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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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涙さえ

ピンポーン


ご飯を食べて血糖値が上がったのか、ソファーで寝静まった少女たちを二階のベットへ寝かせた頃、家のチャイムが鳴った。


こんな夜遅くに来客なんて珍しいと思い、一瞬玄関の鍵でも閉めていたかと思いはしたけど、違うみたいだ。


二階の窓から覗いたところ、玄関前には今日一緒にダンジョンに行っていた幼馴染の姿があった。




「ごめん。夜遅くに迷惑だと思うけど、もう一度謝りたくて」

「別に良いのに」


それは心からの本音だった。


しかし、わざわざ誘った手前、あんなことが起きたんだから彼女なりに負い目みたいなものがあるんだろう。


こういうところ律儀なんだ。僕の幼馴染は。


「電話でも良かったとは思うけど、これ渡しておきたかったから」


そう言って手渡された紙袋からは、甘い匂いが漂ってくる。


「シフォンケーキ。好きでしょ?」

「これ、もしかして手作り?」


恥ずかしそうに、コクリと頷く恵南さん。


そこで彼女が、こんな夜遅くに訪ねてきた理由を知れた。


「あ、ありがとう」


紙袋を受け取りながら、ふと訝しむ。


例え律儀と言えど限度はある。謝罪のためだけに、わざわざ手作りケーキを用意するとは思えなかった。


失礼な言い方になるけど、裏があると思ってしまった。


「それで、今日の」

「あ、恵南さん」


言葉が被ってしまう。も、お先にどうぞと促してくれた。


今日の恵南さんは随分と弱気だ。


「お勧めの養成所とか知らない? 出来るだけ割引が効く感じの」

「…………………なんの?」


たっぷり間をとって、そう尋ねてくる。


面白いことを聞くなー。ここで僕が、お笑いのなんて言ったらどう反応するんだろうか。


「シーカーに決まってるじゃん」


そう言うと、ガット力強く肩を掴んでくる。


「誰に吹き込まれたの?」

「いや、そうじゃないって。必要になったからだよ」

「本気の本気で」


圧に押され、何度も頷く。


そうすると、今日一番の笑顔を見せてきて、家の中に入ろうとしてきた。


「ちょっと、何で止めるの。教えて欲しいんでしょ」

「あ、そ、そうだね。リビングで話を聞くよ」

「ご両親にも迷惑をかけるし、延壽の部屋で良いって」


何を言っているんだ? という目で見られるけど、こっちとしてはどうしても二階に上がらせたくない。


「きょ、今日は両親もいないから」

「え?」


途端顔を真っ赤にする恵南さん。


そこで言葉選びに間違えたことを気づいた。


「そ、そうなんだ。なら、後日にする」


ギクシャクという擬音が似合うくらいに、非常にぎこちない動きで帰っていく。


そこで駐車場の方で隠れていた両親と目が合った。



「あんた、随分と奥手なのね」


リビングで母にかけられた言葉に、父と子揃ってドキドキしてしまう。男子はいつだって思春期なんだ。


「あんな気量の良い子、一生巡り合わないかもしれないのに」

「そ、それよりどうして養成所に通いたいなんて?」


父が慌てて話を逸らす。今年一、感謝した。


「免許ぐらい、持ってた方が良いって言ったのは父さんだよ」

「そうだな。でも、急だったから」


「あんた、シーカーのこと毛嫌いしてたんじゃないの?」


母が遠慮のない言葉で、父の言葉を代弁する。


「別に嫌ってたわけじゃないって。ただ野蛮だって、思ってだけだから」

「それを嫌ってるって言うんじゃない」


これは、シーカーではなく僕のクラスメイトが悪い。

どこかシーカーであることを誇ってる節がある奴らが、僕のクラスを仕切っているんだから。


