趨勢を見極める
観客の熱気が、ここまで伝わってくる。
その誰もが、向こうの陣営にいる彼女のことを見ていた。
『さあー! ついにあの『麗姫』が重い腰を上げ、体育祭の舞台へと降り立ちました! 若くして二つ名を手に入れた彼女は、今回どのような力を見せつけるのか。非常に楽しみです!!』
そんな実況の煽りも観客の声も気にせず、当の本人は一人、めんどくさそうに始まりのときを待っていた。
「ひとりぼっちだ。可哀想」
最近友好的になって、クラス内外問わず先輩ともある程度の友好関係を築けている斎藤さんが、一人でいる恵南さんを見て煽るように言う。
恵南さんが唯一の一年生ということもあるんだけど、遠藤君の話では同じクラスの人とも話しているところは見たことがないそう。
恵南さんがもともとあまり友好的に人に接するタイプでないことはさながら、その付けられた『麗姫』としての異名。更にその人目を惹くビジュアルとスタイル。
当然、クラスメイトごときが気軽に話せるわけもなく。
孤立してしまうのも、仕方のないことだった。
嫌われているというよりかは、畏れられたり崇められたりする存在。マジな話、学校内にファンクラブがあふとも聞いた。
男女問わず、誰でも加入できるそこには全生徒の半数以上が会員となっているという噂もあるぐらいだから。
それを恵南さん自身が知っているのかは、僕も知らない。近藤さんあたりに聞いてみたら、何か知ってそうかも。
「よー! 杏香、元気してたか?」
そんな距離を取られている彼女の元に、気安い感じで話しかける男子が一人。服装的にどうやら、他校の人らしい。
わざわざ、競技が始まる前に労いにくるなんて、2人はどういう関係なんだろうか。
僕には関係ないはずなのに、僕の知らない異性との交友関係があると知っただけで、胸が少しざわついてしまう。
けど、さっきの男の方が大声だったおかげでギリギリ聞こえただけで、2人の会話はこの距離じゃ聞こえない。
恵南さんが鋭い目線を向けていることだけはなんとなく掴めるけど、なんと返答しているのかはわからなかった。
見た限り……そんなに親密でもないのかもしれない。
「もしかして、付き合ってるのかも」
そんな想像を打ち砕くように、斎藤さんは言う。なぜかは知らないけど、その顔は自信に満ち溢れていた。
「ど、どうしてそんなことを言えるの?」
「あの三嶋って人に、『今は話しかけてこないで』って、怒ってた。それは照れ隠しだって教えてもらったから」
動揺している僕に、意味不明の根拠を提示してくる。
けど、僕は勿論女心について詳しくなんかないので、それが嘘だとも断言できなかった。
事実、三嶋君という方も『話しかけてこないで』と言われたみたいなのに、変わらずニヤニヤと笑みを浮かべていた。
もしかしたら、本当なのかもしれない。
だとしたら、ついに恵南さんにも恋人ができたのか。
今までそんな仲の異性がいたということさえ知らなかったことに、複雑な感情を抱いてしまうけど、彼女のプライベートな部分に僕が突っ込めるわけもない。
もしかしたら、夏休み中に大阪に連れ回してしまったことも迷惑だったのかも。これからは恵南さんたちのためにも、僕は距離を取った方が良いのかもしれない。
と、決意を固める。
まだ僕の知らない一面を、いっぱい持っていた。
◇◇◇
「気安く名前を呼ばないでって、何度も何度も……」
「細かいことは気にすんなってさ。杏香」
肩に伸ばされる軽薄手を振り払う。
ここで氷漬けにしようかと考える。情状酌量で許されるのかな。
「早く自分のクラスのとこに戻れば」
「……え? 俺は構わないけど、杏香は良いのか?」
その言葉に、血液が沸き立つほどの怒りを覚える。
「わかったわかった、今は人の目があるもんな。なら、離れる前に最後に一つだけ質問させてくれ」
「……………」
目の前の男の言葉を、できる限りガンスルーする。下手に構ってしまうからつけあがられる。
「さっき、杏香が視線を送ってたアイツ。アイツとは一体、どういう関係なんだよ。なあ?」
「あんたには関係ないよね」
鬱陶しく指を振って、その言葉を否定する。
まるで私がこいつに、交友関係の情報を提示する義務があるみたいな言い方。ついていけるわけがない。
「ま、アイツもしょうもない野郎だったし今回は許すけど……次、似たようなことをやったら、見捨てちゃうかもなー」
そんな最悪な言葉を言い残して、目の前にいたクズは私の前から、クズの仲間の元へと去っていく。
最悪だ。
無視してしまっていたせいで反応に遅れて、あのクズをこの手で殴ることができなかった。凄く萎える。
死ねば良いのに。
そんな呪詛を、去っていく背中に送った。
◇◇◇
「よっ、見てたか?」
「先輩! マジ凄いですね! 本当にあの、『麗姫』と親しげに会話してたじゃないですか!!」
「まあな、シーカーとして中学からの知り合いだし」
『麗姫』と話していたからと言っても、別に特別なことでもなんでもない気がするけど、こうも褒められると自然と気分も良くなる。
