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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
34/82

テスト

読まなくても良いです。

いつもとは違い、シンと静まり返る教室。


試験監督がじっと腕時計を確認する姿を、黙って見守る生徒たち。


高鳴る緊張感、湧く苛立ち。

この1秒1秒で、詰め込んだ知識が砂時計の砂のように、さらさらと流れていく幻影さえ見えた。


キーンコン カーンコーン


始まりのゴングが鳴り、レフェリー(試験監督)が、開始を宣言してプリントが前から配られる。


今日この瞬間、5日に及ぶ激闘が始まった。


◇◇◇


(よし、よし、よし!)


東雲慶一郎は心の中で、何度もガッツポーズをする。


最初の科目にして、最初の難関。世界史のテストで、彼は今までにないほどの好調を見せていた。


(解ける! 解けるぞ!!)


まさに読み通り。


自らの想い人、近藤由香の張ったヤマは見事に的中していた。それも恐ろしくなるぐらいに。


(パンとサーカス、三頭政治……ガリウス・カエサル!!)


今までに、感じたことのないほどの万能感。


まさしく彼は、絶頂にいた。


◇◇◇


(……近藤さん。やってる?)


問題を解いて行くうち、釘抜延壽は段々と訝しんでいく。近藤さんの見事なヤマの当たり具合に、不正の臭いを感じていた。


ただ、もし近藤さんが素でこんな芸当をやってのけているんだとしたら、今までやけにテストの点が良かった絡繰もわかる。


作問者の思惑を全て読み切って、テスト問題を予測できるのならそこだけ重点的に勉強すれば良いだけ。


授業をまともに受けておらずとも、1時間も勉強すれば、余裕で高得点を取れるだろう。


(もしそうなら、エスパーの域だ。将棋が趣味だって言ってたけど、何か関係とかあるのかな?)


そんな疑念を交えながら、テストを解き進める。


時計の針は既に、半周を周っていた。


◇◇◇


「よー、どうだったテストの出来は?」

「うん、普通に良かったよ。古文とか世界史とか、暗記系の得意科目だけだったし」


そう言いながらも、顔では憂かない顔をする。


そこを東雲慶一郎に突っ込まれた。


「と言う割には、不服みたいだなー?」

「……東雲君は、やけに機嫌が良いね」

「そりゃもう! 苦手教科で点を取れたんですから!」

「……まだ採点は終わってないよ」


その言葉に、何を強がりをと言った内容を、態度で示す。


その煽りは、釘抜延壽にクリティカルヒットだった。


「お前も知ってるだろ? 古文の問題、テキストの中でも近藤さんの言ったまんまの問題が出たよな?」

「ウン。ソウダッタネー」


近藤由香の助言に従い、たった一つを単騎狙いした男と、日和ってしまい、広く大雑把に勉強してしまった男。


その差がハッキリと出る、内容だった。


「ふふふ……明日からも楽しみだなー!」


そう言ってウキウキ気分で帰り支度を済ませる東雲に、ただ釘抜は嫉妬の視線を送ることしかできなかった。


◇◇◇


(………分かんねー)


テスト2日目。

昨日までのウキウキ気分はどこへやら、東雲慶一郎のもとに初っ端暗雲が立ち込めていた。


保健のテスト。

男子と女子でやる範囲が違うため、当然近藤さんは頼れない。


それは間違いなく、彼にとっての試験宣告で。


(保健ってこんなにムズイのかよ……体位の名称を答えろとか、そんな感じの問題が出ると思ってたのに!!)


最低で低俗な思考の通り、保健のテストを舐めていた彼は、現在進行形で痛い目を見ていた。



その失敗は、後のテストにも響くことになる。


結局この日は、昨日までの快調はどこへやら、パッとしない結果で終わってしまった。



その様子をニヤニヤとした笑みを浮かべて見守る生徒が一人。それは勝ちを確信した笑みだった。


◇◇◇


(やはり、勉強してなかったみたいだね!!)


