お休み
今日は日曜日。
そして朝から晩まで、両親は家にいない。
つまり、あの子たちを今日ばかりは自由にさせられるのだ。
「……うん! 大分マシになってる!」
「美味しいです、はい!」
「ホルダー様は料理も嗜むのですね」
三者三様言い方は違うが、同じような意見を貰って普通に嬉しくなってしまう。
フレンチトーストとかいう凝ったものを作った、朝の1ページ。
「今日は久しぶりの休みだけど、行きたいところとかある?」
僕は前、公園で楽しそうに遊んでいた光景を思い出して、子どもっぽい返答が来るのをどこか期待していた。
「プール!」
「図書館が良いです」
「法廷に行ってみたいです」
全員違うベクトルで子どもらしさを表現してきた。
この中で一番マシなのは図書館だ。だけどもうちょっと、お金を使っても良いと思っている。
「ということで、遊園地に行きたいと思います」
3人の頭に一斉に、ハテナが浮かんだ。
◇◇◇
「わー! 凄い凄い!!」
「う、ウキウキしてしまいます!」
「……こ、これはまた……」
3人の反応を見た通り、うちの地元の遊園地は結構凄い。
取り分け有名ではないけど、アトラクションのどれもが派手で豪華で、ザ・遊園地って感じがする。
ということで、人の数も結構いる。
高校生たちが遊ぶ場所として、専ら選ぶくらいなんだから。
「「「キャー!!!」」」
身長制限に引っ掛かり、小さい方のジェットコースターに乗った3人の絶叫が聞こえてくる。
あんなに、興味ありませんよ風を装っていたアッシュちゃんさえ、楽しそうにはしゃいでいた。
ちなみに僕はジェットコースターに乗っていない。
小さいとは言え、ジェットコースターはジェットコースター。高いところが駄目な僕にとっては敬遠すべきものだった。
子どもの頃、恵南さんに無理矢理連れられ、ジェットコースターに乗せられた苦い記憶が蘇る。
「楽しー! 次はあれ乗ろうよ! ホルダーさん!」
そう言ってモミジちゃんが指差してきたのはバイキングと呼ばれるアトラクション。
船の形をした乗り物が右に行ったり左に行ったりするあれ。
勿論、僕はパスする。
遊園地とは本当に恐ろしい場所だ。あんな悍ましいものが、そこら中にポンポンあるんだから。
「むー!! ……2人とも」
その呼びかけとともに、両腕をガッチリと掴まれる。絞首台に連れていかれる死刑囚のような気分になった。
「待って待って待って! 本当に無理だから!!」
「レッツゴー!!!」
その死刑宣告に近い掛け声に、僕は足掻くこともできなかった。
「もう……駄目……」
フラフラした足取りで、なんとか地上に降り立つ。あれに乗っている間、どれだけ地面が恋しかったことか。
仕方ないとばかりに携帯を開く。応援を呼ぼう。
連絡先の欄から、遠藤和人の名前を探す。問い詰められはするだろうが、背に腹は変えられない。
と思っていたら携帯を奪われる。
その奪った張本人は、ニンマリとした顔で絶望を突きつけてくる。
「今日は私たちだけで楽しむんだよね?」
「あ、あの」
恐怖からか、言葉に詰まってしまう。
そんな僕の手を優しく取るモミジちゃん。
「次、あれ乗ろ」
視線が指し示す先には、フリーフォールとかいうトチ狂ったとしか思えない名前のアトラクションがあって……
有無も言わずに、逃げ出そうとする僕の腕をギュッと握る。
「楽しもうね」
モミジちゃんのサディストな部分が垣間見えた瞬間だった。
「ねー。お嬢ちゃんたち、可愛いねー」
「お兄さんたちと、一緒に来ない?」
飲み物を買いに行って帰ってくると、あの3人がロリコンどもに絡まれていた。
しかし、油断も隙もない。目を離して3分も経っていないのに。
「すみませんが、承知しかねます」
3人を代表してアッシュちゃんが、その誘いを丁寧に断る。
レインちゃんは帽子を目深に被って目を合わせないようにしてて、モミジちゃんの方はどうでも良いとばかりにマップを眺めていた。
その一連の流れを物陰からじっと見ていた。勿論、何かあったらすぐに駆けつけるつもりで。
「そう言わずにさー、行こうよ」
断られていると言うのに懲りずに手を伸ばす。テンプレのセリフも添えて、ヒールとしては100点の反応だった。
そこで我慢できずに駆け出した。
彼女たちを心配していたのは勿論だけど、それ以上に今止めにいかないと大変なことになるのが目に見えていたから。
「ちょっと良いですか?」
その言葉に男二人組はこちらへ振り向き、モミジちゃんはその男たちの首へと伸ばしかけていた手を止めた。
「邪魔しないでよ、ホルダーさん。良いところだったのに」
最初から僕が隠れていたことに気づいていたらしく。驚くよりも先に、モミジちゃんは僕に恐いことを言ってくる。
「だ、誰だよお前」
「その子たちの保護者です」
「保護者? なんだよその、羨ましい言葉の響きは!!」
保護者というと、沸点がよくわからない片方の男が、鼻息を荒くして詰め寄ってくる。
その迫力に一歩引いてしまった。
「へ、ビビってるのか?」
「お金やるから、一人でどっか遊んでこいよ」
その僕の反応に、優位だと悟ったのか二人して圧をかけてくる。
「俺たちはシーカーだぞ」
その言葉に絶大な信頼を寄せているのか、シーカーの部分を強調して言ってくる。
シーカーにしては小物すぎるし、例えシーカーだったとして、彼らの着ている衣服を見れば、大したことはないと推察できてしまう。
きっと、モミジちゃん一人でも片付けられる。
が、ここは遊園地。残念ながら人混みもある。ので、この事態の異常を感じ取った誰かに、係員の人を呼んで貰うのを待つしかない。
「お前、さっきから何黙ってんだよ」
「ガキが。大人を舐めんな」
聞いてて恥ずかしくなるセリフ。本当に痛々しい。
「っ! その目! 俺を馬鹿にしているな!!」
読心術を身につけていたのか、沸点がわからない方の男がいきなり殴りかかってくる。
が、後ろの3人を手で牽制し、殴られる方を選んだ。
正当防衛が成立すれば、思いっきり殴れる。この子たちに下衆な目を向けるクズたちを思いっきり!
