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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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ゴリ押し

「罠のスイッチを見分ける方法? そればっかりは、これと言ったものはありません。完全に消去法ですね」


気になったことを聞くと、意外な返答が返ってくる。


思ったよりもパワープレイな回答だった。


「おさらいしましょう。まず大事なのは、どんな罠が隠れているかを見分けること。そして次に、その罠に対応しているであろうスイッチをしらみつぶしに探していきます」


その言葉を、男の人は必死にメモをとる。随分と使い込まれ、年季の入ったメモ帳だった。


「先程の壁に埋まっていたスイッチも、肉眼で見分けるのは中堅の人でもまず不可能です。いきなりスイッチを探そうとするよりも、可能性を潰していった方がずっと楽なんです」

「そ、それって。見つけるのに何時間かかるんですか?」

「余命に比べれば短いですよね」


急がば回れの究極版みたいなことを言ってきた。


この人のトラップに対する思い入れは尋常なものじゃない。

が、両足に付いている傷が、そうでもしなければ命を失うのは自分だと、暗に示しているようだった。


「……そんな顔をしないでください。実は、落とし穴系のトラップは結構見分けづらい方なんですから」

「他はもっと簡単に見つけれるんですか?」

「はい。転移系のトラップなんて顕著ですよね」


そう言いながら、説明もほっぽり出してスタスタと歩いて行く。


まるで無防備。罠など知らんとばかりに、悠々と進む。



「あ、危ないです!!」


その中学生の大声による注意に、歩くのをやめこちらを振り向く。


どうしていきなり大声を?

と、戸惑う僕とは対照的に、教官の人は何か理解しているような感じで、ニヤリと笑っていた。


「やっぱり、見えるんですね」

「は、はい! 足元にある薄い図形みたいなやつですよね?」


じっと目を凝らす。

確かに、教官の足元の地面だけがちょっと荒れているのはわかるけど、図形みたいなものは一切見えてこなかった。


「そうです。転移系のトラップに関しては、頑張ったら肉眼でも見ることができますし、水をかけたら……ほら」


驚きすぎて、逆に声に詰まってしまった。


ペットボトルの水をぶち撒けた瞬間、一気に地面に現れたマンホール大の幾何学模様。魔法みたいだ。


「こんな風に簡単に現れます。不思議ですよね」


まるで危険度と反比例しているようだ。と、教官は言う。


見分けやすいおかげでトラップによる死因数で言えば、落とし穴と同じくらいで収まっていると言うのだから。



「……む、無茶苦茶だ」


危険な場所、程度の認識は流石に改めなきゃいかない。魑魅魍魎が住まう場所、それがダンジョンなんだ。




『取り敢えず、あなたたちで協力して落とし穴のトラップを探してみせてください。罠を踏んだとしても、ここの罠程度ならこの足で助け出せるので、安心して良いですよ』


そう教官に言われたのが、10分前。


今は3人して、4回目となる落とし穴への落下に絶叫しているところだった。



「引き上げるので、じっとしていてください」


上から聞こえてくる教官の声に、ロープで繋がれながら黙って頷く。真下は底が見えないほど深かったので、動くことなんて出来なかった。



「ふざけてるんですか?」

「……ごめんなさい」


今までの醜態に、大人の男の人が代表して謝罪する。


的確にスイッチを踏み抜く僕たちも僕たちだけど、フリーだと言うのにこんなに罠を設置してあるダンジョンもダンジョンだと思う。


そして、そんな無茶振りを強要してくる教官も教官なので、ここにいる全員が悪かった。



「ま、始めたばかりです。上手くいくとは最初から思っていません……ここまで失敗するとも思っていませんでしたけど」


辛辣な言葉がコンソメパンチのように効いて来る。この年にもなって泣きたくなってきた。


「足りないのは危機感ですかね。ここはイメージの力を借りましょう。あなたたちは今、大切な人と一緒にいます。どうですか? そう考えると、迂闊には動けませんよね」


そのアドバイスは意外なものだった。


見た目からして凄く合理的な人なのかなと思っていたけど、精神論じみたことも言って来るとは。


「……日下部さん?」


僕の雑念を読み取ったのか、厳しい目を向けてくる。


それから逃げるように、イメージを形作る。


(と、言ってもなぁ……)


僕の頭の中には恵南さんの姿が現れる。が、彼女がこんなところのトラップに引っかかるとは到底思えなかった。


むしろ、僕が助けられるイメージしか湧かない。


(他の人たちは……えっ)