こいつらは、杏香のことを盲目的に見過ぎなんだよな。
「というか、マジでお似合いでしたね」
「流石、『皇帝』って感じだったよな」
「そうか?」
『皇帝』の二つ名を聞くと、どうも恥ずかしくなる。
自分から名乗ったわけじゃなくて、自然とそんな名前をつけられてしまっだけに、当初は怒りたくなる気分になっていた。
ただ、そのおかげで雑誌の表紙を飾ったりもできたんだから、そういう意味では感謝してもいるんだよな。
「何が『皇帝』だよ…自分から名乗って、恥ずかしくないんか」
「だよな」
そんな俺をやっかんでか、先輩たちが陰口を言う。
まさしく、負け犬の遠吠えだった。
能力でもビジュアルでも遥かに劣っていて、文句を言いたくなる気持ちはわからなくもないけど、その行為は自分を下げるだけってのを知らないんだろうな。
側から見て、メチャクチャダサい。
そんな奴らにあらぬ噂や、捏造された動画をあげられて、若干シーカーとしての評判は下がっていた。
ムカつくこと、この上ない。人のことを下げて何が楽しいんだか。そんなんだから、杏香を遠くから見ていることしかできないんだよ。
少しは俺みたいに、人に好かれるようになる努力をしろよ。
観客席から投げかけられる、女性の声援に笑顔で応えながら、心の中でそう愚痴る。
◇◇◇
競技場に集められた各校の生徒たちは、中央に引かれた線を境にして、二つの大きなチームに分かれる。
それぞれの陣営には2本の巨大な棒が立てられており、それを囲むように僕たちは立たされていた。
これを先に倒した方のチームに所属している4つの高校全てに、得点が入るという仕組みになっている。
そして、僕たちが与えられた役割は全体の補助。
要するに、戦力として数えられていなかった。
『桜庭さんは知ってるけど、それ以外はねぇ……』
それが他の高校がうちへと対する評価だった。恵南さんを筆頭に、全員が注目されている南坂とは真逆だったりする。
そんな南坂が敵に回ったということもあってか、全体を通してウチのチームの士気は低い。
どうせなら一緒に戦わせろよという文句の声も上がっていた。
僕たちは間違いなく、恵南さんの引き立て役になる。それを思うと、愚痴をこぼしたくなるのも当然だった。
そんな微妙な空気が漂ったまま、開戦の合図は鳴る。
攻め役として配置された高校の生徒たちが、叫びながら相手の陣営へと圧力をかけに行き、僕の渡したメモが書かれた紙を握りしめた斎藤さんはその後に続く。
僕はその場で待機。
中盤の包囲網を抜けて、ここまで迫ってきた相手側の生徒をどうにか抑える役割だった。
「気を抜くなよそこ! 今すぐにでもやってくるぞ!!」
「は、はい!!」
始まって数分で、攻めてくることはないだろうと緩み切っている僕の心を見破って、初対面のよく知らない人が喝を入れてくる。
ただ、お決まりの『やる気が無いなら、帰れ!!』という言葉が入っても、僕の心持ちはあまり変わらなかった。
今から警戒したって、意味なんてない。どれだけ向こうの陣地と距離が離れていると思ってんだか。
そんな舐め腐った考えを持っていたのも数分のこと。
気づけば僕は、経験からの言葉がいかに大事なのかを、みに沁みて理解してしまっていた。
「上から、降ってくるぞー!!!!」
そんな急に発せられた緊迫感が込められた叫びに釣られて、思わず上の方を見上げると、確かに人が降ってきた。
僕の何倍はあふかと思われる巨体。
勿論宙に浮かんだり、そのまま狙った場所に着地するなんてできるはずもない体型……いや、体型どうこうの話じゃない。
哺乳類どうこうの話をしていた。
ドーン!!!!
着地とともに巨大な衝撃音が鳴り砂埃が舞った。僕の目の前にへ豪快に着地した大男が、指をポキポキと鳴らしている。
「守れ! 守れー!!」
その命令も虚しく、なすすべもなく吹っ飛ばされていく僕たち。こんな競技、危険極まりない。即刻中止にするべきだ。
「グエッ!」
「何、吹っ飛ばされてんだよ! お前!」
折角身を挺して止めようとしたのに、褒められるどころかしっかりと怒られてしまう。
やってることは、他の人と同じなのに。
このまま負けるのかと、恵南さんを見にきた観客にも申し訳ないなと思うも、決着の声は響かない。
さっきの大男は、棒へと後一歩のところで動けずにいた。
自分よりも何倍も小柄の男に、取り押さえられている。
異能力者同士の戦いは、総じてこうなる。
現実では起こり得ないことが、ポンポンと起こるんだから、見ていて楽しくないわけがなかった。
そうこうしていると、敵の第二陣が中間の辺りを突破して。ウチの第一陣の連中は情けなくも、逃げ帰っている。
味方と敵が一緒になって、ウチの陣地へと攻め込んでくるという奇妙な映像を見て、どちらが優勢なのかを一瞬で推察する。
期待しているところ申し訳ないけど、そもそも恵南さんの力は、この競技において必要ないみたいだった。
せめて、恵南さんこっちに来てくれないかなぁ……
とかいう、どうしようもないことを思いながら、守りの配置へとつくのだった。




