いじめっ子の息子
◇いじめっ子の息子
柳原博志の息子の太一は中学校では目立たない少年だ。
しかし博志が学校でいじめていた噂が広まると次第に同級生達が太一を無視するようになった。
学校もそれを知って博志や由紀子と相談したが結論が出ず、太一は保健室や図書室で自習するようになり、次第に学校を休みがちになった。
学校を休んだからと言って遊びに行く事もなく部屋でテレビを見たり勉強していた。
博志と由紀子の口論が激しくなるにつれて部屋から出る頻度が減った。
昼間に散歩して警察に補導されてからは夕方に少しだけ外に出て公園でぼんやりベンチに座って暇を潰していた。
由紀子が博志と喧嘩して実家に帰っている時に房恵が家に来た。
「太一のおいしい物ばかり作って来たよ」
「ありがとう」
博志が店で仕事している間、房恵が持って来た料理を太一は口に運んだ。
太一は「おいしい」と言いながらコロッケを口に入れた。
箸を進める太一を見ながら房恵が、
「ねえ太一。学校はつまらない?」
と聴くと太一の箸の動きが止まった。
「つまらない。みんな父さんの悪口を言うから」
「そうなの。辛いね。他の学校に行こうか」
房恵が優しく言うと、
「別にいい」
と太一は小声で答えて唐揚げを頬張った。
「そう。でもね。どうしても嫌だったら言うんだよ。いじめられてよその学校に行くのは全然悪くも恥ずかしい事じゃないからね」
房恵の言葉に太一は黙って頷いて食事した。
しばらくして食事を終えた太一は「ごちそうさま」と言って2階の自室へ戻って着替えを持って浴室に入った。
浴室を出た後も房恵は居間でテレビを見ていた。
太一は房恵に「おやすみ」と言って2階の自室に戻った。
部屋で髪の毛を乾かしてテレビを見ながら勉強して太一はベッドで横になった。
外でタクシーが止まる音がした。
房恵が帰る為に呼んだのだと太一はすぐにわかった。
「明日……明日も休もう」
小さく呟いて太一は眠りについた。
翌日の夕方、太一が散歩していると背後から「おい、太一」と低い声で呼ばれて振り返ると博志の友達の飯田和雄が手を上げていた。
太一は「こんにちは。おじさん」と答えるとまた前を向いて歩き出した。
「おい、どうしたんだ」
和雄が駆け寄って来た。
太一は「別に」と歩きながら答えて急に止まった。
「ねえ、おじさん。お父さんは中学生の時、どんなだったの?」
「どんなだったて……さあな、俺があいつを知ったのは高校の時からだったし、いきなりどうしたんだ」
戸惑う和雄に太一は間を置いて、
「みんな父さんが同級生をいじめていたって言うんだ。それでその人が転校したって」
と言うと和雄は困った表情になった。
「そんな噂はあったな。あいつ怒りっぽいからきっとそいつにムカついたんだろう」
「そうなんだ。ありがとう」
「おい太一。あいつはお前に優しいだろ?それじゃダメなのか」
和雄が少しきつい口調で訊くと太一の表情がきつくなった。
「僕は……ごめんなさい。教えてくれてありがとう」
太一は和雄に小さく一礼して早足で歩き出した。
公園でぼんやり過ごして日没前に帰宅すると由紀子が帰っていた。
「おかえり。太一、ごめんね」
由紀子は申し訳なさそうに言うと太一は「別に」と答えて居間に座った。
由紀子が台所で夕食を作っている間、太一はテレビのニュースを見ていた。
しばらくして太一は由紀子と夕食のカレーを食べながらテレビを見ていた。
「お父さん、おとなしくしていた?」
「いつも通り。休みはパチンコに行っていた」
「そう。まあいつも通りならいいわね」
他愛もない話をして夕食を終え、太一は入浴した後、自室で勉強した。
飲み物を取りに1階に下りると居間で博志が食事をしていた。
「お疲れさま」
太一の言葉に博志は「おう」と答えて食事を続けた。
「お母さん、ジュース持って行くね」
太一が冷蔵庫を開けて言うと由紀子は食器を洗いながら「いいわよ」と軽く答えた。
太一がジュースを持って居間に入ると、
「なあ太一、和雄に訊いたんだってな」
博志がぼそっと言った。
太一はしばらく間を置いて「うん」と答えた。
「学校に行くのは嫌か?」
「そんな訳じゃないよ」
「その……悪いと思っている。俺のせいだとわかっているよ。だけどな、そういう事を俺に訊くのは怖いか?」
博志の口調の語尾がきつくなったのを太一は感じた。
「ごめん」
「別に謝って欲しい訳じゃないんだよ!」
博志の口調が更にきつくなった。
「お父さんはその人に謝りたいの?」
「謝る? あいつにか!」
目つきが歪んだ博志が怒鳴った。
太一には獣のような顔つきに見えた。
「ちょっと何を怒鳴っているの!」
由紀子が居間に駆け込んで来た。
「いや、何でもないんだ」
博志は申し訳なさそうに言った。
太一は黙って自室に戻った。
それからしばらく勉強して空っぽになったペットボトルを本棚に投げつけた。
ペットボトルは抜けた音を立てて本棚のそばのゴミ箱に入った。
太一は椅子にもたれて背伸びをして立ち上がるとベッドに転がるように横になった。
「何も変わらない」
横になったまま太一は呟いた。