3-18.帝国の現在
「邪魔するぞ」
「はい。どうぞ、上がってください」
夜になって、レオニスさんが兄さんと共に家に来た。
ナーガ君も事情聴取を受けて、昼前には帰ってきていたのだけど、兄さんはなかなか帰ってこなかった。
というか、冒険者ギルドで報告した後、ラズ様のところに行き、もう一度冒険者ギルドに行ったらしい。まあ、郵便配達を手伝っただけと言っているけど、そんなことはないだろう。半日も何かしていたのだから。
兄さんが早ければ、食事を作ってもらうつもりだったのだけど、だいぶ遅くなりそうだったので、昼寝をした後に、簡単に手軽なおつまみ系を作ることにした。
ナーガ君が微妙そうな顔をしつつ手伝ってくれたが、そんなに心配しないでも薄味にしておけば、自分で追加できるから大丈夫だと思うのだけど……。
まあ、酒のおつまみは味が濃い方が好きだけど……味付けをミスすると取返しつかないからね。
そして、食事とお酒を用意しつつ、席に着いた。
「それで、どうしたんですか?」
「帝国の件を伝えておこうと思ってな」
「帝国側の冒険者が増えている件ですか?」
「いや……もっと危ない話だ。お前ら、スタンピードでこっちに帰れない間に動きがあると拙いんでな。事が動いた場合、最悪、町を封鎖するから、お前らは町に入れない可能性があり得る」
レオニスさんからの話というのは、帝国の現状だった。
前に異邦人狩りが起きていると聞いていたが、今は、逆に異邦人による町・村の襲撃が起きているらしい。
逃げのびた異邦人達が集団で村や町を占拠。食糧の略奪などをしている。これに対し、帝国側が打つ手がない状態になってしまったらしい。
騎士団が異邦人にやられ、冒険者達が帝国から逃げ出す状況。
スタンピードが起きる時期に、あまりにも対策が出来ていない状態らしい。
「そこまでまずい状態なのかい? 異邦人はだいぶ数が減っているはずだろう」
「帝国にいた異邦人はおよそ1,000人。死亡確認されたのが600くらいで、村を襲っているのは50人前後だそうだ。数は減っているが、その分だけ統率が取れているそうだ」
半数以上が亡くなっているのか。
そして、残された人達が一致団結して、反撃に出た……これって、かなりまずい状態では?
帝国騎士がやられているのに、根無し草の冒険者が帝国に留まることはないだろうし……スタンピードは、一切起きないとかはあり得ないらしい。
毎年、何かの魔物が異常発生する……年によって、魔物の種類が違うだけらしい。
「……なぜ、この町が封鎖される?」
「帝国の冒険者がこぞって集まっているせいだな。騎士団がやられ、スタンピードが迫っている。帝国の冒険者を呼び戻そうとしているが、難しくてな。ラズが対応に追われている……場合によっては、帝国からの使者がこの町に来て、スタンピードに参加している冒険者以外をそのまま帝国に送る決断をする場合がある。その時に巻き込まれないように……という話だ」
「ごっそり冒険者を渡してしまうということか?」
「最悪の場合だがな。町に冒険者が溢れてるのは帝国も把握している。協力を求められると断れないだろう」
う~ん。
やっぱり、ラズ様情報か。一ギルド員が手に入れられる情報ではないよね、とは思ったけど。
異邦人が町に……特に、帝国側に顔バレしている、ティガさん、レウス、クロウの3人か。工作員も紛れていて、身柄を狙われているのかな。
「それと、帝国では、異邦人には問答無用で、その場で奴隷の首輪を付けるそうだ。お前らすら、下手をすると危ない」
「王国の異邦人は王国のものだろう?」
「王国の異邦人は全て王都にいる。だから、今、他の町にいる異邦人は帝国から逃げ出した異邦人とする……らしいな」
それはかなり無理があるよね?
