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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
63/82

勝ちを望む

「お、おい。大丈夫か?」

「はい。全然余裕ですけど」


生意気に啖呵を切った後輩は、強がりながらそう言った。


あの派手なコケ方。

流血やアザはできていないものの、かなり痛かったに違いない。それなのに、なんてことなさそうに立っている。


なんなんだコイツは、なんでこんなに真剣になれるんだ。


たかが体育祭だろ。そんなに頑張らなくたって良いだろ、適当に他人に馬鹿にされない程度で頑張っとけよ。


一歩間違えれば、怪我をしていた。そうでなくても、肉体的にはさっきので大分傷ついている。


なのになんで、そんな表情ができるんだよ。



身体の奥底で、熱い気持ちが湧き上がる。たかが体育祭なのに、優勝を目指すコイツの姿が、無性に格好良く見えた。


あの闘志に、あの粘り。最後までそれが報われずとも、懸命に捨て身で挑む姿は、見ていてとてもワクワクした。


プロレスを見てるような、そんな感じ。


この目の前の馬鹿を途中から応援しているうちに、俺も一緒に戦って、勝ちたいと思えてしまった。


それは多分、他のやつらも同じで。


ここにいる全員、コイツに毒されてしまっていた。


◇◇◇


「勝ちに行きましょう」


2回目の戦いが行われる前の作戦会議。


僕が呼びかけたその言葉に対して、見せる彼らの顔は、この5分間がさっきより有意義なものになることを示していた。


「作戦は僕が立てます。良いですか?」


その言葉に返事はない。僕はそれを、了承と受け取った。


「まずは基本となる戦術です。どう考えても挟み撃ちみたいな連携のある方法は僕たちには取れない。練度が足りていなさすぎるし、騎馬のスペック的にも細かい動きは無理でしょう」


事実を淡々と告げていく。

誰もキレることもなく、真摯にその言葉を受け止めていた。


「なので、取り敢えずバラバラに動くことはやめること。声を出して報告をしあうこと、せめてこれは徹底させましょう。それをするだけで勝率はグッと変わります」


できることを徹底する。今、それ以上に大切なことはない。


「陣形ですが、騎馬三体で背中を向け合って、正三角形のような形を保ち続けることを意識しましょう」


地面に正三角形の図を描くと、それぞれの頂点を丸で囲む。ここが僕たちの基本となるポジションだ。


「大事なのは、真ん中に空間を作ることです」


そう言って、正三角形の中をグルグルと囲む。


「騎手の3人は、3方向それぞれを見張ります。そして、敵が近づいてきたのを確認したら、声を出しながら騎馬の人は真ん中の空間に下がってください」


一つ一つ、段階を踏んで確認していく。この作戦の難しいのは、ここからなんだ。


「それに合わせて、他の騎馬2体は敵が来た方向を埋めるように移動してください。つまりその一瞬のタイミングで逆三角形になるってことですね。こうすることで理論的には、常に2対1の状況を作ることができます」


勿論、そんなに上手くいくとは思っていない。


「そうなると、基本的に相手の方が避けていきますので戦闘になる心配は……まあ、大丈夫だと思います。大事なのは声掛けです。近づいて来たと思ったら、いち早く報告をしてください。それだけで騎馬の負担は減りますから」


騎手は騎馬の目だ。

それが機能しないと、勝てる勝負も勝てなくなる。


「一番怖いのはスタミナです。対応が遅くなって早く移動をしようとすれば、物の数分でスタミナは枯渇してしまう。なるべく移動はゆっくりと着実に。それだけ意識していれば、最初の乱戦フェイズで、全員生き残る確率は高くなりますから」


メチャクチャなことを言っているのはわかる。ただこれが一番、現段階でできる勝率の高い作戦なのは事実だ。


「は、挟み撃ちされたらどうするんだよ?」


先輩が不安そうに聞いてくる。


今言った作戦は、あくまでも敵が一騎で攻めて来た場合の作戦。確かに、挟み撃ちされた場合の説明をしていなかった。


「その場合は、一方の騎馬は僕がなんとかするんで、残りの一方は今さっき言った作戦の通り、2対1の状況を作ってください」


作戦も何もない僕の言葉に、それでも先輩は納得してくれる。


先程の試合で一連の攻防を見て、可能だと思ったのだろう。


「3方向同時に、攻められた場合は?」

「無いとは思いますけど、それが一番対処が楽です。ただそれぞれの騎馬が、正面から来る敵の騎馬と競り合って時間を稼いでいれば良いんですから。それだけで相手は全滅します」


