花を見る
探協内に、ダンジョンが出現した事件から2ヶ月が経ち。
季節は巡り春となり、桜の咲く季節となった。ということで、今日は東雲君と一緒に花見をしに行く予定になっていた。
友達と花見なんて、生まれてこの方一度も経験はしたことがないので、いくら相手が東雲君とは言え少しばかり緊張する。
そのため、二度目となる持ち物確認をしながら、『東雲君。友達とか他にいないのかな?』と、失礼なことを考えていると、丁度よく玄関のチャイムが鳴った。
「よ! 準備はできてるか?」
「わざわざ家まで迎えに来なくても良かったのに」
「ドタキャンとかされたら困るだろうが」
そう聞いて、少し憤慨する。
失礼な話だ。そりゃ花見客がいる中、一人で花見ほど虚しいものは無いかもしれないけど、僕がそんなことするはずもない。
「で、場所取りとかは大丈夫なの? 何も気にするなって言ってたけど」
「大丈夫、大丈夫! 任せとけって!」
……なんだろう、この笑みは? よくわからないけど、不安になってくる。業者とかに頼んだのかな?
◇
「おー! 満開じゃん! やっぱ見応えあるな、桜は!」
「……うん。そうだね」
咲き誇る桜に見惚れながら、上の空で東雲君の言葉に同意する。
近所でも有名な花見スポットということで、僕たちみたいに桜に感嘆しながら、食事を楽しんでいる人が沢山いた。
中には、他県から来る人もいるとかなんとか。この絶景を見れば、それもおかしく無いことのように思えてくる。
「で、場所取りはしてるんだよね?」
「おう! 勿論!」
夥しい花見客の数に不安になって、再度確認してみるも、またまた自信満々に答えられてしまった。
「こっちだ。こっち」
言われるがまま着いていく。しかし、結構良い場所取っているみたいだ。
公園の中央の、桜がよく見える所へと迷わず歩いていく東雲君を見ながら、場所を取るだけでも結構な出費になってそうだなと、申し訳なく思っていると、突然立ち止まった。
「おー、きたきた。こっちこっちー」
「すいません。先に始めてます」
「美味しい」
真横から、聞き慣れた声が聞こえてくる。ん?
「ん? どうしたんだ釘抜? 座れよ」
「いや、え? あれ?」
どういうこと? と、問いただすつもりがパニクリすぎて声がでなくなる。
近くで、近藤さん、夏目さん。そして斉藤さん(なんで?)の三人がレジャーシートを広げて花見をしており、東雲君は迷いなくそこに座った。
「ちょっと! なにしてんの!?」
「花見だけど」
悪びれることもなくそう言った東雲君の発言で、僕は全てを察した。前と、似たようなパターンか。
「で、座らないのか?」
その言葉に、東雲君だけでなく三人の視線も突き刺さる。ここで帰ったら、どこまでも嫌なヤツでしかない。
女子と食事するなんてただでさえ気が引けるのに、その相手が夏目さんを含んだトップレベルの美少女たち。
胃痛で死にそうになるので、できれば断りたいが、そんな気持ちを押し殺して僕はレジャーシートへと腰を下ろす。
できるだけ端っこの方に、むしろ土に尻をつけるぐらいの位置に。
それが今の僕にできる、精一杯の抵抗だった。
「悪いな。いきなり」
「ホントだよ。事前に伝えといてよ」
座るなり、東雲君が耳打ちで謝ってきたので、僕も耳打ちで怒りを示す。
「伝えたら、断ってただろ」
「そんなことは……」
できれば断りたいと思っていたことを、思い出した。
「2人だけで、なに喋ってんの」
そんな僕たちのコソコソ話を遮った近藤さんは、手にした紙コップをこっちに突き出して来た。
「みんな揃ったんだから、乾杯しよーよ。乾杯」
正直まだ東雲君には言いたいことがあったけど、言われるがまま、僕たちは乾杯する。
と、その時、ヒラヒラと舞っていた桜の花びらが一枚。僕の渡されたコップの中で、プカプカと浮かび始めた。
それだけで、さっきの怒りもどこかへ霧散するんだから不思議なもんだ。思った以上に、僕は単純な人間なんだろう。
◇
「ん!? この弁当、異常に美味しくねぇか?」
「……うん。これ、どこで買ったの?」
綺麗な重箱に詰められた、見た目も味も殊更に豪華な弁当に、僕と東雲君は二人して驚きの声を上げる。
近藤さんはというと、その質問を待ってましたとばかりに不適な笑みを浮かべている。
「実はこれ、奏音の手作りなんだ」
「夏目さんの?」
そう言われて、林間合宿のときのカレーを思い出した。なるほど、納得の美味しさだった。
にしても、夏目さんの手作りを食べてるって………そこまで考えて、思考を止める。
変に意識したって、無駄なんだから。
