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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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役を決す

新学期が始まってから1週間が経ち、クラスの全員が斉藤さんがいる生活に慣れ始めた頃。


「体育祭で出る種目決めんぞー」


唐突に、先生がそんなことを言い出した。

いや、唐突じゃない。体育祭まで残り3週間。むしろ遅いぐらいな気がする。


「わかってると思うけど、決めるのは1日目だけ。2日目の方は、どうせ1年は選ばれないから、気にしなくても良いぞー」


と、この担任はぶっちゃける。


2日目の体育祭に出れるのは、1日目で優秀な成績を残した生徒であって、1年が出れないとは一言も言われてない。


が、そんなこと気にせず、あの人は断言した。

例えるなら、学校内の合唱コンクールで一年生に、『どうせお前ら最優秀賞は3年に行くぞ』と、言ってしまうようなものだ。


やっぱり、教師には向いていない。


「後は体育委員、よろしくー」


クラス中の呆れる目線を気にすることなく、後は生徒に丸投げをして、自分はドカッと椅子に座る。



「え、えー……1年生が出れる競技は、男子女子ともに行われる、100メートル走、学年対抗リレーの2つ。男女混合で行われる二人三脚、障害物リレー。女子のみで行われる借り物競争に玉入れ、男子のみで行われる、綱引き、騎馬戦となっています」


