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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
2/82

捨て猫

「君は誰? それ、君がやったの?」


怯えながらも、友好的に手を振ってくる少女に声をかける。自分でも、命の恩人に対して、失礼な物言いだとは思う。


「そう、私がやったの。褒めて褒めて」


嬉しそうにこちらに近寄ってきて、頭を押し付けてくる。香ってきた、血生臭さに思わず引いてしまった。


「え、偉い偉い。で、君は誰なの?」

「私? 私は誰なの?」


至極純粋に尋ねてきた。大丈夫かな? この子。


「名前、付けてよ」


ねだるように上目づかいで聞いてくる。わけがわからないよ。


「いや、親御さんにつけてもらった名前があるでしょ?」

「? ううん。まだ付けて貰ってないよ?」


……話が進まないので、少女に乗っかることにした。


「じゃあ、モミジとか?」

「モミジ! 覚えた、私の名前はモミジだ!」


モミジ、モミジ、モミジと嬉しそうに何度も呟く少女の姿は、とても演技には見えなかった。


「で、モミジちゃん。君はもしかしてシーカーかな?」

「シーカー?」

「ダンジョンを攻略する人たちのことだよ」

「違うよ?」


ううん、違うことはないよ。

あのトロールの口に思い標識をぶっ刺すなんて、シーカーにしかできないよ。


「私はダンジョンで生まれたの」

「……ダンジョンで?」


病院、まだ診察を受け付けていたかな?


「そう言えば、質問に答えてなかったっけ」

「え?」



「私はモミジ。数字はゼロ、愚者を暗示する始まりのカード」



カード? カードって一体……


慌てて、自分のズボンのポケットをまさぐる。確かに入れていたはずのタロットカードは影も形もなく消えていた。


「これから末永くよろしく。ホルダーさん」

「い、いやです」


それだけ言うのが、精一杯だった。


◇◇◇


「おー! ここがホルダーさんの部屋ー!」

「お願いだから静かにね。母さんにバレたら殺されるから」


気分はまるで捨て猫を拾った子供のように、いや、今の状況はそれ以上に逼迫している。


側から見れば、幼児連れ込み。完全に児保案件。


紫の上を連れ込んだ、光源氏と言った方が正しいのが泣けてくる。


「一先ず、カードの姿に戻っててくれる?」

「えー……あの中、狭っ苦しくてきらーい」


狭いんだ。モンスターボールの中みたいな感じなのかな?


「うーん、なら仕方ないか。母さんたちにはバレないように気をつけなくちゃな」


そう意思を固めていると、横からグーという音が鳴った。


おそるおそるそちらの方を見ると、恥ずかしそうな表情でお腹のところを抑えていた。


「……食事するの?」

「うん!」


必要ないよね、という言葉は飲み込む。


例えカードだとしても、今は人間の女の子なんだ。見捨てておくのは、流石に忍びない。


「菓子パン、食べる?」

「うん!」


袋に入っていたクリームパンが全て消えた……僕の分。


「で、落ち着いたところ聞きたいんだけどさ」

「何?」

「結局君は、どういう存在なのかな?」


そう聞くと、纏っていた雰囲気を一変させる。無邪気で子供っぽい一面が消え、色んな意味が含まれる笑みを浮かべた。


「あなただけの『力』だよ」

「それって、『異能』のこと?」


『異能』とは、高純度の魔石を体内に取り込むことで、顕現させることができる力。

その須くは人為らざる力であり、街中で無闇に使うことを固く禁じられている。


シーカーで食っていくにあたって、必須級の要素だ。


ただ、残念なことに僕は高純度の魔石なんて持ったことがない。


魔石を使わず『異能』を手にした例外もあるみたいだけど、僕にその例外が適応されるとは思えないんだよな……


「呼び方は様々だったよ。スキルと呼ばれることもあれば、天啓と呼ばれることもあった。共通しているのは、その人だけのオリジナルな力ってだけだよ」

「それってどういう」

「今まで私たちは、様々な形で所有者のもとに顕現したってこと。ここじゃない、別の世界でね」


い、異世界?


「ホルダーは、様々な形で力を持つ資格を認められたとき、新たな力を開くことができる」

「新たな……力……」

「私以外のカードを手に入れれるの。それを最後まで手に入れたとき、人は神にだって成れる」


どうしよう、どんどん話が壮大になってきた。


全部この子の妄想だった、みたいなオチはないかな?


「で、僕はそれを集めなくちゃいけない義務とかあるの?」

「ううん。でも、集めていた方が色々と便利だよ」

「モミジちゃん一人で充分だよ」


そう言うと、顔を赤らめ急にしおらしくなる。


「………嬉しいな」


食費的にも、これ以上増えられたら困るってだけです。



「延壽、入るわよー」

「やばっ!」


ノックもなく入ってきた母さんの視界を塞ぐように立つ。


いや、無理か。


「どうしたのよ、腕なんて広げて。隠したいことでもあるの?」

「え!? ………いや、別に」


慌てて後ろを振り向くも、そこに人影はなく。ただ、愚者を暗示するタロットがベットの上に転がっていた。


(ナイス! バレないようにって、言ったからかな?)


