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心象~枯れた田んぼ~  作者: 久徒をん
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いじめっ子

 

 ◇いじめっ子


 午後のクリーニング店で柳原博志はビニールに包まれた婦人服を束ねて袋に入れた。

「ありがとうございます」

「ありがとうね」

 客の中年の女が笑って答えてガラス戸を開けて出て行った。

「しばらく客は来ないな」

 博志は机のスマホを見た。

「またかよ。ハイハイ」

『太一にちゃんと晩御飯食べさせなさいよ』

 妻の由紀子からのメッセージに博志はため息をついて呟いた。

 博志は中学時代に涼太と泰司をいじめていた。

 周りが引く位に暴力を振るい何度も教師から注意された。

 二人をいじめ続けて涼太が転校したのを機に泰司は別のクラスに移り博志も他のクラスに移された。

 公立高校に進学してからは何回か校内で喧嘩したものの無事に卒業して親のクリーニング店を継いだ。

 常連の客だった由紀子と結婚して太一が生まれてからも気が短い性格が災いして何度も喧嘩した。

 今回も激しい口論の末、由紀子は5日前から実家に帰っていた。

 しかしいくら気が短くても博志は太一に手を上げなかったので由紀子は博志に太一を任せる事が出来た。

 クリーニング店といっても客から預かった服を洗濯する業者に取り次ぐだけなので晩に業者が来るまで客が来ない時間は暇だった。

「あ~あ、パチンコに行こうかな」

 博志は独り言を言いながら雑誌をめくり始めたが思い出したかのように立ち上がって家に入った。

「太一、パン置いといたから適当に食ってろよ」

 博志は太一のいる2階の部屋に向かって大声で言った。

 太一からの返事はなかった。


 博志の息子の太一は学校を休みがちだった。

「全く……どうすりゃいいんだよ」

 博志は小さく呟いて店に戻りカウンターの前に座って雑誌を広げた。

 店の扉が開いた。母の房恵が入って来た。

「あれ、何か用」

「ああ、近くまで来たからね。はいこれ太一に」

 房恵はお菓子の入った袋をカウンターに置いた。

 博志は「ありがとう」と袋を隣の椅子に置いた。

「由紀子さん、まだ帰って来ないの?」

「ああ、当分な」

 博志は雑誌を読みながら投げやりに答えた。

 房恵は呆れてため息をついた。

「もういい加減に謝りなさいよ。そんな事だから太一もあんな風になるのよ」

「それとこれは別。俺の言い方が悪くてあいつが怒るのもわかっている。だからってどうすりゃいいんだよ。俺だって好きで怒っている訳じゃないんだ」

「いい年してそんな子供みたいな言い訳が通じるとでも思っているのかい」

 房恵の口調がきつくなった。


「わかったよ。謝るよ」

「じゃ今すぐ電話しなさい」

「えっここでかよ」

「当たり前でしょ。ほら早く!」

 急かす房恵に押されて博志は由紀子に電話した。

 スマホから由紀子の声が漏れた。

「もしもし。ああ俺。その……悪かったな。もう帰って来いよ」

「そう。わかったわ。どうせお母さんに言われたのでしょ。明日帰るわ。太一の晩御飯よろしく」

「ああ、わかった……っておい!」

 房恵がスマホを取り上げた。

「もしもし由紀子さん。ごめんね。博志の口が悪いのは私のせいね。私からも謝るわ。だから早く帰って来てね」

 それからしばらく房恵と由紀子の間で明るい会話が続いた。

 博志はふて腐れて雑誌を読んだ。

「それじゃね」

 房恵がスマホの画面を人差し指で押して博志に渡した。

「明日の午後に帰るって。太一の晩御飯よろしくって」

「それ今、由紀子から聞いた」

 博志は投げやりに答えた。

「どうせまたコンビニのお弁当なんでしょう。作って持って来るから」

「いいよ。父さんに悪いから」

「いいのよ。作っておけば一人で食べてくれるから。じゃあ後で来るわね」

 博志の返事を聞かずに房恵は店を出た。


「全く、勝手だな」

 博志はぶつぶつ呟いて雑誌を置いた。

 背後から階段を下りる音がした。

「おう太一。パン置いといたからな。あと晩飯はおばあちゃんと一緒だ」

 振り向きざまに博志が言うと太一は「うん」とだけ答えて居間へ歩いて行った。太一の後ろ姿を見て博志はため息をついた。

「はあ。俺に似て口答えするならガンガン言えるのになあ」

 博志は呟いてカウンターの席でスマホをいじりながら客を待った。

 6時を過ぎた頃、房恵がタクシーから降りて料理を持って来た。

 博志の両親の幸太郎と房恵は隣町のアパートに住んでいた。

「俺は後で食うから太一の事を頼んだよ」

 店から家に上がる房恵に博志が言うと房恵は「わかった」と答えて居間に向かった。

 8時に店を閉めて仕事を終えた博志は居間に入った。

「ああ疲れた。おっ、これはまた豪華だな」

「太一が好きな物を作って来たからね。はい、お疲れ様」

 房恵は缶ビールをテーブルに置いた。

 博志は「ありがとう」とビールの蓋を開けて飲んだ。

 太一は既に食事を済ませて自室に戻った。


「由紀子さんはともかく太一はどうなのよ」

「どうって言われてもなあ。何か難しいんだよな。中学生の男だし色々あると思うが学校でいじめられているしなあ」

「思い切って転校させた方がいいんじゃないの」

「太一にそれ言ったけど別にいいって。ちゃんと学校に行くからと言っているがずっと休んでいるからどうしたらいいものか……」

 博志はため息をついた。

「このまま休み続けてもねえ。受験に響くんじゃない?」

「ああ、担任からも言われた」

「いじめられているのは博志のせいだからねえ」

「そうだな」

 煮物を口に運びながら博志の口調が重たくなった。

 太一が学校でいじめられている原因は博志が涼太をいじめて転校させた噂が校内に広まった為だった。

「由紀子が帰って来たら相談するよ」

 博志は残りのビールを飲み干した。

 房恵がタクシーで帰ってから博志は洗い物をして入浴した後、寝室のベッドで横になった。

「くそっ。何でこうなるんだよ。全部俺が悪いのかよ」

 博志は蒲団を頭までかぶった。

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