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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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ぬくもり

「くっ!」


アッシュちゃんを庇い、重い一撃を盾で受け止める。


当たり前だけど、ゴブリンなんかとは比べ物にならない。かと言って、どれほどの差があるかなんて考えてる余裕はない。


次から次へと来る攻めの一手に、まるでゴブリン3体を相手にしているかのような錯覚に陥る。


練習してて心から良かったと思った。



「イタッ!!!」


そんな甘い心に、冷や水をぶっかけられる。


受け止めきれなかったナイフの一撃が、脇腹を掠めた。血は出ていないけど、肝を冷やすには充分だった。


これは訓練なんかじゃなく実践。


向こうの発言から殺されることはないと思うけど、死んだと同然の状態にされるのは目に見えている。


「あはははははっ!!」

「狂ってるよ!」


容赦のない一撃を笑いながら浴びせてくる彼女に、思わずそう叫んでしまった。


この分じゃ、僕の命の保証もないかもしれない。


「くそっ……!!」


攻撃を受け止めながら、ブザーの方へと視線を寄せる。


今ここで、これを引けば全ては解決する。救援がやってきて、この状況を打破してくれる。


僕は不合格になるけど、この子たちの安全を考えればそれが間違いないはずだ。


ただ、

目の前で狂ったように笑う彼女を見ると、どうしてもその手が止まってしまう。



もしここで助けが来たなら、間違いなく彼女は捕まってしまう。


この子は確かに犯罪者だけど、この子の過去を僕は何も知らない。一方的に悪だと、決めつけることはできなかった。



(でも、このままだとモミジちゃんたちが……っ!!)


僕の意志を読み取っているのか、はたまた彼女たちの優しさなのか、二対一にも関わらずモミジちゃんたちは有効なダメージを与えられずにいた。


今は大丈夫でもこのままズルズルと引きずっていたら、万が一が起こるかもしれない。


「待っていてください。今、増援を」


何もできず歯痒そうにしていたアッシュちゃんが、階段で上の階へと駆け上がっていく。


「何を……」

「さ、させません!」


それを引き止めようと彼女が伸ばす魔の手を、レインちゃんが天海さんと戦いながらも防いで見せる。


彼女は忌々しそうに、そちらに視線を寄越すけどそこまで気にしている様子はない。

結局、何もせずとも後1時間足らずで増援は来てしまう。


と、割り切ってのことだとしたら、こんな状態でも意識は残っていそうだった。


(そこを切り崩せば……あるいは……)


