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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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夢は覚める

「おめ! メッチャカッコ良かったよ!!」


自クラスのテント内に戻ると、微妙な空気で迎えられるが、近藤さんのその言葉を皮切りに、賞賛の声が上がり始める。


自分でも、良く頑張ったと思う。


だってこれで、優勝への道を確かに繋げられたのだから。


未だ上位争いに加わったとは言えないけど、確実に上位の組と近しいところには位置付けられた。


もしやがなくても、優勝を狙える位置に。


ただそれでもまだ、勝算は薄い。


ここからはリレー競技、さっきの競技みたいな偶然がない分、完全なる実力差が出てしまう。


それに、あのときみたいにレインちゃんの力を借りることもできない。流石に、レース中に吹き飛ばされるようにこけたとなると、不自然が過ぎる。


レインちゃんが疑われる……なんて、展開あってはいけない。


どうにかならないかと頭を悩ませる。


今、ようやくスタートラインに立ったみたいなものだ。さっきの勝利で、満足はしていられない。



自分にそう言い聞かせていると、アナウンスが鳴った。


◇◇◇


「だ、誰?」


放送委員として、アナウンスを担当していた私は、突如としてアナウンス室に入り込んできた少女に、慌てて声をかける。


多分、生徒の誰かのご家族だろう。好奇心から、こんなところに入り込んで来たんだ。


ただ、ここには途中に見張りの先生もいたはずなんだけど。


「こら、こんなところに入って来ちゃダメでしょ」

「………ふむ? 余の予感は合っていたみたいだな」


疑問に思いながらそう忠告するも、少女は全くこっちの話を聞かずに辺りをキョロキョロとしている。


変な喋り方。どこかの作品に影響でも受けたのか。


「……はー。仕方ないな」


少女を抱えて、外に連れ出そうとする。


もうすぐで次の競技のアナウンスも始まる。こんなところに、いてもらったら困るんだから。


「やめよ、小娘。離すのだ」


そう命令されて、慌てて手放す。


その高圧的な命令口調も気になったけど、何よりこの子に従わなきゃ、という強迫観念が身を襲った。


「………? 仕組みがわからぬな……教えろ」

「は、はい」


そう命令されて机の上の機械をどうやって動かすかを、懇切丁寧に少女へとお教えする。


おかしいとは思ったけど、促されるたびに頭の中に抱いた違和感は氷のように溶けていった。


「なるほど、良くわかったぞ。感謝する、小娘」

「あっ! ありがとうございます!」


思わず感謝していた。

この子の力になれたことに、この上ない喜びを感じていた。


少女は教えた通りスイッチを入れると、マイクに向かって変わらず高圧的な口調で喋り始める。



私はその様子を、ニコニコした笑顔で見ていた。


◇◇◇


『あー、あー。聞こえておるか?』


その声が聞こえた途端、各テント中で騒めきの声が起こる。


流れるはずのアナウンスが流れてこないどころか、聞こえてくる声もどこか幼いものだった。絶対に、高校生のものじゃない。


本部席の先生方も、今何が起きているのか状況が掴めず、混乱している様子だった。


『まず初めに、余はとても満足しておる。若者が汗水を垂らして闘いに望む姿、それを声を張り上げ応援する様、どれも大変胸を熱くするもので、余興としてはこの上ない。天晴れだ』