そんな風に勝ち誇りながら、ものすごいスピードで保健のテスト用紙を埋めていく。


彼にとって、保健とは一番楽に点が取れる教科だった。


体育教師がテストを作っているということもあって、他のテストに比べて作りがとても雑い。


その殆どが教科書からの引用問題で構成されており、彼にとって赤子を捻るより簡単なテストだった。



そのままの流れを維持して、次もその次も、好調な結果となる。


昨日とは、全く逆の展開になっていた。


◇◇◇


「あれ? 元気ないけど?」

「……っせーよ」


あからさまな煽りに腹を立てたが、釘抜の言う通り、東雲の身体からは既に元気が失われている。


強く否定する体力も、残っていなかった。


「大丈夫? 僕、先に帰るけど?」

「さっさと帰れよ……」


昨日のやり返しとばかりに、わざわざ宣言して教室を出る。


明暗が、ハッキリと分かれていた。


◇◇◇


((わかんねー!!))


3日目、2人して頭を抱える。


最大の難関にして、最後の敵。一般の高校生にとって、最も憎むべき怨敵。

英語のテストの前には、2人して無力だった。


(近藤さんも、流石に読めないって言ってたし。


だからこそ、完全な自力の勝負。



そしてそうなると、釘抜延壽もへっぽこになってしまう。


和英辞典に載っている単語を全部覚えるとかいう狂気の沙汰を、ギリギリで踏みとどまったことによる、皺寄せが来てた。



((う、うおおおおーーー!!!)))


2人して、無意味な気合いだめを行い。なんとか答えを、ゼロから捻り出そうとする。


そうしている間にも、タイムリミットは近づいていた。


◇◇◇


「終わった……」

「完全に、燃え尽きたよな……」


2人して仲良く机に、突っ伏しる。昨日まで、煽りあっていたとは思えないほどのシンクロだった。


「あははは……」

「いーっひっひっひ……」


濁った目で、悲しい笑い声を上げる。


たった一教科のテストがボロボロだっただけとは思えないほどに、悲壮感に溢れていた。


◇◇◇


(いやいやいや? いけるイケルって!)


テスト4日目。

最初の数学Iのテストで、東雲慶一郎はシャーペンを片手に必死に問題と格闘していた。


昨日とは打って変わって、その目には希望が溢れている。


読み通りの問題。

そこまでは良い、後は解き方を思い出すだけ。


(えーっと、えーっと、余弦定理は……)


テストの隅に、あやふやな記憶のまま公式を書き写す。


時間は残り10分で、最後の大問5を残すのみ。


これを解ければ、昨日の英語は取り返せる。



間違いなく、今教室にいる誰よりも必死だった。


◇◇◇


(この問題は、解答解説の112ページ目ー!!)


