闇市!?
一層から二層に降りるとすぐに、僕たちのよく知っている地獄そのものの光景が広がっていた。
針山に血の池、辺りに転がっているスケルトンたち。
スケルトンとは魔物の一種で生きる骸骨のような見た目をしているのだけれど、背景も相まって地獄に落とされた亡者のように見えて、仕方がなかった。
「スケルトンはあまり近くに寄せないで。確かにその身体は脆いけど、力は見た目以上にあるから。もし、数に囲まれて組み付かれてしまったら抜け出すのは容易の業じゃない」
「おー、すげ。動画で見たまんまだ」
「茶化すな」
スケルトンを軽く手に持ったロングソードで殲滅している間に、僕たちにアドバイスをくれる恵南さん。
その手腕は惚れ惚れするもので、メチャクチャ心強い。
後、東雲君もフロンティアが出してる動画見てたんだね。
「あまり構いすぎないで、どうせ復活するんだから」
「へいへい」
「延壽。私、コイツのこと嫌い」
どうやら2人は、相性最悪らしい。
断定系で言っている分、恵南さんの方が酷いと思いながら、東雲君のフォローをするのだった。
◇◇◇
それから、恵南さんの力もあって順調に階層を降りていく。
途中途中に、牛の頭の化け物や馬の頭の化け物が現れたけど、雑魚的かのように恵南さんが瞬殺してくれた。
僕たち、必要だったかな?
なんて疑問が過っているうちに、とうとう7層までやってきた。
ここからが、犯罪者たちの巣窟である。
「はー……なんだか、闇市みたいだな」
東雲君の感想の通り、僕たちの目と鼻の先には巨大なアーチがかけられてあって。
その先には、ダンジョン内だというのに怪しげな商品が所狭しと並べられている大通りが形成されていた。
売り手も怪しければ、客も怪しく、商品はもっと怪しい。
妊娠させる効果のある人参や、逆に堕胎させる効果のあるカブなどの野菜が、定価の20倍、30倍の値段で売られている。
その他にも、惚れ薬や運気が上がる財布などの効果の不明なものから、神経毒などの効果が間違いないものまで、商品のバリエーションは豊かというほかない。
勿論、薬などの依存性の高いものまで売られており、犯罪者の懐を温かくしていた。
「なんで、客が入ってるんだ? 全員、あのダンジョンを通ってここまでやってきてるとは、思えないけど」
「抜け道があるの。私たちは使わなかったけど」
なるほど。
それを含めて、このダンジョンは色々と都合が良いんだな。
「私たちが下に降りるのは、この大通りを通り抜けるしかない」
恵南さんの言葉に、2人揃って嫌な顔をする。この道を、今の格好で無事通り抜けられるとは思えなかった。
「最低でも、着る物は欲しいところだけど……」
そういうと、マーケットの様子が窺える位置の物陰で、マーケットへと足を赴かせている客の一人一人を吟味している。
誰かを、待っているみたいだった。
「……あ、あいつにするわ」
標的を定めると、闇マーケットに向かっている男を捕まえて、物陰へと引き摺り込む、
典型的なダメ男って感じで、人生に絶望した目をしている。
「お前らは誰だ!? 離せ、離せ!!」
いきなり連れ去られ、押さえつけられた男が狂ったように叫ぶ。そして、叫ぶごとに薄くなった髪の毛が更に抜けていき。
寿命は、残りわずかとなっていた。
「そんなに慌てないで。良い話を持ってきたから」
「……良い話だと?」
男は暴れるのをピタリとやめ、その魅力的な言葉の響きに、その潰れた耳を傾ける。
流石に欲の皮が突っ張っている。
さっきまで動きを封じれていたのに、気にした様子もない。むしろその事実を、交渉の材料に使いそうなほどの勢いだ。
「1万円あげるから、私たちが身を隠せるものを買ってきて」
「い、一万円!?」
男にとって余程の大金なのだろう。
財布から抜き取り差し出されたそれを丁寧に受け取ると、信仰の対象みたいに大切に扱い始めた。
「お釣りはあげ……はぁ」
恵南さんが言い終わる前に、すぐさま立ち上がり逃げ出す男。
嘆かわしいとばかりに深いため息をつくと、男が手に持っていた一万円を、手諸共凍らせようとする。
「うわぁ!!??」
男はギリギリのところで一万円を手放し、難を逃れた。
「本当に良いのかよ、あいつで」
「構わない。どうせ、誰に渡しても同じ反応は取られただろうから。欲望に素直な分、他のヤツらよりはマシよ」
なんて、治安の悪い場所なんだ。
道徳とか倫理とか、説いて周りたくなる。
結局、男が闇市から買ってきたのは身を隠せるほどの大きさのボロ布が3つ。どれも粗悪品で、穴だって空いている。
恵南さんの見立てでは、例え闇市で買ったとしても3点合わせて千円にもならない代物らしい。
「まあまあ、上出来な結果。持ち逃げされなかったんだから」
「とんでもねぇ、場所だな」
東雲君の言葉に深く同意する。二度と来るか、こんなところ。
◇◇◇
「トイレに行くって言って、抜け出すのは?」
「さっき試しましたが無駄でした。そこですれば良いと言われて、終わりです」
最低な答えに辟易する。ふざけんな。
「もう良くない? 全員ぶっ飛ばしちゃえば」
「……ですです」
おおよそ知性とはかけ離れた、脳筋2人の答えに灰色の少女の方を見ると、首を横に張られた。
