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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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首を取る

僕は今、3度目となる入場門に整列している。


他の男子生徒たち。

他学年も含めて僕たちのチームのみんなは、一様に士気が低い。


目に見えている点差もさることながら、騎馬のスペックも他と違いすぎるところもある。

すぐ横を見れば、ゴリゴリの体育会系みたいな人たちがこの競技で一位を取りに来ている。


幸いと言うべきか、上位争いは激しく抜け出しているチームは未だ一つもない。

逆転はしやすい代わりに接戦であるため、僕たちを除いたいくつかのクラスは勝ちに向かって、一層気を引き締めていた。


士気も練度も性能も劣っているとなれば、もはや僕たちに勝ち目はない。それがわかっているからこその諦めだった。



『次のプログラムは、男子による騎馬戦です』


アナウンスの声が鳴り、入場が開始される。


入場門前に集まっていた生徒たちは、前を歩く体育委員の後に続いて、グラウンドへと入場する。



騎馬戦が始まる前に、各チームで5分間の作戦会議の時間が設けられる。僕たちは輪になって集まっていた。


「……おい、リーダー何か言えよ」

「え、俺かよ」

「お前以外に、誰かいるんだよ。ほら早く」

「えーっと、えー……お前ら、勝つぞ!」

「おい、なんだよそれ! 具体的な作戦とか言えよ!」

「急に振られて無理に決まってんだろ」


3年生の人たちが、寒い内輪ノリを始める。それを見て、他学年の人たちは、愛想笑いをすることしかできない。


他のクラスの様子をチラッと見るも、どこも真剣な表情で勝って見せるという意気込みが窺えた。


ここに、勝つやつは勝ち続け、負けるやつは負け続けるメカニズムを見た気がする。勝負は始まる前からついていた。


「ふざけんなっ!!!!」


思い切り、大声で叫ぶ。


それは輪になって作戦会議をしているのが、無意味になるぐらいの大声で、僕の声が聞こえたのか他のチームの人も視線をこちらに寄越していた。


当然、離れたところにも届く声量なので、近くにいた人たちはもっとよく聞こえてる。


全員が全員ほうけた顔をして、突然の大声を出した僕を不可解な顔で見ていた。


「……え? どしたん急に?」

「うるさ……少しは声量、考えられん?」


3年生の先輩方から、厳しい言葉を投げかけられる。


先の言葉に機嫌を悪くしたのか、さっきまで浮かべていた馴れ合いの笑顔はすっかり、鳴りを顰めていた。

……状況としては、さっきより大分好転している。


「皆さんは、勝ちたくないんですか?」


僕の言葉に、全員が間抜けを見るかのような目で見てくる。冷たくて、血も通ってないような目で。

それでも、構わず言葉を続ける。説き伏せる。


「ワンチャン、優勝を狙えるんですよ」


先の二人三脚の頑張りもあってか、順位は上がっている。混戦になっているおかげで1位とも、400ポイント程度の差で済んでいた。


簡単には捲れないけど、ここで1位を獲ると、運にもよるけど優勝が現実的になる点数差だった。


「ここでやらなきゃ……いつ、あなたたちはやるんですか?」


時間が許す限り、精一杯説得をする。


やる気を引き出す必要があった。この時間を、自分を犠牲にしてまで用意してくれた東雲君の分まで。


勝つための、小細工なんて用意していない。


今の時間は間違いなく、多くの観客の命運をわける5分間だ。


「………話は終わり?」


つまらなさそうに、3年の先輩は言う。その反応から分かる通り、僕の言葉は全く響いていなかった。


「はー……あのさ、優勝優勝うるさいよ。お前みたいなやつが皆んなの輪を乱すんだよ」

「つか、たかが体育祭で必死すぎでしょ」


そう先輩が言いたいことだけを言って、微妙な空気の中、5分間は無情にも過ぎ去っていってしまった。




先輩たちの作った騎馬の上に乗る。


騎馬戦のルールはとてもシンプル。各クラス3組の騎馬、計24組が、一つのデカい円の中で騎手の鉢巻を取り合う。


鉢巻を取られた騎馬や、崩れて騎馬は退場となり、そこで最後まで残ってた騎馬のチームに得点が入る。それを2回繰り返す。


この騎馬戦がイカれてるのは、ポイントを貰えるチームが他の競技とは違い、たった1クラスに絞られるということ。


つまり、僕たちが勝てれば上位争いに加われるけど、万が一上位陣のどこかが勝ってしまったら、そのまま優勝につながるぐらい点差が離れる。


一応リレーの前の、救済処置として用意されている競技なので、下位4チームと、上位4チームとで、勝ち残った時に貰えるポイント量に差はあったりと、運営の体育祭を盛り上げようという意思は見えてくるけど、イカれてるのは間違いない。


