3-21.付与
購入したばかりのクロウのコートを確認する。特に胸元のコートの留め具になっている宝石の付与をよく調べてみる。
ムーンストーンの留め具
効果:吸収のアビリティ効果
店にて、宝石を触った時に魔力を吸われたと思ったが、ずっと触れ続けているとMPだけでなく、SPも吸っている。これが、〈吸収〉の効果なのかな……。
試しに風魔法を指先に発動させると魔法が吸収された……。どれくらい吸収できるのかはわからないけど、これってかなり強い効果では?
最初は闇魔法かなと思ったが、どうやら魔法とアビリティが複合されてるような? そんな技術あるのかわからないけど、魔法っぽいけど魔法じゃない気もして……難しい。ただ、付与した効果が発揮されているということは間違いない。
他にもボタンとか、コートの縁とかにも、アビリティ効果が付いてる宝石や、金属が使われている。
ただし、布本体の付与については、鑑定しても弾かれている。多分、この素材になった魔物自体が私より上ということかな。まだ、こっちを調べるのが難しい。
全体をくまなく確認したけど……これ、間違いなく、上級装備。
私や兄さん、ナーガ君が使っているのは、中級装備だからだいぶ差がある。付与とかも含め、かなり効果が高い。
布やボタンなどの付与もいずれは出来るようになりたいけど、まずは、宝石への付与から出来るようになろう。
レアボスで入手した宝石で実験をしてみる。
今まで付与を試していた魔石はMPのみしか受け付けないが、宝石はSPもMPも受け入れることはわかった。これは性質の違い、かな。
ただし、魔法の属性が限られる……元々の宝石の色によってなのか、赤い宝石なら火魔法とか……アビリティとか技の付与も同じだとすると……色が無い水晶とかの方が属性がないので使い勝手がいいかもしれない。
魔石と同じ手順で、まずは浄化〈プリフィケーション〉をかけてから、MPとSPを宝石に込めていく。……これは、宝石によっても割合が異なるので、内包する量があらかじめあるみたいだけど、最大で8:2か、7:3くらいの割合まで、どちらかに偏らせることができる。
「うまく込められた……かな?」
水晶やルビー、サファイアなど、宝石の種類ごとに込められる魔法が違う。魔石については、どんな魔法でも込められたが、宝石はその宝石の持つ色によっても付与できる魔法が異なるらしい。
いままでは、魔石にその属性のみを注入していたが、宝石に込める分にはもっと細かく……特定の魔法のみを使えるようにもできることがわかった。
アビリティはもう少しでコツを掴めそうなんだけど……難しい。
魔石にはアビリティがつかない……ただ、宝石には出来ることはわかっている。やってみるしかないのだけど……。
ちょっと緊張するというか……とりあえず、欠片になっている宝石で試してみるけど……原石の状態でも、綺麗で惹かれるのだけど……上手くMPとSPが入らないと粉々に砕けてしまったので……勿体ないとか、色々と考えてしまう。
数時間、試した結果……なんとか、耐性を上げる付与が出来るようになった。これは、水耐性なら青系の宝石にSPとMPを練り込んで8割くらいまで同程度注入した後、水耐性のアビリティを意識しながらSPだけを練り込むという感じで……まあ、感覚だよりで、SPを多めにいれて、なんとか一つ成功した。
「難しいけど……なんとか、形にはなったかな?」
魔法に比べると扱いにくいが……まだ、スタンピードに出発するまでは数日あるので間に合うだろう。これを全員分、装備に取り付けることができるように作っておこう。
「シトリン……これが相性いいかな?」
シトリン……黄金色の水晶で、光り輝いている。光魔法と相性が良さそうなので、これでいこう。試す内容は、光魔法のうち、回復系の魔法を付与すること。
魔石では光魔法を付与して、光〈ライト〉は発動できる。攻撃系も発動できたが、回復系の魔法を発動させることは出来なかった。
出来ない理由はわからなかったけど……宝石に特定の魔法を付与できるなら、試す価値はある。
仲間に持たせる分には、光回復〈ヒール〉でいいので、試したところ、ちゃんと光回復〈ヒール〉が発動した。
しかも、鑑定してみると魔石と違い、MPが減っても自動回復している。永続的ではないかもしれないけど、それなりに長期間使えそうな気がする。
これがあれば、生存率が上がるのだけど……。
う~ん。これなら……ただ、これを全員に渡していい物か、ちょっと悩むな。ラズ様に確認しておこうかな。
手土産を作って、ちょっと行ってこよう。
「兄さん。ちょっと、ラズ様のところに行ってくる」
「ん? ああ、何かあったか?」
「付与で、ちょっと相談しておいた方が良さそうだから。そっちのシロップの方は?」