と、思っていたが。
あてが外れて、男の拳は僕に届かなかった。その直線上に出された右手に阻まれてしまった。
「あ! 何するんだお前!」
「……………」
止めた張本人は、恫喝されても何も喋らない。
それもそのはず、それは着ぐるみを着ていたんだから。
「て、テディちゃん?」
レインちゃんの驚くような声が聞こえてくる。
この遊園地のマスコットみたいで、そのつぶらな瞳をした熊さんは、片手に風船を、反対の方の手で男の拳を包んでいた。
「なんだよ! 文句でもあるのか!!」
男の逆ギレにフラフラと首を振る。
それに安心したのか、緩んだ男の顔に一発拳をぶち込む。
そして何が起こったかわからず、ポカンと惚けた顔をしていた男の顔にも一発。
着ぐるみを着ているとは思えないぐらいの早業だった。
「あ、あのテディちゃん! 写真、良いですか……?」
「私も私も!!」
「すみません……よろしければ私も、お願いいたします」
男二人が伸びている横で、無邪気に写真をお願いする3人。
それを熊さんは、快く快諾してくれる。
………あれ? 僕がおかしいのかな。
「ほら、ホルダーさん! カメラカメラ!」
そう言われ、急いで携帯のカメラを構える。
撮影スペースは、熊さんが寝転がっている男たちを雑に蹴散らして作ってくれた。
野生の熊となんら変わらない強さを身につけている熊さんに、ビビりながらシャッターを押す。
この着ぐるみ、何者なんだ?
写真撮影を終えると、熊さんがこちらに手を振りながら、さっきの男たちを引きずってどこかへ消え去った。
少女たちは、あの熊さんの神対応にご満悦の様子だった。
観覧車に乗りながら、山の向こうへと落ちていく夕日をじっと眺めている。
他3人も一緒に乗っていた。
親子ほど歳も離れておらず、兄妹と言うにはあまりにも似ていなかったので、案内のお姉さんに怪しい目で見られたけど、なんとか乗ることができた。
窓に寄りかかって外の景色を見ている二人とは違い、隣でうつらうつらしているレインちゃんの頭を撫でる。
それが気持ちよかったのか、暫くすると寝息を立て始めた。
「ホルダーさん。どうして今日は遊園地に連れて来てくれたの?」
「日々のお礼だよ、お礼」
変なことを聞くなーと思って応えた答えに、二人揃って変なものを見るような目を向けてくる。
「何度も言いますが、私たちは」
「一人の人間だよ。何をどう言われても、そこは変わらない」
彼女たちにも、ちゃんと意思があって好みがある。
人権を認められるには充分なほどに、この子たちは人間味に溢れていた。
「結局、僕の自己満足だからそれで良いんだよ。2人とも、今日は楽しかった?」
「うん!!」
「それは、勿論」
一人は元気いっぱいに、もう一人はどこか恥ずかしそうに、そして
「……ふふふ……楽しい」
一人は幸せそうに、返事をしてくれる。
ここだけ見ても、この子たちは一人一人、個性に溢れていた。
「ならこの話はおしまい。もう観覧車も終わるからね」
タイミングよく一周して、地面に着く。
眠りかけていたレインちゃんを背負い、外へと出た。
「さ、帰るよみんな。今日はカレーだからね」
「「カレー!!」」
カレーと聞いて目を輝かせる2人に、やっぱり子どもだよね、と一人苦笑する。
カレーが待ってる! と急いで帰ろうとする2人に手を引かれて、僕たちは帰路についた。