だからこそ、そんなリスクは誰も取らない。


同時に攻めるより波状攻撃を仕掛ける方が、何倍も対処するのが難しいのだから。


「ここまでは、理解できましたか」

「あ、ああ。多分。で、そこからはどうするんだ?」


もう作戦会議の時間は残り少ないからか、焦ったように聞いてくる。さっきの作戦を説明するだけで時間のほとんどを食っていた。


「もし次のフェイズまで全員残ることができたら」

「できたら?」

「後は運です。勝ち残れることを願いましょう」


一瞬の静寂。

そして、そこで初めて僕たちの間に笑いが起こった。


「そこまで綿密な計画を立てといて、最後の最後は運かよ」

「いえ、そこまで運要素は無いですよ? さっきの試合でも見た通り、3騎全部残ってるクラスは無かったですから。勝率は限りなく高いと思います」

「だからって……願いましょうって、面白いな」


好意的に受け止められて良かった。ふざけんなとキレられても、文句の言えない提案だったから。



そこでまた、ピストルの音が鳴る。


「おい、何離れようとしてんだよ」

「いえ、作戦会議の時間は終わったので」

「円陣だよ円陣。他のクラスもやってるだろうが」


確かにやっていた。

どこのクラスも、今度こそはと気合を入れている。


「じゃあわかりました。合図は」

「お前以外に誰がいんだよ」


その言葉に他の全員が頷く。僕もそれに、異存は無かった。



「では失礼して……お前ら、勝つぞ!!!!!」



同意を意味する雄叫びが、あちこちのクラスで響き渡る。


運命を決する戦いは、最終戦へと突入していた。


◇◇◇


ピストルが鳴るや否や、僕たちは円の中で、さっき説明した三角形の陣形を取る。


全員の緊張が伝わって来た。ぶっつけ本番で、こんな博打みたいなことをするんだから当然でもある。



すると始まってからものの数秒で、僕たちのもとに一騎の騎馬が突っ込んでくる。


固まるわけでもなく、付かず離れずの距離を保ったままじっとしている僕らのことをカモだとでも思ったのだろう。

作戦通り2対1の形を作ってやると、突っ込んできた騎馬は慌てて止まって引き返す。


引き返した途端、他の人たちが興奮しているのを見て取れた。


たった一回とは言え、成功体験は人に自信をつけさせる。それが作戦のもとに成り立っているのなら、尚更だ。



その後も作戦通り、順調に進んでいく。


突っ込んで来る騎馬を牽制し、それでも尚やってくる馬鹿な騎馬をなんとか返り討ちにしながら、勝ち残ってく。


正しく、このルール制だからこそ成り立つ防御のための陣形。


狙い通り、僕たちの厄介さを認めたのか、僕たちに狙いを定める騎馬の数は少なくなっていた。


厄介なものを後回しにする。

そんな人間的な本質をついた、完璧な作戦だった。



この陣形の良いところは、視野が広く確保されること。


守りの陣形としては、2つの騎馬が背中合わせになってお互いの死角を消す陣形など、さっきの試合でも多々見られはしたけど、どこも長続きはしなかった。


どれだけ警戒していても、真横からの突然の攻撃には、やはり反応が少しだけでも遅れてしまう。


その遅れが致命的となっていた。


人間の視野角で、ものをハッキリと認識できる範囲はとても狭い。それこそ、30度程度。


そう考えると3人でも足りないぐらいなんだ。たった2人で、全てを補えるわけもない。


この陣形にも弱点はあるだろうけど、それをこの数分間で、見つけられるとも思えなかった。




ただ、どこにでも理屈に反する奴はいるもので。


「前方から一騎! 突っ込んで来る!!」


何度もした報告を再びして、僕たちの騎馬は後ろへと下がる。そして慣れた手つきで他2つの騎馬が穴を埋めるように移動すると、僕たちはそれを確認して素早く方向転換をして、背後からの襲撃に備えようとする。


この部分のラグを無くすことが、この陣形で最も重要なことでもあったりする。


だから気が付かなかった。いや、油断していたんだ。


相手が、唯一の攻略法を引っ提げて来たことに。



「間を突破された!!!」


その言葉に、僕は反射的に後ろを振り向いた。


勿論、騎馬ごとではない。それができるなら、そもそもこんな作戦も立てていなかった。


「な!!??」


言葉に詰まった。


粗野的な笑みを浮かべた男が同じように粗野的な男たちで構成された騎馬に乗って、僕のもとに突っ込んで来る。


間が突破されたという言葉通り、2つの騎馬の間には無理やりこじ開けられたような空間ができていた。


つまりこいつらは、どちらの騎馬にも目もくれず、ただ真っ直ぐに僕たちのもとへと向かって来たことになる。


そうこう考えているうちに、もう距離は目前へと迫っている。


中に空間を設けていたことが幸いして、まだ僕たちはやられてはいない。が、それが誤差であることは間違いない。


スピードを緩めず突進してくる姿に、そう確信する。



(終わった!!!)



