初めまして
「戸籍謄本のコピーと何か証明書のようなものはお持ちですか?」
「あ、はい。ここに」
「ありがとうございます……はい、OKです。では、ここからの流れについて説明しますね」
タッチパネルに画像を映し出す。線を引きながら、わかりやすく教えてくださっている。
「まず今月末に、入校説明会がございます。時刻は10時からですが、9時半までには着いていて欲しいです」
「はい」
「その説明会までに、お客様には所定の銀行へ入校料を振り込んでいただく必要があります」
「はい」
「後、説明会の日には証明書や印鑑の他に、自分を証明できる顔写真を持参していただく必要があります」
「はい」
「ですがこれに関しては、ここでも撮れるので、当日忘れた場合でも最悪大丈夫ですよ」
「はい」
なんて具合に会話の応酬が続く。完全にガードに徹していた。
「ここまでで、何か疑問に思われる点はありますか?」
「い、いいえ。特には」
最初から持っていた疑問は黙っておく。掘り下げたところで、どちらにとっても良い結末になるとは思えなかったし。
「入校されましたら、まずお客さまには講義の授業を、とっていただきます」
「はい」
「そして全ての教課を終えると、教課測定を受けることができ、そこでも合格すると、晴れて一次試験を受けることができます」
「はい」
「そこでも合格いたしますと、次は実技となり、実際にダンジョンに潜ってもらうことになります。勿論、教官と一緒にですけど」
「はい」
「そして実技技能も全て修了し、実技試験も合格されますと免許を取得することができます」
うーん。
予定表を見る限り、随分と大変そうだった。
一年でも終わらせられるかどうか怪しいのに、たったの二ヶ月とか異次元すぎる。
でも、終わらせなければいけない。
あの子たちのためにも、せめて四ヶ月で免許を取得しなければ。
「何か疑問はございますでしょうか? もし無ければ、これで終わりとさせていただきますが」
「あ、はい。大丈夫です」
大きな不安を抱えながら、帰路につく。
帰り道、冷食を大量に買い込むのだった。
◇◇◇
「はい。今日から入校予定の方ですね。入校式は二階の205教室で行われます。この番号の席に自分の原本が置かれているので、その席に座ってお待ちください」
8桁の数字が書かれた紙を手にして、受付の人の指示に従い、階段を昇っていく。
教室に入ると、既に大勢の人が集まっていた。
「えーっと、あそこら辺かな」
移動しながら辺りをチラチラ見回すと、僕と同じように一人で来ている人が殆どだった。
入校できるかは抽選で決まると言っていたので、友達と一緒にというのが、ほぼほぼ不可能なんだ。
「お、隣の席はお前か」
自分の席に座ると、隣に座っていた高校生ぐらいの男子に声をかけられる。
スポーツマンといった感じ。
髪は短く筋肉質、運動のできそうな気配がプンプンしている。
「俺は遠藤和人。隣同士、仲良くしような」
「うん、僕は釘抜 延壽」
初対面の僕に、優しく声をかけてくれる遠藤君。幸先が良い。
「お前、どこ高校?」
「二子私立」
「ああ、あの第二の近くにある高校な。俺は南坂」
その高校は聞き覚えがあった。
「それって」
「もしかして、あの『麗姫』様が通ってる高校!?」
僕が言う前に、前の席の高校生ぐらいの女の子が食い気味に答えてくれる。
「ああ、恵南 杏香だろ」
「そうそう! 関東きっての麒麟児!」
麒麟児……確かに、彼女にピッタリの言葉だ。
「お前もここに入ったのは、その口か?」
「勿論! というか、8割ぐらいの人はそうじゃない? あなたもそうでしょ?」
そう熱弁をふるいながら隣の席の女子高生に振ると、スマホをいじりながらであるけど同意するように頷いた。
「随分と『麗姫』のファンみたいだな」
「ええ! 彼女の活躍は新人の頃から追っているし、彼女が特集されている回の週間『アビス』は、全部大事にとってるもん!」
凄い熱量だ。
遠藤君が押されているのが、傍目にもわかる。
「私、天海 沙羅って言うの! 実はさ、南坂学園に通っている知り合いがどうしてもいなくてさ。仕方なく校門前で張って、何回か通報されかけたこともあるの」
そこまで言うと、隣でスマホをいじっていた女子高生が吹き出す。偶然にしてはタイミングが合っていた。
「だからさ。もし良かったらなんだけど、学校内での彼女のこともっと良く教えてくれないかな?」
「そんなこと言われてもなぁ……クラスも別だしよ……」
確信はないけど、その言葉は嘘だとわかった。
「はー、転入とかできないのかなー」
「何もそこまで」
しなくても、と言いかけたところで職員の人が入室する。
「ここでは君たちの、才能と自主性を尊重する」
挨拶も自己紹介もなく、いきなりそんなことを言われる。
