ウォークラリー(3)
「な、なぁ。釘抜? 今の話、本当だよな?」
「先生?」
先生とともに、宿舎へのルートを歩いていると変なことを聞かれる。その顔は、何かに迷うような複雑な面持ちだった。
「先生。お前のこと、信じて良いんだよな?」
「だから、何が言いたいんですか?」
「……もしかして、何か隠していることとかないか?」
……は? ………あっ!!
いや、やっぱりさっきの説明は無理があったか? 東雲君は騙し通せても、先生は無理だった……?
こちらの確信を突くような問いに、押し黙っていると、震えながらも指を向けてきた。
その決意した表情は、今から悪を糾弾するかのような、正義の心に燃えていて……へ?
「どうしてだ…どうして他の生徒を襲ったりなんてことを……!」
「先生、何を言ってるんですか?」
「答えろ、釘抜!!」
その点を衝くような怒鳴り声に、前を歩いていた4人が振り返る。
「いや、答えろも何も。襲ったなんてことは」
「確かに……! お前は手を下してはないかもしれないが、実行犯とは共犯関係にある、違うか!?」
「違います」
本当にどうしちゃったんだろう。いつもは冷静なはずの先生は、支離滅裂な言葉を口走っていた。
「ちょっと先生、急に何を」
「お前ら俺から離れんなよ。まだ、近くに犯人が潜んでるかもしれないんだからな」
「犯人? 犯人ってなんですか?」
こちらの純粋な問いに、乾いた笑いをあげながら答えてくれる。
「惚けるなよ釘抜。他の班の生徒を襲った犯人だよ」
「襲ったって……生徒が襲われたんですか!?」
僕の純粋な反応が意外だったのか、面食らっている。
「そ、それも演技なのか……?」
「これが演技に見えますか?」
そう尋ねると、暫く黙った後、頭を下げてくれた。
「疑って悪かった、釘抜! ……俺も気が立ってたんだ」
「いえ、良いんです。それで襲われたって?」
話すかどうか迷った素振りをしたが、他4人の圧に負けたのか、ポツポツと今何が起こっているのか、話し始める。
「……ウォークラリー中に、うちの生徒が誰かに襲われて倒れているところを発見された、幸い死者はいなかったが、全員が身体中に切り傷を受けていた。それで……」
「安全を確保するため、ウォークラリーを一時中断させ、その犯人探しをしていたんですね」
ああ、と同意する先生。
つまり、さっきの気配を犯人のものと勘違いをして、更にそれを庇った僕を共犯関係にあると見てしまったってことか。
「とにかく一度、宿舎へと戻ろう。ここは危険だ」
「はい」
そう返事をしたは良いものの、この足は動かなかった。
何か嫌な予感が、胸中を襲う。
「……どうした? 釘抜。早く」
「先生。もしかして、夏目さんが狙われているんですか?」
その表情が、答えだった。
「釘抜!!」
僕を呼び止める先生の声が聞こえるけど、振り返らずに走る。止まることなんて、できるわけがなかった。
あてもなく我武者羅に走り続け、ふらつく足で近くの大木に体重を任せる。
「いるんでしょ? モミジちゃん」
そう声をかけると、木の枝から赤い髪の少女が落ちてきた。遅れて、レインちゃんとアッシュちゃんも、木の影から現れる。
「夏目さんの居場所は?」
「ここから西の方に、ずっと突っ切っていった辺りにいます」
西……そっちの方角には、道という道は存在し無かった。
「わかった。こっちだね」
躊躇わず、道なき道を進む。
横から突き出てくる枝が、身体中に傷をつくる。しかし今は、そんなこと気にしている余裕なんてどこにもなかった。
◇◇◇
「奏音っ!!」
「……あ、由香」
木々にもたれかかって、一人蹲っている奏音を発見する。
見たところ、目立った外傷は見当たらなかった。
「他の人は? 奏音一人だけ?」
「うん。私が狙われてるってわかったから、他の皆んなを逃して、私だけ逃げてた」
それが嘘だとはすぐにわかった。
この痛ましい笑顔……おそらくこの子は、班のメンバーに置いて行かれてしまったんだ。
だというのに、まだ他人を庇おうとしている。
そのイジらしさから、思わず抱き締める。
「……由香?」
「もう大丈夫だよ……大丈夫」
その言葉に安心したのか、腕の中で涙を流す。嗚咽混じりの声で、必死に恐怖を訴えてきた。
泣かす。奏音を見捨てたヤツ、全員。
「お涙頂戴とは、泣かすね〜」
そう心に誓っていると、木々の奥から鼻にかかるような、ムカつく声が聞こえてくる。
それと同時に、私を抱き締める力が強くなった。間違いなく、こいつが奏音を襲った犯人……っ!!
