涙を浮かべる秋月
肩まで届く明るいベージュ色の髪はリボンによって纏められており、切れ長の濃いベージュ色の目は息を弾ませているにもかかわらずちゃんと俺を捉えている。
顔はおさなげこそ残るもののモデルばりに整っており、体は女子高生と思えないほど恵まれた体をしている。道を歩めばきっと注目を浴びることだろう。
実際彼女は秋月グループの専属モデルとしても活躍している。
そんな彼女にいつも助けられっぱなしだから俺はずっと良心の呵責を感じていた。
「はあ……はあ……やっと見つけた……」
「ど、どうしてここに?」
息切れする秋月さんに俺は訊ねる。
ぷるんくんは敵意こそ向けないものの、警戒はしているようだ。
「さっき、臼倉くんが葛西くんたちを倒した件で、助けになりたいと思って……」
「……」
彼女の言葉を聞くと俺の心が痛くなった。
力も金も権力ない無能な俺は彼女の前では限りなく小さい人間だった。
彼女が金持ちのイケイケした学校の男の人と堂々と会話をするところを見ると、やっぱり俺は底辺だなということがよくわかる。
でも、この感情を感じるのはこれで最後だ。
「秋月さん、ごめん。もういいよ。俺、学校やめるから」
「え?なんで?葛西たちが原因なの?」
秋月さんは目を丸くして当惑する。
「まあ、それもあるけど……なんていうの……もう人と関わるのいやになってね……」
「……そうだね」
秋月さんは俺の気持ちを察したらしく、顔を俯かせた。
しかし、やがて顔を上げて大声で言う。
「でもそれって、臼倉くんが負けてるみたいじゃん!むしろ学校を出て行かないといけないのは葛西くんたちなのに……」
秋月さんは悔しそうに歯軋りする。
不思議だ。
なんで
「秋月さんはなんで俺を助ける?俺なんか助けてもなんのメリットもないのに……」
他人事ではなく、まるで自分のことのように悔しがる秋月さんを見て俺は聞かずにはいられなかった。
「……それは」
俺に聞かれた秋月さんは一瞬暗い表情をしたが、やがて目力を込めて答える。
「人を不幸にする事件や事故はいっぱいあるの」
「……」
秋月さんは何か思い出したようで一瞬目をうるっとさせた。
だが、我慢して続ける。
「ただでさえ辛いことはいっぱいあるのに、わざと他人を不幸にするのはおかしいでしょ?そんなの間違っている!本当の辛さがわかると、人をいじめることはできない!」
凛々しく大きな胸をムンと逸らす。
含みのある言い方だ。
本当に、俺とは真逆の人間だ。
ずっと泣き寝入りする俺。
対して強い意志を持って何かをやろうとする秋月さん。
そんな彼女に俺は答える。
「ありがとう。秋月さんのおかげで俺は何度も何度も助けられた。本当に秋月さんはすごいと思う。だから、俺、いつか秋月さんに必ず恩返しするから!」
本当……
秋月さんがいなかったら、俺はとっくに病んでいたかもしれない。
「臼倉くん……いいよ。恩返しなんて……それより、本当に学校辞めるつもり?」
「ああ。辞める」
俺は秋月さんをまっすぐ見つめて答えた。
「じゃ……アイン交換しようね!」
「え?あ、アイン?!」
「うん!学校を辞めても近況とかどういう風に生きているのか連絡して欲しくて」
「……」
と、秋月さんは携帯を取り出して俺に差し出した。
なので俺も条件反射的に自分の携帯を取り出して連絡交換をした。
すると、ぷるんくんがいつしか俺の頭の上に登ってきて、秋月さんをじっと観察してきた。
秋月さんはそんなぷるんくんを見て、にっこり笑った。
「ぷるんくんだよね?」
「ぷるん……」
ぷるんくんはいまだに警戒するような面持ちだ。
「臼倉くんがあんなに人前で叫んだの初めて見たよ。きっとぷるんくんは臼倉くんに大事にされているのね」
「い、いや……秋月さんやめて……恥ずかしいから……」
うう……
思い返してみると、我ながら恥ずかしいセリフを堂々とみんなの前で吐いたなと思うよ。
「ちょっと格好良かったかも……」
「ん?何か言った?」
「ううん。なんでもないよ。ふふ」
ぷるんくんは微笑む秋月さんの顔をまたじっと見る。
そして、
若干頬を緩ませた。
秋月さんと別れようとしたとき、彼女は
「私は臼倉くんがSSランクのダンジョンに行ったこと信じるから!」
と手を振りながら言ってくれた。
本当にいい子だ。
さっきも言ったが、後で必ず恩返ししないとだな。
俺は退学届を出しに職員室へと向かった。
事情を説明したら、先生たちは面談をしようと提案してきた。
でも、面談したところで俺の意思に変わりはないので、俺は不登校を宣言した。
教育熱心な親のもとで育てられたせいで、いじめられても毎日欠かすことなく学校に行って放課後になるまで授業を受けてきた。
でも今の俺は自由の身だ。
俺は学校を出た。
秋月花凛side
秋月は去っていく臼倉を見て、短くため息をついた。
そして、何か思い出したように携帯で電話をかける。
『花凛』
「パパ!ママの手術はどうなった?」
『ママは大丈夫……大丈夫だから』
父の声はどこか覇気がなく、ぎこちない。
秋月は表情がだんだん暗くなり、若干震える声で言う。
「ママ……また元気になれるよね?」
『ああ。きっとなれるさ』
「本当に……本当に本当に元気になれるよね?」
『きっと……きっと元気になれる……』
「だといいね……」
『ああ……』
「私、頑張るから、パパも頑張って!そしたらいいことあるよ!」
『花凛も学校頑張ってくれ』
「うん。じゃね」
電話を切った秋月。
彼女は臼倉のいたところに体育座りした。
そして、落ち込んだ様子で涙を浮かべながら口を開いた。
「ママ……」