「ああ。こっちは大丈夫だ」
ちらっと作業机を見ると、シロップが結構な数が出来ているので、手伝いは無くても大丈夫そう。クロウと兄さんで仲良く作っていたらしい。
「それと、クロウから聞いたが、足りない分については、借金を増やす方向で話はついた」
「あ、えっと……私の方でも、その……付与の資料代として払うよ?」
「仲間内に付与した物を渡す時には金をとる。クロウに関しては、その額を減らすなりで調整な。お金を取らないとか、仲間同士で協力する必要があるからとかは無しだ。多少の身内価格は許すけどな」
「……わかった」
横でクロウも頷いているので、二人で取り決めをしたっぽいな。
素材を提供してくれるなら、必要となる薬やポーションを無償提供するとティガさんと決めたことに対し、怒っているのかもしれない。
ただ、薬やポーションは各自がしっかり持っている必要があるものだし、素材を貰えるのは助かる。貰っている素材で、ギルドへの納品とかもしている。
兄さん達が作っているシロップの素材も提供してもらったものだし……。
「値段を考えろ。付与が付いている装備は中級以上、複数の付与があれば上級だ。べつに薬やポーションも中級レベルであれば、素材の数にもよるが、今後高い素材も渡されるならとんとんにはなるだろう。装備関連は別だ……薬についても足が出るようなら、払わせる方に変える」
「あんたは研究のために、高い素材や本、装備品も買うことをやめないだろう。なんでもかんでも自分で買うつもりなら、他から金をとってくれ」
兄さんとクロウから、仲間に対しての無償提供は駄目だと言われてしまった。
ついでに、何でもかんでも用意して、自分達で考える機会を奪わないようにとも……そんなつもりはなかったのだけど。
「一応、頭に入れておいてくれ」
「あ、うん。じゃあ、行ってきます」
「ああ、ラズによろしく伝えてくれ」
領主の館では、あっさりとラズ様の執務室に案内された。机には大量の書類が置かれていて、忙しそうにしている。
初めて来たのだけど、身体検査とかはしなくても通してくれた。
「それで、何の用?」
「忙しそうですね」
部屋に入った瞬間、視線も向けずに言われた。
ラズ様は、顔色が悪くげっそりしていた。仕事が溜まっているらしい。
疲れが溜まっているせいなのか、若干、いらいらしてるっぽい。
「まあね~。それで、どうしたの?」
「いろいろと相談とか、話をしたかったので……あと、ラズ様、私のこと避けているみたいなので? 話をしに来ました」
「……何のこと?」
「婚約者として発表したのに、わざわざレオニスさんに重要事項を伝言させている時点でおかしくないですか? いままで、ご自身で来てましたよね?」
「忙しかったんだよ……」
視線を反らした時点で、ダメだと思う。後ろめたいことがあったと言っているようなものだ。まあ、だいぶ疲れていて頭が回ってないようにも見える。
後ろに控えるフォルさんも苦笑している。
「まあ、それはいいんですけどね。レオニスさんとお酒飲めて楽しかったんで」
「ずるい」
「だったら、レオニスさんに頼まず一緒に来ればよかったのに……何が原因なんです?」
「……たいしたことじゃないよ。ただ、色々と刺激しそうだから僕が行くのをやめただけ。どうしても必要ならグラノスが聞きに来ると思ったしね」
まあ、こっちとしては情報が入手できないと危険なとこがあるからね。兄さんは最近、ラズ様には遠慮がない……いや、最初から遠慮なかったかもしれない。
まあ、上手くやっているということだとも思う。
「それで? 用がないなら、帰ってくれる? 忙しいんだよね」
「上手くいったので、これを渡そうと思いまして」
「宝石? うまく研磨できてないみたいだけど……それに、魔法?」
「それはすみません……研磨については、もうちょっと、どうすればいいかを考えます。魔法の付与をしました……状態異常複数回復〈クリア〉を付与してあります」
「ふ~ん。レオに付与するなって怒られたよね? ここまで出来るようになったんだ? しかも、これ……魔石じゃなくて、宝石だよね? こんなのどうしたの?」
「ダンジョンでレアボスに当たったので結構な数入手しました。……あと、生きるために必要になる技術なら……使います。心配されているのもわかりますけど、準備を怠って死ぬくらいならできる事はします」
真剣な顔を作って、ラズ様の顔を見る。
相手もじっと私の瞳を確認しているが、「はぁ」とため息をついてから、「わかったよ」と視線を反らし、もう一度大きくため息をついた。
「……これは、ラズ様に必要になることもあるかなと思って用意しました。毒はすぐに対応した方がいいので……持ち主に異常が発生すれば発動するはずです」