その声に合わせて、もう一人の体育委員がそれらの競技を黒板に書き出していく。


「基本的に出れるのは、一人一種目のみです。被って枠より人数が多くなるなら、じゃんけん等で公平に決めてください」


そう言われて悩みに悩んで、決める。


僕が狙うのは、この中で一番楽な100メートル走。

シーカーになったのに、身体能力が一向に上がっていない僕にとって、それが一番の安牌だった。


逆に最悪なのは二人三脚。

障害物リレーならいざ知らず、二人三脚だけは避けないと。


「釘抜ー。一緒に騎馬戦しようぜー」


東雲君の誘いを無視して、体育委員のところへ向かう。


「あの、僕50メートル走希望なんですけど」

「え? 釘抜君はもう埋まってるけど」


意味不明なことを言われたので、そんなわけないと否定すると、それぞれの競技名とそれに出場する生徒の名前を記入する用紙を見せてくる。


「ほら、埋まってるでしょ」


確かに、未だ枠が多く空いている中で、二人三脚の下の欄にだけ斉藤さん共々僕の名前が書き込まれている。


殆ど、軽いイジメだった。


「誰がこんなことを」


きっと斉藤さんの発言を面白がった、空気を読めない誰かの仕業だとたかを括って、首謀者を問い詰める。


また、斉藤さんを転校させる気なのか。


「斎藤さんだけど」


おそらく首謀者である、そちらの女子生徒の方へ振り向くと、軽い感じでピースをされる。


何を考えているのか。


「いやー、君たちには助かるよ。ここの二人三脚の枠って、最後まで残ると思ってたからさ」


そう言われて、違いますとも言い返せなくなる。


完全につまされていた。やっぱり彼女は、まだ僕に恨みが残っているのかもしれない。


「ん? ちょっと待て、斎藤はリレーに出るから二人三脚には出られないぞ?」

「え?」


ここに来て、救いの手が伸ばされる。


教卓近くの椅子に座っていた先生が、教卓での会話に割り込んで新情報を提出してきた。


「どうして」


自分の椅子に座っている状態から、机に手をついて立ち上がってその先生の言葉に猛抗議する斎藤さん。


この喧騒の中で、この距離の僕たちの会話が聞こえてるんだから、やっぱりシーカーの耳の良さは半端じゃない。


「どうしてって……お前、運動神経良いんだろ? 前の高校のとき、シーカー相手にも運動で負けなかったって聞いたぞ」

「それが何? 関係ないでしょ、そんなこと」


いや、大いにある。

ダンジョンに潜ったことのない人が、経験者に運動面で勝つなんて、普通はあり得ない。

例えそのシーカーが低階層しか潜ったことが無かったとしても、経験者と未経験者の差は間違いなく存在するのだから。


だとしたらそれも、クラスメイトから虐められてしまった原因なのかなと思い至り、少し悲しくなってしまった。


「とにかく、斎藤は対抗リレーに出ることが決まっているから、悪いけど二人三脚は諦めてくれ」

「は? 嫌だけど」

「机」


そう先生に言われて、押し黙る斎藤さん。


きっと、前の机を壊したことを言われているんだろう。


「大変だったぞー、あれを経年劣化で処理するのは。なにせ、机が真ん中から真っ二つに割れてたんだからなー」


斎藤さんは悔しそうに、舌打ちをすると大きな音を立てて席に座り直した。つまり、それは敗北を認めたってことだった。


「よし。お前ら、斎藤の名前をリレーの欄にいれとけ」

「は、はい」


この先生……実は凄い人なのかもしれない。


斎藤さんと言い合って、一切怯むことのないその胆力に見た目通りのチャランポランではないのかと、疑う。


そう言えばウォークラリーのときも、僕はこの先生の圧に、泣きそうになったんだよな。


「で、釘抜君はどうする?」


過去のことを思い出していると、体育委員の人に尋ねられる。


主語は無いけど聞きたいことはわかっていた。僕が、二人三脚をやるかどうかを知りたいんだろう。


勿論、やらない。

体育委員の人たちも、一連の流れで僕が無理やり斎藤さんに名前を入れられたってのがわかってるはずだから、ここで断っても不自然では無いはずだ。


事実、2人とも諦めたような顔をしてるし……と、そこまで思い至ったところで気づいた。


僕がここで断るということの意味を。


「や、やるよ。二人三脚」

「え? 本当に!? ありがとう!」

「え……でも良いの? 斎藤さんは」


震える声で、二人三脚をやることを告げる。良いわけがない、誰が好き好んで、こんな競技を……


ただ、ここで断るのはもっとまずい。

それだと、僕が斎藤さんと二人三脚をやれなかったので断った……という風に見えてしまう。


それが意味することは一つ。

僕と斎藤さんが、ただならぬ関係にあるということ。


事実、体育委員の一人は暗に、『彼女のことは良いの?』と僕に聞いてきている始末。


その勘違いを正すためには、斎藤さん関係なく、僕がこの競技に出たかったんだということを示さなければならなかった。


なんという苦渋の決断。


そしてなんだよ、二人三脚やりたいって。その発言からは下心しか見えてこない。


「じゃあ、名前入れとくね?」

「…………」

「う、うん……よろしく」


男子の方の学級委員の視線が痛い。


気のせいかもしれないけど、斎藤さんという彼女がいるにも関わらず、他の女生徒と二人三脚にでたがるクズとして、認識されてしまった気がする。



僕は自分の席に戻って、ぼーっと周りの様子を見ていた。


次々と出場する競技が決まっていき、埋まっていく。そして、大方の予想通り、余ったのは二人三脚だけとなった。



「あー! くそ、じゃんけんに負けちまった!! 俺、二人三脚じゃねーかよ!!」


騎馬戦の枠をかけたじゃんけんで負けた男子生徒が大袈裟に、渋々二人三脚になにますよ、ということをアピールする。


当然だ。女子に冷たい目で見られたくないもの。


「良いじゃねーか。女子とくっつけるぜ」

「お前他人事だと思ってよー! こんな競技、やりたがる奴なんて一人としているわけねーだろ!」


おい、言葉を慎めよ。


これで東雲君とかが、二人三脚に転がり落ちてきたりしたら話は変わってたんだけど、そんな美味い話もなく。


普通に闘いに負けた男子が二人三脚の残った枠に埋まって、これで残すは女子のみとなった。



「えー? どうする? 行くー?」

「行かない行かない。絶対、無理だって」

「だよねー」


笑いながら言わないで欲しいし、絶対は言い過ぎだと思う。


なんで教育委員会はこんなイジメに近しい時間を許容しているんだろう。即刻、この競技を廃止とかにすれば良いのに。


ただ、どこのクラスでも男子、女子分け隔てなく接する女神みたいな女生徒はいるもので。


「はーい! じゃ、私が行きまーす!」

「だよねー。由香ならそう言うと思ったわ」

「ねー」


このクラスでのその存在は近藤さんだった。



ちなみに、東雲君はこの展開を予期していなかったわけじゃない。事実、ショックを受けている様子もないし。


それなのに、彼が二人三脚を選ばなかった理由は、東雲君がどこまでも初心だったために他ならない。


会話もまともにできないんだ。近藤さんと密着なんてする日には、息もできなくなるだろう。



これで残りは後2枠。


けど、さっきより敷居は低くなった。彼女の友達が、なら私もー、って感じで簡単に参加を表明したりするからだ。


ということで、この地獄のような時間は長くは続かないだろうと、たかを括って座っていた。

それが、大きな間違いだった。



「美咲ー? あんたはどうすんの?」

「えー? 男子とはちょっと恥ずかしいし……あ、でも釘抜君がいるなら、行っても良いかも」


その発言は、ごく自然の流れで出てしまった。本人もその言葉に、特に深い意味は持ってなかったんだろう。


なにせ、ざわめきが友達間で広がってから、自分の今の発言がマズいものだって気づいたんだから。


「あ! 違う違う! 今のは」

「えー!? もしかして、美咲ってそうなん!? そうなん!? もー、速く言えってー!!」

「つか、釘抜君なの!? メチャクチャいがーい」

「そういや、最近なんか仲良かったもんね」


キャッ、キャッと色めき立つ女子たち。


男子の大半は流れについていけておらず、盛り上がっている女子たちの方に不思議そうに視線を向けている。


僕もそうありたかった。ただ、それは無理そうだった。


凍てつくように突き刺さる2人の視線。それに、遠くの方から下に向けた親指を見せつけてくる東雲君。


「今のは、深い意味はないんだって!」


九谷さんの必死な叫びは、またまたーと流されるけど、事実そこに深い意味は無かった。


九谷さんが僕の名前を上げたのは好意の逆、僕を男子として見ていなかったからに過ぎない。


それほ九谷さんの反応を見ればわかった。


男子として見ていない、意識していないからこそ、恥ずかしさも湧かないし二人三脚だって一緒にできる。


言うなれば、東雲君とは真逆だった。



ただ、それが彼女の友達に伝わるわけもなく、無理やりに二人三脚へと入れられてしまう。


そしてあれよあれよと言う間に、僕とのペアが決まってしまった。

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