実習4
『簡単なことですよ』
なんてことはないように、少女は言う。
『ホルダー様を助けに、まず間違いなく誰かがここへと降りて来ます。ここで大声でも出してくれればベストなんですか』
そこで顔を顰める。考えづらいことらしい。
『その降りて来たところへ上空にいる魔物が襲撃するので、その付近に上へと昇る階段があると推測できます』
どこか誇らしげに語る少女は、罪悪感など微塵もなく。
『あの……何か至らぬ点でも、ございましたか?』
純粋に、僕のことだけを思っていた。
◇◇◇
「は? でかっ?」
突然の襲撃により開けた木々の間から、上空に見える軽く10メートルは超えている怪鳥にただただ驚く。
顔に入った、赤と緑の差し色が特徴的なその鳥?は、今まで出会ってきた魔物の中でも、群を抜いてデカい。
そんな化け物が、再び上空へと飛翔して狙いを定めたみたいに、私の上をグルグルと回っている。
「あれ、どうやって飛べてんの?」
理不尽なほどの大きさの暴力に、そんなイチャモンをつける。
「やっぱ、2人を置いてきて正解だった」
しかし、そうなってくると心配なのは釘抜君の安否なわけで。正直な話、楽観視はできない。
もう死んでいることすら視野に入れるべき……
「いやいやいや、ないないない」
悪い想像を頭から追い出す。
もし何かあったとしたら、今度は私が殺される。なにがなんでも、生きて連れて帰らなければ。
「ま、釘抜君を探す前にあいつをどうにかしないとね」
上空遥か高いところで、再び狙いをつけ急降下してくる。このままいけば、間違いなくぶつかってお陀仏だ。
でも、そうはならない。
上空を飛ぶデカい鳥は、不意に千切れた自身の片翼とたもに地上へと錐揉み回転しながら落下していく。
断末魔のような一際デカい鳴き声をあげたかと思うと、遠くの木々の中へ音を立てて落下していく。
「やっば。下敷きになってたらどうしよ」
嫌な思いを払拭するかのように、落ちていった方へ走った。
「この辺りに落ちたのは間違いないんだけどなー?」
何か巨大な物が落ちてきたみたいに、倒れペチャンコになった木々を尻目に辺りを隈なく見回す。
が、肝心のものは見つからない。
あの魔物のものと思われる巨大な血溜まりは発見したけど、それを残した張本人は途切れた血とともに、綺麗に消え去っていた。
「あの状態で、動けるとは思えないけど」
久しぶりに冷や汗をかく。
自分の鳴らす警鐘を気のせいだと思いたい。が、それを許してくれないのがダンジョンという場所で。
「もしかして、再生したとか?」
オーガのような魔物が稀に持っている能力。
自分の負った傷を自然治癒では片付けられない速度で治したり、致命傷を受けても生きながらえたりすることができる。
中には、失った部位さえ復活させる個体もいるとかなんとか。
あの巨大でそんなことされたら、たまったもんじゃない。
「誰!?」
「ぼ、僕だけど………」
「なんだ……釘抜君こ。いや、普通そうだよね。うん」
恐怖からか、らしくなく焦ってたみたいだ。
釘抜君の接近にここまで気づかないのもそうだし、足音を聞いて警戒しながら振り向いてしまった。
普通に考えて、釘抜君しか有り得ないのに。
「近藤さん。無事だったの? 飛んでた鳥は?」
「それはこっちのセリフ。ってか、良く生きてたね」
あの魔物は私がここに降り立った瞬間に襲ってきた。
つまり、何を利用しているかは知らないけど、敵を探知する目はとても優秀ということ。
例え1匹とは言え、そんな化け物が徘徊しているここで良く今まで無事でいたなと思う。いや、ほんとに。
「ちょ、ちょっと! 近藤さん!? なんで頭下げてんの!?」
「いや、マジ生きててくれてあざす。ホント、助かりました」
冗談抜きで、命の恩人でした。
「いや、謝るのはこっちって言うか……」
突然のことにビックリしたのか、釘抜君は何かゴニョゴニョと言っている。
その態度に痺れをきらし、腕を強く掴んだ。
「ほら、良いから帰ろ」
「でも」
「でもじゃないって」
「だから」
意味不明に食い下がろうとする釘抜君を引き寄せ、抱き寄せる。
「こ、近藤さん!?」
腕の中でもがく釘抜君を黙らせ、しきりに辺りを警戒する。
「やっぱ、さっきの殺気は勘違いじゃなかったっぽいね」
先程、釘抜君と出会う前に感じたあの粘つく嫌な気配。それが今になってまた、より強く感じるようになった。
「え? な、何を警戒してるの?」
その質問には強く答えられなかった。
事実、今私の目にもあの魔物の姿は映っていない。それでもどのタイミングより今、その気配を強く感じている。
そして、この感覚は馬鹿にできない。
背後の首筋に、水滴のような何かが落ちてきた。
勿論雨なんてふっていないし、髪が水滴が滴るほどずぶ濡れになるまで運動したりもしていない。
なら残る可能性は一つで、そう処理するまでに既に身体は動いており、釘抜君を抱えたまま前方へと転がった。
「な、なにが?」
事態についていけず混乱を隠せない釘抜君の横で、私は抉れた地面とそこに嘴を突き刺している魔物の姿をじっと見据える。
大きさは随分と小さくなって、3メートルほど。
