キャンプファイヤー
炎を囲みながら、各クラスの出し物を生徒全員で見物する。
内容だけ聞くとどんな儀式だと思われるけど、なんてことはないただのキャンプファイヤーだった。
しかし退屈だ。見ているだけというのも。
途中からは、出し物よりもずっと燃え盛ってる炎の方に気を取られちゃって、『燃えてるなー』とか『熱いなー』とか、そんなことばっかり考えてしまうようになる。
でも、退屈なだけなら良い。
どこかの組がテンションだけで、『動物狩りに行こうよ!』とか歌い出したら最悪だ。
したかも無いことを強制的にやらせられることほど、屈辱的なこともないだろうに。
じゃんけん列車とかなら、まだ面白いんだけどね。
「昔は炎を囲みながら、あれやってたらしいぜ……あれ。ほら、マイルマイルとかするヤツ。楽しそうだよな、それ」
イケメンがまた、変なことを言ってくる。
多分言いたいのはフォークダンスのことで、そしてそれを言うならマイムマイムなんだ。きっと。
「楽しいのは、女子と手を繋げれるヤツだけだよ」
「あ、そっか。残念だな」
……東雲君は、自分の顔面偏差値のことをどう理解してるんだろ。普通に気になってきた。
ま、それでどう答えられようとも僕が恨みを感じるだけだから、そんな無意味な質問しないんだけどね。
「お、次は俺らの番じゃん。準備しようぜ」
「……楽しそうだね」
「どうせなら楽しんだ方が良いだろ。何事も」
こういう前向きなところは、尊敬できる。
ソロパートに入って、クラスでリーダー面をしている奴が一人、前に出てブレイクダンスを踊り始める。
それがブレイクダンスだと分かったのは、事前に打ち合わせをしていたからで、そうでなければ転げ回ってる人にしか見えないけど、ウケは良いらしい。
嫌いな言葉だけど、陽キャの陽キャたる所以を見た気がする。
観客の野次も相まって、ダンスパートは更に盛り上がる。
まるで観客との二人三脚。パフォーマンスというのはえてして、そういうものである。
「あー、疲れた」
「東雲君。全く踊れてなかったね」
「いや、踊れてたよ? キレが良すぎて、理解できなかったか」
そんな小学生みたいな言い訳を聞きながら。次の組の出番を待つ。
「次はあれだろ? 夏目がいるクラス」
「そうだね。何するんだろ」
暫くすると、一人の男子生徒が現れて、台本を片手になにかをベラベラと話し始めた。
「………朗読か?」
「いや、流石に……いや?」
男子生徒の語る話は、聞き覚えがあった。それは確か、有名な演劇のラストシーンの前振りで……
「まさか、今から劇をするのか?」
「しかもラストシーンだけ」
時間の都合上、仕方ないのはわかるけど。知らない人からすれば、何がなんだかさっぱりわからないだろう。
他の組や過去の出し物と被らない、新たなものを求めすぎて、迷走しているとしか思えない選択だった。
ナレーションが引き、役者が現れる。
当然衣装なんかはなく、全員が演技力でカバーをしようとしていた。それは、あまりにも無茶すぎる気がする。
観客もシーンとしていて、最早見ていられない悲惨な状況がずっと続いていると、山場のヒロインが殺されるシーンに入った。
その瞬間、観客の全員からどよめきが走る。勿論僕もどよめいたし、東雲君はどよめかなかったけど、感嘆の声を漏らした。
一人、衣装を着た状態で歩いてくる夏目さん。
他が体操服の中、自分だけ衣装という、見ようによってはイジメに受け取られても文句は言えない光景だけど、本人のその堂々とした態度が、そんな意見を捻じ伏せる。
誰もがその姿に、視線を奪われていた。
「これがやりたかっただけだよな」
東雲君の言葉に、見惚れながらも同意する。
そんねファッションショーもどきの演劇も順調に終わりを迎え、それをもってキャンプファイヤーの方も終わりを告げた。
ちなみに一番楽しかったのは、全員で『遠き山に日は落ちて』を合唱したときだった。
◇◇◇
「おい、はやく脱げって。何してんだよ」
躊躇いもなく全裸になって、僕にそう促してくる東雲君。その男らしさを僕にも分けて欲しかった。
「何だよ。恥ずかしがってんのか?」
的確に図星をついてくる。いつもは空気を読めるくせに。
「おい、早くしろって。いつまで待たせるんだよ」
髪を洗っていると、背後で東雲君がせかしてくる。だって仕方がない、シャワーの使い方があんまりわかんなかったんだから。
「あーーーー。気持ちーーーー」
隣でオッサンくさい声を上げる。流石にその顔でも許されないほどのジジくささだ。
一人、静かに入っていると肩を叩かれる。ずっと。
あまりにもしつこいので、文句を言おうと隣を向くと、目の当たりにお湯が飛び込んできた。
「はっはっは! 上手いだろ!」
こちらが目潰しを食らっている間、おでこにしつこくお湯を当ててくる。地味に上手いのが悔しかった。
その笑い声にムカつく……ムカつくが、こんなことでやり返すのは子どもぐらいだ。
「ぎゃっ!!」
なので、やり返す。
目を瞑ったまま、片手でお湯を飛ばし、しかも当てるという離れ業をやってのけてみせた。ふふふ。
「なんで目瞑ってるのに、当てれんだよ!」
覚えてたのさ、その間抜け面があった位置を。
◇◇◇
「はー、癒されるー」
「極楽です……」
「否定はしません」
「…………」
キャンプファイヤーの片付け等で遅れてしまい、一人、皆んなとは違う遅い時間帯に浴場へと入ると、既に女湯に先客がいた。
独り占めだとか、浮かれていた気分が急速に冷める。
もしかして、この宿泊施設に取り憑いてる幽霊とか?
