど……。
あと、解毒治療については、一応報告書をラズ様に出しておいた。特殊な毒ということで、通常の薬治療とは別に、魔力と気力の両方を体に送り込んで、治療する必要があったことを報告している。
実際、仮死状態になっていたのを無理やり回復させたケースは初かもしれないとはラズ様から聞いていたので、魔法治療と薬治療の経過についても、ラズ様には詳細を伝えておいた。
そして、レカルスト様の一族は王弟殿下に仕える薬師とのこと。ラズ様の兄が魔力硬化症を患っていて、今回はその症状の緩和に一役買うことになったらしい。
薬飲んで、体に魔力と気力を流し込むという方法をしてみたら、体調がとても安定しているらしい。
まだ、要経過観察ではあるらしいけど。
「感謝しております。礼として、こちらを受け取っていただきたい」
渡されたのは、いくつかの素材? この辺りでは見かけない。
鑑定すると貴重な素材。しかも、全て解毒治療に使うような素材だった。
「これは……」
「使い勝手のいい素材です。長持ちするので、いずれ必要になるかと……旧ハンバード領で採取できるので、必要になればお声がけください。もちろん、パメラ殿も」
「ああ、使うことがあればね」
師匠が代替素材として使っている素材と合わせ、研究させてもらうけど……う~ん。
これって、解毒治療用ってことだよね? 偶然、ギガントスネイクの解毒治療をしただけで、今後も続けるつもりはないのだけど……。
ただ……ラズ様からも解毒薬は作らせるって言っていたしな。
「王弟殿下に仕える者同士、協力は致します。すでに解毒治療の経験はあるのは承知していますが、中々面倒な家でもあるので」
「……ご存じなのですか?」
「素材があれば、治療は楽にできますよ。あくまで、素材が5年~10年に一度しか手に入らない毒ですから」
「あ、はい……」
つまり、今回のスタンピードで素材をゲットした後、解毒治療するから素材あげるってことですね……。むしろ、なぜ私? この人がやれば良いのでは?
「やれやれ……貴族の事情に巻き込まれるのは遠慮したいんだがねぇ」
「なかなか難しいかと……指名されていますしね」
「え?」
「注目されているということです。あまり不用心だと付け込まれますので、ご注意ください」
解毒治療を私が指名されてるの?
レカルスト様はにっこりと読めない笑みを浮かべている。
「ほかにも必要な素材があれば、薬師ギルドで用意することは出来ませんが、ラズ様にお渡しすることはできるので」
「えっと?」
「薬師ギルドで用意すると面倒ごとになるからね。必要な時はラズ坊から渡させるとさ。まあ、薬師ギルドに利益を持ち込む気もないだけともいうがね」
「あ、ありがとうございます……」
「私も自身の研究もありますからな。長の椅子に座るだけで、運営まで口は出さない予定なだけですよ。まっとうなギルド職員が育てばですが」
ああ……この町の薬師ギルドがまともになったのは良かったのかもしれないけど……決して、この町の薬師の待遇は良くならないかも? 新ギルド長、薬師ギルドのことどうでも良いらしい。
う~ん。腹黒……でも、狸というより狐系な顔してるよね。ただ、今後も付き合いはあるんだろうな……ラズ様の家のお抱え薬師の跡取りって話だし……。
関係ないということにはならないだろう。




