朝
太陽の光がカーテンを貫通し、僕の顔を照らした。
朝が来た。来てしまった。
チラリと押入れの方を見る。まだ、中には彼女たちがいた。
(はーー………)
心中で深いため息をつき、昨日の夜を思い出す。
◇◇◇
夜12時。
消灯時間から、2時間ほど経った頃。
勿論、普通なら高校生が寝ている時間帯ではない。が、見回りの先生が、しつこいくらい巡回していたんだ。
会話もろくにできず、携帯も使えないとなれば、眠ることしか出来なくなる。
いくら高校生と言えど、そこは変わることはない。
ので、しんと静まり返り寝息さえ聞こえるようになった頃合いで、2段ベットの階段を降りていく。
音を出さないように、慎重に、慎重に……
「釘抜君。トイレ?」
「っ!!」
し、心臓が飛び出るかと思った……なんだ、まだ起きてたんだ。
というか、起きてたとしてもあまり声はかけない方が……いや、今回の場合は結果的に良かったけども。
もし声をかけてくれなかったら、普通に押し入れ開ける僕の行動がバッチリ見られるわけだからね。
「うん。そうなんだ」
「気をつけてね」
若干引くほどの優しさを受けながら、部屋を出る。
1時間くらい、潰してから戻るか。
1時間後。
流石にもう寝ているだろうとたかを括りながら、ドアを開ける。
「随分、遅かったね。便秘?」
「えっ」
声にならない声をあげた。
再び同じ人物。僕のベットの下で寝ている橋下君に声をかけられる。しかも、男子相手でも問題になりそうな言葉だった。
デリカシーとか知らないのかな?
「うん……ちょっと最近ね。そういう橋下君はなんで起きてるの」
「眠れないんだ。枕が違うと」
知らないよ!
と、思わず脳内でツッコんでしまった。良いから寝てほしい。
仕方ないので、再びベットに潜ろう。
2時間後。
「それでね、言ってあげたんだ。その汚いのが僕の家ですって」
寝ろー!!!!
寝てよ、良い加減! 何時だと思ってるの!? 3時!!!
しかも教員はもう来ないものとたかを括って、普通に話しかけてきてる。それが何よりも腹立たしかった。
「いや、嬉しいよ。まだ僕のために起きててくれるなんて」
誰も君のために起きてない! というか、なんで僕がまだ起きてるって知ってるんだ!? 返答はずっと前から、返してないのに!
自分が独り言言ってるかもとか思わないの?
殆どの人間は既に寝てるよ。僕が起きてるのも事情があってのことで、そうじゃなければ、こんなつまらない話を聞いて起きてられるわけがない。
だけど弱った。かなり思い込みが激しいタイプらしい。
なら、演技をしてでも騙し通すしかないな。
布団の中で寝息を立てる、出来るだけリアルなヤツ。寝言まで言ってやろうかと思ったけど、ボロが出そうなのでやめた、
「あれ? 釘抜君。寝ちゃった?」
少し心苦しいけど仕方ない。騙されてくれ!