複数の状態異常のような毒を治療するなら、この魔法がいいはず。それに、この魔法が使えるヒーラーも限られていると聞いているので、ラズ様に渡しておく。
状態異常を回復する魔法は、光と聖以外だとすごく貴重になるらしい。無いとは言わないけど……そもそもが、個々に覚える魔法違うからね。
回復系の魔法を覚えるのは一握り。ヒーラーが重宝されるのは、貴重だからだと前よりは理解している。
「……こんなものを市場に出したら、どうなるか、わかっているよね?」
「それを相談しに来たんです。どこまで許してもらえます? それによって、パーティーを分けての行動も考えるつもりです。ただ、異邦人を置いていかないほうがいいとも思うので」
「……君を攫って監禁するのも難しいくらいには実力がついてきたから大丈夫だと思うけど……付与ができる事は仲間内にとどめてくれる? それと、光と上位魔法はやめた方がいい。聖教国も敵に回るよ。……これみたいな固定魔法は上位冒険者ですら持てないレベルだからね。あと、異邦人がこの町に居ないほうがいいのは正解」
「わかりました。ちょっと、色々準備しようとは思ったんですけど、考えることもあって……ただ、アビリティの〈水耐性〉だけは、もしもの時には渡したいと考えてます」
「……ヒュドールオピスと対峙するときなら、渡していい。ただし、回収すること」
「わかりました。……それと…………ラズ様の家族とか、必要なら依頼をしてください」
「……仕事増やさないでよ」
不満そうにしているけど、手でいじりながら中を覗き込んでいる。気に入ったようにも見える。少なくとも、ラズ様が使えない光魔法はお気に召したかな。
「それは私からラズ様へのプレゼントです。婚約者の瞳の色と同じ宝石を持ち歩いても、怪しまれることはないですよね?」
「ああ、そういうこと……そうだね。他の宝石でも付与できるの?」
「水晶とか、色が無い宝石の方がいいかと」
「そう。わかった……頼むときにはこちらから、宝石を用意するよ。……それから、君たちについては実力が足りないことにはならないから」
「わかりました。とりあえず、スタンピード対策として、アクアマリンの宝石に〈水耐性〉を付与する予定です。それ以上については……今は止めます。あ、あと……今日、クロウと出掛けて、シームルグのコートを買いました」
「は?」
ラズ様の目が剣呑な光を放った。後ろに控えていたフォルさんも驚いた表情をしている。
うん。やっぱりあのコートは、ラズ様と関係があったか。
「なんで?」
「クロウが紙装甲過ぎて、不安だったのと……付与の勉強のために。あと、多分、今後も私や兄さんの従者役はクロウになるから一張羅が必要……というか、あれってやっぱりラズ様のために仕立てられた物です?」
「……なんでそう思うの?」
「冒険者が使うマントやローブにしては、デザインが良すぎたので? つい、一目ぼれして買ってしまったんですけど、付与とか一級品過ぎて……この町って中級冒険者が多いじゃないですか? あれって、どう見ても上級装備。あと、ラズ様って、風・雷魔法得意なんで、なんとなく」
付与のためによくよく見てみれば、どう見たって特注品。しかも、冒険者が好むデザインじゃない。そして……悪くなっているわけでないけど、長い期間売れてなかった感じもする。
何せ、お金が足りていないのに売ってくれた。あの店でも持て余していたんじゃないだろうか。
「はぁ……まあ、いいよ。僕としても、もう冒険者に戻れるなんて思ってないしね~。あれを作らせておいて、買い取れなかったのは僕の落ち度。君達の役に立つというならそれもいいのかな」
少し悲しそうに、それでも吹っ切れたかのように笑う。
シームルグってS級の魔物のはずなんだよね。倒したのは多分、ラズ様とレオニスさんとフィン……他にもメンバーはいたみたいだけど、逆にディアナさんはまだメンバーではなかった。
レオニスさんは父(仮)とはずっと一緒に組んでいたが、パーティーメンバーはころころと変わっている。ラズ様が抜けた数年後にディアナさんが加入している。
まあ、討伐は10年くらい前の話だから記録もきちんと残ってなかったけど……色々あるのだろう。
私に教える気は無さそうだけど……。
「ラズ様。私はラズ様に仕えているつもりなんで」
「どういうこと?」
「そのままの意味です。兄さんは兄さんの考えで、王弟殿下に膝を折ったように……ラズ様は婚約者になったのが嫌だとしても、私はラズ様の部下のつもりですよ。手を煩わせてばかりですけどね。必要な時には使ってください」
「……色々知らないところでやらかしてばかりの部下って扱いにくいんだよ? 自覚ある?」
「まあ……それは、わかるんですけどね。でも、ラズ様の思惑と家の思惑がずれたとき、兄さんに指示しにくいでしょ?」
