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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
12/82

本番

実技試験当日。

僕は一人、教室に座らされていた。


今から試験が始まるのだろうか。だとしたら、なんで僕はここに一人なのか。もっと他にも、試験を受ける人がいていいはずなのに。


そんなことを悶々と考えていると、予定の時刻になり、試験管の方が入室してくる。


「今から、実技試験の説明を始めます」


そう言うと、ポケットから赤く丸い、ゴルフボール大の大きさの球を取り出した。


「君に今から行ってもらう6層あるダンジョンの最も深い場所に、この球と同じものが設置されてある。試験内容は簡単、制限時間までにそれを持ち帰れれば、君は合格だ」


その言葉に思わず、お尻が浮く。


「ただ、勿論不合格になることもある。不合格になる条件は3つ。制限時間を超える、ダンジョンの外に出る。そして、続行不可能な状態に陥る」


そう一方的に告げると、防犯ブザーを手渡してきた。


市販の良くある、紐を引っ張ると甲高い音が鳴るやつだ。


「リタイアするときは、それを鳴らせ。すぐに迎えに行く」


そう言われて、改めてブザーを見る。


いやらしい仕掛けだ。

子ども用の防犯ブザーのため、少しの力で紐が抜けてしまう。ということは、その気はなくとも事故で鳴ったらその時点でアウト。


つまり、爆弾を手渡されたみたいなものだ。


「質問はないか?」


あるわけがなかった。これ以上ないくらい、単純明快なルールだ。


「ではダンジョンへと移動しよう。着いてこい、そのダンジョンはここの地下にある」


 ◇◇◇


試験管の先導でエレベーターに乗ること3分。チン、という音ともに目の前の扉が開いた。


「この先がダンジョンへ繋がる階段になっている」


映画館とかで見かける、豪華そうな感じの扉の先を指差す。何の変哲もない扉が、とてつもなく巨大に見えた。


「この先のダンジョンは、私たちのお手製でな。魔物やトラップの配置など、本物ダンジョンに限りなく近づけている」


費用どれだけかかるんだろうとか、それは最早ダンジョンと呼ばないんじゃないかとか、雑念が頭の中を飛び交う。


「制限時間は10時間。それまでに、私の元へ球を持って帰って来れれば、晴れて君は合格だ」


しつこいぐらいに、球をきちんと持って帰ってくることを強調してくる試験官殿。裏がある。


「それでは、心の準備ができたら扉を開けてくれ。その時点から、試験は始まる」



心の中で、287、カウントを数える。


その間に呼吸を整え、心を落ち着かせる。



「ーー、行きます」

「ああ。当たって砕けろ」


そんな不安な声援を背に、重厚な扉を開けた。


ずっと先まで続いている階段を、僕は一歩踏み出した。


◇◇◇


「まずは、トラップの類はなしと」


ぶち撒けたペットボトルの水から、そう判断して先へ進む。えぐい初見殺しは用意されていなかったみたいだ。


最近、やっとトラップを見分けられるようになってきた。


ただ難点としては、ペットボトルの水を使うので荷物が嵩張ることぐらいだろう。

今だって、ここに持ってきているのは2リットルのペットボトル4本分だけ。ペースを考えなければ、すぐに尽きてしまう。



「で、早速敵が出てくるのね」


意図的に魔物を配置したというのは本当なんだろう。だって、最初に現れた敵がゴブリン2体なんだもん。


道は右と左に分かれていて、右の方にゴブリン2体が。左の方にゴブリンのいない道がある。


そこで、思い出した。


『安心してよ。こっちの方が、間違いなく早く合格できるから』


「あれって、こっちの道が階段へと繋がってるってことかな?」


敵に見つからないよう動くのではなく、敵を倒して進む。


もしくはーー、



「ぐぎゃああああぁぁぁ!!」


ゴブリンを反対の通路の方に突き飛ばすと、罠が作動して、ゴブリンが落ちていく。


その穴を覗くと、下にクッションが敷き詰められていた。


「なるほど……続行不可能な状態ってこういうことね」


それと同時に、ここの攻略法も思いついた。



「ぐぎゃ!!??」


これで三度目となる罠にゴブリンが引っかかる。壁から飛び出してきた鎖が足をがっしりと掴み、その場に釘付けにした。


その光景をよそに、もう一体のゴブリンを連れて先へ進む。


当然ゴブリンは前、僕は後ろ。


自分でも、残虐非道に思えてしまった。



「あからさまな宝箱……」


間違いなく罠だとは思うけど、ここまで隠されたところに置いてあると、疑いたくもなってくる。


更に言えばここは行き止まり。割に合わない気もする。


「……いや、ここは開けるべき!」


そう覚悟を決めて宝箱に手をかけた。



ヒリヒリする頬を摩りながら、地図を手に二層を進む。


あの宝箱に仕込まれていたパンチングマシーンは、ひどく的確に僕の顔面を狙ってきた。

