水族館!?
「おっきー……」
大阪旅行2日目。
折角大阪に来たということで、僕たちは有名な水族館に来ていた。
動物を触れ合ったことがなかったお嬢様は当然、水族館といった建物も初めてだったらしく、嬉しそうにしていた。
今も巨大な水槽の強化ガラスに手をつけて、他の全てを圧倒する大きさを誇る鮫の姿を目で追っている。
「海外のダンジョンに、あの倍の大きさのサメが棲息しているダンジョンが、あるとかなんとか」
「それって肉食でしょ? そこだけには絶対行きたくないな」
「なんか、昔のサメ映画みたいだな」
そんな少女の姿を横に、3人で雑談をする。こんな話題、わざわざ水族館でしなくても良いと思うけど。
全員、もっと純粋にこの場所を楽しんで欲しい。
ちなみに、僕たち4人の背後にある水槽には、モミジちゃんたちがビッタリと引っ付いていた。
流石に、我慢できなかったらしい。
一応この3人には気づかれないようにするとは言っていたけど、その努力が見られないぐらいには、全員水槽に熱中している。
少女たちの好みは、三者三様に分かれている。
モミジちゃんは鮫。
あのギザギザした歯や、触ったら傷つく鮫肌とかがイカすらしい。
レインちゃんはクラゲ。
フワフワと海中を漂う姿が、とても幻想的なんだそうだ。
そして、アッシュちゃんがペンギン。
あの生物としてはあるまじきほどに、愛くるしい姿が良いらしい。
そう言っていたアッシュちゃんは他2人に、ペンギンを選ぶなんて卑怯だと噛みつかれていた。
2人の間では、殿堂入りと認識されていたらしい。
そんな感じで3人は、いつも通り仲良くやっていたりする。
『この後、11時よりイルカショーが大プールにて行われます。個性的なイルカたちが織りなす、最高のショー! 是非、ご覧ください』
館内にアナウンスが流れる。
さっきまで目の前の水槽に夢中になっていたお嬢様は、顔を離すとビシッと指をこちらに向けて来た。
「行くわよ。大プールに」
「は、はい。仰せのままに」
その堂々たした姿に、思わず平伏してしまう。
そんな態度が気に入ったのか、気分が良さそうに僕の手を引っ張って、大プールへと連れて行ってくださる。ありがたい。
「……ねぇ、あれは?」
「どーどー」
「飛んだ! 飛んだ!」
イルカショーの最前席に座って、目の前で行われているイルカたちの芸に大興奮のお嬢様。
今にもスタンディングオベーションしそうな勢いだった。
演目は進み、トレーナーのお姉さんの指示に従ってイルカが大きな水飛沫を立てる。
勿論最前席に座っているため、飛沫は飛んでくるんだけど、レインコートに身を包んだ少女は気にする様子もない。
むしろ、それを待ち望んでいて喜んでいるようだった。
中央でジャンプを重ねるイルカたちの姿を目で追っていく。
も、途中でイルカが水中に沈み見失ってしまう。必死に水中を見回すが見当たらない。
消えたイルカに不安がっていると、突然目の前の水中から大ジャンプして現れるイルカに、驚き目を丸くする。
身体全体で楽しんでいるおかげか、この子が今何を考えているのかが手に取るようにわかってしまう。
そして、心の底から楽しんでいることをトレーナーの人にもバレてしまったらしく、演目の最中にお嬢様の名前を呼ばれる。
「一番目の前に座っているあなた! ちょっと、この子の頭を触ってみてくれないかな?」
「わ、私が? ……良いの?」
「勿論! ほらほら、イルカさんも待ってるよ」
勿論、この子が誰かも知らないため、トレーナーのお姉さんは気軽にそうやって声をかける。
お嬢様の方は、そんな些事に腹を立てることもなく、言われるがまま観客席近くで頭を水面から出してたイルカに触れる。
それを合図に水中に潜ると、プールの真ん中で大ジャンプを披露する。
お嬢様はその芸に、大興奮の様子だった。
「それじゃあ最後に! リーダーのカイル君が、今までで一番の大ジャンプをします! 成功させたら、拍手お願いします!!」
歓声の中、イルカショーは最後の締めに入る。
トレーナーの人が、イルカたちの中で一番デカいカイル君に指示を出すと、カイル君は再び水の中に潜っていく。
深く深く、今までで一番深く潜っていた。
「……今までで、一番」
お嬢様は期待するかのように呟くと、水中から20メートル上の辺りを見上げる。
流石にそこまではいけないと、苦笑しているとトレーナーのお姉さんが手を大きく上に振り上げる。
それに合わせて、イルカが大きく水中から跳ねた。
反応は両極端に分かれたと思う。
30メートルほど上空を舞うイルカの姿に、お嬢様を筆頭としたお子様たちは大興奮し。
親御さんたちは、子どもを庇いながら悲鳴をあげた。
「え?」
腕の中で、お嬢様の小さく困惑する声が聞こえてくる。
その声を聞きながら、背中に受ける衝撃をなんとか耐えて、後ろの観客席の方に吹っ飛ばされながらも、しっかりと少女を抱きしめていた。
激しい着地の衝撃とともに、周りからあがる悲鳴。
観客は全員パニック状態になり、我先にと出口へと走って向かってしまっていた。
イルカの方はと言うと、再度水中に潜り攻撃の機会を窺っている。
その異様に発達した尾びれから、弾き出される水滴の弾。威力は申し分なく、男性一人軽々と吹き飛ばす威力があった。
魔物化。
