息を合わせる
読まなくても、良いです。
「2人とも、ペースが乱れています」
「もー、何恥ずかしがってんの? 練習だよー」
僕と九谷さんは少女たちの指導のもと公園で、二人三脚の練習に勤しんでいた。
2人とも乗り気じゃなかったけど、せがまれて仕方なく。
「み、見られてたら、流石に恥ずかしいって」
九谷さんは顔を真っ赤にして、そう強く力説する。それに合わせて段々と歩幅も短くなり、再びペースが合わなくなる。
「ちょ、ちょっと休憩しよう」
「な、ナイスアイデア……だよ」
ヘロヘロになりながら、九谷さんは公園のベンチへと不時着する。
まだ、始めてから30分程度しか経ってないけど、九谷さんは既に限界だった。
「あ、ありがとう!!」
九谷さんは僕が自販機で買ってきたジュースを笑顔で受け取ると、それを手に取ってゴクゴクと飲み始める。
汗で髪がペタッとした姿や、うなじを流れ落ちる光景に、ちょっとドギマギして視線を逸らした。
「……あ、意識してるんだ」
「してないよ!!」
非常に軽い感じに言う、モミジちゃんののその言葉に思わず強く否定してしまう。
「って、それだと私が魅力ないみたいじゃんか……いや、別に良いんだけどさ」
僕のその強い否定に対して、九谷さんは半眼を向けてくる。
「斎藤さんとかと比べたら、魅力ないのは事実だし」
「いや、そんなこともないと思うけど」
「はいはい。ありがと」
そのフォローに最低限のお礼を述べてくる。そこには、動揺とか照れとか、そう言う感情は一切見られない。
「にしてもごめんね。私の不用意な発言で、私とペアなんかにしちゃって。近藤さんにも、申し訳ないな」
「なんでそこで、近藤さんが出てくるのかな」
「……え? 付き合ってるんじゃないの?」
やっぱり、その勘違いはクラス中に広まっていたらしい。
何度も言うけど、僕は近藤さんからはどっちかって言うと、嫌われているっていうのに。
「一応言っとくけど、付き合ってはないからね」
「なんだ。やっぱり斎藤さんの方か」
「いや、それも違うから」
僕がそう言うと、1ミリも興味が無さそうに返事を返してくる。
「じゃあさ、好きな人とかいないの?」
「それは……」
その質問を否定したくはなかったけど、それを認めてしまうのはちょっとだけ恥ずかしかった。
「あ、そっか。夏目さんのことが好きなんだね」
持っていた缶ジュースを落とす。
中身が溢れて、地面へと吸い込まれた。
「ど、どうさてそれを!?」
「ああ、やっぱりそうなんだね。大体の男子が夏目さんのこと好きだから、そう言えば大体引っかかるんだよ」
どうやら、僕はカマをかけられたみたいだった。手法が完全に、占い師のそれである。
「ま、夢を見るのは自由だと思うよ」
「ゆ、夢って」
ひどい、とは思いつつ、事実夢なんだから仕方がない。そもそも夏目さんには既に好きな人がいるみたいだし。
「みーちゃんは、好きな人とかいないの?」
「ないない。私なんて人を好きになってもしょうがないし」
「そ、そんなことないです。ミサキさんは綺麗ですよ!」
「はい。自信を持ってください」
「あー、もー! 可愛いなー、君たちはさー!!」
女の子たちだけで、キャッキャし始めたので僕は黙ってその場を離れる。
体育祭まで、後2週間をきっていた。
「恵南さんに、テレビの取材を受けるよう説得してくれ?」
「はい! どうか、どうかお願いします!」
家に帰ると、綺麗なリポーターさんが家の前で待ち構えていて、帰ってきた僕を見るや否や、そう頼み込んできた。
「なんで、僕なんですか?」
「お二人が仲が良いと、近所の方から聞きまして。それで、あなたが頼んでくだされば、なんとか取材を受けて貰えるかと」
「恵南さんは断ったんですよね」
僕がそう言うと、リポーターさんは渋い顔をする。
長年の経験から、僕が断ることを読めたのだろう。
「じゃ、そういうことで」
「ちょ、ちょっと待ってください! 謝礼は払いますから!」
「そういう問題じゃないので」
そうキッパリ断ると、リポーターさん一向を押し退けて家の玄関へと入る。
しつこく食い下がられるけど、なんとか退けれた。
「……やっと、帰ってったか」
2階の窓から、彼女たちが名残惜しそうな顔を残して家の前から去っていくのを見届ける。
視聴率を取れるのは間違いないけど、恵南さんの意思を尊重しないのは絶対にダメだ。
「ガーデンさん。ビデオの方はどうなっていますか?」
「えー、バッチリよ」
自室ではガーデンちゃんが僕たちが二人三脚の練習をしている間に、他校に忍び込んで偵察してきたビデオの確認をしている。
2日目で戦う相手高の情報を、集めているらしい。僕が出るかどうかも決まってないのに、ご苦労なことだ。
僕なんかよりも、よっぽどガチである。
「……ガーデンさん。途中で摘み出されてますけど」
「あらー、そうなのよね。不思議と目立っちゃうみたいなの」
