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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
24/82

飯盒炊爨

「主任。生徒全員の無事は、確認されました」

「そうですか……まずは一安心ですね」


報告を受けホッと胸を撫で下ろす。もし、死人でも出ていたら首を吊らなければならなかったところだ。


「それで、医務室に運ばれた生徒たちなのですが。全員見た目ほど傷は深くなく、目覚めればすぐに動ける程度の怪我とのことです」


またまた朗報。不安要素が、一つ減った。


「それで、これからなんですが……」

「そうですね。中止するのが妥当なんでしょうが……」


未だそのような声は、生徒間から上がっていない。


どちらをとっても世間からは叩かれそうなので、よりダメージを少ない方を選ぶことにする。


「予定通り続けましょう。時間だけをずらして」

「よろしいのですか? 犯人は未だ見つかっていないというのに」

「近藤学生が言っていたのでしょう? 犯人なら、大丈夫だと」

「それを信じるんですか?」

「……今は、そういうことにしておきますよ」


◇◇◇


「釘抜! お前、無事だったから良かったものの……今度、こんなことをしたら絶対に許さないからな! 覚えとけ!!」


担任に荒っぽい言葉で、メチャクチャ絞られる。


物凄い剣幕に、泣きそうになってしまった。



「で? 結局、無駄足だったのかよ」

「うん。近藤さんの方が先に駆け付けてたみたいだね」

「ははっ! そりゃ、傑作だな!」


東雲君に笑われる中、ふと思った。


先に駆け付けてたのが近藤さんなら、あの男の傷は近藤さんがつけた可能性が高いってことだよね……


途端、背中に寒いものが走る。


モスで言われたあの言葉が、僕の心を追い詰めるみたいに、脳内でこだましていた。


「しかし、続けるんだな林間合宿」

「ま、皆んな楽しみにしていたみたいだからね」

「そうだな。俺としても明日がなくならずに済んで、良かったぜ」


そう言って、ニカッと笑みを浮かべる。


こういうところ、誤魔化さないよね。


「明日の話よりも、今日の話だよ。東雲君、料理できる?」

「勿論できねーよ。お前もだろ?」


チッチッチと指を振る。

その僕の自信に、愕然とした表情を浮かべていた。


残念ながら、料理には自信があるんだ。


なんてたって最近じゃ、あの子たちに店で食べるより美味しいなんて、言わせるぐらいなんだから。




「えー!? 釘抜君、手際良いー!!」

「釘抜君って、料理できるんだー」


女子から称賛の声が飛んでくる。その様子が、他の班の女子の間でも話題になって、視線を釘付けにする。


フラグ? 知らないよ、そんなの。


しかし、男子からの視線には何か攻撃的なものを感じる。もしかしなくても、嫉妬だろうか。


「お、焦げたか?」


ま、うちの班のもう一人の男子は意にも介してないみたいだけど。


「へー。釘抜君って、料理上手いんだー。凄くね?」


訂正。誰よりも攻撃的な目で見てきた。



「近藤さん。ここの班じゃないでしょ」

「偵察だよ、てーさつ。他の班を見てこいって言われてんの」


だとしても、まだ早い。


まだどこの班も食材を切っているタイミングだ。こんな段階で、さしたる違いなんて生まれるはずがない。


「由香由香、見て見てー……花びら!」

「うおっ! メッチャ綺麗に切れてんじゃん! 映え、的な?」


そんな感じで、うちの班の女子と仲良く話す近藤さん。


改めて、近藤さんのコミュ力を思い知らされる。というか、そんなあからさまな近藤さんのギャル口調、初めて聞いた。


「……調子、乗ってんなよ」

「乗ってないよ」

「いいや、乗ってた。俺なら、乗るからな」


めんどくさいヤツに、意味不明な理論で絡まれる。


焦がしたのはどうなったんだよ。



「お! 良い匂い、漂ってきたー!」

「これこれ。やっぱり、カレーだよね。お腹減ってきた」


独特なスパイスの香りに、全員の頬が緩む。


カレーの匂いには、食を進める作用があるらしい。


「調味料。これだけで足りるのかな?」

「カレー粉とか入れるか?」

「入れるな」


というかそれ、どこから持ってきたんだろう。


「それより東雲君。ご飯はどうなってる?」

「おー! バッチしよ!」


自信満々に胸を叩く。自信がありすぎて、逆に不安になるほどに。


「お、美味そうだねー」


匂いに釣られたのか、またまた懲りずにやってきた。


「由香ちゃん」

「今度こそ、偵察に来たよー。さー、どれどれ」


そう言って、持ってきていたお玉でルーを掬い、小皿に移す。


驚くほどに用意が良い。


「えー。まだ、私たちも味見してないのに」

「良いじゃん良いじゃん。さて、味の方は………え」

「ど、どうしたの? 美味しくなかった?」


一口つけるや否や、いきなり固まってしまった近藤さんに、不安そうにそう尋ねる。


「逆だと思うよ。美味しすぎて言葉が出ないんだよ、きっと」


いや、間違いない。僕がどれだけ彼女たちにダメ出しされて来たと思っているんだ。


心を読んだかのような僕のその発言に、キッと睨みつけてくる。


