フェス!?
「なぁ、もうやめようぜ」
「こっちはお金までもらってるんだ。必死にやらないと」
面白いことを持ってこいという抽象的な条件に、答えようと島内を隈なく散策する僕に馬鹿を見るような目を向けてくる。
未だ彼の中には、あの子への確執が残っているみたいだ。
「無駄だって、こんなこと」
「とか言いながら、手伝ってくれるよね」
「スマホも無いし、暇なんだよ。いや、マジで」
それは照れ隠しとかではなく。彼の場合、本当に消去法だった。
「しかし、なんで真っ先にダンジョンに潜るんだよ」
「いや、レアな魔物とか見せたら喜ぶかなって」
「絶対無理だろ」
僕の捻り出した考えを、一もなく否定される。良いよね、否定するのは簡単だし。
「じゃあ、何か意見とか出してよ」
怒りから、そう言ってみせる。
「そりゃ、プロの人をここに呼ぶんだよ。音楽団とか、サーカスとか。金持ちなんだから、それくらいできるだろ」
考える間もなく、答えを出された。
「それだ!」
「だろ?」
そのアイデアを引っ提げて、2人してウキウキ気分で一軒家にまで戻った。
◇◇◇
「……それは、無理だな」
「なんでですか!!」
僕たちの出した考えを、僕たちを拉致したSPさんに伝えると一蹴されてしまう。語気も強くなるよ、それは。
「そんなのを見せるのも、無駄だって言いたいんですか? 娯楽を見せるのも、必要ないと言うおつもりですか!?」
「いや、その……予算が降りない」
気まずそうに、そう仰るSPさん。
ただの言い訳と考えるには、悲壮感に溢れすぎていた。
「ということで。悪いが、違う方法を考えてくれ」
「何か……何か、ヒントとかないんですか?」
縋るようにそう尋ねる。
こっちの意思が通じたのか、頬を掻きながら答えてくれた。
「ヒントになるかはわからないが……今まで、お嬢様が笑っている姿というものを見たことはないな」
「……どうしようか」
「どうしようもないだろ」
2人で港のところで釣り糸を垂らしながら、この絶望的な状況の打開策を話し合う。
さっき、取り敢えずカジキでも釣って、お嬢様に見せびらかそうと話が決まったけど、お互いの釣竿は全く動かなかった。
同じく釣りをしている他の観光客のバケツには、釣果が溜まっているので、僕たちに才能が無いのは明白だった。
そのまま座ること3時間。
カジキを釣ったところで無意味だと、お互いに言い出せないままそんな時間が経ってしまっていた。
「ま、良いんじゃね。結局、後2日で帰れるんだし」
東雲君は終始、諦めモードだった。
「うーん……何か無いかな?」
「無いだろ。この島にあるのは海と、泳ぎに訪れた観光客だけ」
観光客……観光客だけ……
「そうだ! それだよそれ! 観光客がいるじゃんか!!」
「うぉ! いきなり、どうしたんだよ」
突然のハイテンションに戸惑っている東雲君に教える。
「フェスだよ。フェスを開こう」
「……本気で言ってるのか?」
失礼なことを聞かれるけど、僕は本気も本気だった。
「……俺、帰って寝るわ」
ついていけないとばかりに、家へと帰っていく東雲君。僕の話に乗るより、寝てる方が有意義だと気づいたんだろう。
僕はそれを気にせず、少女3人と昼食をとりに店へ赴き、そこで作戦会議を始めるのだった。
◇◇◇
人を楽しませるものと言ったら、お祭りだ。
高いテンションの人たちの群れの中にいたら、自然と自分のテンションも上がってしまうのが人の性。
