神風!?
「さ、寒い」
「我慢してよ。男でしょ」
無茶苦茶自分勝手なことを言う恵南にキレそうになるが、そんな怒る元気すら今は惜しい。
気を抜けば、死んでしまいそうな寒さが身を襲う。
「………はぁ」
ため息をついて、恵南が能力を解く。
未だ寒さは残るが、身に染みる凍てつくほどの冷気は、一瞬にしてどこかへ消え去っていた。
「もう、能力を解いても大丈夫みたいね」
「わ、わかってただろ。そんなこと」
歯をガチガチ鳴らしながら、文句を言う。が、勿論『麗姫』様は俺の言葉なんて完全に無視していた。
「……で? 知り合いだったのか、あいつ」
「さあ? 知らないって」
さっきの個人的に『麗姫』様に恨みを抱いていた男について尋ねるが、本人は本当に興味なさそうにしていた。
多分逆恨みなんだろうが、覚えてないってのも事実だろうな。
結構凄腕そうだったけど、赤子の手を捻るように倒してたし。
「しかし、改めてお前って凄いんだな」
街中に倒れる死屍累々の束を見回して、感心するように言う。
ざっと数えて200人はいたけど、その全員が『麗姫』の前に敗れていた。
これでは策をこうじた意味さえ無かった。馬鹿げた火力だ。
「あっそ」
こっちの褒め言葉を、照れもせずに淡白に返す。
その目は9層への階段の方に向けられていた。
「そんなに気になるなら、見に行ってこいよ」
「……待っててって、言われたから」
その顔は、間違いなく恋する乙女のするそれで。そんな顔をさせられるのは、この世で一人なんだろうなと思いもした。
遠くから、釘抜の野郎が歩いてくるのが見える。
その手には、ガキンチョの左手が握られており、再び気温が下がったような気がした。
◇◇◇
「あら? お目覚めね」
「……ん」
小太郎が連れ帰ってきた少女が、ぼんやりと覚醒する。
その手は手錠で繋がれており、抵抗できないようになっていた。
「寝起きのところ悪いけど、色々聞かせてね。お名前は?」
「……覚えてない」
伏し目がちにそういう少女。名前はおそらく南 果穂。
誤魔化しているのか、本当に記憶を失っているのかは、今の段階ではハッキリと判別ができなかった。
「彼らに協力してた理由は?」
「……あーこたちを、殺すって」
「多分、もう死んでるわね。その子たち」
「………そう」
薄々勘づいていたのだろう。
自分が騙されて利用されていたと知っても、あまりその少女から動揺は見られなかった。
ただその無表情な顔から光が消えたのは、万が一の可能性に縋っていたからだろう。
なんの未練も無くなったと、少女は呟いた。
「殺して」
ハッキリとした口調で言う。
その懇願を無視して、更に質問を続けた。
「彼らの目的は?」
「……新人類の研究」
「そっちじゃない方」
「………聞かされてない」
小太郎の話では、50人もの少女が、その部屋に閉じ込められていたらしい。
今まで慎重に慎重に、被験体を集めていたということ。なのに、今になって完全にアウトな誘拐行為までして、少女たちを集めたこと。
実験にも使わず、集めていた少女を残していたのも気になる。
が、それらの理由はこちらで調査するしか無いみたいだった。
「それで? あなたが新人類なの?」
「………そう」
少女はコクリと頷く。
新人類と言っても、見た目的特徴にあまり新人類らしさはない。ごく普通の少女だった。
「その異能の方ね」
またもや、少女は頷いた。
新人類が能力者のことを指すのなら、あいつらがやっていた行いは、能力者を作り出すというもの。
戦争でも、起こすつもりだったのだろうか。
能力とは才能の世界だ。
能力自体は誰にでも発現させることはできるけど、その質や使いやすさは千差万別、本人の才能によってしまう。
そんな異能力を人工的に植え付けることができるのなら、きっとこの世界はすぐにでも滅亡する。
大変、危険極まりない実験だった。
そしてその実験の、唯一の成功例が目の前にいる。
研究所に残っていた資料によると、夢を見せる能力としか技術されていなかった。
「殺して」
聞きたいことは一通り聞き終わって、用済みになったと判断したのだろう、再び私にそう懇願してくる。
懇願されたので、懐から取り出した拳銃の標準を額に合わせる。
「…………」
覚悟を決めて目を瞑る少女に向かって、躊躇わずに引き金を引くと水がピューっと飛び出した。
眉間を濡らした少女が、無表情の目で睨んでくる。
ふざけるな、と言われているようだった。
「勘違いしてもらったら困るけれど、別に私は貴方を殺すつもりなんて微塵もないわよ」
「…………」
「かと言って、他の子たちみたいにここに置いておくつもりもない。貴方は危険分子以外の何ものでもないのだから」
「…………」
話が見えずにいるようだった。
若干、困惑している様子の少女の表情に、私の中のサドスティックな部分が刺激される。
「ということで、引き取ってもらうことにしたの」
その言葉を見計らったかのように、部屋がノックされる。
少女は一際、嫌そうな表情をした。
◇◇◇
案内に従って、裏口の方から出口へと向かう。
目の前の重厚な扉を開けると、6階から1階をすっ飛ばして外に出ることができるらしい。
恵南さんに脅され、腰が低い様子の強面さんが、ヘコヘコしながら教えてくれた。
「……騙したりなんか、してないでしょうね」
「それは勿論! はい!」
「なら、先に出て行って。私たちもその後に続くから」
仰せのままに! という感じで、喜び勇んで外へと出る。
端的に言って、その人は僕たちを騙してなんていなかった。
なにせ一番乗りで外に出て、そのまま外で構えていたヤツらに狙われて眠らされたんだから。
騙していない故に、尊い犠牲となってしまった。
「やはり、私の予想は正しかったみたいだな」
その外で構えていたヤツらを指揮している風の若い男の姿に、2人揃ってゴミムシでも見るかのような目を向ける。
2人の知り合いらしかった。
「………なんの真似ですか? 兄上」
「兄上?」
栞菜ちゃんのその言葉を、聞き返す東雲君。
ということは、この人があの連の……え!?
