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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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針は回る

「ダンジョン行こうぜ、ダンジョン!」


体育祭の騒動から1ヶ月、すっかり季節も冬になって、もうすぐクリスマス、そして正月という黄金期に東雲君はそんなことを言い出した。


「ダンジョンなら、結構な頻度で行ってるよ」

「ちげーって、県外だよ県外。今度の冬休みに、兵庫行こうぜ」


なんでわざわざ、とも思ったけど理由はすぐにわかった。


「ああ、勇者の剣ね」


ごく最近のこと。兵庫にある、とあるダンジョンの最下層で台座に刺さった剣が発見されたとシーカー間で話題になった。


僕も一度、写真で拝見したことがあるけど、まさしくそれは勇者の剣と呼ぶべき見た目をしていて。


そうなると当然、誰もが引き抜こうと挑戦する。が、未だに誰かが引き抜けたなんて報告例は聞いてない。


そんな面白そうな話、当然東雲君が食いつかないわけもなく。


「やだよ、めんどい。後お金かかるし」

「隣だろうが! なー、良いだろ? 勇者になれるかもしれないんだぜ?」

「興味も惹かれないわけでもないけど……」


それでもなんだかなと思っていると、突然ポケットに入れていたタロットカードが震え出した。


気のせいかもしれないけど、それが何か、彼女たちに訴えられているように思えて仕方がない。


まるでその勇者の剣が、何か重大なものであるかのように……


「………わかった。行くよ」

「おう! やっぱり、勇者だよな!!」

「まあね」


なんて具合に誤魔化しながら、勇者の剣という存在に、心を躍らせるのだった。


◇◇◇


「おー。やっぱ、めっちゃ冷え込むな」

「………」

「なんだよ。さっきから、黙ってさ」

「いやだって」


僕はそう言って辺りを見渡す。


東雲君もそれだけで、何が言いたいか検討がついたのだろう。周りのカップルに目もくれず、惚けたフリをした。


今日はクリスマスイブ。

兵庫駅の周りには当然のように、多くの男女が手を繋いで弾けるような笑顔を見せている。まるでそれは、見せつけるように。


まだライトアップすらしていないのに。


「よりによって今日、男二人なんて」

「言うなよ。虚しくなるから」


本音が漏れた。流石に、知らんぷりにも限界があったみたい。


「何がクリスマスだ。ここにいるやつら、揃いも揃って仏教徒のくせしてよ……背反だ背反」

「言うだけ虚しくなるだけだよ。さっさと行こう」


そう言って怨嗟の声をあげる東雲君を引きずって、その場を離れる。なんで今日を選んだんだろ。


◇◇◇


バスに乗って揺られること、30分。

ダンジョン前で、いかにもなシーカー風の身なりをしたイカつい人たちと一緒に僕たちも下車した。


勇者の剣の噂が出回ってから3週間ほど。もう既にバスの一つの停車駅として組み込まれていることから、どれほどの人がここに訪れているかが窺える。


いつの時代のどの年代も、男はみんな少年なんだ。


「とは言え、流石に人も少なくなってるな」

「発見されてから時間も経ってるし。何より、成功例が一つも出てないことからもうほとんどのシーカーが抜けないものとして認識してるのかもね」


なんて無駄話をしながら、ダンジョンの中へと入っていく。


「お、いきなりか」


ダンジョンに入ると早速、通路にいる2匹のコボルトを発見する。


「まずはこいつらで、準備運動を……ん?」


そう言って東雲君は毒を塗られたナイフを、コボルトの方へ向けると、片方のコボルトがもう片方を庇うように前へと出た。


それはまるで、パートナーを守るオスのようであり。駅前に溢れかえっていた、あの構図に非常に酷似していた。


「……俺は、俺は、こいつらにまで……」


肩を震わせ、呪怨のような言葉を呟く。その目には、怪しい光が灯っていた。


「許せねえ……許しちゃおけねー……」


幽鬼のような動きで、コボルトに近づくとその手にしたナイフを閃かせる。

魔物の血を浴び、どこか遠くを見る彼の姿はとてもいたたまれなく、僕は目を合わせることはできなかった。




「これが勇者の剣……まさしく、って感じだな」

「うん、まさしくだね」


2人してそんな感想をもらす。ガッチリとした石の台座に刺さっていることはもとより、周りに描かれている壁画もなんだかそれっぽい雰囲気を醸し出している。


これは地球……なのかな?


