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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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身を削る

障害物リレーのコースはよくあるものだった。


猫車や三輪車、麻袋といったもので移動方法を制限したり、風船やネットといった足止めをしてくる障害を掻い潜って、一番でゴールを目指すというシンプルなもの。


借り物競走の用意を素早く片付けると、体育委員が協力して障害物競争の障害物を設置していく。



モミジちゃんたちの仕込みが上手くいっているなら、あそこにあるどれかに何かが仕掛けられているはず。


もしそれでうちのクラスが1位になったとしても、他のクラスから異議申し立てをされそうだけど、それは仕方がない。


運営の方々には悪いけど、設備不良という形で処理して欲しいところだった。



準備は整い、今始まろうとする。


僕は神に祈るつもりで、そのときを待っていた。が、中々競技が始まらない。観覧席も客席もザワザワしている。


僕はその間も、ただひたすら願っていた。


そしてーー、


『一部の器具に異常が発見されたため、少々お時間を取らせていただきます。皆様方、誠に申し訳ありません』


神は、僕を見捨てた。心の折れる音が聞こえた。




その後、何もすることができないまま、綱引き玉入れとプログラムが進んでいく。


ダメ押しのように開いた得点差は絶望的なものとなり、クラス中が落胆する中、午前の部は終わりを迎えた。


◇◇◇


一人、教室にも戻らず校舎裏で考えていた。


ここからウチのチームが優勝する方法ではなく、どうやってこの体育祭を中止させるかということを。


既に、純粋に勝つことは諦めていた。


浅間君の思惑を潰すには、それしかない。



グラウンドをぐちゃぐちゃにする? いやダメだ、手間と暇がかかりすぎる。単純に間に合わない。


応援席のパネルを倒す? いや、倒れたパネルの撤去の時間はかかるだろうけど、それだけで中止になるとも思えない。


ウチのクラスメイトを参加ができない状態にする? 論外だ。僕はなんのために頑張ってるのか、わからなくなる。


犯行予告を出して、無理やり中止にさせる? それはそれで、浅間君にアウトと見做されるかもしれない。



方法を思い付いては、すぐに泡のように消えていく。どれもこれも、有効な解決策とは思えなかった。


苛つきから、僕は地面を足で抉った。


人が死ぬ、死ぬんだぞ!! もっと必死で、考えないと……っ!!



「こんなところにいたのか」


そんな僕の様子を見守っていたのか、なんとも気まずそうな顔で現れた東雲君は、声をかけてくる。


僕を探していたのか、その額にはじんわりと汗が浮かんでいた。


「……気にすんなよ。あんなやつの言うことは」


その言葉で分かった、東雲君が勘違いをしてるということを。


一向に教室へと戻らず、こんな誰にも見つからない場所にいたことから、そう推察したんだろう。


その理由もゼロではないと言え、僕のメンタル面はそこまで弱くもなかった。陰口ぐらい、慣れている。


「………東雲君は、残りのプログラムを覚えてる?」

「ん? 二人三脚と騎馬戦と、学年対抗と選抜リレーだろ?」


いきなりの質問に驚いた様子だったけど、東雲君はスラスラと答えてくれる。


そう、残すはその4種目となっている。


よくあるバラエティみたいに得点配分がバグっているため、最後のリレーを含むこれらの種目で、成績を残せればまだウチのチームにもワンチャンあるとは言え。


それは他のチームもわかっているし、最高戦力を投入してくる。


つまり、万が一にも勝ち目はないってことだった。



もう、昼休憩の時間は終わりを迎えようとしている。


気が早いいくつかの生徒は、教室からグラウンドの方へと降りてきていた。タイムリミットは近い。



何の考えも出てきていない、今の現状に焦りが先行する。何か考えなければ必死になる度、その焦りからか何も考えられなくなるという最悪の悪循環だった。


時計をチラチラ見ているだけで、既に5分経過している。


心臓の音がうるさいぐらいに鳴り響いて、動悸と眩暈が止まらなくなって、まともに立っていることもできなくなった。


僕はこの時間に、縋るような希望を抱いていた。それが、刻一刻と消えていく。耐えられないぐらいの恐怖が身を襲う。



「おい! しっかりしろって!!」


立ちくらみをする僕のもとに、東雲君は駆け寄ってくる。何か異常を悟ったんだろう。僕の肩を担いで、『保健室に行くぞ』と、いってくれた。


その優しさを、突き飛ばす。


「僕は……どうしても、僕たちは何をしてでも! この体育祭で、勝たなきゃいけないんだ!!!」


色々な感情から生まれた、怒号のような叫び。


僕に手を弾かれ呆然としていた様子の東雲君は、そんな僕の叫びに唖然とした表情を浮かべていた。


「いや、たかが体育祭に必死になりすぎだろ」


馬鹿にするような口調で、僕の気持ちも知らずに、そう言って切り捨ててくる。当然の反応だった。




「…………っ!!! いった……っ!!!」


呆然とする僕の目の前で、東雲君は血だらけの自分の拳を、大事そうに抱えている。痛みからか、ついには座り込んだ。


その傷を作ったコンクリートの壁は、東雲君の拳の形に合わせて凹んでいて、その部分に真っ赤な血の跡を作っている。


「これじゃ……騎馬戦には……棄権するしかない…かもな。俺の代わりに、お前が、出ろよ」

「東雲君っ!!」


自分で自分の手を傷つけた東雲君の元に駆け寄る。


この分では、骨までヒビがいっているはずだ。


どうしようどうしよう、いやガーデンちゃんを呼ぶべきだ。バレるバレないとか、言っている場合じゃない。


一先ず保健室に連れて行こうと、痛みで動けないでいる様子の東雲君を担ぎ上げようとする。


それを手で制すると、東雲君は言った。


「心配すんなよ……一人で行けるって」

「どうして!?」

「何か特別な理由があって、そんなに勝ちにこだわっているんだろ……? しかも、誰にも言えないやつ。じゃなきゃ……あの時、お前が名乗りを上げるなんて不自然、だったからな」