そこに一体感が生まれていたら、尚更だろう。
生意気なあのお嬢様もきっと、お祭りを開けばいつものムスッとした表情も絆されて、笑顔をみせてくれるはずだ。
そうと決まれば、4人の知恵を絞って具体的な案を決めていく。
「形式はどのような感じで」
「そうだな……老若男女、楽しめるやつが良いな」
「規模感はいかがいたしますか?」
「デカければ、デカいほど良いね」
「会場の方は?」
「できるなら、ビーチとかでやりたいな」
「なるほど……つまり、集客問題は解決しているのですね」
違った。決めているのは1人だった。
ちょっかいをかけ合っているモミジちゃんとレインちゃんをほっといて、アッシュちゃんは僕が出した抽象的で曖昧な意見をもとに、具体的な祭りの設定案を紙に書き出している。
頼りになりすぎるよ……。
「一番現実的な案で言うと、私たちによるストリップショーですかね。かなりの観客を集めれて、盛り上がりも充分かと」
「却下だよ、却下。盛り上がるかもしれないけど、君たちにそんなことさせるわけないし、そもそも子どもに見せられないでしょ」
というか、こんな子どものストラップショーで盛り上がるとは思えないし、盛り上がったら僕は人類を見限ると思う。
「低コストで良い考えだと思ったのですが……」
「そんなに難しく考えなくても、盛り上がらせたいだけならさ。あそこにあるデッカいホテルに催眠魔法をかけて、宿泊客全員を催眠にかけちゃえば良いんだよ」
「え、ええ……そんな大規模な魔法、撃てませんよ……」
「撃てても、させないからね」
手段を選べという僕の忠告を、無視するような発言をするモミジちゃんにデコピンを喰らわせる。
「では逆に、ホルダー様が許容できるラインをお教えしていただけますか?」
「それは一つだけ。人権を尊重するライン」
これだけは譲れない。
◇◇◇
「……眠れない」
あの後、私たちにお任せくださいと言って3人で店を飛び出したっきり、まだあの子たちは帰ってきていなかった。
一応、明日ビーチに来てくださいと言われたので、何か準備を進めているんだろうけど……気になる。
探しにいくべきか、それとも彼女たちを信じて待つべきなのか、悶々と悩みベットに入っていたら、
気づけば夜もすっかりと更けていて。
それでも眠れずにいた僕に、朝日が差し込んでくる。
残り2日。
それが、僕たちが解雇されるまでのタイムリミットだった。
「で? 私に見せたいものって、なんなの」
家からビーチへの移動中、僕の後ろをついてきたお嬢様が苛ついた口調でそう声をかけてくる。
「それは、見てからのお楽しみということで」
「……は、何を偉そうに。わかってるんでしょうね。わざわざ私を歩かせてるってことの意味が」
なんてことを、女のSPさんの背中の上から言ってくる。
ツッコミ待ちなのかな? いや、多分違うんだろうけどさ。
「おいおい。お前、まだやってたのかよ」
「まあね」
呆れたような口ぶりで僕を非難しながら、隣で歩いていたら東雲君がやれやれと肩をすくめた。
「お前も案外しつこいよな。で、何だよお前が用意したものって」
「……それは、見てからのお楽しみということで」
「俺にも隠すのかよ。エンターテイナーすぎるな」
正確に言うと僕も知らない。
エンターテインメントに溢れすぎである。
そんなことを言っていると、雑木林の道を抜け視界が晴れる。
この先にビーチが見え……見え?