「ま、理由はどうあれ、やる気になったのなら母さんも嬉しいわ」

「そうだな。あんな虫も殺せなかったような子が、こんなに立派になって」


そう言ってオイオイと、そのガタイに似合わない涙を流す父。


すみません、お父さん。虫も殺せないのは変わっていません。


◇◇◇


「よぉ、釘抜。そんな憂かない顔してどうしたよ」


翌日学校で、スマホ上でのかなりの量の広告に目を通して、頭を抱えていると東雲君が話しかけてくる。


「お。お前もついに免許を取る決心をしたか。このクラスの男子で持ってないヤツお前ぐらいだもんな」


どれどれ貸してみろ、とスマホを奪われる。


「俺はここと、ここと、ここが良いと思うぜ」


スルスルと操作し、膨大な量の中から3つばかりピックアップしてくれた。


「理由は?」

「そりゃ、ここは全部二つ名持ちを排出してるからだな。結構それって、凄い実績なんだぜ」


どや、とばかりに自信満々に言ってくる。


「バーカ。一番大事なとこが抜けてんじゃん」


そう言うと、東雲君の後ろから更にそのスマホを奪い取り、一つの広告を提示してくれる。


「お前こそわかってねーな。そこって、今一番話題沸騰中の養成所だろ? 入れるわけがねえって……て、近藤さん!?」

「ちょいごめんね」


そう言うと東雲君を押し退けて、僕の前に出てくる。


「おはよ、釘抜君。キョンちゃんから聞いたよ。シーカーの養成所探してるんだってね」

「う、うん」

「だったらここが良いよ。ほら、パンフレット」


差し出されたものを受け取る。フロンタルと書かれたその表紙には、特、という朱色の判子が押されていた。


「でも、ここの養成所って人気なんじゃ」

「ああ、良いの良いの。そんなことは気にしないで。取り敢えずそこに書かれている日付に、そこの地図に載ってるとこに行けば、入会できるから」


どことなく不正の臭いを感じた。


「ちょっとー、由香ー? 何してんのー?」

「ごめんね。また今度ゆっくり話そ」


そう言い残して去っていく近藤さん。


東雲君は、ただじっとこっちを見ていた。


「どういうことだよ釘抜。お前、俺を騙したのか?」

「騙すって何を?」

「そりゃ、純情な心だよ! テメー、俺の初恋を」


ガクガクと胸を揺さぶられる。


その最中、この歳で初恋って随分遅いなとか、取り留めのないことを考えていた。



「よー、由香ー。放課後、ダンジョン行こうぜー」

「ごめーん。私、男子と一緒に行かないことにしてるからー」

「また振られたわー!」


東雲君からの恨み言を延々と聞かされていると、不快な声が教室に入ってきた。


身内ノリを他人に押し付けるという禁忌を余裕で犯す彼は、笑い話とばかりに大袈裟にリアクションをしている。


「ムカつくなー、あいつ。近藤さんが迷惑してるだろうが」

「わかるの?」

「当たり前だろ! 俺がどれだけ彼女を観察してきたと…コホン。お前も彼氏なら、あの虫を追い払えよ」

「だから、彼氏じゃないって」


また恨み言を言われる無限ループに入る。もうやだ。




パンフレットを貰った、学校からの帰り道。


バイトまで少し時間もあったので、途中で公園に寄って少女たちを人型に戻す。


興味を持つかわからなかったけど、いつの間にか動きやすい格好になっていた少女たちは、我先にと遊具へと駆け寄っていた。


モミジちゃんの方はわからなくもないけど、レインちゃんもまた笑いながらブランコに乗っていたので、少し意外だった。


「何してんの、ロリコンさん」

「こ、近藤さん!?」


2人の遊んでいる姿を遠くから見守っていたら、予想外の人物に声をかけられてしまう。迂闊だった。


「駄目だよー、釘抜君。前科がある人は、免許を貰うのも難しくなっちゃうんだから。ということで、通報される前にとっとと……あの子たち、メチャ可愛くない?」


説教するのかと思いきや、瞬く間に、彼女の言う性犯罪者に成り下がっている。いや、僕もそういう目で見てたわけじゃないけど。