同じ日にちに行われた現代文のテスト。


釘抜は釘抜で、頭を必死にフル回転させていた。


意地とプライドにより釘抜の編み出した答えは、近藤由香に教えを請わず、テキストのテスト範囲内の問題の解答と解説を、全て頭に叩き込むこと。


評論の問題が3つ。小説の問題が2つ。

その中から、評論と小説で一つずつ。そして漢字の読み書きを答えろという、大問3つの問題構成。


彼はその全てを叩き込んだ。


漢字は勿論のこと、評論と小説の問題に関しても、五つの大問のそれぞれの小問全ての模範解答を記憶した。


五十文字以内や、百文字以内で答えを記入する問題も全て。



よって釘抜の作る答えは、ほぼ100%模範解答通りのものであり、それはカンニングを疑われるほどに完璧だった。


涙ぐましい努力で、彼は現代文を暗記科目に変えた。


◇◇◇


「………」

「………」


もはや、お互いに無言だった。後一日、後一日で全てが決まる。


彼らは共にお互いを敵視していた。


良くある点数が勝った方がどうたらの約束はしてはいない。ただ、1日目2日目の流れで、お互いの闘志に火がついていた


情報網を駆使する東雲と、総当たりで挑む釘抜。


今、どちらに優勢があるかはハッキリとわからない。



ただ後は、お互いが全力を尽くすだけだった。


◇◇◇


「ーー、はいそこまで! シャーペンを置いて、テストを素早く後ろから回収してください」


試験監督のその言葉に、深いため息をつく。


テストが終わった開放感からか、教室中に騒めきが広がって行く。夏休みの予定を相談する、気の早い生徒までいた。



が、僕たちは違う。これからが勝負なんだ。


二人して顔を見合わせる。火花が散った気がした。


◇◇◇


「……用意は良いか?」

「いつでも良いよ」


勉強会をしたファミレスで、決戦は始まった。


既に弾は出揃っており、後は相手の結果を祈るのみとなる。


空気が張り詰める。

西部劇のガンマンのように、合図が来るのを待っていた。



入口の方で入店音が鳴る。


僕たちは同タイミングで、鞄からテストを取り出した。



「世界史、87!」

「92!」


負けているはずの東雲君の顔に笑みが浮かぶ。暗記科目で、まあまあ、にじり寄られてしまった。


「古文、92!」

「古文……85!」


剰え競り負ける。

勝負が決まったかのような、勝ち誇った笑みを浮かべてくる。


が、まだまだ!


「保健……60!」

「100」


今度はこちらが勝ち誇る番だった。


さっきの向こうのアドバンテージを全てひっくり返す。


「……英語、30」

「……27!」


さっきまでの熱はどこへやら、鎮火されたように一気に冷める。


……次、次。


「数学……82!」

「な! ……45」


あの難しいと言われた数学で82!? これはやばい。


「現代文……90! 参ったか!」

「100」


くそっ……たった10点差か……


「え? 100点て、学年で2人じゃ」

「へー。そうなんだ」


丸暗記したから、その感動も薄れてしまう。



「いよいよ……最後だな」

「うん。7点、僕が負けてる」


暗記科目以外で、コンスタントに負けてた結果だ。


「そしてよ……残念なお知らせがある」

「……何?」


ふっふっふっと、邪悪な笑みを浮かべて立ち上がる。その手には、最後の教科、英語のリスニングのテスト結果が握られていた。


「もう、俺が勝ったのは確定してんだ」

「どういうこと?」

「それはな……こういうことだよ!!」


紋所みたいに、テストの結果をばっと広げる。


そこには90点という数字と、それを囲むように花丸が付けられていた。


「はーはっはっは! 奇跡ってあるんだなー!! マークシート式で運と勘に頼ったら……こんな点数とっちまったよ!!」

「はは……はははは……」


その点数に、思わず笑みが溢れる。


「はっ! 負けを認めたのか?」



「……うん。東雲君の負けをね」



テストをばっと広げる。

そこには100点という数字と、それを囲むように花丸。更に、周りに花々が煌めかしく散りばめられていた。


「な!? ひゃ、100点だと!?」

「読みが当たってね」

「リスニングのテストだぞ! 読みもクソもないだろ!」


いや、あるよ。


リスニングに使われるであろう音源をかき集め、その音源と答えを合わせて暗記していたんだから。


集めた40個ぐらいの中に、使われたヤツがあって良かったよ。


「じゃ、東雲君。覚悟は良いよね」

「……クソッ! 俺も男だ! 二言はない!」


前にも言ったけど、僕たちの間に約束なんてない。


けど、負けた方が勝った方の言うことを聞くというのは定番だから、仕方がないね。



「……それってさ。勝ったヤツがなんでも命令を言えるの?」


ギャラリーしていた近藤さんが、良いところで邪魔をしてくる。


「……そうだけど」

「じゃあ、私の勝ちね」


そう言ってバサっと広げられるテスト用紙の数々。


その全てには100という数字が刻まれていた。


「それじゃ、会計よろしくー! 行こ、ミサキチ」

「う、うん」


伝票だけ残して、席から離れる近藤さんたち。


「……割り勘で良いか?」

「……うん」


普通に、泣きそうになった。

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