「君たちも良く知っていると思うが、恵南杏香のように二ヶ月かそこらで、ここを卒業できたものもいる」
恵南さんの名前を出されて、多くの人が声に出さない声をあげた。
「彼女もまた、君たちと同じ一般人だった」
そういう意味では、君たちも彼女と同じだと付け加える。
誰もがその言葉に、夢を見せられた。
『ここは、フロンティア。スターになれる場所』
そんなパンフレットの煽り文句を思い出した。
「まずは君たちの適性を見させてもらう」
その言葉が合図に、職員たちの手によってそれぞれの机に、B4の紙が5枚ほど配られる。
「軽いアンケートみたいなものだ。気負わずやってくれ」」
始め! という言葉とともにアンケート用紙を開く。
◇◇◇
「……驚きましたね、花丸が出てくるなんて」
「ああ。多分、あの生徒はシーカーになるため生まれてきたんだろうな。才能だけで言うなら、『麗姫』だって超えている」
全員分のアンケートの結果を見ながら、興奮気味に話す2人。
「ただ問題は、本人にやる気のないことでしょうか」
「そんなのどうとだってなる。なんたって選ばれた子なんだから」
そう言いながら2人は揃って、これから増えるであろう給与で、何を買おうか夢中になっていた。
◇◇◇
あれから実に一ヶ月が過ぎた。
毎週末には、入れれるだけ講義を入れ、そのおかげで残す教課は2つばかりとなっている。
休日返上で大分きつかったけど、あの子たちのことを思えば頑張れる自分がいた。
「よー、延壽は残りいくつだ?」
「2つだよ」
「マジか俺は5つだぜ。ま、今日で終わるから関係ないんだけど」
すっかり意気投合して仲良くなった遠藤君と軽口を叩き合う。
僕としては、初めて同年代の友人らしい友人ができた気分だった。
「で、天海は? 今日はいないみたいだけど」
「あの人、もう終わらせてるよ。学校休んでも、こっちの授業を受けに来てたみたいだし」
どんだけ、と遠藤君の口から漏れる。
僕もそれには同意見だった。
「これで試験に合格できたら正式にダンジョンに潜れるんだろ? あー、今から楽しみだ」
「念願だったもんね」
「おうよ!」
彼の話では、中学生のときには免許を取得したかったけど、親がそれを許してくれなかったらしい。
私たちを納得させないと認めないと言われたそうだ。
だから望み薄の部活をキッパリとやめ、勉強を死ぬほど頑張ってここら辺でも賢くて有名な南坂に受かってみせたらしい。
凄まじい執念だ。
「そういや、あいつも意外と真面目だよな」
僕の3つ後ろの席に座っている女子高生を見ながら言う。
天海さんの隣に座っていた子で、僕もちょくちょくここで見かけていた。
「ま、結構この年で免許を取ってる人は多いからね。遅れてる焦りとかもあるんじゃない?」
なんて憶測を話し合っていたら始業のチャイムが鳴った。
「ね、これどういう意味?」
長い授業も終わり簡単なストレッチをしていると、後ろからいきなり声をかけられる。し、心臓が……
声をかけてきたのは、偶々同じ時間に同じ教課の授業をとっており後ろに座っていた、あの女子高生。
声を聞いたのも、これが初めてだった。
「特定条件下において、処罰される場合もある……か」
「なんで魔物を殺したら、罰を受けんの?」
その純粋な質問に遠藤君は唸っている。が、最初から期待はしていなかったのか、こちらだけをじっと見ていた。
「その特定条件は、首輪のことだよ。第3課の内容になるけど、何かしらの理由で魔物を使役していた場合、自分の所有物だと知らしめるために首輪をつける義務があるんだ」
「つけなかったら?」
「その魔物が殺されても文句を言えない。後、首輪をつける理由としては、責任の所在をはっきりさせる目的もある」
2人の『へー』という声が重なり合う。遠藤君?
「いや、お前の方がおかしいからな? 普通覚えてねぇよ」
「そんなんで筆記試験、大丈夫なの?」
「い、いや。多少わかんなくっても大丈夫って話…だったよな?」
今更ながら不安がって頭を抱える遠藤君をよそに、女子高生の子が肩をつついてくる。
「ありがとう。助かった」
それだけ言うと優雅に去っていく。掴みどころのない人だ。
◇◇◇
「ホルダーさん。何してんの?」
「勉強だよ。勉強」
夜遅く、机に広げたノート向かってカリカリとシャーペンを動かす。これで10ページに行くところだった。
「なんの勉強?」
「効果測定」
教課の授業で聞いた内容を、覚えてる限りノートに書き写していく。チェックポイントや間違えやすい場所を重点的に。
こうしていると、自分の記憶力がまだまだなのがわかる。ところどころ、自分の記憶から抜けてる部分を見つける。
(ノートを見せてくれと頼まれたときは断ろうとも思ったけど、自分の勉強にもなるし受けて良かったな。)
そんなことを考えながらノートを作成していく。
傍目から見たら人間離れした行動を取りながら、夜は更けていく。