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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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理想を語る

「メール?」

「うん? ちょっとね」


全ての競技が終わり、僕たちは控え室に戻っていた。


結局最後の競技、棒倒しは惜しくも敗れてしまった。側から見ていても、本当に僅差だったように思える。


だからこそ、当の本人の斉藤さんはさぞ悔しがっているんだろうなと思ってたけど、全然そんなこともなくて。

むしろ、サインをもらえた分嬉しそうにしていた。


それを売れば、今の時点でも50万はくだらないと思う。


恵南さん直筆のサインなんて世界で一枚だろうし、需要と供給が全くと言っていいほど釣り合っていない。


しかも、あくまで現段階でだから。

10年後とかを考えると、1000万はいくと思う。そう思うと、ぞんざいにそのサインを自分の鞄へ入れているところを見ると、慌てて止めたくなる。


「……もう閉会式始まるけど?」

「先に行っといてよ。後で僕も行くからさ」


その僕の言葉に頷くと、控え室を出ていく。


これで残っているのは、僕と彼の2人だけになった。


「で? 何の用なの。浅間君」

「……え? もひかして、バレてるの?」


驚いたような表情をして、ロッカーの中から出てくる。一体いつから隠れていたのか、さっぱり気付かなかった。


「今度は何を企んでるの?」

「ああ、無視ね。気になるけど、まあいっか。で、何を企んでいるかって? 逆に聞くけど、何を企んでいるように見える?」

「……人殺し」


率直にそう答えると、浅間君はいたく傷ついているフリをする。


「覚えてはないはずなんだけど、直接そんなことを言われたらさすがの僕でも傷つくな。第一、僕が望んで人を殺したことなんて一度も無いし」


軽々しくそんなことを言う。

今までの自分の行いに、罪悪感とか後悔とか、一切感じていないような言い方だった。


「今回も、僕は君を成長させるたいと思ってここに来ただけさ」

「………成長?」

「そんなに、畏まらないでよ」


うっすらと笑うと、偉そうに僕へ講釈を垂れてくる。


「僕は常日頃から、人が成長するのは何かの選択に迫られたときだと思うんだよね。それが選ばなければ、選べないほど良い」

「自分の価値観を押し付けないでよ」

「厳しいな。まあ、経験しないとわからないよね。選択という言葉の重みを、責任を負うということの意味を」


その言葉と同時に、一人の女性が入ってくる。


いつもの高圧的な印象を与えるその目は、どこか虚に開かれていて、その焦点は合っていない。

人形のように、ただただ虚空を見つめる姿は恐怖すら覚える。


「え、恵南……さん?」


その姿からは、いつもの一人、凛と咲く花のような孤高の高潔さはどこにも見つけられない。


そこに自分の意思が介在していないみたいに、無気力だった。


「驚いたかい?」

「っ!! どいてよ!!」


慌てて駆け寄ろうとする僕の目の前に、割り込んでくる。


焦っている僕を、楽しんでいるようだった。


「はいはい、暴れないでね」


その顔面をぶん殴る体勢に入った僕の額に、慣れた手つきで紙切れを貼る。それだけで僕の身体は、石のように動かなくなった。


「さて改めて……君に選択を迫ろうか、釘抜君」


そう言ってまた、ニヤッと笑う。人を壊す人の笑みだった。


「さあ、君はどちらを選ぶ? 観客全員の命か、ここにいるこの娘一人の命か。好きな方を選ばせてあげるよ」

「……………」

「冗談だとか、思わないでよ。僕は今から、君が言うように人殺しをする。他ならぬ、君のためにね」


頭が沸騰するような感覚に襲われる。


……僕は彼を、殺せるんだろうか。


「さあ、選びなよ。君はどちらを助ける?」

「……選べるわけない」

「仕方ないなー。古典的な方法だけど」