「え? な、何が起きてるんですか?」
「異様に盛り上がってるみたいだが……は?」
「おい……お前、本当に何やったんだよ」
視線の先の、ここから数段下がったところにあるビーチ。そこで今起きている現象を目にして、僕も含めてその場の誰もが困惑を隠せずにいた。
ビーチの中央ら辺に設けられた、四角いロープの囲いの中で2人の男性が殴り合いの喧嘩をしている。
蹴る殴る噛みつく、何でもありのガチの喧嘩を。
いや、そこまでならまだ問題は無い。ロープに関しては異質だけど、喧嘩だけならたまに起きたりする。
異様なのはその喧嘩に、ギャラリーがついているということ。
ロープの周りを囲んで、止めるわけでもなく、全員が全員野次を飛ばしている。
年齢、性別を問わずビーチにいた全員が全員、海にも入らずその興行とは思えない、殴り合いに熱中していた。
その光景に何も言えず、黙って推移を見守っていると殴り合っていた男の片方が地面に倒れる。
残った男が大きく吠えると、観客はそれに合わせて一際大きな歓声を上げた。
「誰でも良いから、かかってこいよ!!」
残った男が観客に対してそう挑発すると、観客の中の腕っぷしの良い男が、ロープの中に飛び込む。
その飛び入りに大きな歓声が上がると、再び殴り合いが始まる。
ロープの中に倒れ伏した男の数を見ると、もうこわなことが五度ほど続いているらしい。
それでも観客の興奮は冷めやらず、盛り上がりを見せていた。
「お、お前がこれを仕掛けたのか?」
「え? え?」
尋常では無いその光景を目の当たりにして、SPさんの1人が僕から距離を取るように後ずさる。
「お嬢様、こちらへ」
「いや釘抜……流石に引くわ」
気づけば敵だらけになっていた。
誰も彼もが、僕に化け物でも見るような目を向けてくる。
「へー、中々やるじゃない」
たった1人を除いて。
「お、お嬢様!? このようなもの、見てはいけません!!」
「どうしてよ。結構、面白いのに」
今までには見せたことがないくらい、目に光が宿っている。
「どいてってば。もっと近くで見たいんだから」
「お、お嬢様!?」
ついにはSPのディフェンスも振り切って、ビーチの方へと駆け出していってしまう。
さっきまで歩くのさえ渋っていた子と、同一人物とは思えない。
「おい! どうしてくれるんだ!!」
「誰がここまでしてと、言いましたか!!」
僕にそう文句を言うと、5人のSPさんはお嬢様を追って、ビーチへと駆けて行く。
残ったのは、僕と東雲君だけだった。
「これがお前の言う、フェスってやつか」
「い、いや……僕もここまでは予想外って言うか……」
ビクビクしながら、そう答える。
そんな僕の肩を、東雲君はガッと掴んだ。
「……正直、舐めてたわ。できるわけが無いってな。やっぱり、お前は凄いやつだよ、ホント」
それだけ言うと、盛大な勘違いをしたまま東雲君もビーチへと向かった。重い、東雲君からの言葉が重いよ。
「ご満足、いただけましたか?」
「種明かし、してくれるんだよね」
唐突に現れたアッシュちゃんたちにそう尋ねると、『勿論です』と返される。
全員どこか、寝不足みたいだった。
「もしかして、催眠とか……?」
「いえ、それはお気に召されなかったようなので、次善策を。あの方たちは、一時的に酔っているだけですね」
おそるおそる聞いた言葉とは、違う回答が返ってくる。
酔っている?
「ホルダー様は、ラオペと呼ばれる魔物をご存知でしょうか」
「ああ。あの芋虫みたいなやつ」
どこのダンジョンにでもいるその魔物は、死ぬとアルコールを発生させることで有名で。
よくお酒の中に入れられる魔物としても、有名だった。
「それを海水に放り込みました。5万匹ほど」
「5万!?」
「海水との親和性が思いの外良く、想定より少ない数で済んだのが救いでしたね」
「ちょ、ちょっと待った!」
淡々と話を進めるアッシュちゃんを止める。
ゴマンって……5万!?
その数をダンジョンで集めてたの!? 一晩中!?
寝不足なのも、そのせいなの!?
止めたは良いけど、理解が追いつかなかった。
「それで、海水をアルコールで満たしたの?」
「はい、安全を考慮した最低限のラインで。その後、気が大きくなった観光客どうしで喧嘩が始まったので、そこに乗じてリングを設営しました。すると観客もつき、今の状況が出来上がりました」
いや、そうはならんやろ。
と、心の中で大いにツッコみ、避難するような視線をレインちゃんに向ける。
「あ、あう……すいません。でも催眠はしてませんよ? ほんのちょっとだけ、辺りの気の向きを変えただけですから」
「なら……いいや」
最早、何を言っているかはわからないけど、色々諦めた。




