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The Artifact Reaching Out Truth   作者: たいやき
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鎬、削り

「はー! はー!」


荒い呼吸を吐きながら、ボロ雑巾のように横たわる。その横には、一つ分増えたゴブリンの死体が、無造作に転がされていた。


「やー、やっぱり二対一はまだきついか」


そう軽く笑って言う教官を、床に倒れている状態で睨みつける。少しでも元気が残っていたら、猛然と抗議していたところだった。


「でも、完敗だったね」


そうなんだ。

自信というほどでもない強気な思い込みが、粉々に砕かれた。


たった一体、されど一体。

一体増えるだけで手数が増え、行動のパターンが増え、対応も増えてしまう。


雪だるま式で仕事量が増加した。


コンビネーションというものの重要性を、ゴブリンを通じて、ありありと痛感させられた。


「でもあれ、連携としては下の下だったよ」

「ぐっ!」


この人は俺を傷つけて楽しいのかな?


と、思いましたけど、実際この人は一人で楽に倒している。本当に、慣れれば楽に倒せるんだろう。


「取り敢えず、これの繰り返しかなー」

「は、はい」


地獄のような日々が、始まるのが決定した。


◇◇◇


「結構筋が良いねー。この分じゃ、5ヶ月もあれば実技試験を合格できるかもよ?」

「えー、そんなかかるんすか?」

「舐めちゃダメよー。一発合格しちゃう『麗姫』ちゃんみたいな例外は別として、半年で合格できる人も中々いないんだから」


二層に降りて、実技の教課を終えた帰り道。


先生が俺に厳しい現実を突きつけてくる。


「そんなにですか」

「ショック、受けちゃった?」

「いえ。俄然、やる気が出ましたよ」


これは心からの本音だった。


壁は高ければ高いほど良い。使い古された言葉だけど、それが俺の座右の銘だからだ。



「あらー、随分とボロボロな子がいるのね」

「あれって、延壽っ!」


そのボロボロな子、友達の延壽が俺に気づかず、足を引き摺りながらヨロヨロと階段に向かって歩いていた。


「知り合いなの?」

「はい。俺の友人ですよ」


あいつもあいつなりに頑張っている。その事実を知って、更にやる気が漲ってくる。


「先生! もう一回、潜りに行って良いですか!?」

「駄目に決まってるでしょ」


俺以上のパワーで無理矢理引き摺られながら、心の内の衝動をただ閉じ込めるように、ぎゅっと手を握り締めていた。


◇◇◇


実技学課を受け始めてから半月。


なんとか、ゴブリン3体を同時に対処できるまでになっていた。


「普通に趣旨とズレてる気がするんですけど」

「んー? なんのことかなー?」


免許取得に戦闘能力が必要ないとはなんだったのか。僕はゴブリンとの戦闘しかしていない気がするけど。


「安心してよ。こっちの方が、間違いなく速く合格できるから」

「いや、それなら良いんですけどね」


既に半月が経って、僕の貯金は4分の1が消えていた。


子ども2人分の食費をまかなうことの大変さを、舐めていたことは認めるけど、あまりにも速いペースだった。



「それじゃ、二層にも行ってみようか」

「はい」


最近になって漸く、下に降りれるようになった。そこでも、戦闘するのは変わらないんだけど。


二層で戦う敵は、もっぱらコバルトと呼ばれる魔物だ。


普段は4足歩行なんだけど、戦うときは2足歩行になるという、変な生態を持っていたりする。


「ヒュー、凄いね。あの子」


二層に降りると、槍を振り回してバッタバッタと敵を薙ぎ倒している遠藤君の姿を見つける。


動きが派手すぎて、視線が自然と吸い寄せられる。


「槍をバットみたいに扱ってるよ。とんでもない筋肉だ」

「はい。人間離れしてますよね」


こう見ると、随分と差をつけられているように感じる。


初めの頃は僕と同じ、いや運動神経とか筋肉とかは余裕で僕以上なんだけど、一般人だった。


それが今じゃ、シーカーと見間違うくらいの動きをしている。

途轍もない戦闘センスだ。


「戦闘センスなら、君も負けてないと思うよ」

「……お世辞なら良いですよ」

「さ、どうだろうね?」



その日は結局、最後まであまり身が入らなかった。


苛立ちや焦りが、悪い方向に作用した気がする。


「君の問題はメンタル面だねー」

「……すいません」

「そこさえ治せば、確実に良いシーカーになれるさ」


気休めともとれるその発言を背に、僕はしょんぼりとダンジョンの外へ出ていくのだった。


◇◇◇


「うーん。まだまだかな」

「あ、私は……はい。美味しいと思いますけど……」


またしても酷評だった。


モミジちゃんはいつも通りだし、レインちゃんは一応フォローらしきものをしてくれるが、逸らされた目線が合うことはない。


サイト通り作っているというのに……むしろ、才能のように思えてきてしまった。


「あの、私が作りましょうか?」

「い、いや。大丈夫だよ」


なけなしのプライドで、その提案を断る。


最近は味見をしても、エグミでえづくなんてことは少なくなってきた。これも、進歩と思いたい。


◇◇◇


「えー、あなたたちには合同演習を行なってもらいます」


いつもとは違うメガネをかけキチッとした教官の人が、僕を含めた3人の生徒の前で、今日行うことについて説明し始めた。


「皆さんは各々、ダンジョンというものに慣れてきた頃合いだと思います。ですがあなた方の知っているダンジョンは、未だ完全なものではない」


そう言うと、ズボンの裾を捲り上げる。