その変な喋り方が気にならなくなるぐらい、異様な状況だった。


そのアナウンスが流れている最中、先生方がアナウンス室の扉をガンガンと叩いている姿が目に入る。

それでも、そのアナウンスから流れる声は途切れる様子もない。


『その中でも、余を特に楽しませた者たちに賞賛を送ろう。先の騎馬戦なる余興での活躍、見事なものであった』


『おおーっ!!』と、クラス中が盛り上がる。皆んなの僕を見る視線も好意的なものへと変わっていた。


そこで違和感を覚える。


さっきまで彼らは困惑していたはずなのに、今は自然とその少女の賞賛を受け入れている。


さっきまでがまるで別人のようというか。今が、まるで別人のようというか。


「もっと喜びなって! 褒められてるんだから!」


近藤さんがテンション高めで、僕にそう言ってくる。


彼女自身、その様子に何の違和感も抱いてないみたいだった。



確実におかしい。

異能なのかもしれないと疑っていると、再びクラスメイトは熱狂の渦に陥る。また何か、言われたみたいだった。


『余は、全面的に緑チームを応援するぞ』


緑チーム、僕たちのクラスが所属しているチームだ。


応援すると言われ、クラス中の士気が高まっている。こな調子なら、他の学年の人たちも同じ感じになっているはず。


それは僕にとって、都合の良い展開のはずなのに、手放しに喜べないでいる。


この声の主の、目的が全くと言って良いほどわからない。


『む? そろそろ潮時だと……仕方ない、従ってやろう。あー、緑チームの諸君。健闘を祈っているぞ』


それだけ言うと、突如としてアナウンスが切れる。


どうやら、先生方がようやくアナウンス室に押し入ったらしい。



ただ、そのドーピング効果は切れている様子はない。


そのまま勢いだけで押し切れるんじゃないかってぐらいに、盛り上がっていた。




僕の予感は、気のせいじゃなかった。


押し潰させそうなほどの不安を寄せていたのが馬鹿らしくなるほどに、僕たちのチームは圧倒的な戦績を残した。


「おめでとー!!!!」

「いや、すごすぎでしょ!! 揃って一位とか!!」


それぞれの学年別リレー。


その競技で好成績を残した、うちのクラスの男子たち女子たちが拍手で迎えられる。


想像以上の成果。

うちの学年だけでなく、どの学年の学年別リレーでも、我ら緑チームに所属しているものたちは、揃って表彰台に登っていた。


そんなことこの高校が設立され、体育祭が始まって史上、初めてのことらしい。


それにしては、色々と審議な気もするけど。


ただ、そんな風にこの結果に疑念を抱いてるのは、この高校の中でも僕と斉藤さんだけらしい。


テントから離れたところで、斎藤さんと会話をしていると、その事実を窺い知ることができた。



あれだけ得点が離れていたはずなのに、たった一種目で僕たちが追いついたこの状況にでさえ、その得点配分他クラスから不満は出ているものの、結果に関しては誰もが認めているらしい。


2人揃って……いや。


『……なんか、良くわかんないけどラッキー』


的なことを、斉藤さんは言ってたけど、2人揃って競技の前に流れていたアナウンスのことを訝しんでいた。



「やっぱり、異能力だと思う?」

「間違いなくね。そして、私と同じ精神支配系。だから私には、耐性があって効かなかったんだと思う」

「じゃあ僕は?」

「……私に既に、支配されているから……かな?」


恥ずかしそうに斉藤さんは、嘘か冗談か、わからないことを言う。本当であるはずがなかった。うん、絶対にそう。


というかその、既に精神操作を受けているものは他の精神操作を受けにくくなるって理論は、インフルエンザにかかっている人が他の病気にかからなくなるみたいな話だった。


「それにしても、異常だと思う。操作対象の身体能力も向上させるなんて……単なる、プラシーボ効果とは違うみたいだし」

「ふーん……で、斉藤さんはこんなところにいて良いの?」


勝手にその場で一人でに悩み始める斉藤さんに、気になって思わずそう尋ねてしまった。


『1年2組の、斎藤詩織さん。1年2組の、斎藤詩織さん。至急、入場門前に来てください』


さっきから、そんな感じのアナウンスが流れていた。



先程のゴタゴタの中で、元々アナウンスをしていた人の身に何かが起きたのか、今流れている声の主も再び変わっている。


そんな状態でまだ体育祭を続行させるなんて、この学校の教師陣は大分頭がおかしくて、肝が据わっている。


そのことはウォークラリー中に、不審者による傷害事件が起きたのにも構わず、被害が少なかったからって林間合宿の続行を決めたときから知っていた。


訴えられるのとか、怖くないのかな?