とんでもなく偉い人だ。栞菜ちゃんの話を信じるなら、僕たちが拝むことすら中々出来ないような人である。
それと同時に、稀代のクソ野郎でもあった。
「なんの真似か、など……お前を助けに来たに決まってるだろ」
「は、馬鹿馬鹿しい。構えている銃を下ろさせてください兄上。この人たちは私の友人ですよ」
その栞菜ちゃんの言葉に、馬鹿馬鹿しいとばかりに首を振る。
初対面の僕でも、イラつく仕草だった。
「違うな。そいつらは、お前を誘拐した賊どもだ」
「そのような言い方! 例え兄上であっても、許しませんよ!」
「なぜ私がお前に許される必要があるんだ? お前が、私に許しを乞うんだろうが」
とても、兄妹喧嘩とは思えない言い合い。
お互いがお互いのことを、軽蔑しあっていた。
「良い加減にしてください! 兄上は何がしたいんですか!」
「何もなにも、ただお前を助けたいだけだ。早くこっちに来い。でなければ、お前も巻き込んでしまう」
その命令を無視して、僕たちの前で手を広げて庇おうとする。
「……そんなにも、その者たちが大事なのか」
「当たり前です! わかったなら、兵を退いてください!」
「……わかった、兵を退こう」
呆気ないほどの変わり身に、肩透かしに合う栞菜ちゃん。
その目は、油断なく兄の方へと見据えられていた。
「何を企んでるんですか?」
「企んでなどいない。企んでなどいない、が一つ条件もある。そこにいる『麗姫』を渡せ。そうすれば、他は見逃してやろう」
随分と近くで、堪忍袋の緒が切れる音がした。
「……ハナから、それが狙いだったんですね」
「狙い? なんのことだ」
惚けたように男は言う。
が、恵南さんに向けられた下卑た目線を考えれば、男の思っていることなんて手に取るようにわかった。
「『麗姫』よ、私の元に来い。他のヤツらは助けてやるぞ」
「………」
むしろ、隠すつもりもないんだろう。
向こうから自分の方へとすり寄ってくるように、仕向けている。
そんな屑な男の発言に、恵南さんは何も答えない。
ただ冷気を発生させて、その答えとした。
「……わかっているのか? 私に牙を向ける意味を。お前だけでは、済まんのだぞ」
「お願い、やめて!!」
その脅しが効いたのか、栞菜ちゃんは恵南さんの方に向くと必死な面持ちで懇願する。
その圧に負けてか、恵南さんは冷気を解除する。
誰よりも近くにいたからこそわかるんだ。
連の家の、八色に名を連ねる家の持つ権力の大きさを。それは、僕たちは言うまでもなく、二つ名持ち程度であっても、簡単に消せれるほどに強大だということを。
「やはり、私に似て賢いな。お前は」
「………ッ!!!!」
その煽りに、殺意剥き出しにする栞菜ちゃん。
その様子に一歩踏み出そうとする僕を、恵南さんは強い力で引き止める。
「駄目」
「……なんでさ。僕くらいいなくなっても」
言い終わる前に、強い力で叩かれる。
その瞳には、涙を溜めていた。
「……本当に。他の人たちには手を出さないんでしょうね」
「そう睨むな。約束しよう必ずな」
「破ったら、絶対に殺すから」
「……ふっ、賢い女は嫌いじゃない」
今度は、僕が引き止める番だった。
「恵南さーー、」
声が出ない。いや、出せなかった。
口づけをされる。
それは、あまりにも唐突で。
離れゆく恵南さんを、引き止めることもできなかった。
「じゃあね」
僕たちの元から離れて、一歩ずつクソ野郎の元へと近づいていく。
そこに秘めた覚悟に、誰も立ち入ることはできず。
ただ、奇跡が起こるのを願うしかなかった。
そしてーー、奇跡は起きた。
◇◇◇
吹き抜ける突風。
操作されたような風の暴力は、僕たち諸共その場にいた全員を吹き飛ばした。
敵味方構わず、誰一人として立ってられているものはいない。
ただ二人だけ、恵南さんと、恵南さんが庇っていた栞菜ちゃんを除いて。
「いやー、まさか耐え切れるなんてね」
あの時と同じ、明るい口調で彼は言った。まるで、その光景を自分自身が引き起こしたみたいに。
「おっと、そんな怖い顔しないでよ。僕たちじゃ、君に敵いそうにもないなー、アハハハ」
1ミリたりともそう思っていない口調で、軽く言い放つ。
隣に立っていた女性は、首を振って否定していた。
「それじゃ、僕たちはお暇するよ。釘抜君によろしくね」
それだけ言い残すと、彼らはーー、仙波さんたちはその場を立ち去った。
凄惨な光景だけを残して。