片方の翼があった場所から、血を大量に噴き出しているそいつは苛ついたように嘴を鳴らしていた。
「小さくなるとともに透明化……生態、面白っ」
馬鹿にするように嘲笑うと、鳥頭のくせに馬鹿にされているのに気付いたのか。
怪我しているのもお構いなく、奇声をあげて突っ込んでくる。
それはまさしくアドレナリン頼りの決死の突撃。
見えていた結末をなぞり、首を宙に飛ばしてその場に倒れ伏した。
「え? 今……」
「ん? 不思議だねー。首が一人でに飛んでったみたい」
私が何かしたことは察したみたいだけど、そうやって誤魔化すと、こちらの意図を汲んで何も言わず黙ってくれる。
沈黙は金……なんちゃって。
「さ、帰ろ帰ろー」
そう言って、振り返る。
背後では青年が、首を無くした死体に寄り添っていた。
◇◇◇
(綺麗な顔立ちだな……)
その青年に最初に抱いた感想はそれだった。
その端正な顔立ちに涙を流しながら、死んだ魔物の側に屈んで、じっと愛おしそうに見つめている。
こちらに罪悪感を植え付ける光景だった。
「あー、君誰かな? うちの生徒じゃないよね」
その異様な光景に怯むことなく、近藤さんが声をかける。
その青年は魔物からこちらに視線を映すと、ゾッとするような顔で立ち上がり近づいてくる。
その手には、いつの間にか刀が握られていた。
「それ以上近づくと、容赦はしないよ」
その忠告に耳も傾けず、ただゆっくりと近づいてくる。
その能面みたいな表情には、明確な怒りと殺意が浮かんでいる。
「……あっそ。誰だか知らないけど、正当防衛だか……ら?」
その言葉が最後まで続くことはない。
余裕のあった顔には恐怖が浮かび、顔は青ざめていく。
青年が一度、姿を消した。
数瞬、僕の突き出した盾をバターのように切り裂いたと思うと、盾ごと僕の身体を両断しにかかった。
薄れゆく血圧と意識の中、遠ざかっていく脅威にただ安堵した。
◇◇◇
「ごめんねごめんねごめんね」
気絶している釘抜君に、持っていた治療セットでなんとか応急処置を済ませて、木陰に寝かせる。
傷は深く、何度も包帯を取り替える。ポーションを飲ませるも効果は薄い。出血多量で死んでしまうのも時間の問題に思えた。
ただ、まだ生きてはいる。
身を呈して私を庇おうとした瞬間に、なんとかこっちに引っ張り寄せることができたから、そこで止まることができた。
「すぐに終わらせるから」
そう決意して立ち上がる。
あいつからはまだ逃げきれていない。この場所もすぐにでも見つかってしまう。こっちから、出向くしかない。
もう、こっちから
「死にに行く気ですか?」
「誰!?」
頭上から聞こえたその声に反応し、釘抜君を抱え後ずさる。
ワンピースにスカートといったラフな格好をした、赤髪の少女。その姿は、昨日ウォークラリー中に見かけた少女そのものだった。
「……なんで、こんなところに」
「そんな警戒しなくても良いよ。私は味方だから。だから、ね。その人から手を離して。今すぐ」
年下とは思えないほどの有無を言わさぬ圧力に、言われるがまま釘抜君を地面に寝かせる。
「やはり、気絶してるだけみたいですね」
「でも、事態は一刻を争いますよ」
「……な!? え? 今、え? どこから」
瞬きした途端に現れた2人の少女に、困惑を隠せないでいると、赤髪の少女に手を引かれた。
「お姉さん。後は2人に任せて、ね?」
「………何が言いたいの?」
「倒しに行くんでしょ? 私も一緒に行くよ」
ふざけんな、喉から出かかった言葉を止める。
冗談で言っている様子は、一つもなかった。
「……あの子たちに、何ができんの?」
「何でもできるよ。お姉さんとは違って」
その棘のある発言からある程度読み取れた。
この少女たちは私たちの味方なんじゃなくて、釘抜君だけの味方だと言うことに。
だとしたら、この子たちは一体……?
「今はそんなこと、どうでも良くない?」
「……ははっ! こっちの心、読んだみたいなセリフ。わかった、あんたの提案受け入れてやろーじゃん」
「へー? 疑わないんだ。私の実力」
「シーカー、舐めんな」
◇◇◇
2人して木陰で敵を待ち構える。
「作戦、覚えてるよね?」
「勿論。つか、あんなの作戦じゃねーし」
作戦(笑)の概要は簡単。
この少女があの野郎を無力化して、私がその上からぶん殴る。
役割分担の時点で情けなさを感じるけど、実力だけで言ったらこのちびっ子の方が上だから仕方ない。
体術だけならきょんちゃんすらも凌駕している。その少女の身のこなしを見て、ハッキリとわかった。
「にしても酷くね? 手足引きちぎるとか」
「あれ、人間じゃないよ」
「知ってるし。それでも、寝覚めは悪いんだって」
あんな化け物が人間なわけがない。
「もし同情とかで止めを刺さなかったら、お姉さんを殺すから」
「期待してるよ」
それだけ言うと、お互いに黙りこくる。
静けさが辺りを支配する。静寂が心地いいぐらいに浸透していく。
その中をゆっくりと噛み締めるように近づく足音が一つ。
アイコンタクトをとる。
張り詰めた空気が爆発するとともに、少女は飛び出した。