息を大きく吸って、両手を広げてこちらに見せつけてくる。


「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな」


一本一本、指を折り曲げ数える。


それが猶予だとでも言うように。


「ろーく、ごー、よーん」


今から人を殺すと宣言しているのに、そのカウントは乱れることもない。それだけで、彼が人を殺しなれてるのを見てとれた。


「さーん、にー、いーち」

「僕は、誰も切り捨てない」


その言葉に、軽蔑するような目を向けてくる。


裏切られた。

言葉には出さずとも、そう言っているのがわかる。彼は今までで一番、悲しそうな顔をしていた。


「……残念だよ釘抜君。君だけは違うと思ってたのに」

「違うって」

「吐き気がするほどの綺麗事、理想論。ハッキリと言っておこうかな。僕はそういうのが、世界で一番嫌いなんだ」


それは彼が初めて現した、感情的な言葉だった。


「そう言って、責任を負おうとしない君は」

「誰も責任を負わないなんて言っていない。僕は選ぶよ」


浅間君の言葉を遮って、僕は恵南さんに指を向ける。


「彼女を切り捨てる」

「つくづく、つまらない答えを出すね君は。どうせ、彼女なら死なないとか、無責任な期待をかけてるんだろうけど。僕が期待しすぎていただけなのかな」


心を見透かしたように、浅間君は言う。それを知った上で、彼は笑みを溢していた。


「ま、この娘が死ねば、君の甘い考え方も少しは変わるか。きちんと責任は取ってもらうよ。選んだ、責任はね」


動けない僕に見せつけるように、どこからか取り出したナイフを無気力でいる恵南さんに手渡した。


銀色の刃が、怪しく光る。


「な! やめっ」

「少し黙っててね。この娘の断末魔をちゃんと聞かないから。じゃ、改めてーー、『自殺しろ』」


恵南さんは震える手で、言われるがままナイフをしっかりと握って首元へと持っていく。




そしてーー、鮮血が宙へと舞った。


◇◇◇


「お、おい! 何が目的だ! 金か? 金なんだろ!? いくらでもくれてやるから止まれ!! こっちへ来るな!!!」

「お前の命一つ。それ以外には何もいらん」


男の説得もやむなく凶器を手に持った下手人は、懇願する男のもとへと、ゆっくりと歩く。


護衛は既にいない。全員始末されていた。


スタジアムに設置された特別観覧席での出来事である。他の観客たちは、頭上で行われている凶行に気づく余地もなかった。


「くそっ! 山城! 山城、速く助けにこんか!!!」

「それが誰かは知らんが、既にこの世にいないものに助けを求めてどうするんだ?」

「黙れ! お前程度に、殺されるわけないだろ! あいつが!」


下手人は首を傾げる。


既に自分の実力は、相手に把握されているはずだ。なんせ目の前で、この部屋にいた護衛が6人同時に殺されているのだから。


全員、腕利だったように思える。


それを目撃しておきながら、殺されるわけないと豪語しているこの自信。その山城というものが気になった。


気にはなったが、任務が優先である。


「ーー、あ」


男の放尿も気にせず、近づき凶器を閃かせる。



甲高い音が、室内に響いた。


受け止められたと気づいた瞬間に、距離を取る。いつの間にか現れた、不気味な見た目の男がニヤリと笑う。



「山城!! 貴様、何をして」

「すんません。トイレ行ってたら遅くなりましたわ」

「貴様、また……もう良い! さっさとそいつを殺せ!!」

「へいへい」


こちらへと気にも留めずに、砕けた感じで不気味な男は立っている。それは、不用心の一言に尽きた。


「お前が山城か」

「おお! うれしーね。まさか、名前を知られてるとは」


視線がぶつかり、釘付けになる。


お互いに相手の出方を窺っていた……はずだが


「めんどくさっ。さっさと終わらせましょうや」


不気味な男は不用心にこちらへと歩いてくる。そしてついに、罠のもとまで来てくれた。


戦い慣れをしていると思ったが、気のせいらしい。