話は戻すけど、アナウンスは間違いなく目の前の斎藤さんのことを呼んでいる。

そして彼女は、選抜レースの出場選手だった。


選抜レースとは、1年から一人、2年から2人、3年から2人選んで、その各チームの代表4人がリレー形式で競う種目。


体育祭のトリであり、一番得点がでかい種目でもあった。


そんなリレーに、女子の身でありながら選ばれるってだけでも異常なのに、レースのアンカーさえ任せられている。



何度も言うけど、彼女は病み上がりだった。その上で、誰よりも速いと認められ、アンカーという位置に据えられている。


もはや、笑うしかない。

が、その偉業を他ならない彼女自身が、一番軽視していた。



「そもそも、何で戻って来たのさ」


ごねる斎藤さんを、入場門の方に押して行きながらずっと気になっていたことを尋ねる。


普通に会話していたけど、斎藤さんは競技に連続出場になるため、そんな余裕はなかったはずなんだ。


退場門から、次の選抜リレーにも出るため入場門の方へと移動している生徒もチラホラといたため、そこに混ざってれば良かったのに。


という純粋な疑問で、尋ねたんだけど。


「取り敢えず、釘抜君に報告したかったから」


と、口を尖らせながら言われてしまう。


気分的には、釣果を見せびらかす猫みたいな感じだったんだ。


◇◇◇


彼女を入場門まで見届けると、テントに戻りクラスメイトと一緒に、競技が始まる瞬間を今か、今かと待っている。


これが最後の競技。

多くの人の、命運を決定する競技が今から始まる。


そう思うだけで、背中から冷や汗が止まらない。


総合得点は優勝が見えてくるラインまで来ているとは言え、決して安心なんてできるわけがなかった。



そんな僕の思いとは裏腹に、時間が押しているのか入場はぬるっと始まって、第一走者がスタート位置につく。



頭が痛いほどガンガンと鳴って、吐き気すら感じれる。脈拍は一定のリズムを遥かに超え、胸の鼓動が身の危険を感じるほどに、うるさくなっていく。


ただ、斎藤さんへの信頼。その一点だけで、壊れそうな自我の安定を保っていた。



静寂の中、鳴る発砲音。

張り裂けんほどの歓声の中、彼らは好スタートを切った。


「勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる」


壊れたように、自己暗示をかけ続ける。


それが功を奏しているのか、先程のドーピングの影響がまだ残ってる我らが先輩は、前から3番目という好順位でグラウンドを駆け抜けている。


このまま、斎藤さんにバトンが渡れば間違いなく勝てる。そう思わせるほどに、好位置をキープしていた。


「行ける行ける行ける行ける!!!」


自然と声に力が籠る。


そんな僕の言葉に応えるかのように、先輩は目の前の走っている選手を抜かして、2位の位置に躍り出る。


そして、完璧に次の走者へのバトンも繋いでみせた。


思わず天に向けて、拳を突き上げる。



2人目の走者の先輩も、そのペースを崩すことなく僕たちに圧巻の走りを見せつける。

代表に選ばれるだけあって、異常に速い。


最高速で僕たちのテントの前を走り去るとき、大きな歓声がわっと湧き起こった。



そしてそのまま順位が崩れることなく、第三走者へ。


そこまでは順調すぎるほどに順調だった。それこそ、自分たちのチームの優勝を確信できるほど。


そこまでは、完璧に仕立て上げられたフラグだった。



砂埃が目に入って、思わず目を閉じる。


それも一瞬のこと。

正しく、瞬きする間の一瞬の間に事件は起きた。



テント中から聞こえる、つんざくような悲鳴。


目を閉じた一瞬、心臓が急激に跳ね上がった。その悲鳴の原因が、好意的なものと思えなかったから。


覚悟を決める間に目を見開くと、地面から起き上がる様子の一人の生徒。その横を次々とランナーが走り去っていく。



僕はその光景に、文字通り血の気が引くような思いをした。



(……終わった? 終わった終わった終わった……終わった?)


現実を受け止め切れず、ふらふらと後ろに尻餅をつく。


そうすると、周りの生徒は皆立ち上がって観戦してるため、リレーの様子が見えなくなる。


なんとか立ちあがろうとするも、腰が抜けて立てれない。



そのため、今のリレーの様子は周りのクラスメイトの反応から窺い知ることしかできなかったんだけど……


最悪なことに、あまり良いものじゃなかったようで。




僕は一人、虚空を見つめる。絶望からか、その目は死んでいた。


僕が多くの人を殺した。僕が多くの人の、命を奪った。僕のせいで僕のせいでぼくのせいで


自責の念に駆られる。死んで楽になりたかった。


僕が殺したという責任から、逃げたくなった。




俄かに、湧き立つ歓声。

その声は、絶望の中にいる僕の耳にもきちんと届いた。


誰もがしきりに、斎藤さんの名前を呼んでいる。僕が真に信じられていなかった、彼女の名前を。


「抜かしてる抜かしてる!!!」

「あるって、マジである一位!!! 一位まである!!!」

「頑張れーーーー!!!!!」



次々と投げかけられているその言葉を信じられなかった。


だってだって、あの状況。

前の走者が途中で転んでしまい、最下位近くまで転落するという絶望的な状況下。


そんな夢見たいなこと、起こるはずがない。現実はもっと非情で、残酷で、冷たいものなんだ。


希望を持たぬように、そう自分に言い聞かせながらも、震える足を叱咤して、何とか立ち上がる。



僕は声が出せなかった。



『緑! 緑のアンカー!! 物凄い速さです!! あの絶望的な状況から、次々と前の選手を抜いていっています!!!』


そのアナウンスの通り、進んでいるレース。


前から4番手を走る斎藤さんは、ただ前だけを見てその開いている距離を詰めてくる。


必死に逃げるのをなんのその、いとも簡単に抜かせて見せた。


「凄い凄い凄い凄い凄い!!!!!!!」


子どものようにテンションが上がっている僕。


最終コーナー直前で、デットヒートを繰り広げている2人の走者に、追いつく勢いを見せる彼女を見て、興奮しないわけがなかった。



斎藤さんは、彼女は僕のヒーローだった。


ここまでの憧れを抱いた経験なんて、人生で一度もない。



綺麗なフォームで見る者を惹きつける彼女は、その前と僅かに空いた距離も詰めていく。


そして遂に、3人の走者が横並びになり、


そしてその勢いのまま、斎藤さんが一歩抜け出す。



纏う熱狂は、最高潮へと至った。



目の前のゴールテープが切られ、ピストルの音が鳴る。


天を衝くほどの歓声が、僕たちのテントに響き渡った。


◇◇◇


『………審議の結果。先程の競技で緑チームは、バトンの受け渡しの際、テイク・オーバー・ゾーンを越えていたため、失格となります』

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