「そっか寝ちゃったか。なら、僕もーー」
ここで思ってもみなかった幸運が舞い込む。なんと、橋下君が寝る決意をしたんだ。
そのおしゃべりが止まってくれれば程度に思っていただけに、心は自然とわきあがる。
「僕も、一人で喋り続けるか」
……? 脳が理解することを拒んでしまった。
前後の文的におかしいのはもちろんのこと、人間としてどこかおかしいとしか思えない。
寝てよ。頼むから。
「おー、起きてるかお前ら?」
回想をしていると担任の先生が聞こえてくる。
はい、起きてました。一晩中ずっと。
結局あの後、更に2時間は喋り続けていた。その後、電池が切れたみたいにピタリとお喋りが止まったけど。
止まったけど動くことはできなかった。本当に寝ているのか、確信が持てなかったから。
そんな感じで決めかねていると、とうとう朝になっていた。
チラリと下を見る。
綺麗な顔で寝息を立てている橋下君の顔面を、殴りたくなった。
◇◇◇
「これからの流れは知ってるよな? 8時半から食堂に集まって朝食を食べて、10時にはここを出るからな。それまでにちゃんと部屋の清掃をしとけよ。何回もやり直しになるのは嫌だろ?」
やっと目が覚めたのか、それぞれが動き出す。
トイレに行くもの、歯を磨きに行くもの、布団を畳むもの。
僕はというと押入れを開け、3人が寝ていることを確認する。
(よしよし。誰にもバレてはいないみたいだ)
ただ、問題はここからだった。
これから全員、寝ていた布団からシーツを外し、シーツの方は係が回収、布団の方は畳んで押し入れにしまうという作業に移る。
つまり、それまでに起こさなければ
「何してんだよ。釘抜」
「なんでもないよ! なんでも!」
押入れをスパッと閉じる。
……しかも、怪しまれないように。
(何はともあれ、ひとまず3人を起こそう)
誰も見ていないことを確認して、押入れを……いや、駄目だ! クラスメイトの大島君に怪しまれてしまった!
じっとこちらを見て来ている!
「何してんの、釘抜君。さっさと自分の布団畳んだら」
これは、なんてお節介!
「ほら、橋下君がシーツ回収できないじゃん」
更にこっちの罪悪感まで突いてきた! 断る方が無理だ!
「あ、ごめんごめん。そうだよね」
仕方なく押し入れから離れる、一時退却しかない。
けど、これで更にミッションが難しくなってしまった。はっきり言って、最高難易度だ。
取れるプランは3つある。
プランA、騒音作戦。
大きな音を立てることで、押入れの中の3人を間接的に起こす。
ということで、ベットの上から敷布団を落とす。
「おい! あぶねー!!」
「ごめんごめん。ベットの上で畳んでたら落ちちゃった」
「ちゃんと下に降りてから畳め!」
クラスメイトにマジ叱りされる。死にたくなった。
が、多分この作戦は失敗した気がする。
布団なだけあって、あまり音は響かなかった。かと言って、これ以上変なことをすると、本格的に怪しまれてしまう。
次のプランだ。
プランB、妨害作戦。
こちらは至極単純。布団を片付けようとする生徒に対して『それ、畳み方違うよ』と囁くことで、片付けるのを遅らせる。
狙いとしては言い合いになって、『じゃあもう、布団を片付けるのは朝食の後にしようよ』と、持ちかけること。
僕の考えたプランの中で、一番自然で現実的なヤツだ。
そして、狙い通りことが進んでいく。
「は? お前、さっきそれが違うって言ってなかったっけ?」
「それは違うって、だからーー」
「わけわかんねー! なんでこんな、ややこしいんだよ!」
シメシメ。パニックになってるなってる。
後はここで人を駄目にする魔法の言葉、『後でやろうよ』と提案すれば良いだけだ。
が、そんなに上手くいくはずもなく。
「お前ら、まだ片付けてねーのか」
「先生! やり方わかんないんですって!」
「仕方ねーな、手本見せてやるよ。ほら、貸せ」
まずい。非常にまずいことになった。
と、焦っている間にも綺麗に畳まれていく布団。
『こうして、こうやるんだよ』という担任の言葉に、『合ってたじゃねーか!』と、避難がましい目線を向けてくるクラスメイト。
今はそれらのことがどうでも良くなるくらい、切羽詰まってた。
後はこれをしまうだけど、押し入れに手をかける。3人が熟睡している押し入れに。