「適当すぎない?」

「そう? よく言われる」


そう言うと、気怠げそうに、公園の入り口に設置されていた鉄製のあれに足を組んで座る。


「釘抜君はさ。生きるのに辛くなったことってある?」

「えっ」


いきなりのヘビーな話に、返答できずにいると、意見なんて求めてないとばかりに話を進められる。


「私はしょっちゅうあるんだ、死にたくなること。存在価値って言うのかな? 誰にも求められてないなって感じたとき、私は駄目なんだって思っちゃう」

「……あるの? そんなとき」

「君は結構正直だね……うん、沢山ある。私の身体だとか、私の人脈だとか、私自身は誰にも求められていないんだ」


無言の空間が生まれる。

なんて声をかければ良いか、わからなかった。


「あ。今、そんなくだらないことで、と思ったでしょ」

「思ってないよ」

「そう。釘抜君は優しいんだね」


そう言って聖母のような笑みを向けてくる。


「胸だって見てこないし」


僕は今、揶揄われているんだろうか?


「ま、それに関しては、未発達の方が好みだったってことかな」


昨日みたニヤついた笑顔で、モミジちゃんたちの方へと視線を誘導させる。


「違うって!」

「はははっ! そんな必死にならないでよ、冗談だからさ」


そこで立ち上がって、鞄を手にし、公園から去っていく。


「じゃあ、またシーカーになれたら一緒にダンジョンに潜ろ」


それだけ言い残して遠ざかる背中に声をかける。


「この一連の会話、東雲君にもした?」

「………バレちゃった?」


今までの何倍も意地の悪い顔をしたかと思うと、悪びれもせずにそう堂々と自白した。


◇◇◇


「あの僕、養成所に通おうと思うんですけど」

「おー、そいつは良いな! 免許持ってて困ることはねぇし」

「それで、その……これから、シーカーとしてやっていこうかなって思ってるんですけど……」


作業をしている手をピタリと止める先輩。


振り返り僕を見る視線は……なんとも表現しづらかった。


憐れみとか、憤りとか、親近感とか、喜びとか、そういう色々がごちゃ混ぜになった視線。


「そうか……馬鹿なヤツだって言いたい気持ちもあるが、そういう衝動が大事ってこともよく知ってる。だから一つだけ聞かせろ、お前は仲間を見捨てれるか?」

「はい。でも、見捨てません」

「……聞いた俺が馬鹿だった。ほんと、後悔してる」


それだけ言うと、再び仕事に従事する先輩。


これが最後とばかりに、その背中に精一杯着いていった。


◇◇◇


「2人とも、何でそんな変な顔してるの?」

「いやだって」

「はい……ホルダー様が変なことを聞くものですから」


『君たちの力を利用しても良い?』という質問は、この子たちからすれば『呼吸しても良い?』と聞いているようなものなんだろう。


それでも、どうしてもこの子たちのことを所有物のように、自分の私利私欲のため扱うことに抵抗があった。


もしここで断られでもしていたなら、勿論諦めるつもりでいた。


というより断って欲しかったのかもしれない。こんな少女が、命を賭けるなんて馬鹿らしいと心の奥底で思っている。


「……食べ物の好き嫌いとかある?」

「私はラーメンが好き! あのツルツルって感じが堪らない!」

「……えーっと、えーっと、お好み焼きです」


「好きな動物とかは?」

「街で見かけた、あのニャーって鳴く動物!」

「私は本で見かけたフクロウが好きです……可愛い」


「行きたいところとかある?」

「空の上! 私、行けるって聞いた!」

「深海ですかね。お日様の光が届かないなんて、神秘的です」



この子たちにも、ちゃんと好みがあって意思がある。


なのに、それより上に僕の命令があるんだ。こんな悲しいことを、僕は知らない。

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