「まあ良いや。アンタに電話よ、杏香ちゃんから」

「わかったよ」


嫌々ながら、母から受け取った電話に出る。


「もしもし、恵南さん?」

『杏香。延壽、私と一緒にダンジョンに潜らない?』

「やだけど」


速攻で断りを入れる。やっぱり、ろくな要件じゃなかった。


「じゃ、切るね」

『待ってよ! 別にシーカーに誘おうってわけじゃないって!』

「本当に?」


半信半疑で問うように聞く、電話口の声は必死にそれを肯定した。


『ほんとほんと。強要するのはやっぱりよくないし。今日電話したのは、あんたに手伝って欲しいからなの』

「手伝うって?」

『ダンジョンで、ドラゴン石の鉱脈が発見されたの。でもやっぱり貴重だから、一人で採れる量にも限りをつけられていて、だからあんたにも頭数として来て欲しいわけ』


なるほど、お一人様一個限りに、自分の子どもにも同伴させるみたいなことか。


「でもなんで僕なの? それこそ、西原君とかで良いじゃん」

『私にだって選ぶ権利はある』


思わずドキッとする。


そういう思わせぶりな発言、いけないと思うんだけど。


『それに同じシーカーじゃ、角が立つでしょ。後私、アイツのこと嫌いだし』

「ふーん……まぁ、わかったよ」

『え!? 良いの!?』


良くないの?


『でも、ほら、あんたにメリットもないし』

「良いよ。そんなこと」

『……そう。あんたはそういうやつ。じゃ、明日9時に広場で待ってるから』


どこか不機嫌な感じで、一方的に切られてしまう。


「お出かけ?」


急にモミジちゃんに話しかけられ、心臓が一瞬止まるほど驚く。


「う、うん。一応君も連れてかなくちゃな。カードでの形で」

「えー!? 折角のお出かけなのに!?」


不満を言われるけど、駄目なものは駄目だ。いらぬ誤解を、与えてしまう。


妹や姪と誤魔化すにしたって、恵南さんがいるんだ。嘘だとバレて邪推されるのは目に見えている。


「延壽、ご飯できたわよー」

「今、行くよ!」


一階の母へと大声で返事すると、モミジちゃんに言い聞かせる。


「良い? 部屋は物色しちゃ駄目だから。じっとしててね」

「わかった!」


そう言って何度も頷くモミジちゃん。


色々と不安だが、モミジを部屋に残し一階へと降りていった。


◇◇◇


鈍臭いと呼ばれるいつものスピードの、3倍もの速さで夕食を食べ、風呂に入り、二階へと駆け上がる。


少し不審がられはしたけど、何とか誤魔化せ通した。


そして、覚悟を持って部屋の扉を開ける。


「あ、やっと来た」

「………君、ずっとそこにいたの?」

「? 当たり前じゃん」


そこ、つまり一階に降りる前の元いた位置に、じっとモミジちゃんは座っていた。


部屋を物色した気配がないどころか、そこから動いた気配がない。1時間あまり、何もせず、ただじっと動かなかった。


僕の命令通り。


「どうしたの? ホルダーさん」


今になって、無性に怖くなった。


きっとこの子は、俺が死ねと言ったら命を絶てる。そう確信じみた何かを、今の少女から感じとれてしまった。


「もしかして、どこか痛いとか?」

「ううん。今思ったら、別に母さんに隠す必要なかったっなって」

「なんで? 駄目だよ」


誤魔化すために適当なことを言うと、なぜか否定された。


仮にモミジちゃんが見られたとして、僕の『異能』なんだとただ本当のことを言えば良いだけ。

この子がカード化したら、流石の母さんでも信じるだろうし。


と、思っての発言だったけど、お気に召されなかったみたいだ。 


「どうして? 君、ご飯を食べるんでしょ? なら尚更、母さんには打ち明けとかないと」

「なら、食べるのを我慢する。だからホルダーさん、ホルダーさんの能力は他人に言うべきじゃないよ。身内でも」


その有無を言わさぬ表情は、その行為がタブーだと言わんばかりだった。


「言ったでしょ、ホルダーさんを守るって。今までのホルダーさんのことはあんまり良く覚えてないけど、死に際だけは覚えてる」


過去を悔いるように、その手は握り締められる。


「皆んな皆んな後悔してた。私たちのことを、誰かに教えたことを。家族、恋人、親友、全員に全員に裏切られてた」


その面持ちは非常に鎮痛で、見ているだけで痛々しい。


「わかったよ、約束する。なるべく人にはバラさない」

「……うん。お願いね」


しんみりとした空気になる。


それを打ち破るように、明るい感じでモミジちゃんは言った。


「じゃあ、そろそろ寝よっか! ホルダーさんと!」


そう言うとすぐさまベットに横たわるモミジちゃん。ベットが占拠されてしまった。


「……そうだね。早いところ寝床を作らなくちゃね」

「まだスペース、空いてるよ?」

「空いてないよ。ベットは使って良いよ、僕は床で寝るから」


例えカードとは言え、見た目は美少女だ。一緒に寝るのは、精神衛生上あまりよろしくはない。


それなら固い床で寝る方がまだマシだと思いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

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