「これ、夏目が作ったのか。驚いたわ、美味くて」
「うん。美味しい」
「へへ……そこまで言われると、照れるな……」
そう言って顔を赤らめる夏目さん。その嬉しさを耐えた表情に、不覚にもドキッとしてしまった。
「……………」
「ん?」
そんな夏目さんの一挙手一投足にドギマギしていると、しきりにこちらを見ていた斉藤さんと目が合ってしまう。
……さっきから感じていた視線は、気のせいじゃなかった。
「どうしたの、斉藤さん?」
「…………」
そう尋ねるも、返答は返ってこない。ただ、箸で摘んでいる卵焼きと僕の顔を交互に見ている。
そして何も言わず、その卵焼きを僕の口元へと突き出してくる。
「……………」
「……………」
お互い見合ったまま、1秒、2秒と時間が過ぎていく。
苦手だったんだろうか、あまり聞かないけど。だとしても、口元に突き出してくるのはどうなんだろう。
「ありがとう?」
差し出された卵焼きを手で掴んで、そのまま口に運ぶ。やっぱり美味しい。食べないのが、勿体無いと思うくらいに。
「え? あの二人って?」
「え? そうなのか?」
「ううん。違うと思うよ」
そんな僕たちのやり取りに、三者三様の視線が送られる。
暖かいものを見るような目と、驚いたものを見るような目。そして、ゴミを見るような目。
最後の一つは、的確に僕だけに送られていた。泣きたい。
斎藤さんは斎藤さんで不満げな表情を浮かべているし、どうすれば良かったんだろうか僕は。
◇
「やっぱ、東京じゃね?」
「北海道や沖縄も気になるけどね」
花見中、話題は2年生になって訪れる一大イベント、修学旅行へと移っていた。
「サイちゃんも東京?」
「うん。ほぼ、そうだよ」
「釘抜もだよな?」
「うん。僕も、シーカーだからね」
その一言で、更に会話が盛り上がる。
東京と言えば、ダンジョンの量、質ともに国内で群を抜けて高く、世界五都市に選ばれるほどの迷宮都市。
日夜、シーカーが鎬を削るそこは、全シーカーにとって憧れの場所でもある。
そのため、皆んなが東京を選ぶのも、半ば当然のことだった。が一人、夏目さんだけが渋い表情を見せる。
「ごめん。私は東京には行けないかな」
「え? 嫌いなのか、東京?」
「いや、向こうにはお兄ちゃんもいるし、行きたいのは山々なんだけど……」
言い淀んでいる夏目さんを見て、ウォークラリーでのあの事件が頭をよぎった。
あの時狙われた理由が、僕の予想した通り夏目奏多の妹だからだったとしたら、お兄さんのいる東京に行くのは非常に危険だ。
ブラコンの気がある彼女が、こんところに住んでいるのも、それが原因なんだろう。
そのことを僕よりも先に理解していた近藤さんは、夏目さんの気持ちを尊重する。
「…….そうだよね。わかった、私も東京には行かないよ」
「うん。ありがと」
「じゃ、じゃあ俺もーー」
「三人は、東京楽しんで来てね」
そう言われたら、何も言い返せるはずもなく。
東雲君が夢にまで見ていた、近藤さんとの修学旅行は、まさしく夢へと消えてしまった。
◇◇◇
「わー……綺麗ですね」
「このライトアップ、クリスマスを思い出しますね」
満開の桜の前に、少女たちが感嘆の声を上げる。毎度のことながら、反応が良くて助かる。
時刻は19時。
既に他の4人は帰路へと着いており、僕は一人ここに残って、この子たちと一緒に桜の鑑賞をしていた。
「知ってた? 桜の種類って、100種類以上あるんですって」
「桜餅って、葉っぱは食べて良いの?」
一人を除いて、全員が目の前の桜に興味を示していた。紅葉という名前をつけたのは、間違いだったかも。
こんな夜に少女四人を連れ回すなんて、ハッキリ言ってただの不審者でしか無いけど、酒に酔ってたり桜に夢中だったりと、都合よく注目されてはいない。
桜の写真を一枚撮ると、バレていないうちにそそくさと、ライトアップのされていない薄暗い方向に移動する。
「さっきの写真、あれは資料用ですか?」
「ううん、恵南さんに見せる用だよ。まだ病院で療養しているみたいだし、見せたら喜ぶかなって」
「……大切に、思っているんですね」
「うん。勿論だよ」
そう自信満々に答えると、アッシュちゃんはどこか沈んだ表情を見せる。まるで、後ろめたいことでもあるかのように。
「……それは……例え、人間じゃなくてもですか?」
「ん? 何か言った?」
「いえ、別に……」
あからさまに嘘だとわかる誤魔化し方。なんだろう、前に言ってた、4番目のタロットが関係してるのかな?
そんな、不穏な空気を残したまま、僕たちは家へ帰る。辺りはすっかりと、暗くなっていた。