チラッと横を見ると、息を飲んでしまう。


中学生の子が恐怖に駆られたような表情で、わかりやすいぐらいに青ざめていた。

身体は震え、呼吸は過呼吸に、狂ったようにブツブツと唱える。


「助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ」


彼女を除く3人、困惑した顔を向けていた。


「え……葛西さん! しっかりしてください葛西さん!」

「は、はい大丈夫です。彼は私が守りますから」


その返答が大丈夫じゃないことをハッキリと示していた。


誰のことを思っているかは不明だけど、僕とは正反対でイメージ作戦が効きすぎていた。



それからの成果は語るまでもないと思う。


彼女のおかげと言うべきか、僕たちは一層にあるトラップの全撤去という偉業を成し遂げてしまった。


それから暴走が解け、気を取り戻した彼女のことを教官が熱心に勧誘しているうちに、授業は終わってしまう。


僕たちは当然、再履修の判子を押されるのだった。


◇◇◇


「いやー、ほんと前は散々な目にあったんだって!」

「それは……苦労したな」


トラップの教課の再履修で、久しぶりに会った遠藤君と会話を弾ませる。


「あ、もしかしたらよ……その中学生の大切な人って、あん時隣にいた中学生じゃねーか?」

「その可能性はあるかもしれないけど、だとしたら」


あの子が可哀想になってくる。


あの反応は、間違いなくよく漫画やゲームなどで見かけるヤンデレと呼ばれる女性のそれだった。


「そう言えば、あの中学生の男の子見かけないな」

「俺は見かけたぜ。ダンジョンの中でもダルそうにしてた」


その話を聞くと、やっぱりヤレヤレ系の主人公っぽい。


「俺は天海を見かけないな」

「天海さんは、あの子と一緒にダンジョンにいたのを見かけたよ」

「あの子って」

「ほら、あの子だよ。授業でわからなかったことについて、僕たちに聞きに来たあの子」

「ああ! あいつね! ハイハイ!」


そう言えば、あのとき2人は何してたんだろ。近くに、教官らしき人の姿も見えなかったけど。


「にしても何するんだろうな。試験って」

「もうすぐだよね……10回や20回失敗するのが当たり前って聞いたけど」

「普通に、とんでもねぇよな」


情報規制がかかっているのか、エゴサをして試験の合格者の投稿を見たけど、試験内容を匂わすような呟きは一つもなかった。


「ま、死ぬことはないらしいし、何とかなるだろ」

「気楽に言うよね。遠藤君は」


呆れるような物言いだけど、実際は笑みを浮かべている。


彼のポジティブさは、もはや希望そのものだった。どこかの推理ゲーの主人公みたいにさ。


◇◇◇


「……………」

「どうしたんですか? 急に黙りこくったりなんかして」

「いや、もしかしてがあるかもしれないと思ってさ」


教官のもとで最後の教課を終えた後、意味深なことを言われる。


「試験の一発合格ってことですか?」

「うーん、どうだろうね。そんな簡単なものじゃないからさ」


ちょっと気の毒だ、とでも言う感じで苦笑いを浮かべる。それは可能性の一切が存在しないのを、予め知っているかのような不愉快さがあった。


「僕には無理ですか?」

「うーん……ただ、贔屓目なしで、一番可能性があるのは君だと思っているよ。だから黙っちゃったんだ」


その発言に嘘があるとは思えなかった。


ただこの人は、その自分の発言を真に信じてなんていなかった。


「精一杯頑張ってね。どんな結果が待っていてもさ」

「……合格してやりますよ。絶対」


自分でも、こんなことを言うのは珍しいと思った。


ただ、馬鹿にされたままじゃ終われなかった。


◇◇◇


『も、もしもし? あんたから電話かけてくるなんて珍しいね』

「うん。ちょっとね」


試験前夜。

少女2人が寝静まっている中で、僕は静かに幼馴染のもとへと電話をかける。


夜遅くで迷惑かと思ったが、ワンコールで出た辺り、彼女も眠れなかったのかもしれない。


「明日、実技の試験があるんだけどさ」

『……ごめん。試験の内容は教えられないよ』

「あ、やっぱり? じゃなくて、そんなことじゃないよ」


自分で自分が情けなくなる中、僕は思い切って胸中を伝えた。


「応援、して欲しいんだ。合格できるように」

『………え?』

「女々しいとは思うけど、不安になっちゃったからさ」

『…………………』

「恵南さん? ……そりゃ、切れてるか」


わざわざ夜遅くに電話に出て、用件が応援して欲しい、だしな。



でも彼女の声を聞けただけ満足して床につこうとすると、窓の外から誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。


まさかと思い、窓を開ける。そこにはーー、



「頑張れーーーーー!!!!!!!」



いつもの彼女らしからぬ大声が、塀を隔てて、僕のところまで聞こえてくる。

声を一生懸命張り上げ、それが精一杯とばかりに身体を揺らす。


フットワークの軽さやら、感謝やら、申し訳なさやら、色々な感情がごちゃ混ぜになって、


気づけば、涙しながら笑っていた。



グー、と突き出してくる彼女の右手に、ピースで返す。


2人にとって、それ以上の言葉は必要なかった。



「僕、頑張るよ。合格する」


さっきの恵南さんの声で目覚めた2人に、聞こえるように言う。


僕自身、初めて立てた誓いだった。




そこで満足して寝てしまったせいで、新たにポケットに現れた3枚目のカードに、僕は気づくことができなかった。

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