もはや、この状況から入れる保険はない。僕は鉢巻を奪われる。この突っ込んできたやつらに。


覚悟を決める時間しか、残されていなかった。




そんな覚悟を決めかねていた僕の思いとは裏腹に、僕たちの騎馬に激突する直前で一人手に右の方へと吹っ飛んでいく相手の騎手。


応援席から悲鳴の声が上がり、僕の方もビビったけど、地面へと落ちた男はなんともないように首を振ると、落胆した表情を見せる。


幸いなことに、驚くほどタフな人だった。



いや、それよりもさっきの挙動が不可解すぎて、僕は向かって左にある応援席の方へと視線を向ける。


そこには手を前にかざしているレインちゃんの姿があり、彼女が何かをしたのは見るまでもなく明らかだった。


…………思いっきりアウトだけど、今だけは見逃して欲しい。


全員のためなんだ。




そう自分に言い聞かせて、何事もなかったように競技を続ける。状況は既に、僕たちが思い描いていたものへと移行していた。


◇◇◇


残っている騎馬は8つ。

3騎残っている僕たちに、2騎残っているクラスが一つ。後の騎馬はそれ以外。


有利なのは完全に僕たちだけど、まだ油断はできない。


上位チームが2つ。

それぞれ、2騎、1騎抱えた状態でまだ残っている。


なんとしてもそいつらには、勝たなければいけなかった。



再び起こる膠着。


ジリジリと距離を詰めていく僕たちの騎馬に対して、他の騎馬は固まるように集まっていくと、そこから僕たちの周りを囲むようにゆっくりと移動していった。


この状況で、完全に5対3。

力を持っている僕たちを潰すための、協力関係が生まれていた。


好意的に見るなら、混戦の状況より運要素はかなり減った。


その分、ストレートに負ける可能性は増えた。


ただ、この状況を予期できなかったわけではない。


「プランBで行きましょう」


そう言うと、頷く2人の騎手。



僕たちは相手の騎馬たちが完全に周りを包囲しきる前に、それぞれの方向へ飛び出して行った。



これがプランB。

騎馬戦の基本となる、先手必勝を意識した戦術。


最悪は、相手の連合軍に協力されて、何もできずにすり潰されること。それを避けるためだけに考案された戦術でもあった。



5対3の状況を作るのではなく、相手の戦力を3つに分けて、それぞれ各個で戦う。

この奇襲は僕たちが前半の段階で3人固まっていればいるほど、成功しやすくなる。


何もそれぞれが、それぞれの場所で勝つ必要はない。


一番大事なのは、相手側の騎馬と騎馬の距離を離れされること。それだけで、敵の連合軍の仮初の協力関係は崩れる。



今の状況で例えるなら、1対1、1対2、1対2とわかれたとき、相手が例え1対2の勝負で勝ったとしても、次はもう一方の1対2の勝負でもこちら側が勝ったはずという思考に陥る。


そうなるともはや僕らは敵でなくなる。僕たちを討ち取るため協力していた騎馬敵となり、そこで血みどろの争いを始める。


こうなったとき、もし1対1の勝負で僕たちの陣営が勝っていたとき、1対1対1の構図となって最後に残る。


3対5なんかより、遥かに勝ちやすい勝負だ。


だからこの構図で大事なのは、2騎残っているチームの騎馬を同時に相手にしないということ。

それだけで最後に、1対2対1という状態で残ってしまうから。


そして、その目論見は既に達成されていた。


なぜなら、僕が1対1の相手として選んだのが、その2騎残っている方の片方だったから。



突然のことで頭がわからなかったんだろう。簡単に、その2つの騎馬は戦力を分散してくれた。


後はここで、勝つだけだ!!!



勝負は一瞬で決着する。


思いの差と言うべきか、覚悟の差でより捨て身の行動を取った僕の方が、相手を上回りその鉢巻を手中に収める。


崩れながらも、なんとか踏ん張り騎馬は方向を転換する。




そこには、最悪な状況が生まれていた。


僕の構想では、1対1、1対2、1対2の形で、戦力が分かれていたはずだった。

しかし、僕たちが突っ込んだのが速かったせいか、1対1、1対1、1対3の形で分かれてしまっていた。


こうなると、まずいことが起きる。


残るのが2騎ならいざ知らず、3騎も残るとなると、先に協力して僕の騎馬を狙い撃ちするという可能性が高くなる。



何よりも幸いなことに、気合を見せてかもう一方の1対1の勝負は相打ちで終わっている。


そして劣勢なもう一方の騎馬の方は、なんとか猛攻から耐えていた。ただそれも、時間の問題だった。それも後、数秒の。



「突っ込めーーー!!!!」


気づけば僕は叫んでいた。その叫びに触発されてか、今までで一番のスピードを発揮する。


そして、何とか間に合った。

他の3騎に突っ込みながら、味方の一騎を守るようにガムシャラに頑張った。


それもあってか、3対1の状況は、1対1対1対1対1の乱戦の状況に変わる。


僕たちがやって来たからには、もはや彼らが協力する必要性すら無くなっただろうから。

全員が勝ち残るため、目の前の敵に標準を合わせている。


結局、最後までムチャクチャだった。


ただ、最初の試合と違って今の僕には味方がいた。勝因を上げるとすれば、そこになるのだろう。



目の前の崩れかけの騎馬へと夢中になっている僕の鉢巻へと、背後から魔の手が伸びていた。


が、それを先輩方が捨て身の一撃で食い止める。


崩れゆく2つの騎馬の音を後方に、僕は手を高々と上げた。



ピストルの音が鳴る。


それは勝者を祝う、祝福の音色だった。

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