詩を織る
「聞いたか? 転校生が来るんだってよ」
「転校生?」
新学期始まってすぐに体調を崩してしまい、病欠で休んで今日も遅れて来た僕に、東雲君はビックニュースを届けてくれる。
新学期早々に転校生って、テコ入れかな?
「どんな子とか、知ってる?」
「いや、その情報を知ったのは今朝の学年集会だったんだけどよ。当の本人はその学年集会に遅刻して来てなかったんだよな」
転校初日から遅刻とか、大分ワイルドだ。
「男子か女子かは?」
「名前は覚えてねーけど、なんか女子っぽい感じだった」
ああ、だからクラスの男子たちはこんなに浮かれてたのか。
単純というか何というか、そして全くの無関心を貫いている東雲君も流石というほかない。一途すぎる。
「ま、期待されてもあれだしな」
「あれって?」
「ガッカリされる方が、可哀想ってことだよ」
思いっきし失礼なことを言っているけど、言わんとしていることは何となくわかる。
新しい学校に転校して、上手くいくか不安な中教室に入るも、あからさまなため息をつかれたりしたら、僕だったら1日で登校拒否をする。
「それより、体育祭だよな。体育祭」
「まだ1ヶ月も先でしょ」
「1ヶ月なんて、すぐだよすぐ」
話が行ったり来たりする、東雲君のいつものペースに合わせる。
この高校、というよりこの地域の高校では体育祭と文化祭を毎年交互に行っていて、今年は体育祭の年だった。
そして、体育祭は行う年大抵盛り上がる。
1日目は普通に、校内のグラウンドでクラス別に競い合うのだけれど、2日目になるとその規模は一気に跳ね上がる。
近くのドームを借りて、高校対抗の体育祭が開かれるんだ。
勿論その規模だから、テレビの中継とかも物凄く入る。ローカルテレビは勿論のこと、盛り上がりが期待される年には全国区のテレビまで来ることもあるらしい。
そして今年に関しては、全国区のテレビがドームにやって来ることが既に確定していたりする。
なにせ、あの『麗姫』が参加するんだから。
若く、美人で、名前も通っている。そんな存在にテレビが、食いつかないわけがなかった。
向こうの気合の入りようもかなりのもので、もう既に体育祭に関しての特集をしたりもしている。
流石に気が早い、なにせ1ヶ月後なんだから。
「あー、くそ。あの時、あいつからサインもらっとくんだったな。そしたら、高く売れただろうに。ムカつきすぎて、アイツにファンが大勢いるってことをすっかり忘れてたわ」
そのファンの誰かに聞かれでもしたら殺されそうなことを、平気で言ってる東雲君。
転売前提でサインをねだるとか、クズすぎる。
「なー、もし良かったらだけど」
「いやだよ」
東雲君に厚かましいお願い事をされる前に、置き断りをする。
何を言い出すかは、手に取るようにわかった。
「何でだよ! サインくらい貰えるだろ!!」
ほらね。
「貰えないし、貰えたとしても君には譲らない」
「良いだろ別に! じゃあ、お前のサインをくれよ! お前が有名になったら、高値で売るから!」
流石に意味不明すぎる。なんで?
けど、そんなことで大人しくなるなら、サインを書いてあげるのもやぶさかではなかった。
「わかったよ。書くからノート貸して」
「おう。綺麗に描けよな、売り物になるんだから」
せめて取っておいて欲しいと思いながら、さらさらと書き上げる。
「………これ、サインってより署名じゃないか?」
「どっちも同じでしょ」
そもそも、サインなんて書けるわけないし。
「……そうだよな。じゃ、頼むぜ。もう2度とサイン書くなよ。これの付加価値上げるから」
「清々しいクズで、逆に爽快になってきた」
東雲君って、変なところで頭良かったりする。
◇◇◇
「えー……これから、転校生を紹介する」
終礼の時間。
教卓に立つ先生の言葉に、それを一日待ってましたとばかりにクラス中で拍手が鳴る
「ほら、入ってこい」
……………。
先生のその呼びかけに、答える生徒の姿は見えない。そのまま、1秒、2秒と時間は過ぎていく。
待たされていた生徒たちの声は、土壇場での更なる焦らしに、歓声からどよめきへと変わっていた。
「……はー」
それを予期していたかのように一つため息を吐くと、担任の先生は廊下に出て説得を試みる。
初日からの遅刻しかり、かなりの問題児みたいだ。
「改めて転校生を紹介する。ほら、入ってこい」
その呼びかけに生徒陣の不安は募るけど、不良生徒と言えど流石に2回目は存在しなかった。
しずしずと、しかし堂々と入室するその姿に多くの生徒が、感嘆のため息を漏らす。
その転校生は、彼らの期待値を悠々と超えていた。
「ん? おい、知り合いなのか?」
僕の表情から、そう読み取ったんだろう。その質問に答える前に、彼女は皆んなの前で自己紹介をした。
「……斎藤詩織、16歳。気になっている人は釘抜延壽」
それだけ言うと、ペコリと頭を下げて空けていた席に座る。
言葉足らずのくせに余計な一文を付け加えたその自己紹介は、驚くほど簡潔に、誰も反応できない速さで終了した。
◇◇◇
「いや、モテすぎだろ」
東雲君の意味不明な指摘を無視して、僕は一人頭を抱える。
色々な急展開に、頭がついていけなかった。
斎藤詩織。
前の免許試験会場での騒動のときに、能力の暴走を起こしてしまい、病院に運ばれて入院していた、あの彼女。
退院していたことも知らなければ、通っていた高校から転校するなんて話も知らない。
いや普通に考えたら、あんな高校に通い続けるわけないんだけど。
でも、よりによってウチに転校してくるなんて……っ! ウチに転校してくるなんて!!