「ホルダーさん。馬鹿なこと考えないでね」


わざわざ近くまで来て、こちらの真意を見え据えたようなことを言ってくる。


「慈悲なんてかけるだけ無駄だよ」


案外厳しいことを言われる。命がかかっているんだから当然。


「私たちは負けないから」



やっと自分が思い違いをしているのに気づいた。


彼女たちの忠誠心は、僕の想像を遥かに凌駕している。


◇◇◇


私には友達がいた。


高校のクラスメイトにダンジョンへ閉じ込められたとき、危険も省みず救出に来てくれた大切な友達が。


『なんで』


と聞いた私に返してくれた


『なんでだろうね』


という言葉。


彼女と私は話したことなんて一度もなかったし、彼女もまた、他のクラスメイト同様、波風を嫌い無難に生きていた。


なのに彼女は、私を助けた。


その行為がどんな反感を買うか知った上で、助けてしまった。



彼女は自殺してしまった。私の身代わりになるように。


遺書にはただ一言、ごめんねの文字が書き記されていた。



だから私は、彼女に報いなければいけない。


それが殺した奴らと、見捨てた私への罪だから。


◇◇◇


戦闘は終盤に入り、今現在は三対一の構図が生まれていた。


天海さんは遠くの方で縛られ転がされ、ピクリとも動いていない。操作するのを止めたんだろう。



天海さんとモミジちゃんとの戦闘は特筆すべきこともないまま終わってしまった。


いくら身体の限界を超えた動きをしたところで、一般人でしかないのだからたかが知れている。

更に人数有利ということもあって、佳境にも入らなかった。



これは彼女との相性の良さもあるかも知れない。


何度か、モミジちゃんたちを操ろうとしている気配はあったけど、そのどれもが失敗していた。


先に僕と、主従関係のような状態であってしまっているので、そういう操作系の能力は効きづらいのかもしれない。


もし片方だけでも、操られてしまっていたら苦戦は必至だったから、運は良かったに違いない。



「はぁ……はぁ……」


ボロボロの状態で、息も絶え絶え立ち続ける。


自分一人に操作を集中させてからは動きは明確に良くなったけど、限界が来るのも同じくらい速くなった。


さっきまでの動きのキレは消え、充血した目からは血涙が溢れ、髪は抜けていっている。


代償は果てしなかった。


「もう止めろよっ!!」


こちらの声に耳を傾けることもなくフラフラと動く彼女に攻撃を当てることはできなかった。


かと言って、近づくこともできない。今ここで近づけば、それに反応して彼女の能力は今以上に暴走する。


そんな確信めいた予感があった。


「うる……さい! 私たちの復讐の、邪魔……しないで」


力の増幅。

事態は着々と悪い方へと進んでいく。


「な、何が起きているんですかっ!!」


ガタガタと揺れる床に、壁や天井がボロボロと崩れていく。地震などではない。


彼女の力が増し、オーラが濃くなるたび、揺れも酷くなった。



「彼女の『異能』が、ダンジョンに影響を……っ!!」


激しい揺れに、思うように立っていられなくなる。


確か彼女の弁では、生物に関する操作だったはず。それはつまり、今の状況がもはや終わりに近いことを指し示していた。


「能力の暴走!!」


壁や床や天井が、僕たち3人に向けて物量として襲いかかる。


「ホルダーさん!」


動けずにいる僕を抱えて、なんとか移動する。

揺れる足場の中、なんとかモミジちゃんの手によって窮地を脱出することができた。


「私の方は自分でなんとかします! ので、ホルダー様を!!」

「わかってるって!!」


レインちゃんの頼みで、僕を抱えて遠くに逃げるモミジちゃん。


が、この足場の中で自分よりも身長の高い男性を抱えていることもあって、上手く走れていない。



が、こちらの言いたいこともわかっているのか、心配させまいと必死に強がって見せる。


「生きて帰れるよ。絶対」



そんな僕たちを助けるため、自ら進んで殿となるのを志願したレインちゃんの攻防が、抱えられた状態でハッキリと見えた。


「集中……できません! キャッ!!」


崩れゆく壁の中で呪文は練れず、揺れる足場の中で照準は定まらず、苦戦を強いられていた。




僕はずっと歯痒かった。そして何より情けなかった。


こんなに彼女たちが頑張っている中で、僕はただ守られることしかできない。


それにこんな状況を招いたのは僕自身で、この子たちが死にそうな目に合っているのは、僕のせいだった。


強くなる? 強くなってどうする。またこの子たちの命を脅かすつもりなのか? 足手まといがいい気になるな。



自問自答の末、一つの答えに辿り着く。その弱さや醜さから、必死に目を逸らしていた感情だった。


「夢なんて、見るんじゃなかった」




天井に亀裂が入り、僕の見ていた夢幻のように、ガラガラと音を立てて崩れていった。


◇◇◇


深海のような光の届かない場所で、私は一人息をしていた。


何も見えず聞こえず、触れない。そんな状態なのに、私の知覚できる場所がどんどんと狭まっていくような、不思議な感覚。


後数分もすれば、私は完全に消滅する。


うだるような荒々しさの濁流の中で、冷静に自覚していた。


(寒い)


暖かさを求めて身じろぎする。も、身体はどんどんと冷えていく。


あの子が死んだときから、私の身体は冷える一方だった。


(詩織)


彼女の名を口にする。わずか1週間だけの友達の名を。


ここにあるはずのない胸が、悲しみでいっぱいになった。頬を伝う水分が、暗闇の中に溶け込んでいく。



完全に消えゆく意識の中、暖かさに抱きしめられるのを感じた。


詩織が苦笑いする。


『だから、駄目だってば』


あの日みたいに、私の差し伸ばした手を取ってはくれなかった。


◇◇◇


「人とは、唯一夢を見る生き物ですよ。ホルダー様」

「ど……どうして?」


崩れゆく天井の中、大量の魔物とともに少女が飛び降りてくる。


優雅に着地するとさっと身を翻し、魔物たちのための道を空けた。


「アッシュ! あんた、今まで何を!」

「言ったはずです。援軍を呼びに行くと」


チラリと彼女の元へ殺到している魔物の群れを見る。


「援軍って、まさか……あれ?」

「はい。大変でした、あれほどの量を集めるのは」


こともなげにそう言ってのける。


が、その苦労は、その傷だらけの身体と服を見れば明らかだった。


「なんでそんな無茶を!!」

「ホルダー様の、意向に沿ったまでですが……申し訳ありません」


ショボーンという擬音が似合いそうなほど、目に見えて落ち込んでいるアッシュちゃん。


もしそうなら、謝るべきなのは僕の方だった。


「それより! 速く行った方が良いんじゃない!? あっち、大変なことになってるよ!!」


モミジちゃんの叫びにそっちに視線を向けると、確かに大変なことになっていた。


地形が崩れ、一つ二つと脱落していく中も、お構いなしに突撃していく魔物たちの群れの勢いは衰えることを知らず。


彼女の元へと突撃すると、そのまま飲み込んでしまった。


「あ! ダンジョンが!!」


先程まで、あんなにグワングワン揺れていた地形が落ち着きを取り戻す。壁が、天井が、崩れていくのも治まった。



生きてるのか死んでいるのかわからない状態の彼女の元まで駆け寄り、2人を抱えてダンジョンの中を走り抜けていく。


あんなに後悔したのに、未だに僕は夢を見ていた。

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