その反応に、女子たちは余程自分たちの作ってる料理の味が気になったんだろう。こぞって、味見をし始めた。


「えー! 本当だ、美味しー!」

「調味料だけで、こんなに変わるの!?」

「釘抜君、店出せるよ! 冗談抜きでさ」


キャッ、キャッと色めき立つ女子たち。


褒められて、気分が悪くなる人間はいない。


「……おかしいな? キョンちゃんからはそんな話、一言も聞いたことなかったのに」


それはそうだ。

僕が恵南さんに料理を振る舞ったことは一度も無いんだから。


もうちょっと腕を上げてから振る舞いたいと思っていたけど、この反応なら大丈夫かもしれない。


この林間合宿から帰ったら早速、恵南さんに料理を作ろう。


「………もしかしたら、奏音に匹敵する……かも?」


小声で意味不明なことを言ってくる。なんでここで、夏目さんの名前が出てくるの?


「ちょっと来て」


さっきまでの愛想の良かった彼女はどこへやら、力強く強引に、僕を無理矢理引っ張る。


「……釘抜っ!」


そんな怨嗟の声に言い訳する暇も、与えてくれなかった。




「あの、どこまで引っ張るんですか?」

「良いから」


既に2組に与えられた場所を離れ、それでも尚、彼女の足は止まる気配が無い。


違うクラスに、突撃しそうな勢いだった。


「目的地だけでも教えてくれると、ありがたいんですけど」

「5組のところ」


……僕の予想はいつも、どうでも良いところで良く当たる。



「これ、食べてみて」

「ゆ、由香? 釘抜君を連れて、いきなりどうしたの?」


困惑する夏目さんの声が僕の耳に届く。


そう、ここは夏目さんの班だった。


なんでいきなり……とも思うけど、それ以上に他の班員の近藤さんを見る目が気になった。


どこか怯えている気がする……何したんだろう。


「これ、味見すれば良いの?」

「そう。食べればわかるから」


口数の少ない近藤さんの様子を疑問に思いながらも、許可を取って、カレーを口に運ぶ。



近藤さんの意図は、一瞬で理解できた。

なぜ僕をここに連れてきたのか。近藤さんは僕に、何を言いたかったのか。


震える手で、鍋の中身を見る。

見た目は完全に、普通のカレーだった。だが、味はーー。


「な、なんで釘抜君は黙っちゃったの? 美味しくなかった?」

「いや。美味しすぎて、言葉も出ないんでしょ」


こちらの心を見透かしたような発言に、近藤さんを睨みつける。


その口元は歪められ、『参ったか?』と言わんばかりだった。


悔しいけど、悔しいけど。


「……負けました」

「え? え? 私、勝っちゃった?」


僕はまだ、カエルでしかなかった。


そのことを身をもって、実感した。




「いただきまーす!」


東雲君がそう言って、真っ先にカレーに口をつける。


余程お腹がへっていたんだと思う。見ているだけで、気持ちの良い食べっぷりだった。


「うん! 美味しー!」

「私たち大成功じゃない? ご飯も上手にできでるし」

「手が止まらないわー」


班員からの評価も上々。


僕も口をつけてみる。確かに美味しい。なんなら、今までで一番の出来の可能性もある。


「うまい、うまい」


東雲君なんか、うまいbotになってしまった。ここまで美味いを連呼されると、逆に嬉しくなくなる。


「釘抜。毎日俺に、これを作ってくれよ」


一瞬で食べ終えた東雲君は意味不明なことを言ってくる。


何を馬鹿なことを……と思っていると、女子3人の僕たちを見る目が途端に怪しくなった。


さっきまではそんなことなかったのに。なんで?


◇◇◇


「美味しかった……でも、ちょっとだけ余っちゃったね」

「分量まで完璧にするのは難しいよ」

「他の班も余っているみたいだし」


そう言われて周りの班を見渡すと、確かにどこの班も残ったカレーの扱いに困っていた。


「ちょっと僕、残ったヤツかき集めてくるよ」

「お前そんなに大食いだったのか?」

「違うって。他の組に配ってくるんだよ」


それは結構、結構と抜かしている東雲君を立たせる。


「東雲君も手伝うんだよ」

「なんで俺まで」

「よろしくー」


手を振り、見送られる。


僕と東雲君は、他の班のカレーとご飯をかき集めにいった。



「あ、そう言えば」


他の組にお裾分けするという名目で、カレーを持って移動している最中、今何かを思い出したかのように声を上げた、


「近藤さんが東雲君のことを呼んでたよ」

「マジか!? 悪い、後任せたわ」


そう言って、手に持っていた飯盒を僕に押しつけて、2組の調理場へと走って戻っていく。


扱いやすくて、本当に助かった。




「もう。遅いよ、ホルダーさん」

「お腹……空きました……」

「苦言を呈します」


調理場からちょっと離れた茂みの中で、待っていた少女たち全員に怒られてしまう。


それらに平謝りしながら、余っていたカレーを3人に配膳する。


3人分に、ギリ届いた。


「ん? いつもの味じゃ無いね」

「ど、独特な味ですね……」

「そこは、もう。諦めて欲しいなー」


3人の非難するような視線を受けながら、再び平謝りをするんだった。

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