だいたい、どうやって異邦人かを調べるのか。鑑定でもしないとわからないと思うのだけど……。
「おっさん。それ、すでに起きた話か?」
「ああ。国境山脈ではなく、正規ルートでの国境付近の町で起きたことだ。王国と帝国の間もかなりきな臭い。この町に工作員がいることもわかってるよな? もちろん、お前らに対し何かすれば、上も動く……とはいえ、帝国側は無秩序状態だから知らぬ存ぜぬで押し通した場合、救出まで時間がかかる」
クロウが見分けられるから、全てではないけど一応は工作兵とかは把握している。
だけど……そうなると、すでに奴隷である3人はさらに奴隷には出来ないからいいが、アルス君の身柄も実は危険? 私達は、戸籍があるとはいえ……油断できない。
「まあ、伝えておけばお前がなんとか出来るだろ?」
「いやいや、そんな馬鹿な」
レオニスさんが私を見て、後は任せたみたいに放り投げてきた。
知っていたら回避できる訳じゃないんだけど? 死に関する以外の部分は割とポンコツな〈直感〉さんだよ。
当然のように言うけど……レオニスさんの中の私って、それが何とかできると思われているの?
「とりあえず、ラズ様に冒険者ランクで判断するように伝えてください。帝国に派遣する冒険者はFランクを対象外にしてください。それと、16歳以下も子供であり、将来性を考慮して危険地域に派遣できないってことにしてください」
「なるほど。わかった、伝えておく。グラノスだけ対象外か?」
「子爵代理を帝国に派遣はないと思うので、事前にそういう方向になるように調整お願いします」
「おう、伝えとく」
そもそも、スタンピードにはちゃんと参加するのだから、帝国に派遣されるとかやめて欲しい。さくっと派遣条件から外す方向で動いてもらう。
「しかし、そんなにやばいのか?」
「現状、帝国は統率されていない。誰がまとめるのかすらわからない。だから、危険なことは知っておけ。皇帝が崩御した、第二皇子が公国に亡命したという未確認情報もあるしな。ここで大規模なスタンピードが起きれば……最悪は帝国滅亡もあり得る」
「おっさん。その最悪が起きた場合、王国はどうなる?」
帝国からの亡命とかを助けるのか。国として、どう動くのか。
滅亡に巻き込まれることで王国がどうなるかが知りたい。
「基本的には、帝国と王国は、仲が良くない。だが…………帝国の異邦人が拠点としている場所は帝国でも東側。王国からは遠く、公国に近い。異邦人を避けるなら王国側に逃げるだろうな」
「……王国は、すでに800人の異邦人を王都で受け入れているよな? ここに帝国人を受け入れて、食料はどうなる?」
「…………確認しておこう。だが、俺の知る限り、食料生産が余裕ある地域は少ないはずだ。共和国などから買い付けもできるだろうが」
「共和国も異邦人がいる以上、食料は不足していく可能性あるんだな?」
兄さんの食料危機の問に対し、レオニスさんは重々しく頷いている。おそらく、いまのところその点は考えてなかったとかかな。まあ、国家規模の食糧難とか、一ギルド員の考えることではないよね。
会話には入ってこないナーガ君も眉間に皺を寄せて、頭を悩ませている。
「それと……王弟殿下の姉は、公国に嫁いでいる。そこからの情報で、公国に対し、異邦人の引き渡しを帝国の異邦人が求めたそうだ」
「……帝国の町・村のように襲われたくなければ、ってことか?」
「そうだ。まだ応じたわけでは無いらしいが……これに応じるようなら、王国や共和国にも同様の話はでるだろう。その時、どう決断するかはわからない」
めっちゃくちゃ、きな臭いんですけど?
なんか、王国内の貴族がどうのって、マリィさんから聞いた話が可愛いレベルで、帝国側の動きがヤバい状態だった。
公国の異邦人がどうなっているかは知らないけど……帝国の異邦人達が仲間を集めているように見える。
人を増やして、何をするつもりか……良い事ではないよね。
「……これ、俺らに流していい情報か?」
うん。ナーガ君の突っ込みに私も同意する。レオニスさんが知っているのもだけど、私達に流してよいのだろうか?
