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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
31/82

実習5

(うわ、半端ねー)


興行でやれば、それなりに稼げそうなほどのやり合い。


一方がリーチを活かし縦横無尽に刀を振るうかと思えば、もう一方は小回りを活かしてそれを避けながら、相手の懐に入ろうと苦心している。


真逆な戦闘スタイルから生まれる、高度な心理戦を含んだその戦闘には、何者も入り込む余地は無かった。


(やばっ! 上っ!!)


こちらの杞憂もどこ吹く風といった具合に、上から真下に振り下ろされる一撃を半身になって躱したかと思うと、そのままの流れで脇腹にナイフを突き立てようとする。


がそれを誘っていたのか、燕返しのように首元を狙った切り上げを、これまた読んでたみたいに身体を反らして綺麗に避ける。


お互いに距離を取る。


これまでの攻防が無かったみたいに、再び同時に距離を詰めた。


(凄っ! 凄っ! 凄っ!)


今、置かれている状況も忘れて、子供のように興奮している自分がいた。熱に浮かされている。


ここまでハイレベルな攻防は見たことがない。


舞うように相手を翻弄する少女と、それをどっしりと待ち構え迎えうつ青年。その対比が惚れ惚れするほどに見事だった。



先の後、後の先。

お互いの有利不利が、一瞬一瞬で常に移り変わっていく。


その綱渡りみたいな極限状態の中、先に勝ったのは少女だった。そして、それだけで勝敗を決めるには充分だった。



目に追えない速さで横薙ぎに振るわれた刀の切先に立つとかいう、漫画みたいな神業を披露したかと思うと、その刀を伝って相手の元へと近づく。


それに対応して右手に持った刀を即座に手放し、飛び込んでくる少女の片足を掴み、大きく上に振るう。


すぐさま少女は、手に持ったナイフを投擲するも左手で無情にも受け止められてしまった。


打つ手の無くなった少女は、ただ地面へと叩きつけられるのみ。


が、地面に激突する瞬間、手放され地面へと落ちていて刀を掴み刃を木の枝みたいに折ると、それを青年の喉元へと振るった。


しかし、左手に持ったナイフでそれを弾く。


故に遅れた。

少女が左手から放った、もう一本のナイフへの対処が。


胸に深々と刃渡り12センチほどのナイフが突き刺さり、惚けたように胸の辺りを触る青年。その手には血がベッタリとついていた。



そこまでの間、息をするのも忘れていた。


思わず駆け寄りたかった。大健闘した少女を思いっきり抱きしめ、その頭を撫で回してやりたかった。



それを許さなかったのは、必死に逃れようとする少女の姿で。


(まだ……生きてんの!?)


目は虚になりながらも、少女の足を握り締めた手は離すことなく、むしろ締める力を上げてすらいる。


「止めろ!!」


単純な油断だった。

その攻防からの劇的な勝利に、私は見惚れていた。


声を荒げ、駆け寄ったときには既に遅く。


投げられ宙へ舞った少女は、腹部にもらった一撃でゴムボールみたいに吹っ飛ばされた。


◇◇◇


(アア……イタイ……)


姿形を異様に変えた青年は、心の中でひた嘆く。


胸に受けた傷は既に消え、傷があった場所には倍以上に膨らんだ胸筋が、その存在を主張していた。


それでも青年は痛みに呻く。


身体に受けた傷ではなく、心に生まれた悲哀に呻いていた。


(アア……イタイ……)


かつての同朋は皆殺され、亡骸を残すのみ。


渦巻いた負の感情は、彼自身を根底から破壊した。


(ユルサヌ……ユルサヌ……)


彼は怒りに呑まれた。

背丈は伸び、身体は褐色に変色し、筋骨は隆々し、頭部には二本の禍々しい角が生えていく。


手にした金棒は、かつての怨敵である鬼の姿を想起させる。



一歩踏み出すことに地鳴りが起き、もう少し強く踏み込むと地面に亀裂が走った。


感じたことのない万能感。

それは、今まで武士として磨いてきた己のスキルを全て捨ててしまえるほどには唯一無二だった。


口元が醜く歪む。

もはや、怨恨などどうでも良かった。


悪鬼へと身を堕とした彼は、清廉な心を濁らしていく。


ただ、力のまま蹂躙できることに喜びを感じていた。


(コロス……コロセル……)