「……大変ですー。私たち見られてますよー?」
「あー……でも、ここでカード化なんてできないし、諦めよー」
「…否定はしません」
でも、3人の緩いやり取りを見ていたら怖い存在には思えない。
どちらかと言うと、見た目も相まって、日常系アニメを見ているみたいで凄く癒された。
「あー、眠くなってきたー」
「……です……です……」
「……否定はしません」
「あー! ダメダメ! 寝ちゃダメだって!!」
急いで3人の少女を揺り起こす。
寝ることはなかったが、3人ともぽやぽやーっとした表情は崩すことはなかった。
「お姉さん。だーれー?」
「あ、九谷 深幸って言います」
「私、モミジ!」
「……レインです」
「アッシュと申しまひゅ」
全員緩みきっている。
3人目の少女に至っては、呂律が回っていなかった。
「ほら。皆んな出るよ。このままだと、3人とものぼせちゃう」
意外と素直で、3人はコクリと頷くと脱衣所の方へ歩いていく。
心配になって、私も着いて行った。
「あー、コラコラ! その姿のまま出て行ったらダメ!」
一番、自由奔放そうな子が裸のまま出ていくのを引き止める。
「君たち、着替えは……ああ、これか」
3人が身体を拭いて着替えている中、それぞれの髪をドライヤーで丁寧に乾かす。一人を除いて、アニメキャラみたいな奇抜な髪色をしていた。
「君たちって、ここの宿泊施設の子?」
「「「?」」」
自分で言ってて、旅館じゃないんだからとつっこんでしまった。
あり得るとしたら、ここに泊まってる他の家族の子どもとか?
いや、先生は他に誰も客はいないと言ってたし、そもそも子どもだけでお風呂に行かすとは到底思えない。
やっぱり幻なのかな、と思っていたら着替え終わった3人が揃って脱衣所から出て行く。
「君たち帰れる?」
心配でそう尋ねると、ぽやぽやしたまま頷かれる。
着いて行こうかなと一瞬思ったけど、自分がまだ着替えていなかったことを思い出した。
慌てて着替えて外に出ると、少女たちの姿は既に無かった。
◇◇◇
(トイレトイレ)
与えられた部屋の中でゆっくりしていると突然もよおしたので、トイレへ行こうとドアを開ける。
漏れるかと思った。
だって、少女3人が不安になる足取りで向こうの廊下から歩いてきているんだから。
(あれ!? タロットにしてポケットに入れてたはずなのに!?)
今は幸い、廊下に男子生徒の姿は無かったけど、あの子たちが見つかったら面倒くさいことになるのは目に見えている。
中から見られないように開けていたドアを閉め、3人を手で招き寄せる。
すると3人ともスタスタと走ってきて、足元に抱きついた。
「お願い! カードに戻って!」
声が届いていないのか、3人とも首を傾げて眩しい笑顔を浮かべるばかりだった。違う、そうじゃない。
どうしたものかと考えていると、隣の部屋のドアが開く。
「お? どうした? 女子部屋にでも行くのか?」
「違うって、トイレだよトイレ」
「あ! ちょっと待って! ……俺も行こうかな?」
ドアを開けたまま話し込んでいるので、外開きのドアが影になってこちらの姿は見られていない。
が、ここから一番近いトイレは隣の部屋から見て、僕たちの部屋の方にある。
つまり、このまま行けば見つかるのは必至だった。
(どうする? どうする?)
無い頭で必死に考える。
廊下を右に行くか、左に行くか。
右はトイレのある方。そしてトイレはこの廊下の突き当たり。
右を行くなら、今のうちにダッシュで突き当たりへと移動して、右手にある階段を昇る。
そうすればバレることはないけど、時間的に殆ど不可能。
左に行くなら、一番の鬼門はヤツが部屋を出るタイミング。
その時点で気づかれなかったら、ヤツは廊下を右へと進むはずなのでバレることはない。
が、見つからない可能性はほぼゼロと言える。
どうする……どっちにする? もう時間はない。右に行くとしたら話し込んでいる今しかチャンスはない!
覚悟を決めろ!!
そして僕はーー、決断した。
「ちょっ! 誰だよ電気消したヤツ!」
「真っ暗で何も見えないんだけど!!」
「電気つけろよ、電気!!」
部屋に男子の怒号が飛び交う。
一寸先も見えないからか、パニックになっていた。
「ごめんごめん。間違えて、電気のスイッチを押しちゃって。真っ暗な中電気のスイッチを探してたら、電気を付けるの遅くなっちゃった」
テヘペロって感じで謝ったけど、勿論怒りは収まるはずもなく。
罵詈雑言の嵐が飛んでくる。
(……上手くいったよな?)
が、そんな誹謗中傷を気にしている余裕はなかった。
内心、汗がダクダクだった。
(押入れの中に押し込んだけど、バレないよね?)
電気を消した瞬間、完璧に把握した部屋の間取りの中を3人を抱えて走り、布団が入っていた押入れの中に3人を押し込み、再び電気を付ける。
相当な難易度を要求されたけど、ギリギリ怪しまれないラインで成功させることができた。
多少音は出してしまったけど、暗闇だったことや皆んながパニックになってたおかげで気づかれずに済んだ。
済んだよね?