「クレインがラズの婚約者であるなら、身内扱い……ということにしているが、正直な話、対応が追い付かないから、お前らに伝えておいて対処を放り投げるつもりだろう」
「おっさんが知っているのは?」
「……わかってるだろう? 俺の後ろ盾は一応、ラズなんでな」
うん。まあ、主従関係というにはあれだけど……やっぱり、そうだよね。
まあ、レオニスさんへの信頼は崩れないけど。本来S級冒険者だったことを隠している時点でお察しでもあった。
「帝国側がスタンピードを抑えられない場合の影響は?」
「異邦人に襲われていない村・町も下手をすれば壊滅だな。ついでにダンジョンも管理が出来なくなれば、ダンジョンから魔物が溢れる可能性がある」
うん……。
事が起きた時、スタンピードで町を離れていると情報が入ってこない可能性があるのか……。
帝国のダンジョンで、王国側が被害を受けそうなのは……帝国山脈を越えた先のダンジョン。これは、冒険者ギルドも注視しているらしい。
場合によっては、マーレスタットの冒険者派遣も考えていて、スタンピード後は帝国のダンジョン対応で、レオニスさんも忙しいとのこと。
「あの、私達が派遣されるスタンピードの件って、どうにかならないんですか?」
状況が色々とややこしいのであれば、拠点から動きたくない。そう思っての言葉だったが、首を振られた。
「この状況でラズが町を離れることは出来ない。お前以外に雷魔法を使える奴の手配が難しい。まあ、お前らが配置される場所は少数精鋭で行くはずだ。そこに他の奴が現れれば侯爵家が対処する。……お前の安全も、そっちのが高いだろう」
うん?
いや、多分変わらないと思うな。
直感さんが反応しないからね。どっちも大して変わらない気がする。
こちらを見て確認している兄さんに首を振っておく。
「どっちも危険だとさ、おっさん」
「そうか……お前ら3人は心配ないだろうが、他は厳しい可能性もあるしな」
「ダンジョンでレベルを上げるつもりだったんだがな。色々邪魔をされてしまったからな」
「お節介かもしれんが、きちんと今後の方針は話し合っておけ。人数が増えれば、不満も出るからな……冒険者として方向を揃えておかないとギリギリの戦いになったとき危険だ」
方針か……。
冒険者として……余裕がある状況ならいいけど、危険な時に背中を預けられるか。
ナーガ君になら任せられても……ティガさんには?
レウスが飛び出していってしまう時、フォローは間に合う?
クロウに魔法を任せて、私が前線に行ってしまっても大丈夫か?
アルス君の役割が決まらず、所在無さげにしていることある……。
まだまだ、お互いの信頼関係が足りてないのが浮き彫りになる。
「俺が仲間を失った時、各自が内面で不満を持っていたことでミスが生じていた。些細な事だろうと、納得していない奴がいるなら外した方が賢明だ」
「まあ、寄り合い所帯だからな……とりあえず、ラズにもう少し詳細を聞いてくるか。おっさんは、俺ら3人のがいいって判断だな?」
「……ガキどもはいいが、あの獣人と魔導士はな。気を付けとけよ」
クロウとティガさんの信頼度低いのか……。
割とクロウは信頼できると思うのだけど……。そこら辺は説明も面倒だからいいか。
「ちなみに、アルス君とレウスがいい理由は?」
「まだ擦れてないから、お前らを嵌めようとするなら顔に出る。見逃すお前らじゃない。あと、外部からパーティメンバーの不和を煽る奴もいるからな」
まあ、確かに。いや、そもそも殺伐とした仲間関係は嫌なので、クロウとティガさんも嵌めてくるほどではないと思うのだけど……。
多少、その能力で知った内容をこちらに隠しているというだけで。別に、知らなくても問題ない部分ではあるから…………不和を煽るっていうのも、気になるけど。
「よし。暗い話はそこまでだ。飲もうぜ!」
「えっと……飲みます? 師匠から頂いたお酒ですけど」
「ああ。ばあさんの酒は貴重だからな。もらおう」
「……グラノスは飲むな」
「ナーガ! 悪酔いしない程度にするさ。よし、乾杯っ!」
兄さんの音頭で、お酒を飲む。
とりあえず、暗い話はここまでで……お酒を注いで、楽しい話に切り替えたい。正直、状況が良くなってる感じはしないけど……自分達が出来ることは増えてるからね。
仲間を疑う会話をするのも嫌だし……勝手だけど、話を変えさせてもらう。
レオニスさんも苦笑して、お酒を飲んで……ダンジョンの土産話をしながら夜を過ごした。