こうなったらーー、
プランCしかない。
「先生、大変です! 三橋君と水野君が喧嘩しています!」
「なに!?」
開いていたドアから飛び込んできた悪い知らせに、先生の意識がそっちに取られる。
「何やってんだあいつらは!!」
「先生、早く来てください!!」
その情報を持ってきた生徒の懇願に従って、先生は布団なんかほっといて部屋を飛び出した。
そして、それは生徒も例外ではない。
「お、おい。喧嘩だってよ、見に行こうぜ」
「ああ! あの2人が喧嘩だもんな? どっちが勝つんだ?」
「ああ、僕は良いや」
「いや、見なきゃ損だって!」
断ろうとしていた橋下君を無理矢理引っ張って、部屋から出る。
プランC、陽動作戦。
勿論、この部屋に来た彼とグルだったわけじゃない。喧嘩は実際に起こっている。いや、引き起こしたんだ。
昨日、トイレに行っている間にこうなることを見越して、彼らの寝ているベットにある仕掛けをしておいた。
自分でも悪いとは思っている。
言い訳に聞こえるかもしれないけど、この作戦を実行するつもりはなかった。あの3人を回収できたら、その後で仕掛けも回収するつもりだったし。
仕掛ける相手も慎重に選んだ。
なるべく力が対等で、ガタイの良い2人。しかも、どちらも熱しやすく冷めやすい性格なので、後腐れもないように。
アフターフォローまでつけておいた。
そこまでしても罪悪感は消えない。当たり前だった。
部屋を出た皆んなからはぐれて、一人部屋へと戻る。
部屋の中には、当然誰もいなかった。
今までの苦労を乗り越えた達成感から、ホッと息を吐きながら押入れを開ける。
そこに、3人の姿はなかった。
◇◇◇
「ひゃっ!!」
トイレから部屋へ戻るまでの廊下を歩いていると、足元に何かがぶつかってきて、更に声が聞こえてくる。
……おかしい。前からは誰も来てなかったはず。
おそるおそる目線を下げると、昨日浴場にいた青い髪の少女が尻餅をついて倒れている。
わけがわからなかった。
「あの……大丈夫?」
「は、はい……あ! み、見つかっちゃった……」
泣きそうになる少女に色々事情を聞こうとすると、急に立ち上がり『今見たことは、忘れてくださいっ!!』と言い残して、消えていった。
本当にスッと、幽霊みたいに。
私、霊感あったんだ……と一人、慄いていると、5メートルぐらい先にあった、使われていないはずの部屋の扉が一人でに開く。
ドアノブも回って、まるで透明人間が開けたみたいに。
「…………」
よせば良いのに、気づいたら私はその部屋に入っていた。
「「「…………」」」
ただじっと見つめ合う、4人の図が完成した。
「……つけられましたね」
「何やってるの、もう」
「あう……ご、ごめんなさい」
弱気な少女が、少女2人に詰め寄られるのを仲裁する。
「で、どうする? やっぱり後頭部?」
「一か八かですけど……記憶消去の魔法を」
「いえ、必要ないですね。例えご学友に私たちのことを伝えたとしても、信じてはもらえないでしょうし」
「君たち? 私の扱いについて勝手に決めないでくれる?」
大体なんでこの子たちはこんなところにいるんだろう。
「もしかして、何か困ってることでもあるの?」
図星だったのか。3人の目が逸らされる。
ここまでわかりやすいのも初めてだ。
「ほら。お姉さんに相談してみな?」
「……少し、宜しいですか?」
3人を代表し、キリッとした子が対応する。
そう言って時間を取ると、2人の少女を説得しにかかった。
「私は反対だな」
「………わ、私もです」
「聞いてください、2人とも。ここで、この方に協力を仰ぐのが一番ベストなんです」
「でもホルダーさんの平穏が」
「確かに脅かされるかもしれません。ですが、最悪でもありません。まだ私たちはカード化してないのですから」
「……ホルダー様と私たちの繋がりを話されたら?」
「カード化してシラを切れば良い。今ここで、ホルダー様を見失うことの方が痛いです」
「「………えー」」
「わかりました。プリンを買って差しあげます」
話は纏まったのだろう。
やっぱりキリッとした子が代表になって、頭を下げてくる。
「お手数をおかけしますが、今私たちは人を探しておりまして……釘抜 延壽という方を知りませんか?」