模様が描かれた丸い何かに、纏まりつくモヤとか、それへと向けて降り注ぐカケラとか、幾つもの光とかわけがわからない。


ダンジョン考古学の先生とかなら、何を指しているのかわかるものなんだろうか。


「じゃあ、俺から挑戦するな」

「うん。わかった」


東雲君は意気揚々と意気込んで、剣の刺さった台座の前に立つ。


そして数秒瞠目したかと思うと、剣の柄を握り、大きく息を吐き出した。見ているこっちが、緊張してくる。


「はーっ!!!」


大きな掛け声とともに、力が入るのがわかった。が、肝心の剣の方はびくともしていない。


台座に足までかけ、全体重を使って思い切り引っ張っているのは見てとれるが、まんじりとさえ動いていなかった。


「あーーー!!! 抜けねー!!!」


東雲君の絶叫が、空間内に響き渡る。その声とは、裏腹に東雲君の顔にはどこか笑顔が浮かんでいた。


心のどこかでは諦めている自分がいたんだと思う。スッパリと諦められて良かったと、顔に書かれていた。


「今度はお前の番な」


そう言って、台座の前を譲ってくれる。


「なんか………凄いね」


改めて近くで見てみると、その剣の見た目に引き込まれる。


装飾は派手で、勇者の剣としてはバッチリだけど使い勝手は悪いんじゃないか? とか、そんな無粋な疑問も湧いてこない。

その剣が放つ威圧感とでも言うのか。そこには、有無を言わせない迫力があった。


結合部の方をじっと見る。そこには勿論隙間などなく、びっしりと完全に一体化している。


抜けないわけだ。台座を破壊する方が早いだろう。


ただ、こういったダンジョン内のオブジェクトは大抵破壊できない。壁や床と同じで、どうあっても壊れないものだったりする。


実際、どんなに攻撃しても傷一つつかなかったらしいし。


「ま、関係ない話か」


そう言いながら、台座に刺さった剣の柄を掴み力の限り思いっきり引っ張ってみる。


当然何も起きることはなく。


「さ、帰ろっか。東雲く……ん?」

『……東雲? それがお前の名前か?』


え? 誰? ていうか、ここ……どこ?


気づけば先程までいた場所とは違う景色、入口も出口もない立方体の中に僕はいた。


ただあるのは僕と、台座とそれに刺さった剣。そして、僕に話しかけてきた壁にもたれかかっているヨレヨレの外国人。

その金髪や青い瞳は輝きを失っており、その人からは得体もしれない喪失感が漂ってくる。


この人は人間なのか……?


『質問に答えろ』


そんな僕の疑問を他所に、命令口調でそう問いただしてくる。


僕は訳もわからぬまま、その質問に答えた。


「いえ……釘抜、延壽です」

『そうか、俺はミドウ。お前の前のホルダーだ』


その言葉に口をつぐむ。

なぜその呼び名を? 前のホルダーって? 頭の中に、ハテナマークが乱立する。


『持ってるんだろ? 出せよ』


その男の言葉に、タロット化をしていた4人が一斉に飛び出した。


「なんだ、バレてたんだ」

「どうして、私たちの存在を知ってるんでしょうか?」

「前のホルダーとは、いったい?」

「あらあらあら?」


『久しいな、ミカ、ルミナ……いや、今は違うのか』

「前のホルダーって、どういう」

『そのままの意味だ。こことは違う世界で、俺はそいつらのホルダーだった。そいつらに、俺の記憶はないみたいだがな』


その言葉に思わず少女たちの方に視線を向ける。全員揃って、首を振られた。


イセカイ……って、異世界のことだよね。確かに、モミジちゃんがそんな話をしていたような気もするけど……ホントに?