壁に左手をつき、よろけた様子で歩きながら続ける。


「なら、事情を知らない俺より……っ! ……お前が騎馬戦に出た方が良いに決まってるだろ。俺じゃ、勝ちきれない」

「そんなことのためだけに!?」


自分の手を傷つけたのかと、問い詰めたくなる。棄権するだけなら、もっとやりようはあったはずだ。


「……バカが。この方がより本気になれるだろ」


強がって笑うと、その場から立ち去った。


東雲君の思惑とは裏腹に、僕は罪悪感で潰れそうになっていた。


◇◇◇


「釘抜君。大丈夫? 教室にも帰ってなかったみたいだけど」

「ああ……うん」


玄関辺りで自責の念に囚われていた僕のもとへと、九谷さんが話しかけにくる。

周りに他の女生徒はおらず、その手には手拭いが握られていた。


「競技が始まる前に一度、練習しとこうと思ってさ。釘抜君を探してたんだよ」


九谷さんが、今の僕に抱いている真意は読み取れなかった。


ただ、練習してくれるというならありがたい。その申し出は、今の僕にとっても都合の良いものだったから。


「うん。わかった」

「………釘抜君?」


彼女の申し出に頷いて、練習できる場所に移動を始めた僕を、心配そうな不安げな顔で見てくる。


僕は意図的にそれを、無視していた。



練習を始めるも、昨日までと違い息が合わない。


お互いがお互いを気遣って、歩幅が合わない状態が続いていた。少女たちもそんな僕たちの様子を訝しんでいる。


「く、釘抜君。ちょっと落ち着かない? ね?」

「……うん、わかってるよ」


誰以上に、自分が一番わかっていた。


午後からの競技、一つでも落したら優勝は絶望的なものになる。だというのに、この始末。


他の人たちが好成績を残せるかわからない中で、唯一自分自身でつかみ取れるところなのに、勝利する未来が一向に見えてこない。


そのことに、苛立ちを抱いてしまう。


「あ! ごめん!」


歩幅を広くしてしまい、僕のペアをしてくれている九谷さんが派手な音を立てて転んでしまう。


その体操服や顔には、汚れがベッタリとつき、取り返しのつかないことをしてしまった。


「ううん。大丈夫だよ」


そんな僕を笑って許してくれる九谷さん。僕のせいだというのに、そんなことを微塵も感じさせない。


そのことがまた、罪悪感を抱かせた。


「……釘抜君。何を気にしてるの?」

「え? 何をって?」

「誤魔化さないで、さっきから私に遠慮してるよね」


僕の心の中まで読んだみたいな九谷さんが、いきなり怒ったような口調で問い詰めてくる。


そっちの方が僕には嬉しかったけど、さっきのことで怒っている様子ではなかった。

もっと別のこと、根本的なことで怒られている。


「遠慮なんて別に」

「嘘。中谷さんたちに言われたこと、気にしてるんでしょ」


その言葉に胸がざわめく。


モミジちゃんたちはどうやら、その僕が言われたってことを気になっているみたいだった。


「……何? じゃあ、ホルダーさんがさっきから元気ないのって、その中谷とかいうヤツのせいなの?」

「敵ですね。レインさん」

「……はい、わかってます。消してきますね」


慌ててレインちゃんを止める。九谷さんは知らないだろうけど、この子たちに加減なんてものはない。


僕のためなら、平気で人だって殺すんだ。


そんな僕の正面に、足の手拭いを外してやってくると、その肘と膝を地面につけて、土下座のような格好をしようとする。


「え!? 九谷さん、何して」

「さっきはごめん! 庇ってあげられなくて!」


ポカンとしている僕を他所に、必死でそう謝る。一体、なにがなんだかわからなかった。


「お、起き上がってよ九谷さん!」

「言い訳にはなるかもしれないけど、私怖かった……でも私、嘘はつきたくなかった。だから、止める声をを振り払ってここまで来たの」


状況が未だ読み込めない僕に、梃子でも動かない様子だった九谷さんはスクッと立ち上がると、僕に平手打ちをしてくる。


感情が追いつかない。

取り敢えず、九谷さんに叩かれたのは2回目だった。


「これは斎藤さんの分。言ってたよ斎藤さん、『私は私の思うままに過ごす。それがあの子の願い』って」


それを聞いてやっと、僕が勘違いしていたことを理解した。


彼女のためを思って、取りたくない行動を強制した行為は、自分が責任を負わないようにするためにしていたことも。


そのせいで、加納さんの思いも無視してしまっていたんだ。


「……斎藤さんは、もしかして」

「うん。クラスの人たちに説教している。凄いね、あの子」


九谷さんは心からその言葉を言っていて、そこには憧れの感情も含まれている。


彼女は強かった。僕が思うより、何倍も。



「さ、練習の続きをしよ釘抜君。今度は私をちゃんと見てね」

「…………うん」


差し出された手を、恥じながら受け取る。



視界にかかった靄が、晴れた。

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