なんだかんだ言って、この子も苦労してるのかも。
「一番現実的な案で言えば、ここにいる全員を一斉蜂起させて、そのどさくさに紛れて逃げることなんでしょうけど……」
「な!?」
「簡単に蜂起させれるとは思えませんし、そもそもそういう行為も禁止されてしまいましたし……無理ですね」
良識を欠いた発言に、一瞬身構えたけど……良かった。
一応の倫理観は持ってるらしい……持ってるよね。なぜかその言い方に違和感を抱いたけど、気のせいよね。
「てことは、もう方法は無いってこと?」
「抜け出すだけなら容易です。あなたも言った通り、ここには見張りもカメラもありません。問題は……」
「逃げ出したとして、敵に見つかる可能性が高いってことね」
「いえ、違います」
なぜか否定されてしまう。
けど、怒りの感情が湧くこともなく冷静に聞き返す。
「違うって?」
「問題は逃げ出した後ではなくて、逃げ出すことそのものにあるということですね」
「まだそんなこと言ってんの?」
未だ甘えた発言に、声を荒げる。
いかに助かるあてがあるとは言え、それに頼り切るようじゃ……と、説教をしようとすると、またしても否定された。
「さっきから何よ。私のこと嫌いなの?」
「いえ、違います。私が思うに、ここから物理的に抜け出すのは不可能ってことですね」
「どういうことよ」
「見せた方が速いでしょう。モミジさん」
「OK! 待ちくたびれたよ!!」
赤い髪の少女は名前を呼ばれると、嬉しそうに私たちを囲っているバリケードの一部に向かって、飛び蹴りを喰らわした。
その肉体からではありえない威力と、バリケードを蹴り倒すという後先考えていないその行動に、二重で驚く。
しかし一番驚いたのは、その蹴りを喰らってなお、びくともしていないバリケードの方だった。
「ありゃ? びくともしない」
「当然ですね。きっと私たちが今見ているこの光景は、現実のものではないでしょうから」
彼女の言っていることの意味がわからない。
「何よそれ。現実じゃないなら、夢の中ってこと?」
「おや、察しが良いんですね」
どうやら、正解したみたい。何が?
「おそらくですけど、敵の異能によるものですね。私たちは、夢の世界に閉じ込められています」
「ちょっと……それ、本気で言ってるの?」
「本気も何も、そうとしか考えられないので」
「あり得ないわっ!!」
「むしろ逆ですね。その可能性が一番あり得るかと」
感情的な反論を淡々と流される。
こうも冷静に返されると、悔しいことに自分が間違っているような気さえしてくる。
「ああ! だから、さっきから……」
「さっきから?」
「う、ううん? 何でもないよ」
意味ありげな発言をしてくる赤いヤツを睨んで黙らせる。
「……仮にもし、それが本当だとして。私たちは、一生ここから逃げ出せないってこと?」
「敵の異能の詳細は掴めてませんので、ハッキリとは言えませんが、その可能性も充分にあるかと」
なんでなんでなんで?
なんでこの子はこんなに冷静に、そんなことを言えるの?
もう戻れない? 一生このまま? そんなの、そんなの
「許されるわけないじゃない! どうにか、どうにかしないと」
「どうにかと言われましても……その、私たちをここに閉じ込めた異能力者自身を、どうにかするしか方法は無いかと」
「……それよ、それ! ここに現れた、あのロン毛の男!! あいつが私たちをここに閉じ込めたのよ! 間違いないわ」
興奮して、3人にそう訴えかけるもどうにも反応が悪い。
可哀想なものを見るみたい目で、見られさえした。
「な、何よ! 違うって言うの!?」
「はい……と言うより、その男を私たちは知りません」
「うんうん。ここにいるのは女の子ばっかだし」
「あのあの……見間違えだと思います」
「どう見間違えたら、成人男性と少女を見間違えるのよ!」
「ひっ!!」
青いヤツに怯えたような目を向けられるが、気にすることなく更に詰め寄る。
……私を揶揄っている様子はない。本気で怯えていた。
「な、何よそれ。本当に私の見間違えって言うの?」
「はい。ですが貴方の言う通り、私たちを閉じ込めた犯人はおそらくこの空間の中にいます」
「どういうことよそれ」
「つまりあの方々の中に、犯人が紛れているということです」
そう言って指し示した先には、未だ怯えた様子の少女たち。
とてもあの中に、犯人がいるとは到底思えない。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「……無敵理論です」
青髪の方が説明を引き継ぐ。初めて聞く単語だった。
「正式名称はもっと長いのですけど……要すれば、無敵の異能は無いという考え方ですね。どんなに完璧に思われる異能にも、必ず弱点はある。理屈とかは不明なんですけど、今まで確認された異能の中で、例外は一つも無いそうです」
「……だから、今回のやつもそうだってわけ?」
「はい。帰納法ですね」
赤い髪の子は、話についていけてないみたいだった。
「無敵理論に則るならば、間違いなく犯人はこの中にいます」
「この中って……この中?」
ざっと数えて、50人以上はいる。
……え? ここから、見つけるの?