「そんな怖い顔で見ないでよー。おじさん、泣いちゃうよ?」
「黙ってろ、変態」
ケタケタと不気味に笑う様は、非常に不快だった。
歳は30歳ぐらい。ヒョロッとした痩身の男で、風に飛んでいきそうなほどに細い。
顔色も悪く、死人のように目は窪んでいた。
「あんたが……他の皆んなも」
「悪かったって、我慢できなかったんだよ。でも、殺しまではしてないから許してくれるだろ?」
一々、癪に触る男だった。
「でさ。その子、俺に渡してくれない? 見逃してあげるから」
「は? 普通に断るけど」
「……困ったなー? こっちも金がかかってるんだよ、なー!!」
男が急に激昂し、指を大きく横に振ったかと思うと、私の服の脇腹の辺りが血で滲み出す。
「………ちっ」
「驚いただろ!? 俺の『異能』。鎌鼬って呼んでんだ!!」
「由香!!」
私の傷に、近寄ってこようとする奏音を手で制す。
相手の『異能』はまだ把握し切れていなかったけど、少しでも距離を取らせておきたかった。
「だから、無駄だって言ってるだろうが!!」
今度は指を下から上に振り上げる。
下腹部から首元まで届く切り傷ができあがった。
「あれ? 言ってなかったか? ま、どっちでも良いよな!!」
「あは、あはははは!!」
「あ? 気でも触れたか?」
急に立ち上がり、笑い声をあげる。笑わずにはいられなかった。
「だって、おかしいじゃん。そんな虚仮威しの能力、笑うなって方が無理くない?」
「虚仮威し? 状況わかってんのか。お前の命なんざ」
「無理だよ。そんなゴミみたいな能力じゃ」
図星をつかれたのか、指を横に薙ぐ。
胸の上を一文字に傷跡ができるが、怖くもなんともなかった。
「それ、傷をつけることしかできないんでしょ?」
「は、強がんなよ。いずれお前の身体もバラバラに」
「強がってんのはどっちだよ。雑魚」
受けてみてわかった。
この能力は、本当に傷だけしか作れない。
勿論人体を切断するなんてもってのほか。出血多量を狙うにも、こんな浅い傷じゃ見込みは薄いだろう。
「一人一つしか得れない『異能』で、そんな涙が出るほどの雑魚能力引いちゃって、どんな気分だった?」
「……あ、あああああ!!!!」
無我夢中で指を振る。
身体に無数の傷跡ができるが、気にせず先に進んだ。
こいつも所詮、しょうもないシーカー崩れの一人。
特別な異能を手に入れたは良いものの、魔物どころか人間すら殺すことのできない能力だった哀れな男。
それならそれで、その能力を使って大道芸でも極めれば良かったものの……しょうもない犯罪にしか使わなかった。
その時点で、こいつに同情する余地はない。
憐れみはするが、それまでだ。
「ねぇ。そんな『異能』程度でイキがってたみたいだけどさ……本物の『異能』を教えてあげようか?」
男は恐怖で縮み上がり、指を振るのも忘れていた。
「あんたみたいなしょうもないものじゃなくてさ……本当に、魔物でもなんでも、殺せちゃうヤツ」
男は後ろに下がる。が、真後ろには木がーー、男は俎の上にいた。
「ちゃーんと絶望してよ。ね?」
◇◇◇
「ホルダーさん! 前から誰か来てるよ!」
とにかく西に進む最中、モミジちゃんがそんな報告をしてくる。
「本当!? 夏目さん!?」
「ううん、違う。多分こいつはーー、」
言い終わる前に正体を現した。けど、
「はぁ……はぁ……」
「……誰?」
そこに現れたのは30代ぐらいの男。
頭から足にかけて血塗れになっている。それが、返り血なんかじゃないのは明らかだった。
今にも死にかけなその男には、勿論見覚えがない。
つまり、残された可能性はただ一つ。今回現れたという、襲撃者その人でしかない。
……けど。
「なんで、既に傷を負ってるの?」
「……殺す。絶対に殺してやる……」
こちらの声が届いていないのか、怪しい目つきでこちらへと近づいてくる。
「ホルダー様、危ないですから下がっていてください。ここは私が……モミジ、レイン」
「結局、人任せじゃんか」
近づこうとする男の前に、3人が立ち塞がる。
接触するまで3メートルといったところで男の動きが止まった。
まるで何かに取り憑かれたかのように、空を見上げると、口からドス黒い血を吐いて仰向けに倒れる。
「「「……なっ!?」」」
3人が声を失っている中、僕は冷静に思考を続けれていた。
これは、呪い。
前に一度見た、呪いでの死に方とそっくりな死に方だった。
「いやー。久しぶりだね、釘抜君」
「……っ!! 浅間君……」
突如として背後に現れた忌々しい人影を、僕はキッと睨みつける。
別に驚きはしていない。
元から浅間君が、まだあの家に住んでいるなんてことは微塵も思っていなかった。
「そんな怖い顔しないでよ。久しぶりの再会なのに」
「君は、何がしたかったんだ!!」
さっき死んだあの男は、浅間君に使われていた。それだけは、間違いがない。
「言ったところで、理解なんてしないだろ?」
「当然っ!!」
モミジちゃんたちが攻撃を仕掛けようとするのを必死に止める。
丸腰に見えるけど、危険なんだ。
浅間君は僕の怒りに気づいていないのか、無神経に近づいて来ると手を差し伸ばして来た。
「……何の真似?」
「僕は今でも、君のことを友達に思っているよ」
ベルトに挿したショートソードに手をかける。
この距離なら、反撃される前にやれる……けど、どうしてもその攻撃が成功するとは思えなかった。
お互いに見つめ合う時間が続く。
永遠とも思えるようなその時間の中、不意に浅間君が差し伸ばした手を引っ込めた。
「どうやら、時間切れみたいだ。勧誘は、また今度にするよ」
そう言うと、一歩引く。
その数瞬後、さっきまで浅間君が立っていた場所に、一本の巨大な鉄柱が突き刺さった。
「次は、良い返事を聞かせてね」
それだけ言うと、幻みたいにその場から消えてしまった。
僕たちに、拭いきれない恐怖を残して。
◇◇◇
「ちっ……逃したわ。本当厄介ね、ラグナロク」




