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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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海水浴!?

「なんで海なんかに」


砂浜へと打ちつける白波に向かって、僕はそう愚痴る。


謎テンションで海に行こうと決められたのが、今日の朝早く。


予定は空いていたけど、勿論行くつもりは無かった。が、行きたい行きたいと少女たちにせがまれてしまったので、やむなく九谷さんも連れて一緒に行くことにした。


今も、九谷さんと一緒に4人で波打ち際ではしゃいでいる。初めて肉眼で見る海に、大興奮しているみたいだった。


「良いじゃねぇか。散々な目に遭ったんだし、海で遊んでパーっと忘れようぜ」



東雲君の散々な目というのは、バイトのことを指してはいない。その後、問題は報酬を受け取る段階で発覚した。


『ご、ご、ごめんなさい! 桁、間違えてました!!』


あの受付嬢さんの慄くような叫び声が、未だに耳に響いている。


どうやら、依頼を出すに当たって提示した報酬額と実際に依頼表に掲示されていた内容に誤りがあったらしく。


報酬額を一桁多く、誤って表記していたようだ。


そんなことあり得るのかなとも思ったけど、起きてしまったものは仕方がない。


第一、間違えて表記した理由もわかる。


最初に依頼を出されたとき、口頭ではなく書面で依頼内容を伝えられていたらしく、依頼者の名義にはあの連の文字が。


と、なれば職員がテンパって報酬額のところを勘違いしてしまうのもわかる。

なんなら、実際に掲示された報酬額にもう一つ0が付け加えられたとしても、連家ならなんなくそのお金を払えるだろうし。


ただ、連は連でも栞菜ちゃんには色々事情があって。


僕も途中から薄々、そんなことだろうと勘づいていた。


だって連家なら払えるだろうけど、追い出すためだけとはいえ自分の娘の住む場所にあんな一軒家しか与えない家だ。いや、リゾート地に一軒家建てるだけ凄いんだろうけど、家の規模で考えると庭に犬小屋を建てた程度の出費しかしてないはず。


そんな家が、娘の我儘のためにお金を出すわけないもん。


ということで貰える報酬は2,400,000円から240,000円にランクダウンしてしまった。

それを2人で割って120000。


学生のバイトの月給としては破格だけど、これならシーカーとしてダンジョンに潜っていた方がもっと多く簡単に稼げる。


それを向こう側も理解しているのだろう。裁判沙汰になることも仕方ないと言ってきてくれた。


「いえいえ。裁判沙汰にはしませんって」


怒り狂う東雲君の口を封じて、受付嬢さんを安心させる。


実際、全くと言って良いほど気にしてはなかった。むしろ、バイトしてるという感覚が少なかったからこそ、お金を貰えなくたって別に良いぐらいの心持ちでいたほどだし。



そんなことがあったのが、つい一昨日のこと。


東雲君の行動力には、舌を巻くばかりだった。




「良かったのかよ。俺までついてきて」

「良いよ良いよ! 気にすんなって!」


稀に見る謎テンションで、不安そうに尋ねる遠藤君を快く受け入れる東雲君。


あのとき知り合ってから、ずっと連絡を取っていた遠藤君を、一緒に来ないかと誘っていた。


忙しかったら申し訳ないなと思いつつ連絡したので、予定が空いていて本当に良かったよ。


「遠泳しようぜ! 遠泳!!」

「海水浴で遠泳って、あんまり聞かねぇな」


そう言って、東雲君の謎テンションに付き合ってくれる遠藤君。


ただ、満更嫌そうでもなかった。むしろ、体育会系だった頃の血が騒ぐのか、どこかイキイキしている。



そんな2人を元気だなーっと、見守りながら僕は一人、ビーチパラソルの下で休んでいた。


夏の日差しが砂浜を焦がし、海面を輝かせている。


楽しそうにはしゃぐ海水浴客たちは、人生の幸せを謳歌している。



「すいませーん! オイル塗ってくれますか?」


今もほら、女子との定番の青春のやり取りを楽しんでいる男子もいるみたいだ。普通に羨ましかったり。


でも、どこか聞いたことのある声だったような……


と、考え込んでいると背後から肩を叩かれた。


「ちょっと、無視しないでよ」


そこにはオイルを片手に持った近藤さんが立っていて……え?


「ほらほら、こっちこっち!」


混乱している僕の手を引っ張って、どこかへ連れて行く近藤さん。


どこに連れてかれるんだ? 行き先ぐらい、教えて欲しい。


というか、周りの視線が痛い。

外見からプロポーションまで人目を惹いてしまう近藤さんに、引っ張られる僕というこの構図。


さっき僕が全員に送っていた視線を、一身に受けてしまうのも当然のことだった。



「あ! 由香ちゃん、おかえーー、え?」

「ちょっと、遅いよ由香。どこまで買いに行ってんのよ」


僕を見て驚く桐生さんに、ビニールシートの上でうつ伏せの体勢で寝転がっている恵南さん。


どうやらいつも、ダンジョンに潜っている3人で海水浴に来ていたらしい。なんという偶然なんだろう。


そして、なんで僕を連れて来たのか。


無防備に晒している恵南さんの白く綺麗な背中を見続けているのは、悪いことのような気がして視線を逸らした。


「ごめんごめん。コンビニ混んでてさ」

「もう……いつもいつも、あんたは」


シーと指を立てると、そう小言を言い始めた恵南さんの背中へとサンオイルを思いっきりかけた。


「ヒャッ!!」


突然のことで、甲高く可愛い悲鳴をあげる恵南さん。


その様子に、近藤さんは声にならない笑い声をあげていた


「ちょっと! かけるなら、先に一言ーー、」


うつ伏せの状態から起き上がり、そこまで言おうとして、気まずそうな視線を送る僕と目が合った。


驚きから目を見開くと、ワナワナと震え出し、状況を理解したのか近藤さんの方をキッと睨みつける。


「………由香?」

「いやー、ごめんごめん! 途中、たまたま見かけちゃってさ!」


ゆらりと幽鬼のように立ち上がると、日差しの下にいる近藤さんの方へと、一歩一歩近づいて行く。


それに対して、キャーっとわざとらしい悲鳴をあげると近藤さんは僕の後ろへと隠れた。あれ? デジャビュ?