ただ、そのおかげで僕たちが優勝する可能性が生まれているので、感謝の念しか出てこない。



ピストルの音が鳴る。一世一代の大勝負は始まった。


◇◇◇


騎馬に乗りながら周りの様子を窺う。


もうこの時点で、既にいくつかの騎馬は消えていたけど、ウチの騎馬たちが及び腰のおかげで、まだ接敵はしていない。


隅から隅へと、逃げるように移動していく。


基本的に、この競技では討ち取った騎馬の数はあまり重要ではなかったりする。極論、残ってれば良いだけなので、最後まで逃げ切っているだけでも勝てれるから。


ただ、そんな逃げ腰の奴らが勝利を掴めるはずもなく。


僕らと同じように逃げている奴らの殆どは、その首を討ち取られて騎馬が崩れていく。


なにせ、騎馬戦とは先に攻めた方が圧倒的に有利なのだから。



さっきから、挟み撃ちで一人でいる騎馬を各個撃破していた2つの騎馬が、僕たちの方に標的を定める。


これも、作戦だ。


1人でいると狙われやすくなり、3人でいると身動きが取れなくなる。だから2人、定石でもあった。


ただ、定石であるとは言え、2人の状態で1人の状態のときと比べて機動力を落とさないのは、かなりの練度が必要だ。


このチーム、仕上げてきてる。


2つの騎馬に、勝ちパターンである挟み撃ちの形をとられる。これで一方がツッコミ、取っ組み合いをして標的の腕が塞がったところで、背後からもう一方が鉢巻を掠め取る。


この連携で既に、いくつもの騎馬を落としていた。



僕たちの前に出た騎馬の騎手が、大きく立ち上がる。基本的に上を取ったものが圧倒的に有利だから。


下の騎馬の方もこの状況にパニックになっていて、まともにその場所から動けないでいる。

後はその首を、取られるのを待つのみだった。


ただそれは、取っ組み合いになった場合の話。


上から伸ばされてくる腕が鉢巻に届く前に、思い切りその場で立ち上がり、相手の鉢巻を掠め取る。


少しでもタイミングがズレると、抵抗することもなく鉢巻を取られてしまうので、大分危険な賭けだった。


一方を討ち取れば後はとても簡単で、その状態で方向転換をしもう一方の騎馬を待ち構えるだけ。


例えウチの騎馬が練度が低いとは言え、相手の作戦は取っ組み合っている最中に後ろから鉢巻を掠め取るものだったので、背後の騎馬とは若干距離があって、向き直るぐらいの余裕があった。



そして二対一になれたものは、一対一の闘いに極端に弱くなる。確実に勝てる闘いしかしてこなかったので、競り合いには乗ってこなくなる。


それはあの騎馬にも言えたことで、仲間が倒れたとなると、状況を立て直すため一目散に逃げていった。


そして、今まで自分たちがやってきた挟み撃ちの餌食となる。


ここで、残る騎馬は15。勝負は混迷を極めていた。




ここに来て、騎馬戦は次のフェイズに入る。


さっきまでと違いスペースが空いたことと、勝ちが目の前に迫ってきたことによる起こる、待ちのフェイズ。


お互いの騎馬の間隔が広くなっていき、どの騎馬も他の騎馬の動向を全て見える位置にポジショニングしていく。


奇襲だけは受けないようと、死角を潰しながら、隅は隅へと徐々に近づいていく。


こうなると、中々勝負は始まらなくなる。

先手が有利とは言え、完全に警戒された状態じゃ、そのアドバンテージも薄くなってしまう。


その様子に、観客や応援席から怒号が飛ぶことはない。むしろ、誰もが興奮しながら、そのときを待っていた。


限界まで膨れ上がって、気が熟す時を。


『残り5分』


プログラムをつつがなく進行するためのアナウンスがそこで流れる。それと同時に、いくつかの騎馬が動きを見せた。


時間切れになった場合、勝つチームはこの試合で一番多く鉢巻を取っていたチームになる。


そうなる前に、勝負をかける必要があった。



観客の盛り上がりと同時に、3つもの騎馬が崩れ去っていく。


更に2つ3つと撃墜数が増えていき、残る騎馬は8。アナウンスの言葉が正しいなら、後3分を切っていた。


2つの騎馬が残っているチームは2つ。後はそれ以外のチーム。


その絶望的な状況を打破するため、3つのバラバラのチームが協力して、2つ騎馬が残っているチームの一方に突撃するという事件が起きる。


その3つのウチの、1チームは僕らだった。


漁夫の利を狙うように、残った他のチームはその後に遅れて続いてくる。さっきまでの牽制のしあいが嘘のように、勝負がつくのは一瞬の出来事だ。



そこからは僕も、何が起こっているのかはわからなかった。


多くの騎馬が入り乱れる混戦の中、大袈裟に手を振りまわして攻防一体の構えをとる。


とにかく必死だった。

立ち上がって、頭へと伸ばされてくる魔の手は必死に振り払い、目に見えた鉢巻には無我夢中で手を伸ばし、落ちてなるものかという意思だけで耐えていた。



ただ、それも長く続くことはなく。

結局僕は、最後まで生き残れる側にはいられなかった。


騎馬から地面へと転がり落ちる中、僕は目撃する。


たった一つ最後に残ったオレンジ色の鉢巻をしたチームの騎手が、誇るように鉢巻を持ったその右手を突き上げているその姿を。



それが下位チームであることを確認すると、僕はニンマリとその顔に笑みを浮かべた。

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