あまり、見られない現象だけど無いわけではない。その血統に魔物の血が混じっていたりすると、発症したりするそうだ。
「あ、あんた……背中!!」
冷静に分析していると、お嬢様にそう叫ばれる。
言われた通り背中を触ってみると、服が破けていて血のような真っ赤な液体が、手にベッタリと付いていた。
流石に、生身で受けたのは失敗だった。
「離れていてください、お嬢様。ここは危険ですので」
「駄目!!!」
血だらけの背中なんて気にせずに、お嬢様は後ろからヒシッとしがみついてくる。
だが、駄目と言われても、いかないわけにはいかなかった。
僕が無事と見るや否や、恵南さんがプールに飛び込んでいる。
恵南さんのことだから大丈夫とは思いたいけど、水中は完全にヤツのフィールド。万が一が無いとは言い切れなかった。
「離してください、お嬢様」
「いや! ダメ!!!」
いつにも増して強情だった。
「東雲君!!」
観客の避難誘導をしていた東雲君を呼びつける。
東雲君は僕の意図に気づくと、お嬢様を引き剥がして出口へと向かっていってくれた。
「ダメ!!!」
お嬢様の悲痛な叫びか、出口の向こうへと消えていく。
これでここには、僕と恵南さん以外の人はいなくなっていた。
「恵南さん!!!」
そう叫んで、イルカの泳いでいたプールの中を覗く。
そこにはパニックになったイルカたちが縦横無尽にプールの中を泳ぎ続ける中、辺りを仕切に見回している恵南さんの姿しかない。
そこに、あの魔物の姿はどこにもなかった。
「くそ! 透明化まで使えるのか!!」
目を必死に凝らすけど、恵南さんが見つけれてないなら僕が見つけれるわけもなく。
ただただ、不気味な時間が続いている。
恵南さんを襲わないのはおそらく、返り討ちに遭うのをわかっているから。水中で息もできず弱ったところを狙われる。
「レインちゃん! どう!?」
「駄目です! 幻術を使っているわけじゃないみたいです!!」
こっちの問いに、必死にそう答えるレインちゃん。どうやら、あの魔物の姿を見つけられていないみたいだった。
レインちゃんは、幻覚や幻術といった類に滅法強い。
「つまり透明化……なら、まだ手はある! モミジちゃん、プールに潜ってあの泳いでいるイルカたちを切り裂いて!」
その理由も聞かずに、モミジちゃんは水中へと飛び込んだ。
◇◇◇
(………なに!?)
いきなり水中へと飛び込んできた一人の少女に、目を奪われる。
その少女には見覚えがあった。
確か、あのデカい水槽の真反対の水槽を見てた子の一人。あんな特徴的な髪色の子を、忘れるわけがない。
(どうしてここに!?)
頭の中が、疑問符で溢れる。
目には見えないけど、この中には魔物が未だ潜んでいる。間違いなく現状、世界一危ない水域だった。
(まさか、イルカと触れ合いに来たの!?)
あり得ない想像が、少女の行動で確信に変わる。
無駄のない動きで水を泳いでるかと思うと、動き回っているイルカの側にピッタリとくっついた。
イルカショーの様子を、見てなかったのか!
(助けなきゃ!!)
足をバタつかせ、急いで少女の方に向かう。このままじゃ、間違いなくあの子は死んでしまう。
そう思い足をバタつかせていたものの、その後の更なる少女の予想外の行動によって、再び止められる。
(……何を、してるの?)
ナイフを取り出したかと思うと、ピッタリとくっついていたイルカにその刃物を突き立てる。
水中に、イルカの赤い血が流れ出した。
(……何を、してるの?)
そんなこちらの困惑をよそに、違うイルカに飛び移ると再びナイフを突き立てて、血を噴き出させる。
そしてそれが終わったら、また別のイルカへ。
その行動に何か意味があるかのように、少女は必死だった。
(漂う……血液)
赤い髪の少女が作り出した、イルカから派手に流れ出す血液をじっと見つめ、一人考える。
真っ赤に染まるプール……色がつく、色が。
じっと眺めていた、プールに溢れ出した血液が唐突に揺れて、その形を変える。
例えるなら、水面に石を投げ入れられ、波紋が生まれるように。
そこまで考えが至って、やっと少女の思惑が掴めた。
◇◇◇
「プハッ!! ハッ……ハッ……ハッ」
「大丈夫? 恵南さん」
水面から顔を出して、プールサイドによりかかる疲れ気味の恵南さんに、そう言って手を差し伸ばす。
「名前呼びで、良いって……言ってるじゃん」
不満そうにそう言うと、僕の手を掴みプールサイドに乗り上がる。
「なんとか、倒せたみたいだね」
プールの底には、氷漬けにされたイルカの姿があった。あれは、恵南さんがやったものだ。
「まあね。どこかの女の子のおかげでね」
どこかの女の子、おそらくモミジちゃんのこと。
そして恵南さんは、モミジちゃんの行動の意味を正確に読み取ってくれていた。
水中に血という目印をつける。
例え視界から消えていたとしても、水中を泳ぐときに発生する揺れは消すことができない。
だからこそ、目印のブレや歪みで敵の位置を逆算することが可能になる。とは言え、恵南さんだからこそできる離業ではある。
「女の子? 女の子って?」
「見てない? 赤い髪で、ツインテールの女の子」
「……ごめん。僕、避難誘導をしていたから」
「なら、見てないのもしょうがないか」
嘘をつくのを、心苦しく感じてしまった。