手始めにと、その場にへたり込み地面を液体で濡らしている女の方に視線を向ける。


その柔肌を手にかける瞬間を思うと、涎が垂れた。


が、それは叶わない。


目線を下へと下げると、傷のあった場所を貫く刃が目に映る。


前菜が躍り出た。


◇◇◇


「オーガの変異種?」


見た目的特徴はオーガそのものだけど、褐色の肌や身体中に浮き出た紋様は、オーガのそれではない。


何より、感じるプレッシャーはオーガなど比べるべきもない。


目の前の存在は間違いなく異常だった。



背中から刺したロングソードを引き抜こうとするも、筋肉に邪魔されたかピクリとも動かない。


「それならそれで」


引き抜くのを諦め、距離を取る。


どうせ予備の安物。刺さるとさえ、思わなかった代物だ。


オーガもどきは鬱陶しそうにこちらを振り向くと、胸に刺さったロングソードをそのまま押し戻す。


痛みとか感じないの?


見ているだけで痛そうな光景だけど、血は噴き出さなければ、刺さった傷跡さえ見当たらない。


「オーガ特有の再生? それにしては速すぎる」


なるほど。由香があんな顔をするわけだ。


こんな低層に、いていいレベルじゃない。


「逃げて! 杏香!!」


その悲痛な叫びに合わせたように放たれた渾身の左ストレートを難なくかわし、次の裏拳をロングソードで受け止める。


「力、強すぎだって」


地面に突き刺したロングソードを凍らせて、地面と結合させていなければ、間違いなく受け止めれなかった。


なにせ、攻撃を受けた余波で身体がビリビリと震えるのだから。


「由香。ここにいたら危ない」


その発言の真意を読み取り、悔しそうに歯噛みしながらも、その場を急いで立ち去る。


やはり彼女は良いシーカーだ。


「で? ギャラリーはいなくなったけど?」


オーガもどきは嬉しそうに叫んだかと思うと、右手に持った見るからに危ない棘付きの鈍器を、めいいっぱい振り下ろす。



地面が揺れ、周りの木々が倒れる。


私自身、その揺れに耐えかねて地面に膝をつく。


それを好機と見るや、思いっきり飛び上がり、その手にした凶器を私めがけて、思い切り叩きつける。


◇◇◇


「……どこか……寒くないですか?」

「確かに。4度ほど、いきなり下がったみたいですね」


呼吸がまだ荒く、未だ予断を許されない状況で訪れる異常事態。


青髪の少女だけでなく、灰色の髪の少女も柄にもなく焦っていた。


「取り敢えず、暖かい方に移動させましょう」

「そ、そうですね。でも、暖かい方って」


その純粋な疑問に、灰色の髪の少女は答えとなるものを指し示す。


「………あ。向こうの葉っぱ、霜が降りてます」

「おそらく。あちらの方角で、何か異常が発生したのでしょう」


2人はお互いに顔を見合わせ無言で頷くと、慎重に丁寧に、霜の降りていない方へと自分たちの主人を運んだ。


◇◇◇


「はー、はー」


吐き出す息が白く凍る。


ここの気温は-25℃といったところか。もう少し下げれはするけど、これ以上は自分の生命にも関わってくる。


「随分と、タフなのね」


確実に動きは鈍くなっているし、影響は受けている。が、目の前のオーガもどきは未だ健在だった。


例えオーガと言えど、通常ならもう既に動けてはいない。


そういう意味では、目の前の化け物がオーガでない根拠が一つ増えたということになる。


「全然、嬉しくないけど」


外気温などお構いなしに、突っ込んでこようとする化け物の足元を再度凍らせる。

が、それでも止めれたのはのは3秒ほど。


攻撃に転じれるほどの余裕は作れない。


止めれたという事実が、あの化け物が弱っているという事実を指し示してはいるけれど、こっちもこっちで限界だった。



凍てつくような寒さが、身体中の熱を奪い思考を鈍らせる。


ただ、その条件は相手も同じ。

違いがあるとしたなら、経験の差ということになる。



「ま、要するに我慢比べってことね」


幸い、寒さには自信があった。




更に5℃ほど気温が下がり極寒を超えた場所で、死闘は絶えず繰り広げられている。


既に辺りの景色は一変し、異能の余波で、無造作に生えていた木々は氷の彫像へと変化していた。


「この……しぶとっ!!」


剣を閃かせるも、あえなく受け止められ思わず愚痴がこぼれる。


けど、さっきより優勢はこちらに傾いていた。


「………!!」


忌々しげに距離を取る化け物。


そこに距離を詰められ、再度斬撃を浴びせられる。それを受け止めるしかなく、いつの間にか防戦一方となっていた。



凍った地面による摩擦の軽減。


デカければデカいほど効力を発揮するこのトラップは、当然目の前の化け物にも効果覿面で、さっきからまともに踏ん張ることもできていない様子だった。


そんな調子だから、当然こっちに攻撃を当てることもできない。


はっきり言って、相性は最高だった。



(……とは言え)


