調子者
◇調子者
「お先!」
矢野智明は明るく挨拶して職場を出た。
自動車工場を車で出て20分程で帰宅した。
玄関で「ただいま」と言いながら入ると妻の春香と息子の秀喜が「お帰り」と居間から答えた。
「ああ疲れた。あれ父さんは?」
「寝室でテレビを見ているよ。さっきご飯食べたから」
居間に入って来た智明に母の恵美は振り返って答えた。
「ああそう。ああ、先に風呂入るから」
「いいわ。今日はカレーよ」
テーブルを拭いていた春香が言うと、
「今日はカレーよ」
春香の真似をして息子の秀喜が笑って言った。
「そうか、秀喜の好きなカレーか。楽しみだな」
智明は秀喜の頭をグリグリ撫でて2階の寝室に向かった。
智明の家は二世帯住宅で両親が1階に住み智明達は2階に住んでいるが、最近は恵美が高齢で炊事がきつくなってきた為に春香が全員の食事を作るようになった。
智明は服を脱いで着替えを持って下着姿で2階の浴室に入り、30分程でパジャマ姿で出て来た。
「おお、うまそうだな」
智明が1階に下りた頃には恵美と秀喜はソファに座ってテレビを見ていた。
春香が「はい」と缶ビールを持って来ると智明は「ありがとう」と軽く答えて受け取り蓋を開けて飲んだ。
「うまい。いただきます」
智明はスプーンを持ってカレーを食べ始めた。
「お父さん、おいしい?」
「ああ、うまいな。母さんのカレーは」
秀喜に答えながら智明が食事していると、
「同窓会の案内が来ていたよ。里見中の」
テレビを見ていた恵美が智明に顔を向けて言った。
「行かないから」
「そうだね。毎年送って来るけど今さらだよね」
「全くいい年して同窓会やりたがる暇な奴もいるんだな」
智明と恵美は小馬鹿にしたような口調で言った。
「別にいいじゃない? 会いたい人もいるのよ」
春香が自分の分のカレーを持ってソファに座りながら言った。
「そうか? いつまでも昔を引きずっている感じがして嫌だけどな」
「私は行けるなら行きたいな。実家に戻った時にちょうど同窓会があればだけどね」
「そうなのか。あるなら行けばいいよ。秀喜は母さんに任せればいいし」
「そこまでしなくてもいいわよ」
「私は別にいいわよ」
恵美が微笑んで言った。
「いやだ、お母さんまで。秀喜を置いてまで行きたいと思いませんよ」
春香が笑って答えた。
「そう? でも昔の友達に会いたい時だってあるでしょ。私達は地元だからいいけど」
「じゃあ、その時にはお願いします。いただきます」
春香は恵美に微笑んで頼むと食事を始めた。
「帰って来ていたのか」
智明の父の亨が居間に入って来た。
智明は「ただいま」と答えて食事を続けた。
「お父さん。どうしたの?」
恵美が訊くと、
「いや、腹が減ったから何かないかなって」
亨が申し訳なさそうに答えた。
「パンでいい?」
恵美が立ち上がりながら言うと亨は「ああ」と答えて恵美と台所へ行った。
食事を済ませた智明と秀喜は2階に上がった。
「宿題は済んだか」
「これから」
秀喜は自室に入り智明は2階の居間のソファに座ってテレビをつけ、騒々しいクイズ番組を見ながらソファにもたれて「はあ」とぐったりした。
智明が勤めている自動車工場の給料は高いが立って作業する時間が長く仕事が終わる頃にはふくらはぎがパンパンになった。
地元の大学を卒業して自動車工場に就職してずっと働いて来たが、最近は体力の衰えを感じていた。
「あと5年で家のローンが終わるからそれまで頑張らないとな」
木目の天井を眺めながら智明は眠った。
テレビから響く笑い声で智明が「うん?」と目を覚ますと台所へ歩いて行く春香の後ろ姿が見えた。
「ああ寝ていた。もう片づけは終わったのか」
春香は「あら起きていたの」と言いながら居間に入って来た。
「はいお疲れさま」
春香は麦茶の入ったコップを差し出した。
智明は「ありがとう」と麦茶を一気に飲んだ。
「最近疲れていない?」
「まあそういう年だからな」
「やめてよ。同い年の私まで老け込んでくるじゃない」
くたびれた口調で言う智明に春香は向かいのソファに座りながら笑って答えた。
「何かあったの? 同窓会の話でむきになっていたみたい」
「そうか? 別に……」
「嫌な事でもあったの?」
「えっ? まあ色々あるさ」
智明は天井を見ながら答えた。
「別にいいけど私の事は気にしないでね」
智明は「ああ、じゃあ寝る」と立ち上がって寝室に入った。