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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
68/82

虚をつく

スタジアム内に用意されたスタートの看板の前に、8校から計5名。40人もの生徒が横並びになる。


最初の競技から、ドーム外まで贅沢にふんだんに利用された、30キロにも及ぶフルマラソン。

コースは、市街から山中まで至る所を通り、そのところどころに障害物まで用意されている。


マラソンというより、鉄人レースだった。


その中に、桜庭さんの姿があるのも見える。


一人意気揚々とストレッチをしていた。



ただ、寄りのカメラで見ると少しおかしい。


他の高校の出場選手も、チラチラと桜庭さんのことを意識しているような視線を送っている。

そして桜庭さんの姿を盗み見ては、仲間内で対策を練っているのかのように、ヒソヒソ話をし始める。


当の本人は、気づいてないみたいだけど。



「桜庭のやつ、今年も一位取るかなー?」

「いや、流石に他校も対策してきてるだろ」

「だとしても、あいつが負けるとは思えないんだよなー……なんなら、桜庭が勝つかどうか賭けない?」


その向けられている視線の正体は、先輩たちのクズみたいな会話で、なんとなく察することができた。


どうやら、去年も相当暴れ散らかしたらしい。


本当に、一昨日休んでくれて良かったと心底思う。


「あ、ファンファーレだ」


なんてことを考えていると、モニターの向こうから思わずテンションが上がってしまうような、ファンファーレが鳴り響く。


……もしかしたら、この競技。先輩たちではないけど、秘密裏に賭けとかも行われているのかもしれない。なぜだか、そんな予感がした。


『……今一斉に、スタートが切られました!!』


そのガチの実況の人の宣言と同時に、スタートラインに詰めかけていた生徒たちが走り出して、スタートラインが切られる。


それに合わせて、観客の盛り上がる声や熱気も、スタジアムを通って扉越しに聞こえてきた。



今、体育祭は始まりを告げた。


◇◇◇


『現在の順位を振り返っていきましょう。一番先頭には、住吉工業高校の荒牧。その後をつけるように、尾上大学附属高校の美澄が走っており。そこから少し離れたところを走っている生徒たちで、2人が抜けた形で先頭集団を形成しています』


ドローンカメラで真上から撮られた市街地の映像が流される。


現在は3キロ地点。

団子状態は解消され、決められたコースをしっかりとした足取りで走るいくつかの生徒の姿が確認された。


『ただ、その中に注目の二子私立高校の桜庭の姿は見受けられません。先頭集団から大きく離れた位置で、足を溜めています』


その実況に合わせて、中盤の集団の辺りをカメラがズームする。


まだ序盤ということもあってか、汗一つかいていない桜庭さんの様子が、そこに映された。


『先頭集団とは、大分距離が離されています……が、先頭集団を走る生徒たちはここから横断歩道ゾーンへと入ります。問題は、ここでどれだけ距離を詰めれるかってことですね』



