尾を引く4
「レイン!! まだ!?」
「……っ!!! 無理です! 痕跡、探せません!!」
「もうっ! 役立たず!!」
赤髪の少女が青髪の少女に、心許ない言葉を投げかけるが、それも致し方ないことだった。
何故なら、今彼女たちが与えられているのは、彼女らの親愛なるホルダーからの命令。
文字通り、命に変えても遂行する義務が、彼女たちにはある。
が、依然として手掛かりの掴めない状況に焦っているのは、何も赤髪の少女だけではない。
青髪の少女だけではなく、緑髪の少女まで、普段ののほほんとした空気をかなぐり捨てて、魔力回復に努めている。
全員が全員、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「もう………無理なのかも、しれません……」
そして遂に、青髪の少女が膝をつき、そんな弱音を吐いたかと思うと、堰を切ったみたいに泣き出し始める。
「何、諦めてんの!? ほら、立ってよ!」
「レインちゃん……もう少し、頑張ろ」
二人は必死に励まそうとするも、その声にはどこか元気がない。むしろ、青髪の少女につられて泣きそうにすらなっている。
彼女たちは決して、見た目相応に精神年齢が低いわけではない。趣味嗜好は少女のそれに近いかもしれないが、簡単なことで泣き出すほどやわな精神構造はしていない。
そんな彼女たちの精神に限界が来るほど、状況は深刻だった。
探協本部では、未だ楽観視しているものも多い。なんなら、ダンジョンへと送り込まれた者たちの中にだって、危機感を覚えているものは少ないだろう。
それほどまでに絶対的なものだった。シーカーにとって、二つ名という称号は。
そんな中で、彼女たちだけは気づいていた。理屈では説明できない、動物的とも言える感のようなもので。
『麗姫』は、恵南杏香はおそらくーー、死んでいると。
「「「…………」」」
三人の顔は、絶望の色に染まる。ただなすすべなく、刻一刻と過ぎる時間が、その色を更に濃くしていく。
「随分と、情けないものだな」
その声はーー、酷く哀れみを含んだ嘲笑するような声音だった。
「何? 急に現れて?」
勿論、喧嘩っ早いその少女のことである。元来の手の速さに加え、今の絶望とした状況下。
そのあからさまな煽りを、聞き流せるはずもなく。
そんな今にでも食ってかかりそうなその赤髪の少女を、そうした張本人であるにも関わらず、宥めるように手を前に突き出す。
そして、げに驚くべきは、たったそれだけの行為で、赤髪の少女が冷静さを取り戻し動きを止めたことだろう。
金髪の髪を頭の上でお団子にしたその少女は、それが当たり前のことであるかのように、鷹揚に頷いた。
「それで良い。こうしている間にも、状況は悪くなる一方……最早、手遅れかもしれぬが、無駄なことに時間を割いてる暇はない」
まるで、全てを知っているかのような言い草に、赤髪の少女たちはそれぞれ警戒を強める。
そんな中で、青髪の少女は恐る恐るといった様子で尋ねる。
「……あ、あなたが。アッシュちゃんが言ってた……」
「ほー、流石は女教皇だな」
その一言で、その少女の正体は割れた。
「お前、ホルダーさんを!!」
「モミジちゃん!!」
激昂する赤髪の少女の腕を力いっぱい引っ張り、なんとか静止させる緑髪の少女。
力無く首を振るう姿は、これ以上の議論は時間の無駄だと、言外に伝えていた。
「で、何の用? わざわざ、煽りに来たの?」
「全く、酷い言い草だ。仲間外れは寂しいのだが?」
「私たちはあんたなんかーー、」
そこまで言ったところで、言葉を止める。
自分の身に降りかかった何かに対し違和感を感じ、困惑したような顔を浮かべた。
「………あんた、何したの?」
「警戒することはないぞ。ただの援護魔法だからな」
そう言われて、納得したような顔を浮かべる二人とは対照的に、赤髪の少女だけは未だ睨みつけるような視線を送っている。
「どういうつもりなの」
「そういうつもりだ」
それだけ言うと、悠々と少女たちに背を向けてその場を去っていく金髪の少女。
その後ろ姿に一瞬迷うような表情を浮かべるも、気持ちを切り替えるかのように頭を振り、青髪の少女へと向き直る。
「レイン! 居場所は!!」
「はい! なんとか!」
強化された魔法探知に引っかかった、ダンジョン内の謎の秘匿されている空間。
それを見つけた少女はわずかに頬を緩ませる。
まるで、それで全て解決できると言わんばかりに。
◇◇◇
「ツメタイ……イヤ、サムイ。ナンダ、ナニガオキテイル?」
その骸骨は酷く動揺していた。
身に伝う初めての感覚。いや、その身である骨すら飾りのこの思念体にとって、本来、感覚を味わうなんてことはない。
そもそもが、痛みや寒さといった、全ての外的刺激を超越した存在である。
だと言うのに、今その思念体を襲っているのは、ただ寒いという原始的で直接的な痛み。
人間を遥かに超越したそれに、本来通じない痛み。
その発生源であろうモノに、骸骨は質問を投げかける。
「ナゼダ? マダ、イキテイル……イヤ、ウゴイテイルノハ」