滑るように地面を移動して、懐に入り込み脇腹を切り裂く。も、つけた傷は既に癒え始め、近づいた労力は水の泡となる。


鈍りはしているけど、未だ再生は機能している。


これがあるおかげでまだヤツは動けているし、これがあるせいで泥試合になってしまう。


そして、このままいけばーー、


(やっぱり、相性は最悪かもね)



再生能力を持つ相手と遭遇した場合。


レアケースではあるけど、きちんとマニュアルは存在する。


(……頭を、切り落とす)


再生とは脳の命令により引き起こされる。つまり、頭さえ切り落としてしまえば再生も止めれるという、とてもシンプルなもの。


ただそれは、一筋縄ではいきそうにもない。


胴回りほどもある太い首。

それに硬い表皮や中に詰まった筋肉も考慮すれば、ギロチンの刃だって通らないはずだ。


(……手が)


タイムリミットも近づいてきている。握りしめていたロングソードを、いつの間にか手放せなくなっていた。


◇◇◇


(……サムイ、サムイ……サムイ)


彼にとって、その寒さは未知のものだった。

手が、足が、まともに動かない。それだけで彼は恐怖し、生きようと必死にもがく。


が、目の前の女はそれを許さない。


自分よりも小さいはずのそれは、この寒さの中で自由に動き回ってこちらを翻弄している。

鬱陶しく動き続けるそれを、一向に捕まえることはできない。


その事実は彼に敗北を想起させた。


それは強者となったはずの彼の、ガタイとは反対にちっぽけになったプライドを刺激するには充分で。


強者にあるまじき行動をとらせる。



死んだフリ。



それは数ある中で、最も最低な回答だった。


もはや、そこに強者であった彼の面影はない。そこにいたのは、無様にも生にしがみつこうとする、弱者そのものの姿だった。



彼の狙い通り、油断した女が不用意に近づいてくる。


それを掴み持ち上げると、万力のように握りしめた。


◇◇◇


掴まれた肋骨が、悲鳴のような音を出す。


口から息が漏れる。

悲鳴をあげなかっただけでも、褒めて欲しいぐらいだ。


「………っ!!!」


………力を、更に込められる。


ここで勝負を決めるつもり、なのだろう。ここから逃げ出すことも、できそうには、なかった。



震える手、で、手にしたロングソードを、突き……出す。


首へと届き、皮膚に刺さるが、勿論、貫くことはできない。



オーガもどきは、醜く笑うと空いていた左手で刃を掴む。


『無駄な足掻きだ。心ごと折ってやる』と、言わんばかりにゆっくりと力を込めていく。



が、届いていなかったはずの、刀身は伸び……その首を貫く。


そして伸びた刀身はそのまま横へと広がっていき、ついにその首を切断するまでに至った。




掴まれた状態から、受け身も取れずに落下する。


も、その痛みさえ感じない。寒さで痛覚が麻痺していた。


「はー、はー」


地面に倒れ伏した状態で、首の落ちた死体に目を向ける。


突き刺した刀身を伝って、氷を伸ばし広げていき、内部から頭と体を繋ぐ細胞を引きちぎる。


私の得意技。

これを用いれば、例えロングソードを突き刺さずとも、身体の内部から破壊することができる。


「はー……はー……」


発生していた冷気を消し、なんとか鼓動を落ち着かせる。


勿論すぐに正常に戻りはしない。


今までの感覚で言うと、一日は身体の諸々の器官がイカれたまま過ごすことにはなるだろう。


常人以上の寒さへの耐性はあるとはいえ、たかが人の身。


生きているだけ、奇跡みたいなことだ。


(由香には、説教をーー、)



「ああああぁぁーーーー!!!!!」


突如として右肩の部分に走る激痛。


「そんな……そんな、あり得ない!!」


切り落としたはずの首が、肩口に噛みついていた。


強く強く、肩を噛みちぎる勢いで。


「なんで、首だけで動いて……」


激痛の中、その言葉を呟くだけで精一杯だった。



こちらの反応に満足したのだろうか。首だけの顔が、ニヤリと醜い笑みを浮かべやがった。


だから私も、ニッカリと笑ってやる。



「ざ、残念ね……もう、詰んでる」


その歪んだ顔のまま、氷の像へと変化する。



私はただ肩を押さえ、その場にへたり込むことしかできなかった。

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