横断歩道ゾーン。

市街地という環境を活かした障害ゾーンで、ここから大通りをそのまま走るルートと、一本脇に逸れたルートが用意される。


走者はこの2つのルートを行き来しながら、止まることを強要される赤信号に捕まらないように、その地帯を抜けなければいけない。


青から赤に変わるタイミングは一定であり、赤は3分、青は1分と大幅なタイムロスを喰らうのは確実だったりする。


と、競技要項に書かれていた。


信号無視をした場合についての、脅しのような注意書きと共に。



『おっと、ここで先頭を走っていた2人がルートを分かれた。この選択が凶とでるか吉と出るか、それは誰にもわからない!』


ただ、赤信号に引っかかるか引っかからないかってだけで、実況は観客を非常に盛り上がる。流石はプロだ。


『が、2人して信号に捕まってしまう! これはついてない!』


立ち止まった2人に、嘆くように実況は言う。


この競技、欠陥しかない。


『そうこうしているうちに、ついに中盤集団も横断歩道ゾーンへとたどり着いた。彼らは、どちらへ向かうのか!』


その煽りに、観客も再び盛り上がる。


遂に、先頭集団に中盤集団が追いついた。ここからまた、抜け出る人も変わってくるかもしれない。


『……おーっと? 桜庭選手。怪我でもしてしまったのでしょうか、その場に座り込んでしまっています』


「え?」

「どうした? 何があったんだ?」


その中継で流されている映像を見て、控え室内には僕を含めた生徒たちのどよめきの声が広がる。


桜庭さんは建物の花壇に腰をかけると、先を走っていく生徒たちのことをその場に座ったまま、見送っていった。


『……何か、トラブルでしょうか?』


その桜庭さんの様子に、近くに控えていたスタッフみたいな人たちが映像内で駆け寄っていく。


が、本人はなんの問題も無かったらしく。


近寄ってきたスタッフたちを手で散らすと、再び大通りのルートを走り始めた。



先程、一緒の位置を走っていた中盤集団の生徒たちとは、大分離されてしまっている。


桜庭さんの100メートルほど先の位置で、大通りのルートで最初に設置されている横断歩道のところまでたどり着いていた。


けど幸いなことに赤信号で、動けずにいる。


ワンチャン、離されずに済みそうだった。


『ここで桜庭。先に進んでいた中盤集団に追いついた!』


その実況の言葉に、まずは一安心する。


座り込むというタイムラグはあったけど、非常に運が良いことに、なんとか間に合ったみたいだ。



未だ赤のままの横断歩道の前で、スタートダッシュを決めれるよう、その場で小走りを続けている選手たちの後ろから、猛追してくる影がカメラへと映った。


その勢いは止まることを知らずに、赤信号のままの横断歩道へと、トップスピードで突っ込んでいく。


『こ、これは暴走か!? 桜庭、一切スピードを緩めることもなく、赤信号へと突っ込んでいく!!』


普通に考えると、目の前に赤信号が見えたならペースを落とす。


どうせ急いだところで、信号に捕まるのは目に見えているから。少しでも、体力を温存しようと考えるのが普通なはずなのに。



カメラに映る彼女の目線は、ただ前だけ見据えられており、その口元には獰猛な笑みが浮かんでいる。


その様子に、騎馬戦で戦った桜庭兄の姿が重なった。


双子だけあって思考も似通っているらしく、兄妹揃ってジャンキーだった。



『あーっと! 勢いが止まらず、そのまま横断歩道に! この速い段階で、初の失格者が生まれ……ない!? 生まれない生まれない!! 横断歩道へと足を踏み入れるその瞬間、奇跡的に信号が青へと変わりました!!』


最初からそうなることをわかっていたみたいに、桜庭さんはスピードを落とすこともなく横断歩道を駆け抜ける。


勿論、横断歩道で待機していた生徒たちを置き去りにして。


「……奇跡?」


その実況を聞いて、斎藤さんは訝しむように首を傾げる。


それは僕も同じだった。

ただ、故意だとしてもタイミングが出来すぎてる。


横断歩道へと足を踏み入れる瞬間に、信号が変わった。それを引き起こすには、身体に0.01秒まで測れる正確なタイマーが埋め込まれてないと、不可能だ。


ましてや、あの花壇に座り込んでいた行為がタイミング調整のために行われていたんだとしたら、恐ろしさしか感じない。


それはつまり、自分の走るペースも完璧に制御できているという証拠に他ならないから。



「……やっぱり、偶然?」


斎藤さんもその思考まで至ったんだろう。納得できかねないといった表情を浮かべていた。


僕は、桜庭さんロボット説を推したい。


◇◇◇


『山中を息も切らさず走っている桜庭。やはり彼女は、サイボーグか何かなんでしょうか? 全くペースが衰える気配も見えません』


僕の説を確証づけるような映像が、モニターに流されている。


様々なトラップを乗り越えた上で、涼しい顔をして走る彼女が、現在トップの位置を走っていた。


「そのまま……そのまま行ってくれ……」

「転落しろ! 今、今しかない!」


お金もかかっているからか、その応援にも熱が入る。


『あーっと! ここで現在先頭の桜庭、山中に設置された立て看板のトラップと接触しました。このトラップを見破れるか!?』


今まで走り続けていた桜庭さんが、一瞬立ち止まった様子に実況の声もここ一番で張り上げれる』


『もし、立て看板に示されたルートを信じて行ってしまえば、大幅なタイムロスに繋がってしまうが……桜庭選手、考えに考えて……騙されてしまった!!』


古典的なトラップに引っかかってしまった桜庭さんの様子に、実況と会場は、面白くなってきたとばかりに盛り上がった。


「ああああぁぁぁ!!!!」

「よし! よしよしよしよし、よし!」


なんとも対照的な2人の先輩の様子。


純粋に、桜庭さんを応援してあげて欲しいと、切に願った。


『さあ……その後に続いた選手は……道を間違えないっ!! この20キロメートルを超えた位置で、なんと! 先頭が入れ替わってしまいました! これは、二子私立にとっては絶望的か?』


その後も、そのポイントへやってきた4割くらいの人は、正しい道へと進んで大幅に順位を上げていく。


中には同じ高校の生徒同士で、二手に別れている生徒たちもいた。あれが、このトラップの正攻法なのかもしれない。


仲間とともに、攻略することを前提として作られたトラップ。


『さあ! 残すは10キロ。ここから、逆転はあるのか!?』


実況の人が、桜庭さんの強さを逆手に取って、彼女にとってこの絶望的な状況を、エンターテイメントに昇格している。


盛り上げ上手がすぎる。


◇◇◇


『情報によると今、この激闘を戦い抜いた生徒が、一番でこのスタジアム内に設置されたゴールへと辿り着こうとしています。皆さん! 盛大な拍手で迎えてください!!』


観客たちはこぞって、スタジアムの入場口の方を穴が開くほどに見ている。

まるで誰が一位なのか、誰も知らされていない様子だった。


それもそのはずで、途中で映像の中継は切られていたりする。そのため、誰一人として結果なんて知る由もなかった。


『途中までの映像では、美澄が先頭を。その後ろに荒牧がついている状態でした。果たして、どちらが一番で帰ってくるのか。はたまた、全く違う人物が一位でやってくるのか! 非常に楽しみとなっております!』


今の状況を実況が的確に伝える。


それにより熱が上がりきったその空間に、鉄人レースを一番で帰ってきた生徒は拍手で迎えられた。


粗野的な表情に、短く切り揃えられた髪型。


引き締まった肉体に、圧倒的なスピード。



桜庭さんは、堂々と一位でゴールした。

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