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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
29/82

実習3

「引き返そう」


神妙な顔をして、近藤さんが言う。


「ごめんね、みんな。我儘に巻き込んで、こんな目に」

「ううん。ここに来たのは私たち自身の意思だよ」

「お、俺もそう思う」


勿論、誰一人としてその謝罪をまにうける人はいない。


それは、僕も同じでいたかった。なのにーー、自らの心の弱さを、改めて自覚する。


ただ死にそうになったぐらいで、こんなにも心が荒むのだから。


「それじゃ、先導よろしくな釘抜……おい、釘抜って!」

「う、うん? 何?」

「先導してくれって。道、覚えてるんだろ」

「……ああ。そうだったね」


しっかりしてくれよ、と笑う東雲君の声に腹が立つ。


僕を道具か何かとでも、勘違いしてるんだろうか。自分でも些細なことだとは思うけど、それでも心に棘が残る。


なぜ、僕がこんなことを。


それは東雲君に、近藤さんとの仲を取り持つよう頼まれた時から、ずっと心にあった感情だった。


ズルズルとそんな感情を引きずったままここまで来て、未だに女々しく胸中で不満を宣っている。


「おい、釘抜! 釘抜って!!」

「何?」


返答が無意識に意識して、荒っぽくなってしまう。


自らの不満を伝えたいという子どもっぽさと、その感情を認めたく無いという子どもっぽさが、お互いに反発する。


強く掴まれた腕を、それ以上の力で鬱陶しそうに振り払う。人生で一番、感情的になっている自覚はあった。



3人の驚愕する顔が目に入った。


気づかない間に踏み抜いていた足元の異様な紋様が、ダンジョンのの厳しさを教えるように淡く光る。



驚き慌て、尻餅をつく。


辺りには人の気配がなくなっており、一際大きい鍵の隙間から漏れる木漏れ日が、僕を照らしていた。


◇◇◇


「な!? あいつ死にたいのかよ!!!」


我慢できずに悪態をついてしまう。が、言わずにはいられねぇ。


だってあんなわかりやすい転移トラップ、見逃すなんてありえない。免許を取っているんなら、尚更にな!


何より許せないのは、俺の腕を振り払ったことだ! あいつ、人の親切を何だと思っている!!


「東雲君、落ち着いて。ね?」

「俺は落ち着いてる。今だって、至極冷静だわ」


夏目の忠告に苛立ちながら、返答する。


そう、落ち着いている。なにせ、ムカつきすぎて地団駄を踏みそうになったところを、近藤さんの存在を思い出し、我慢できたぐらいなんだから。


「助けに行こう。手遅れになる前に」

「……そうだね」

「まったく釘抜の野郎……近藤さんに、迷惑かけやがって」


文句を言いながらも、さっきのボスがいた下へと降りる階段の元へ向かおうとする俺と夏目の前に、近藤さんが立ち塞がる。え?


「2人はここに隠れていて」


あり得ない提案だった。


「すぐ戻るね」

「ちょっと待ってよ由香!!」


立ち去ろうとする彼女の腕を掴み、強引に引き止める夏目。


その腕を強く振り払った。まるであのときの、釘抜のように。


「ねぇ、待ってってば!」

「わかってるよね。ここはダンジョンってこと」


俺に見せたことのない表情で、縋る夏目を冷たく突き放す。


「足手まといはいらない」


それはシーカーにとっての格言。命懸けで食い扶持を繋いでいく上で、嫌というほど実感する言葉。


「東雲君」

「……………」

「東雲君」

「あ、ああ……わかったよ。悪いな、夏目」

「ちょっと! 触るな! なんでなんでなんで!!」


近藤さんの命令に従って、夏目の関節を極める。


勿論下で必死になって暴れるが、上から押さえつけるようにして動きを封じているので、中々抜け出すことはできない。


「ありがとね」

「………っ!!」


ふざけんな!


