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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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青い雲

「にしても魔物を利用するなんてさ。やっぱり凄いよ」


病室に行くエレベーターが来るのを待っている中、僕はアッシュちゃんのことを褒め称えていた。


褒められるのに慣れていないのか、顔を真っ赤にして否定する。


「あ、あれは私の知恵ではありません。先人の知恵です」

「先人の知恵?」

「トレインと呼ばれる、故意的に魔物を引き連れる行為ですね」


アッシュちゃんの言っていることは半分も理解できなかったけど、エレベーターが来たので話を止めて、乗り込んだ。


「でも本当に感謝してるんだよ。アッシュちゃんのおかげで、僕たちも彼女も生き残れたんだから」

「で、ですから。それが私たちの役目だと何度も」

「それと感謝しないのは別だよ。本当にありがとう」


今度は恥ずかしさからか、押し黙ってしまう。気まずい沈黙が、エレベーター内に流れた。


「……そ、そう言えば、試験の結果はどうなりましたか?」


話を無理矢理逸らすアッシュちゃん。こういうところは、あの二人よりも人間らしい。


「まだ保留中かな。試験を受けに行って、ボロボロになって死にかけの生徒を連れてくるなんてこと今までになかっただろうから」


向こうも色々と混乱してた。

赤い玉を持ってきたこともそうだけど、何よりダンジョンが見るも無惨な姿に変貌していたんだから。


特に最下層の辺りが。


結構長いこと事情聴取を受け、何があったのかと問い詰められたけど、ショックで記憶を失ったという苦しい言い訳で乗り切った。


そのせいで、向こうは僕のことを懐疑的に見てるらしいし。


例え恵南さんの口添えがあったとしても、限度はあるんだな。



「あ、ここだよ。ここ」


病院の廊下を歩き、『斎藤和紗』と表札のかかった病室に入る。


それが彼女の名前だった。




「体調は大丈夫そう?」

「…………」


僕がそう質問すると、包帯で頭と顔のほとんどをぐるぐる巻きにされた斎藤さんが、コクリと頷いた。


まだ声が出せるまでは快復しきってないらしい。


「あ、リンゴ持ってきたんだ。剥いてあげるね」


彼女は何も答えなかった。ただじっと、外の景色を見つめていた。



「加納詩織」


その名前を聞いて、わずかばかり反応する。


「天海さんから聞いたよ。友達、だったんだってね」


斎藤さんは、フルフルと力なく首を振るう。負い目やら、何やらを彼女は未だ抱えていた。


◇◇◇


「彼女……詩織と私は、幼馴染だったんです」


病室のベットの上で、天海さんは昔を懐かしむように語り出す。そこには最初あったときのような雰囲気は無かった。


こっちが、天海さんの地なのかもしれない。


「とても優しくて内気な子でした。彼女とは幼、小、中とずっと一緒だったんですけど、高校では別々になっちゃって」


一言一言噛み締めるように言葉を繋げる。過去を振り返る中、彼女の目には涙が溜まっていた。


「私以外、友達もあまりいなかった子でしたから。高校へ入学する前も不安からか、毎日のように連絡してきて。それは高校に入学してからもずっと続いていたんです」


そう言って痛々しい笑顔を浮かべる。見ていて辛かった。


「高校に入学してからは、中々友達ができないとか、クラスで馴染めないとか、そんな文章ばかり送ってきていました。ですがある日、珍しく電話をかけてきたと思うと『初めての友達ができた』って、嬉しそうな声で言われたんです」


懐かしむように、一枚の写真を撫でる。そこには子どもの頃の天海さんと、加納さんと思われる少女が一緒に映っていた。


「それから1週間ほど、彼女から送られてくるメールには、喜びの言葉が多く綴られていました。読んでいるこっちが嬉しくなるような、そんな言葉です」


その翌日のことでした。と、天海さんは続ける。


「今まで1日も欠かさず送られてきたメールが来なかったので、何かあったのかと、彼女の家に電話をかけたところ」


そこで言葉を詰まらせる。


おそらく、そこで知ったんだ。加納さんが自殺したことを。


「詩織は、最後まで私に心配をかけたくなかったんだと思います。前日のメールも変わらず、明るいものでしたから」


悔しそうに天海さんは言葉を滲ませる。無力感や、やるせなさ。天海さんは本当に加納さんのことを大切に思っていたんだ。


「……その後私は、詩織のメールにあった斎藤和紗さんという方に会いに行こうと思いました。今考えても理由はわかりません。彼女を責めたかったのか、慰めたかったのか、そこら辺は曖昧でしたから。ただ……彼女はとても危うかった」