あの中にコンパスと地図が入れられていなかったら、今頃キレ散らかしていたところだった。危ない危ない。


「危ない危ない……え?」


ビー、ビーと足元で耳障りな音が鳴り響いた。


嫌な予感、というか冷や汗が止まらない。


四方八方から聞こえてくる大量の足音に、僕はそこから無我夢中で逃げ出した。



「こんな……ものか?」


若干強がりにも聞こえるような言葉を、宝箱の影に隠れて、魔物をやり過ごしながら呟いた。


息は上がっているけど、余裕は結構ある。


というのに、既に4階層の終盤。帰りもあるとは言え、このペースで行けば2時間なんてゆうに切れるだろう。


この難易度なら、試験を受けた人の8割方は合格できているはず。


「絶対に何かある」


そう確信めいた何かを持って、5層へと降りていく。


◇◇◇


「経過はどうだろうねー」

「そんなに気になるのか?」


僕のなんとはなしに出した呟きに、正面に座った彼女は義足の部分を弄りながら反応してくれた。


「そりゃ、僕が担当してたからね。あ、僕コーヒー」

「私はオレンジジュースで」

「君の舌って見た目に似合わず、お子様だよね」


その言葉にムカついたのか、グラスに入っていた氷をガリガリと噛み砕きながら、剣呑な視線を向けてくる。


「他は知らないが、罠に関しては心配しないで良い。ヤツの記憶力は化け物並みだ」

「……なんだか悔しそうだね」

「私が半年かけて覚えたものを、あいつは半月足らずで暗記した。好意的に見ろという方が不可能だな」


ストローでグラスをかき混ぜる。氷がカランカランと、気持ちの良い音を立てた。


「……合格、できるかな?」

「なんなら、賭けるか?」

「…………君はどっちに賭けるの?」

「そりゃ勿論、不合格の方に決まっているだろ」


その言葉に、ヤレヤレと首を振る。


「駄目だね。それじゃ、賭けにならないよ。あの試験には、文字通り魔物が住んでいるからね」


せめて3回目で合格させてあげたいと願いながら、追加注文をするのだった。


◇◇◇


「キョンちゃん。キョンちゃん!」

「……っ! え? 何?」

「何じゃないって! ずーっとぼーっと、ぬぼーっとしてさ!」


買い物袋を横に高く積み上げた由香が眉を吊り上げ、プリプリと怒ってくる。


「別に、なんでもないよ……」

「杏香ちゃんって、そんなに嘘つくの下手だったっけ」

「嘘じゃないって」


隣の席でパンケーキに夢中だった陽菜が、食事をやめてまで私に突っかかってきた。


「由香ちゃん。どう思う?」

「うーん。一つ言わせてもらうなら、心配したところでどうせ不合格の結果は変わらないってことかな」

「なっ!」


こちらの憂いを的確に突いてきたかのような、言葉に思わず身を乗り出してしまう。


「ど、どうして、そのことを?」

「見てればわかるでしょ? そんなこと」


うっ……舐めていた。由香の感の鋭さをを。


「……まだ不合格って決まったわけじゃない」

「決まってるって。キョンちゃんは日下部君に期待しすぎなの。それも、日下部君が可哀想になるぐらい」


日下部君はキョンちゃんじゃない。


パフェを口に運びながら、そう言葉を続ける。


「……あいつのことを知らないだけ」

「知らないからこそ、わかることもあると思うけどね」


由香と私ののっぴきならない空気に、陽菜があわあわしている。


「万に一つも、日下部君が合格するなんてあり得ないよ」

「そこまで言うなら、覚悟はできてるんだよね」


返答する代わりに、カモでも見るような目を向けてきた。


ちなみに今まで由香に、賭け事で勝ったことはない。


「もち。合格でもしようもんなら、何でもしてあげるって」

「なら、何をしてくれるの」

「日下部君へのキスとか」


隣で、甲高い口笛の音が聞こえた。


「は? そんなの駄目に」

「もし不合格だったら、キョンちゃんがするんだよ」

「……………は?」


それって? それってそれってそれって……それって?




「さ、帰ろはるるん。暫く動けないだろうし」

「うん」


◇◇◇


「はい、チンチン……結構自由度があるんだ」


主人がその命令を解くと、階層内に大きな音が響く。


命令した本人はピクリとも眉を動かすことなく、手にしたデータをノートに書き記していた。


「もしかして、私の脳内を読みとってるのかも……どう思う?」


振り向き、背後にいたもう一人の人影に声をかける。


が、無気力なのか、返答は返ってくることはない。その事実に、仕方ないとばかりに肩をすくめた。


「……楽しみ。これで復讐が果たせる」


子どものように無邪気で残酷な笑みを浮かべ、愉しむように次々と命令をくだしていく。


指揮者のように腕を大きく動かすごとに、何かが砕ける音と血の匂いが、辺りに充満する。


「やっぱ異能は、どんどん使うべきね」



満足そうに頷くと、積もる死骸を餌として食べさせるのだった。

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