「あの、ここは……?」

『ここは鍵の世界だ』

「鍵?」

『刺さってあっただろ。あの台座に』


あの、剣のことを言っているのか? あれが、鍵?


『そして鍵穴はお前だ』

「へ?」

『ホルダーとしての資格が、お前をここに導いた』


何を言ってるんだ、この人は?


モミジちゃんたちも、困惑してるぞ。


『しかし随分と待った。ざっと200年、ここでこの世界の資格者がここに現れるのを、ずっと待っていた』

「に、200年って……」


あり得ない数字だ。なんたって最初のダンジョンが発見されたのでさえ、60年ほど前のこと。


ホラ? いや、どうにも嘘とは思えない迫力がある。


「……どうして、そんな長い間僕を待ってたんですか?」

『この世界は滅びる』

「は?」


思いきって僕のした質問に、予想外の答えが返ってくる。


世界が滅びる? なんだそれ?


「そんな話」

『冗談じゃない。そのミルキー……こっちでは、タロットだったか。それは終末を予言する』

「終末を……予言?」

『それがホルダーの手に渡ってから、きっかり10年後。世界は、間違いなく滅びを迎える。俺はそれを伝えるために、ここにいる。俺たちの二の舞には、させないために』


あまりの急展開に、口をパクパクさせる。


嘘だ、間違いなく嘘だ……それが嘘だとして、どこからが嘘だ?


前の所持者ってところは本当だと思う。異世界とか意味はわからないけど、辻褄が合うところも多いから。


ただそれが真実だとしたら、一気にさっきの話の信憑性が上がってしまう。


だとしたら、だとしたら……滅びるの? 10年後?


『落ち着け。息が上がってるぞ』


そう目の前の人に言われて、冷や汗が垂れていることに気づいた。モミジちゃんたちも、心配そうな顔でこちらを見ている。


「ほ、滅んだって?」

『そのままの意味だ。綺麗に消えてなくなったよ。そこに星があったっていう痕跡ごと。あの鍵だけは幸い、世界間を渡る力があったから俺の思念を乗せて、この世界に送った。次に滅びるであろうこの世界にな』

「…………」

『信じるも信じないも、勝手だ。ただ覚えておけ。もし滅びる未来を防ぎたいのなら、21番目の『世界』のカードを手に入れろ。俺はそれができなかった』

「それって、どういう」

『悪いが、質問には答えられない。時間切れみたいだ』


その言葉と同時に、視界が暗転した。


◇◇◇


「おい、何ボーッとしてんだよ」


その言葉に慌てて後ろを振り向く。


そこには不思議そうな顔をした東雲君が、そして周りの壁には奇妙な壁画が描かれている。


どうやら、元の場所に戻ったみたいだった。


「どうしたんだよ。引き抜かないのか?」

「え?」

「驚いた顔すんなよ。剣の柄に手をかけて固まってただろ?」


いや、引き抜く動作はしていたはず……つまり、あの時にはもう違う場所にいたってことかな。


「……何秒くらい?」

「数えてねーよ。5秒くらいじゃね?」


その言葉に再度驚く。


確かに僕は、あの空間に2分はいたはず。もし、こことあそこでは流れている時間が違うとしたら?


あの人の言う200年待ってたって言葉も、嘘じゃないのかもしれない。


なら、地球が滅びるってことも……


「うっ!」

「おい! 大丈夫かよ!!」


思わず立ちくらみを起こしてしまう。


「おい、大丈夫かよ。おい」


東雲君の声が聞こえる中で、僕は21番目の『世界』のカードのことをずっと考えていた。

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