「だから接触をやめたんですね」

「はい……そして、彼女が行こうとしていたフロンティアに、私も入ることを決めたんです」


つまり、最初のは全て演技だったってこと。


そして、斎藤さんの隣に座っていたのも偶然じゃなかった。


「……無理を承知でお願いしますけど。斎藤さんのことは、許してあげてくれませんか?」

「え?」


そう言うと、ベットに座った状態で頭を下げてくる。思わず頭を上げさせようとするも、頑なに上げなかった。


「許してあげてって、操られていたんじゃ……」

「そう頼み込んだのは私の方です。斎藤さんと接触をし会話をすると、クラスメイト方が詩織にやった行いの全容が見えてきて……」

「それで復讐に手を貸した……と」


天海さんは顔を上げなかった。そのことが全て物語っていた。


「とても許せませんでした……!! 詩織は、詩織はっ!! あいつらの玩具になるために、生まれてきたわけじゃない!!!」


心からの絶叫が、病室内に響く。


僕はそれ以上、何も言うことはできなかった。


◇◇◇


「ずっと、後悔してたんだよね」


風により木々が揺れる。またしても斎藤さんは何も言わなかった。


「『本当は私が死ぬべきだった』、そう言ってたって天海さんが」


彼女の復讐は、自ら手を汚すことで全て完遂される。それが彼女の言う、報いってやつなのだろう。


「でも何でクスリまで? あそこで君が死んだら、復讐はどうするつもりだったの?」


そう尋ねると、クルリと振り返りこちらを見てくる。


「なるほど……僕に復讐を委ねるつもりだったのか」


死んだ後、きっと天海さんにでも僕がそのクラスメイトとやらに恨みを持たせるように、と頼み込んでいたんだろう。


恨みを持つだけなら、そんなの必要ないけど。



「僕も気休めなんか言えないし、ハッキリ言うけど。やっぱり君たちは間違ってたよ。復讐なんてさ」


興味なさげに、聞きたくないとばかりにそっぽを向く。


「そんなくだらないことで、加納さんのことを貶めちゃ駄目だよ」


その言葉が意外だったのか、視線をこちらに向けてきた。


「加納さんの世界には君たち二人しかいなかったんだよ。そんな君たちが、加納さんのことを見てあげないなんて可哀想じゃないか」


彼女の意志を無視していた負い目はあった。反応ですぐわかった。


「彼女が死んでも守りたかったものは誇りや尊厳なんかじゃない。君たち自身だったんでしょ」


それだけ言うと席を立つ。


まだ僕には、やるべきことがあった。


◇◇◇


「もしもし、恵南さん」

『杏香で良いって。あんたの言っていた、その加納詩織のクラスメイトだった奴らの情報は全部集めたよ』

「うん、ありがと。こっちに送っといて」

『……一応聞くけど、こんなの何に使うの?』

「晒すんだ。世間に」

『あんたがそんなに怒ってるの、珍しいね』

「うん。絶対に許せない」


和やかな声色でそう言うと、通話を切る。


ウィルスは既に完成させている。後は、そのウィルスで手に入れた情報を日本中にばら撒けば、半日足らずで彼らは制裁を受ける。


都合が良いことに、インターネット上では正義を自称する奴に、困るなんてことはないから。



復讐は大事だよ。

ただし、実行犯が被害者の身内ではない場合に限る。


◇◇◇


「それで、この子に関してだが……どう扱いますか?」

「合格でよろしいのでは? 試験は達成しているんでしょ」

「だが、あの惨状の原因が解明されなければ……」


このような感じで、釘抜延壽の扱いは真っ二つに割れていた。


講師陣の話や成績から、優秀な生徒であるのは間違いない。が、万が一、シーカーとして問題を起こしたとき、責任を取るのは自分たちだ。


慎重になるのも頷けた。


「でもあの『麗姫』殿から、合格の結果を速く伝えろ。という圧力がかかっていますよ?」

「あの小娘が……っ! だから嫌だったんだ、あいつのコネで入学させるなど!」


口ではそんなことを言っているが、額には冷や汗が噴き出ていた。


彼女を怒らせるのは得策ではないと、そこにいる全員が心の底からわかっていたからだ。


「仕方ない、釘抜は合格させる。もし問題が起きたとしても、『麗姫』が責任を取れば良い」


その至極当然の言い分に、誰もが肝を冷やす。


が、反対意見は誰からも出てこなかった。


「しかし、今年は異常だな。試験を一発合格するような化け物が二人も現れるなんて」

「日下部はともかく、もう一人の方は最初のアンケートの時点で才能を見出されていたそうです」


そう言われて、全員がもう一人の合格者の方に目を通す。


「桜 夕凪(ゆうな)。若干14歳にして、二人目の『麗姫』か。幸か不幸かわからないな」

「取り敢えず来年は、更に応募者が増えますよ」


その言葉に、ここにいる全員の気が再び遠くなる。


ため息が会議室に、小さく漏れた。


◇◇◇


4人で、お墓の前で手を合わせる。


そのお墓の下には、加納さんが眠っていた。


「ホルダーさん。これは?」

「お供え物だよ。死んでいる人でも、お腹は空くからね」

「食べれないのに、ですか?」

「そうだよ。無駄だと思う?」

「いえ……どの時代や国でも、死者とは神聖なものですから」


立てた線香の香りが、風に乗って鼻腔をくすぐる。


今日は気持ち良いくらいの快晴だった。



「さ、帰るよ。みんな」


僕の言葉に、3人の声が続く。



背後で、笑っている少女の姿を、幻視した。

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