胸を突き刺され、心臓を貫かれたはずのソレは、その全てを否定するように不適な笑みを浮かべて立っていた。
既に胸部にできた傷は氷漬けにされており、血も止まっている。骸骨にとってそれは、理解し難いことだった。
そうやって混乱をしている骸骨をよそに、ソレは粛々と一歩を踏み出して、距離を詰める。
その一歩、一歩が氷となる。
その歩く仕草はどこか優雅で、狂気的な儚ささえ感じられる。先程までの彼女は、どこかへ消え去っていた。
「モハヤ、ハナシハツウジヌカ」
その姿にわずかな恐れを感じ、距離を取ろうとするも、動けない。蛇に睨まれたカエルのように、その場に釘付けにされる。
「ナ、ナンダコレハ」
慌てて骨の身体を捨て、逃げ出そうとするも、同然できない。
「ナンダ? ナンナンダ? ナニガ」
そこでやっと、今自分が呼吸すらできていないことに気づく。それどころか、心臓も脈も止まっている。
まるで、凍らされたみたいに、完全に停止していた。
そこではたと気づく、そもそもこの身体にはは心臓も脈もないし、呼吸など最初から必要ですらないことに。
だと言うのに感じる、窒息したような不快感。
「クルシイ……クルシイ? ナニガナニガナニガナニガナニガ」
剣を手落とし、喉を掻きむしりながら狂ったように繰り返す。酸素を求めるように口をパクパクと動かす姿は、滑稽にすら見える。
そんな様子の骸骨を宥めるみたいに、目の前まで来ていたソレは、肋骨の部分を引き寄せ優しく包容する。
その瞬間、世界は凍った。
そして、少女たちは出会う。
雪がチラつく中、一体の氷の彫像を前にして、頬を染め熱い吐息を漏らす、女性のような姿をしたナニカに。
ソレは、新たに現れた三人のモデルに、熱い視線を送っていた。
◇◇◇
「……これは、マズイですね」
「ああ、急に能力の出が悪くなった。魔素が消えかけてやがる」
「それってまさか……」
「ああ。急いで、ダンジョンの中にいる奴らを連れ出すぞ」
「ダンジョンが消えかけてやがる」
その声と同時に、ダンジョンを構成している壁、床、天井が、淡い光を出して霧散し始める。
大抵のシーカーは、見ることのない光景だ。
「それにしても崩れるのが速いですね。低階層と言えど、このレベルのダンジョンです。例えボスがいなくなったとしても、元々の魔素量的に1日は形を維持するはずなんですが」
「ここを構成している魔素が天然物じゃなかったんだろ。ここは相当な化け物の手によって、作られてたんだろうな」
「何二人して冷静に分析しているんですか! ここが消えてなくなら、恵南さんはどうなるんですか!!」
まだ安否も確認できていないと言うのに、焦った様子すら見せない二人に対して、若い青年は声を荒げる。
「その真のボスを倒して脱出したんだろ? そう信るしかない」
鬱陶しそうにそう答える男に到底納得できないのか、青年は尚もしつこく喰らいつく。
「もし! そうじゃなかったら!!」
が、そんな青年の感情を吐き捨てるように、端的に切り捨てた。
「そんときは、そんときだろ」
非情にもとれる発言。それがシーカーとして、正しい判断であるのは間違いなかった。
けど、それを弁えられるほど、彼も大人では無かった。
「俺、捜して来ます!!」
これ以上の問答は無駄だと悟ったのか、静止を振り切り、走り出そうとする青年。
それを、身体全身を突き抜けるような痺れるダメージが止めた。
「悪いな、優吾」
「ホントですよ。わざわざ煽るような言い方をして」
「怒んなって。にしても、やっぱお前の能力は便利だな。人一人を簡単に無力化できちまうんだから」
「別に、簡単にではないですけど」
「だから怒んなって」
そう快活に笑いながら言い、気絶した青年を軽々と担ぎ上げる。
「じゃ、俺。嬢ちゃんを探して来ますね」
「おう。頼んだぞ」
◇◇◇
「………へ? スカルがやられた? 消えたんじゃなくて?」
「はい。確認したところ、間違いないかと」
その意外な報告に、私は酷く落胆する。
「あれだけ多くの命を使ったっていうのに……情けない」
失ったコストを考えると、ため息が出てしまうのも仕方のないことだった。
あれだけいれば、新人類の研究も更に進めれただろうに。
「それで? 標的の方は始末できたの?」
「いえ。申し上げにくいですが、一命は取り留めたようです」
「それじゃ、あいつらの命も報われないわね」
その言葉とは裏腹に、その表情は酷く冷たい。まるでそんなのは、どうでも良いと言わんばかりに。
「で? スカルを倒すって、『麗姫』ってそんなに強かったの?」
「……詳しくは分かりませんが、圧倒的な力の差は無かったと思われます。全身の骨を、複雑骨折していたみたいですから」
「辛くも勝利ってことか。それでも十分凄いけど」
そこで少し考えてみる。
「ってことは、今『麗姫』を襲えばヤレるってこと?」
「難しいかと。警備は厳重ですし、あの『雷音』もついています。可能かもしれませんが、コストを考えるとお勧めしませんね」
「…….仕方ないわね。またの機会にするわ」
「それが宜しいかと」