今、僕に降り注いでいる数多の視線に耐えかね、心中で2度ほど叫ぶ。まだ、叫び足りなかった。
何より怖いのは、近藤さんの視線だ。僕は多分、殺される。
「えー、斎藤は以前通っていた高校で入院する羽目になり、それから一身上の都合でここに転校して来た。皆んな、仲良くするように」
再び、教室内でざわめきが起こる。
当たり前だった。その説明で、邪推しない人はいない。
しかも、その説明すら色々と間違っているし。いや、大まかに見ればそうなのかもしれないけど。
なんでウチの担任は、こんなに適当なのか。
そして、なぜ斎藤さんは僕の方に視線を向けているのか。僕の席は、君の真後ろにあるんだけど。
その体勢、辛くない? 身体が真後ろ向いてるよ?
「あー、お前ら静かに。そのだな、釘抜との関係は聞かないでやってくれ。当事者間の問題だからな」
多分この先生は、教師とか向いてないと思う。
フォローしようとする精神は立派だけど、圧倒的に言葉選びを間違えている。人に教える身としては、致命的なほどに。
「それじゃ斎藤、色々大変だと思うけど頑張れ、な。丁度良いことに知り合いみたいだし、後で釘抜に学校案内をしてもらえよ。ああ、後明日席替えするから、このくじ引きの紙に名前書いとけよお前ら。じゃ、また明日」
言いたいことだけを羅列して伝えると、今日もまた挨拶もせずに教室をスタスタと出て行く。
それはつまり、このクラスから秩序が消えたということだった。
「「「どう言うことだよ、釘抜!!!」」」
ごちゃごちゃと押し寄せて来たクラスメイトに、一斉に言葉を投げかけられるが全て要約すると、そう言っていた。
そのせいで、転校生だと言うのに斎藤さんの周りには人がいない。
本人が近づくなオーラを出しているせいもあるのだろう。ただ黙って、黒板の方を見ていた。
完全にキャパオーバーだった。
頼りにならない東雲君の姿は、もう既にそこにはいないし。九谷さんも、さっきからずっと目線を合わせようとしてくれない。
閃光玉を使うかどうか本気で悩んだ段階で、教室内を黙らせる強く机を叩く音が教室の後方より響いた。
「……釘抜君。外で、お話ししよっか?」
そう笑顔に近しい何かの表情を浮かべて、近藤さんは廊下の方を親指で差しながら、優しく言ってくる。
完全に僕を脅していた。その僕のスマホに送られて来たラインの内容を、見ることができない。
この場にいる全員が、その圧に飲まれていた。
たった一人を除いて。
教室の前方より響く、何か物が壊れる音。それは、近藤さんが出した音よりも、鈍く大きく響き渡って。
クラスメイト全員の視線がそちらに釘付けになる。
それは正しく、斎藤さんが肘鉄で机を破壊した音だった。
「学校案内、してくれるんでしょ? 釘抜君?」
その圧は、近藤さんを含めて、全員を黙らせた。
◇◇◇
大きな音を出して選手権で優勝した彼女、斎藤さんはそれを誇るかのように堂々と歩いていた。
そろそろ、理由を聞いても良いんだろうか。
「……斎藤さん?」
「ん?」
「どうして、あんなことを皆んなの前で言ったの?」
惚けたような、本当に心当たりのないような、微妙なラインの表情で首を傾げる斎藤さん。
若干だけど、わざとらしく見えてしまった。
「気になってるのは、嘘じゃないし」
「いや、だからって」
「良いから良いから」
………なんだか、雰囲気が随分と柔らかくなってる気がする。
前会ったときの常に張り詰めていた表情は、つきものが落ちたようにサッパリとして、今を謳歌しているみたいだった。
その手段を選ばないところは、変わってないみたいだけど。
「あなたと天海さんに言われてね。私も前を向くことにしたの」
「……そうなんだ」
「私自身、それが正しいかはわからないけど。でも、一つ言えることは、前よりも今の方が楽しい」
隠し事を打ち明けるように、小声で言う。未だに心のどこかで彼女への、加納さんへの負い目があるんだろう。
自分が苦痛を感じていないことに、後ろめたさが残っていた。
「でもきっと、あの子が望んでいたのは多分、今の私なんだって思った。だってあの子、病的に優しかったし」
懐かしむように斎藤さんは言う。
ただ、それでも前を向いていた。友人の死を受け入れてなお、彼女は歩くことを決めたんだ。
そして彼女の言葉を借りるなら、その一助に僕もなることができたという。少しだけだけど、誇らしい気分になってしまう。
「私、釘抜君に感謝してるんだ」
廊下で立ち止まって、僕にそう告げる。
「だから、この高校に来ることに決めたの。釘抜君がいる、この高校にね」
雰囲気に呑まれてか。告白を受けているような気分に陥る。
「なーんてね」
さっきの自分の発言の恥ずかしに気づいたのか、訂正するように彼女は言う。僕は、揶揄われてたみたいだった。
「……さっさと終わらせて帰ろ」
まともに取り合ってられない、とばかりに僕は先へと急ぐ。
だからーー、
「……嘘じゃ、ないけど」
その呟きは誰に届くこともなく、校舎へと消えていった。