「あ? スプリンクラー?」


いきなり発動した天井に設置されていたスプリンクラーが、男の身体へと降りかかり、ずぶ濡れにする。


そのまま皮膚は爛れ、タンパク質は溶け、骨が丸見えになる……はずだった男の身体には、なんの異常も見られない。


その異常な展開に、思わず声をあげる。


「あー、すんまへん。異能力は効かない、そんな体質をしとるんすわ生まれたときから。そして、重ね重ねすんまへん」


後ろに下がろうとするも、それ以上下がれない。身体が動くことを拒否していた。それが相手の異能のせいであるのも明らかだった。


「……ガフッ」

「よーけ、血が出る。健康だった証拠やな」


刃物を突き刺された腹部から、湯水のごとく血は溢れ、下手人はその場に力なく倒れた。




「良くやった山城! 褒美をとらせよう!」

「おおきに、おおきにな」

「よし、後でこいつの素性を調べて報告しろ。わかったな」

「あ、そのことなら調べんでも」

「なに?」


男の腹に、先ほど下手人へと突き立てられたものと同じ凶器が、深く深く突き刺さる。


「汚い色やなー。生活習慣が、透けて見えるで」

「き、貴様………」


まだ息はあった男の腹へと、突き刺した凶器を強く捻る。それだけで、男は完全に沈黙してしまった。



ただ一人、残った男は嬉しそうに呟く。


「やー、ずっと邪魔だったんすよね。あいつ」


◇◇◇


浅間君は自らの腕から流れた血液を、そして凍らされてしまった右腕を、驚いた表情で交互に見る。


その様子を、恵南さんはピクリとも笑わず睨みつけていた。


「……驚いたな。操ったはずなのに」

「不思議でしょうね。その疑問を抱えたまま、死ね」


完璧に凍らせた浅間君の右腕を掴むと、容易く砕いた。


それだけで浅間君は隻腕になった。


「いやいや、これはピンチだね」


ただ浅間君は、そんな重大なことを気にした様子もなく、変わらず軽い感じを貫いている。それが不気味だった。


「忠告。ちゃんと聞くんだったなー」

「今更後悔しても、遅いって」


そう言って、恵南さんは浅間君に掴みかかろうとするも、それは叶わない。姿をその場から、消してしまった。


いや、消したというより隠れた。自分の影に。


浅間君自身を映していた影は、ゆらゆらと溶けていく。まるでその持ち主が、この場から去ったように。


「……逃したみたいね」

「うん。多分、あれも浅間君の異能力なの……かな?」


だとしたら、ますます浅間君の能力の詳細が見えてこない。


「で、恵南さん。気分はどう?」

「そりゃ、良いものじゃないけど……あいつに操られるよりは、100倍マシなのは間違いないよ」


斎藤さんの能力の影響を受けている恵南さんは、気持ち悪そうにそう愚痴をこぼす。



浅間君対策として、操られないように仕込んでおいたけど、奇跡的に上手くいったみたいで本当に良かった。


操られる前に、操る。

精神操作系の異能力者への対抗策として、斎藤さんが教えてくれたものだった。


浅間君が、そっち系の能力者かどうかは不安だったけど、恵南さんを殺そうとするなら、それ以外に方法はないし。



「でも、良く斎藤さんの能力にかかったよね。能力をかけられたのって、あの棒倒しで最後の接触したときでしょ」


そう聞くと、コクンと頷く。


もっと他のタイミングもあったかもしれないけど、それだと浅間君にバレそうなので、僕が勝負のドサクサに紛れて恵南さんに能力を使うように、斎藤さんに指示したんだ。


で、斎藤さんの話では、相手が信じることが前提の能力であるため、単純であったり思い込みが強くないと、能力が上手くかかってくれないらしい。


そして、知る限り恵南さんはどちらも当てはまらない。


「あの手紙、延壽の字だったから」

「ああ。『信じて』とだけ書いたやつね。それが?」

「………だから」


それ以上、恵南さんは何も答えてくれない。


気まずい沈黙が、その場を支配していた。

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