「……僕は君を殺そうとした。その割に、君からの好感度高いよね」
ラズ様にぼそっと呟かれた。
フォルさんも苦笑しつつ、こくりと頷いている。
まあ、最初の出会いで殺そうとしていたことを言っているのはわかっているけど。でも、殺さないことを選んだのもラズ様だと思う。
助けてくれた……結果論だろうと、私の命を助けたのはラズ様だ。使えそうな駒であろうと、精神的に縛ったとしても……命を取らなかった。
しかも、何だかんだと最近は甘い対応をして、目溢ししてくれている。まあ、甘さが残る貴族の方が私は好ましいと思う。
「そうですね……私、ラズ様のことはこの世界で5番目に好きですよ。多分、今後も変わらない不動の5番です」
「ちょっと! 僕、婚約者だよね? 普通、一番好きとか言うところじゃないの?」
「ラズ様だって、私より上の人いっぱいいるでしょ? ラズ様の順番が師匠とレオニスさん、ナーガ君と兄さんを超えることはないです。でも、その次に大事ですよ。恋愛ではないですけど」
「……そう。まあ、僕も君がレオやパメラ婆様を超えることはないね」
ラズ様も苦笑しつつ受け入れている。
命の危険がある時に助けられて、惚れる……吊り橋効果というのもあるだろうが、若いころならあり得ることでも、そこまで精神的に若くない。
だから……多分、変わらない。返しきれない恩があるけど、それだけだ。
「ついでだから伝えとく……スタンピードだけど、君に頼みたいのは別件。君に毒薬を作らせることはないけど……解毒薬を作ってもらうよ」
「……わかりました」
「出来る限り、調合の失敗をせずに……材料を持ち帰って、僕に渡してくれる?」
「わかりました」
材料? 向こうが用意しているということかな?
真剣な瞳での指示なので、詳しいこと言わなくても従う。
「よろしく。スタンピード終わったら、そのままそっちに向かって」
「わかりました。……あ、最後にもう一つお願いが……」
「あのさ……部下とか言っておきながら、君の方が頼んでばっかりってどういうこと?」
それを言われるとその通りなんだけど……。
一応、気にかけてもらっておいた方がいい気がする。
「師匠が変なんで、私がいない間はちょっと気にかけてください」
「……そういう時は何が気になったのかいいなよ。僕、忙しいんだからね? 君が変だと感じたところを調べるだけでも相当時間がかかることくらいわかるでしょ」
「……私を大家さん、アストリッドさんの錬金の弟子にしました。それに、薬師の腕前を確認するためと言いながら、薬師ギルドに行くことを止めず、結果として王都の薬師ギルド長や王宮薬師との顔見世をさせたり、新しい薬師ギルド長とも関わり合いを持たせて……積極的にレシピを登録させて、実績を作らせようとしたり…………なんか、急なんですよね」
「……そう」
困ったように眉間に皺を寄せている。ラズ様も心当たりがある感じかな。
出来れば、言葉にしてほしいとこではあるけど、どこに貴族の耳があるからわからないから、仕方ないとも思う。こっちの身内にも情報収集に長けた人がいるので、お互い様だけど。
「……帝国のことはレオから聞いてるね?」
「はい」
「帝国素材について、今後は不足することが懸念されている。そして……代替素材での調合を得意とするパメラ様は、年齢が年齢だからね。君への期待は高まる……嫌でもね。だから、先に実績を作らせる必要があった。よくわからない飲み物についても、こちらとしては助かったよ」
「……ラズ様が飲むなら、こちらを。あれは運動後に飲むか、病気とか食事ができない状態で飲むものですからね。ラズ様が飲んだら太ります」
「これは?」
「登録してないですけど、眼精疲労とか、集中力を増すのにいいので、書類仕事とかで疲れてるときにどうぞ。味は保証しませんけど」
「ふ~ん……まあいいや。スタンピードの件で呼び出したら、すぐに来てね。君たち3人でね」
「わかりました」
ラズ様は話が終わったならと書類に視線を戻した。うん……兄さんには書類手伝わせたりするみたいだけど、私には頼まないみたいだ。
フォルさんに苦笑されつつ、眼精疲労に効果のあるドリンクのレシピを渡しておく。こっちは兄さんは無監修なので、味は良くないけどね。
「素材不足か……」
帝国の素材……薬師はどうしても、使う素材が偏る。特定の薬を作るために必須なモノとは別に、土台とするような素材。初級で百々草やセージの葉を使う様に、上級薬でよく使われる素材に、帝国産の物があることは把握している。
そういえば……薬師ギルドで試験をした時、よく使うはずの帝国産素材を使わなくていいレシピばかりだったかも。
スタンピードの準備、全部用意しないなら時間ができるし……ちょっと調べようかな。