そんな言葉が口をついて出そうになる。それが、誰に向けた言葉なのかはひっきりとしていた。


悔しさを、歯が砕けそうになる程噛み締める。


「それじゃ、奏音のことよろしくね」


待ってくれ。その一言がどうしても出なかった。


命とか、そんなことは頭に無かった。


ただ、その一言で近藤さんがどんな感情を抱くか。それを考えるだけで胸が張り裂けそうになる。




「……どうして」


近藤さんが立ち去った後で、夏目が力なくそう呟いた。


「どうして、1人で行かせたりなんかしたの?」

「わかるだろ。お前もシーカーなら」

「わかんないよ……クズの気持ちなんて」


ひどい言われようだけど、反論なんてできるはずもなく。


俺の胸中へ、深い傷を与えた。


◇◇◇


「すまん。もう一辺、言ってくれるか?」

「その……近藤さんたちが……7層より先に……ヒッ!!!」

「……………説教は後や。ほんまあのクソボケどもが……担当の教師の数が足りてへんねん。殴ってでも認めさせるべきやったわ」

「せ、先生?」

「お前らもここで、俺が戻るまで大人しく待っとけよ。くれぐれも逃げようなんて、思わんようにな」

「……………はい」

「あのアホどもが。引きずってでも、連れて帰って」

「すみません」

「なんや!? 今、忙しいから後に……何で、自分がここに?」

「偶然です。それで話を聞く限り、おたくの生徒の延壽……釘抜君たちが、7層から帰ってこないんですよね」

「あ、ああ。せや」

「なら、私が救出に行きます。良いですよね?」

「いや、そりゃ勿論やけど……ええんか?」

「はい。その釘抜君たちとは少なからず親交があるので」

「そうか。なら、頼むで。こんなこと言うのも烏滸がましいんやけど………全員、生きて帰らせてきてな。死んどったら、叱るに叱れんけんな」

「はい。必ず、生きて帰します」


◇◇◇


「魔物が1匹もいない……」


森の中を出口を目指して、ひた歩く。


静かすぎて不気味だったけど、心細くは無かった。


「うーん……1匹も、というより1匹しかって感じかなー?」

「は、はい……ずっと見られてます」


少女たちを心の支えにしてるなんて、改めて情けないけど。


「それで? その魔物ってのは今はどこにいるの?」


そう尋ねると、2人の少女は決まって空の方を指差す。木々に囲まれ、目視することのできない青空へと。


「浮かんでいるんですか?」


僕と同じように、頭に疑問符を浮かべていたアッシュちゃんが質問する。2人は何とも、答えにくそうにしていた。


「……というより、飛んでるって感じ……かなー?」

「鳥のような気はするんですけど……大きいような?」


2人の話だと、全長11メートルもする巨大な物体が上空を旋回しているらしい。とてもじゃないけど、信じられない。


「取り敢えず出口まで急ぎましょう。多分、長くは持たないので」

「そうだね……え? な、何か?」


レインちゃんは、何か言いたげな目でチラチラとこちらを見てくる。が、察しの悪い僕は、それが何を指しているかはわからない。


「あ、いえ……その……」

「レインはおんぶして欲しいってさ」


図星だったのか、顔を真っ赤にしてモミジちゃんを親の仇のように睨みつける。対してモミジちゃんは、どこ吹く風といった様子だった。


「おんぶ?」

「あ、いえ……その……魔力を使って消耗していると言いますか、魔力を使っていて消耗していると言いますか……その……え?」

「ごめんね。気がつかなくて」


そう言って、しゃがんで背を向ける僕に、おそるおそるといった感じで体重をかけてくる。


首に回される腕は、割れ物を取り扱うみたいに弱々しかった。


「その……良いんですか?」

「良いも何もないよ」


だからそんな、怯えたような顔をむけてくれるなと願う。

責められるべきは、先程僕たちを助けてくれた功労者に配慮できなかった僕の方なんだから。


「なら……もっと甘えても良いですか?」


こちらの返事も待たず、腕に力を少し込める。その暖かさを逃さぬように、少女はほんの少しだけ僕の方に近づいた。


「……暖かいです。ホルダー様」

「ずるいレイン! 私もホルダーさんをおんぶしたいされたい!」

「なら、私をおんぶするのはどうでしょうか。お互いにとって、利のある提案だと愚行しますが」


そんな感じで、ダンジョンの中だとは思えないほど賑やかに時間が過ぎていく。その時までは。




「ホルダー様。このまま闇雲に探していても、効率はあまり良くないと思いますが、いかがでしょう」


きっかけはアッシュちゃんのこの発言だった。

僕はただ、効率的なんてアッシュちゃんらしいな、とかそんな感情を抱くのみだった。


「そりゃそうだけど、しらみ潰しに探す以外方法なんてあるの?」

「はい。ありますよ」

「え!? 本当にあるの!!」


食い入るようにアッシュちゃんを見つめる。そこには嘘をついている様子は当然だけど、微塵もなく。


改めて、頭の出来の違いを実感させられた。


「教えて!! その方法!!」

「はい。ただ、ここでじっと待っておけば良いのです」

「ここでじっと?」


出口を探すため、ここでじっと待つ。なぞなぞかな?


その相反する2つを繋ぎ合わせれるなら、それは魔法と言って然るべきだと思う。

目の前に、出口が現れるわけでもないのに。


「ああ。確かに効率的だね」

「……ホルダー様はどう思いますか?」


……どうもこうもない。


今この場所で、アッシュちゃんのやりたいことがさっぱり見えて来てないのは僕だけみたいだ。


「ーー、うん。良いと思うよ」


これまた当然、僕が彼女たちに口出しなんてするわけがなかった。


3人とも全員、間違いなく僕以上なんだから。


「それじゃ、休憩しようか。みんな」


元気の良い返事とともに、僕たちはその場に腰を下ろす。


まるで、ピクニックでもしているような気分になった。



「それで? ここでじっとしてたら、出口に辿り着けるって?」

「ああ。それはですねーー、」


ずっと気になっていたことをアッシュちゃんに聞いてみると、何でもないように普通に答えてくれた。




その答えてくれた内容に、僕は絶句し走り出す。





遠くの方で僕の名を呼ぶ声とともに、その声のもとに飛来する巨大な衝突音が、お腹の底に重く響いた。

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