見えた生足には、見るも無残な傷跡がまじまじと付けられていた。


隣から悲鳴のようなものが聞こえる。も、慣れているのか気にすることなく、淡々と教官は話を続ける。


「これは5年前。高校生だった頃に、ダンジョンのトラップで付けられた傷です。愚かだった私は、この傷のせいでシーカーであることが不可能になりました」


トラップ……ダンジョンが危険と呼ばれる要素の一つで、その毎年の犠牲者数は魔物に襲われた数よりも遥かに多い。


「本当は、一人一人丁寧にお教えしたいところですが、残念なことにトラップについて教えられる人はそう多くはありません」


その理由はシーカーであるのと別に、それ専用の資格を得る必要があるからだと言っていた。


例えるなら、コックであるからと言ってフグを捌けるわけじゃないみたいな、そんな感じ。


「ハッキリ言って、私はトラップのプロフェッショナルです。死にたくなければ、私の教えに従え」


随分と上からな物言いは、彼女なりの優しさだと思う。その目には力強い意志が宿っていた。


「では皆さん。知っているトラップの種類を一人ずつ順番に挙げていってみましょうか。被りは禁止で。まず、貴方から」

「は、はい! 落とし穴です!」


圧に押され、3人の中で一番若い少女が焦りながら答える。


確か、一次試験のときにいた、あの中学生ぐらいの女の子だ。


「はい、一番有名なものですね。中には化学薬品や毒針が設置されていることが多く、基本落ちたら助かりません。では、次」

「偽宝箱、とかですかね」


30歳ぐらいの人が、頭をかきながら答える。相手が歳下のせいか、なんとも答えづらそうにしていた。


「そうですね。名前の通り、宝箱に似せた擬態型のトラップです。単純に武器が飛び出して来るものもあれば、ミミックと呼ばれる魔物だったりすることもあるので、宝箱には細心の注意を払いましょう。では、最後にあなた」


ギロッと視線を寄越される。

眼鏡越しだけど、圧迫される目力があった。


「踏んだらワープするやつです」

「転移系ですね。最も危険なトラップです。踏んだら最後、どこかに飛ばされ追いかかることもできない。運良く、上の方の階に飛ばされるか、ワープ先が人の近くであることを祈るしかありません」


この罠に関しては、バ先の先輩に口を酸っぱくして言われていた。


『もしワープの罠を見つけたら、どうにかして周知させろ。じゃなきゃ、本気で捕まるぞ』


「他にも、私が傷を受けた矢を発射するトラップや、変わり種で言うとモンスターハウスなんてものも存在します。このように罠はとても多種多様で、一つ一つ見分け方がきちんと存在しています」


そう言うと、ポケットから一つの小さめのボトルを取り出した。中にはダンゴムシほどの大きさの虫がじっとしている。

なんか、どこかで見たことがある気がする。


「これは落とし穴のトラップでよく使われる、感知式のスイッチの役割を持った魔物です。これを踏むことで穴が開く仕組みは、多くのシーカーの命を奪ってきました」


そう言われ、教科書のトラップに関するページで、こいつの写真を見かけたことを思い出した。


「小さすぎる……」

「こんなの、踏んじゃうに決まってるじゃん」


2人の言葉に、深く頷く。


常時ならいざ知らず、魔物との戦闘中にこんなのが床に配置されていたとしたら、どうしようもない。


魔物と一緒に、穴に落ち死んでいくだけだ。


「そうしないためにも、私がいるんです」


自信満々に堂々と言い放つ。使命感から来るその自信は、僕たちを安心させるには充分なほど頼りになった。


「これはまだ分かり易いほうです。見た目だけでは見抜けないトラップも存在します。その全てをお教えするので、必死になって覚えてください」


それだけ言い終わると、今度は逆の方を裾を手繰り上げ、金属で繋がれた部分を主張して来る。


「身をもって体験するのは、私一人で充分です」


この人には絶対に従おう。


全員の心が、一致した瞬間だった。


◇◇◇


「罠があるかを見つける方法としては、いくつか宗派が存在します。中には歌って、その反響音で見つける人もいたりしますね」


ですが私は、そう前置きして後ろに背負ったバックからあるものを取り出した。


「ぺ、ペットボトルですか?」

「思ったより便利なんですよ。これ」


キャップを開け、入っていた中身をダンジョンの床にぶち撒ける。


透明な液体が垂れ流され染み込んでいく様は、見る人が見れば怒られそうな光景だった。


フードロスと言えなくもない。


「床や壁にトラップが仕掛けられているとき、大体トラップの辺りは開閉式の扉のようになっています。そんなところに水を流すとどうなるか」


そう言ってアスファルトのような材質の地面の、ある一点を指差して来る。


何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。


「……溝みたいなものが見える」

「はい、そうです。浮き出て来るんですよ、不自然な溝が」


そう言われ、改めて見返す。が、全く見えない。


……あの中学生ぐらいの子。どんだけ目が良いんだろう?



「それを見つけたら後は簡単です。近くにそのスイッチがあるはずなので、探して……」


説明をしながら壁の方へと近づき、何の変哲もない壁ののある一箇所にフックみたいなものを取り付けた。


「沈黙させてください」


そのフックを思いっきり引っ張ると、取り付けた壁の辺りが勢いよく飛び出してきた。


「押し込み式のスイッチは、逆に引っ張ると完全に沈黙します」



完全に沈黙したのは、僕たちの方だった。

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