日傘を片手にエレガントな服を着るという、偵察する気のない格好をしているから当然でもあった。
バッチリとはなんだったのか。
「…………良いです。ガーデンさんには頼みません」
「えー……そんな悲しいこと、言わないでよー」
泣きながら、アッシュちゃんに縋る。
そういうところが、子供っぽいんだ。
◇◇◇
「どうなんだよ。そっちの調子は」
体育の時間が終わって、別々のところで練習していた東雲君が、僕に上達具合を聞いてくる。
「50メートルを8秒台で走れるぐらいにはなっかな」
「なんだそれ? バグか?」
東雲君がそう聞いてきた理由もわかる。
なんせ、九谷さんの50メートルの記録が9秒台って言うのだから。二人三脚の方が速くなるなんて、確実にバグってる。
「近藤さんも、上手くやってるよ」
「いや、そこまでは聞いてねぇよ」
なんとはなしにそう答えると、東雲君は苛つき気味に答える。
まだ、ペアになった男子を羨ましがってたみたいだ。
「騎馬戦の方は?」
「ボチボチだよ。あんまり、期待すんな」
面白く無さそうに言う。
3年生や、2年生と一緒の騎馬を作るということで、中々上手くはいってないみたいだった。
「ま、優勝は無理だろうけど頑張ろうぜ」
東雲君が諦めたようにそう言ったのには、理由がある。
遠山兄弟や山村先輩など、3年生の中には校内でも有名なシーカーがたくさんいたりするが。
学年を縦割りして、3年、2年、1年の同じクラスの人たちが一つのチームを形成するんだけど、うちのチームの先輩方にはこう言っちゃなんだけど、パッとしたような人はいない。
勿論、パワーバランスを考えて、強すぎる生徒が多いチームにはハンデとか課せられるんだけど、やっぱりシーカーと非シーカーの差は、そんなには埋まらない。
今の段階で、蹂躙すら見えると言われてるぐらいだ。
「しかし、楽しみだなー。そんなやばいウチの先輩たちを、恵南が圧倒する姿を観客席で見れるなんてな」
最早、2日目のことに気を取られているらしい。
一日目の方に、興味を持つヤツが少なすぎる。
「そもそも、恵南さんが出るとも限らないんじゃないかな?」
「そうなのか?」
実力的には申し分ないだろうけど、逆に実力がありすぎるのも問題だったりする。
そう考えると、出ないという可能性も充分にあり得た。
けど、テレビも入るんだろ?」
「……ま、そうなんだけどさ」
「? なんか、不安そうだな」
そんなことないと、僕は断る。どう考えても、考えすぎだった。
「お、見ろよ。斎藤が走ってるぜ」
そう言われて視線をそっちに寄越すと、バトンを受け取った斎藤さんが物凄いスピードで走り抜けてく。
最近まで、病院のベットで寝ていたとは思えないほどに。
「……あいつって、何者だよ」
その姿に、東雲君も驚いている様子だった。
僕も常々思っている。よく、前の学校のヤツらは、斎藤さんをイジメることができたなって。
「女子の学年対抗は、負けないかもな」
東雲君にそう言わずほどに、斎藤さんの走りは凄かった。
◇◇◇
「いやー! まじ、最高じゃね、俺ら。優勝とかあるくね?」
「そうかー? 流石にそれは」
「いや、あるって! なるなら、予祝しとこうぜ!」
うるさい声で、夢みたいなことを叫んでいる。
あんな感じでもこのクラスでも数少ないシーカーだし、当たり前だけど学年対抗リレーのメンバーになっていた、
と言っても、斎藤さんよりは格段に遅い。
隣の彼女は規格外なのだ。
「いやー、正直リレーは無理だと思う。俺らは勝つかもだけど、先輩たちがヘボすぎ」
平気でそういうこと言うから、僕は彼のことを嫌いなんだ。
心の中に留めておけよ、といつも思ってしまう。
「俺が、あの先輩たちをダンジョンに連れてってやりたいわ!」
果てには、意味不明なことを言っているし。
「あ、そうだ由香! 学校、終わったらダンジョン行かん?」
「ごめーん! 前も言ったけど、無理だから!」
「意識カッタ! 玉鋼かよ!!」
わけわからないツッコミで笑いをかっさらう。
そう言えば、最近刀系のアニメで流行ってる作品があったっけ、と思い至る。これが流行をおさえるってことかな。
「計算に狂いが生じたみたいです。任務に失敗しました」
「もー、アッシュちゃん。マスクにサングラスは逆効果だよ」
家に帰ると自室では、2人はまた懲りずにやっていた。
毎度毎度、向こうの教師の方に迷惑をかけて申し訳なくなる。
「……これからを考えると、やはり、偵察などに特化した人がいるべきですね」
「そうねー。都合よく、そんな人がいたら良いんだけどねー」
2人の言葉にタロットの一覧を検索すると、もし現れたら、それっぽい役割を持つだろう子のカードを発見する。
『隠者』、タロットの9番目のカード。
つまり、この子を僕たちの仲間にするには後5人を集める必要があるということで。
心の中で、『無理だな』と悟ってしまった。