「どきなさい、延壽。あんたを巻き込みたくないの」

「釘抜君、助けてー!!」


そう言うと、その豊満な胸部を押し付けてくる。


その行為にまた腹を立てたようで、青筋を立てた。


「……そっかそっか。あんた、私の悲鳴を聞いたのよね」


何を理解したのかは知らないけど、また躊躇うことなく一歩一歩、僕たちの元へと、近づいてくる。


「キャー! 逃げろー!!」


その様子に、また楽しそうに僕の手を引いて走り出す近藤さん。


そうなると、勿論恵南さんに追いかけられるわけで。



生死をかけた鬼ごっこを、近藤さんはメチャクチャ楽しそうに謳歌していた。


◇◇◇


(ははははっ! 楽しいね、釘抜君!!)

(そんな状態で楽しめるのは、君だけだよ……)


砂浜の中に、首から舌を埋められた状態で近藤さんは楽しそうに笑っていて。

その横で同じように埋められていた僕は、そんな近藤さんの明るさに呆れていた。


(そりゃ、楽しいよ。あの2人と一緒に遊べてるんだから)

(本当に、大切なんだね……)

(うん。大切だよ)


さっきまでの明るさを消して、真剣そうに言う近藤さん。


そのギリギリ横を、恵南さんの振り下ろした木の棒が通過する。なんとも締まらない。


というか、振り下ろしたところの砂、かなり削れてるけど大丈夫だよね? 例え、頭に振り下ろされても死なないよね?


恵南さんのシーカーとしての実力を考えると、あり得なくもない可能性に、冷や汗が落ちる。


暑いのに、身体は寒くなってきた。


(釘抜君はどうだったの? 今年の夏)

(夏って?)

(キョンちゃんと2人で行ったんでしょ? 大阪に)


近藤さんもその話は知っていたみたいだ。ただ、その情報には誤りがあった。


(確かに行ったけど、4人でだよ)

(へ? キョンちゃんは2人きりだったって……ははーん。さては隠していたな?)


それが事実だったのか、動揺から近藤さんの頭に直撃コースをとっていた木の棒は、真横にずれてしまう。


目隠しした状態で、とんでもない精度だった。


(取り敢えず良かったよ。キョンちゃんと釘抜君が、仲良くやってるみたいでさ。安心した)

(なんで近藤さんが安心するの?)


僕のその疑問に、心の底から慈しむように返す。


(キョンちゃんの笑顔が、私の幸せだからさ。あの子が、笑えているうちは、安心なの)

(……笑ってるところなんて、見たことあるの?)

(……そう言われれば……ないかも! ははははっ!)


そこに演技っぽさは含まれていなかった。


前から思っていたけど、近藤さんは恵南さんに、親友以上の特別な感情を抱いている気がする。


それが何かは、言えないけどさ。


(ま、キョンちゃんへの想いは、ハルルンの方が強いけどね)

(へー……)

(だから、もしキョンちゃんを泣かせたら、私たちが容赦しな!)


良いことを言おうとしたところで、木の棒が頭上にクリーンヒットしてしまう。


砂浜に顔をつける近藤さんの後頭部には、たんこぶの姿を幻視してしまった。


◇◇◇


僕と近藤さんを砂浜から引き上げると、恵南さんは用事があるからと言って、先に帰ってしまった。


そんなこんなでまた一人、砂浜に座って海の方を見ていると、さっきまで泳いでいたらしいびしょ濡れの東雲君たちが、手を振りながら僕の元へやってくる。


「さっき面白いものみたぜ! 子連れの九谷がよー!」

「いや、子どもじゃないだろ」


遠藤君の冷静なツッコミを無視して、話を続ける東雲君。どうやら、この数時間のうちに仲良くなったみたいだ。


「九谷がよ、ナンパされたんだよ。子どもたちと一緒に」

「ありゃビビったな。確かに、見た目を引く容赦ではあったけど、まだ小学生ぐらいだったんだぜ?」


遊園地に引き続き、またあの子たちはナンパされていたみたいだ。どこにも現れるんだな、変態って。


「なんて、誘われてたと思う? 『良かったら、ママさんもいかがですか』だってよ。やっぱり子どもに見えたんだよ」

「いや、あれはあいつらがおかしかったんだって。中学生以上は皆んなババァとか言ってたし」


とんでもないロリコンどもの被害に遭ってたらしい。


その口説き文句で誘われた、九谷さんがとてつもなく可哀想だ。


「で、そのナンパを子どもたちが撃退しててさ」

「最近の小学生って、すげんだな。関係ない俺でも、聞いてるだけでビビる剣幕だったぜ」


あー、九谷さんを貶されたからかな?


3人とも、九谷さんのこと大好きだから。



「しかし、なんだかんだ言って楽しかったなこの夏は」

「……そうだね」


唐突な東雲君の話の転換に、僕も乗っかる。


人の少なくなったビーチを見ると、夏の終わりを実感するからだ。


「そんなしょげんなよ。来年は、もっと楽しくなるだろうからさ」

「??」


僕の心を読んだかのような意味深な発言に首を傾げる。


「気にすんなって。来年の話だ」

「あっそ」


適当な東雲君の言葉に、不機嫌そうに返す。



また来年も、こんな関係が続けば良いなと思いながら。

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