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学校でふたりっきり

「きりーつ、礼。ありがとうございました~」


 水曜日は五時間授業なことが多い。すぐに部活に走るやつ、バイト先に向かうやつ。

 みんなが少し長めの放課後を味わうために席から立ち上がる。

 中園は水曜日だけはプロゲーマーが集まるゲーミングハウスに行きプレイしているようだ。


「んじゃ帰るわ。おつーー! あ、ランク上げたいから土曜夜に付き合ってくれね?」

「いいけど俺弱いぜ。プロたちとやれよ」

「たまに何も考えずダラダラ話しながらゲームしたいんだよ、付き合えよ」

「23時以降ならオケ」


 サンキュー! と手を振って中園は教室から飛び出していった。

 教室の出口で他のクラスの女の子たちが「ねえ、カラオケ行かないー?」と中園を誘っているが「超絶忙しい!」と逃げ出していった。

 この前チラリとみたら中園はTwitterでフォロワー2万越えのガチゲーマーになっていた。

 配信も顔出してる陽キャだから狙ってる女の子も多く、一年の時だけで三人彼女変わったけど、今はゲームがしたいらしい。

 女の子たちに中園のインスタを聞かれるけどあいつは鍵アカウントで延々と小麦粉で作った何かを載せている。

 ゲームでイライラすると粉を練りたくなるらしい。なんだそりゃ。

 そしてしょっちゅうに俺に手作りクッキーを渡してくるが、歯が割れそうになるほど固い。拷問だ。

 俺のインスタは中学の時の友達も多いから、学校帰りの空とか、中園と食ったマックとか、そんなんばっかだ。

 バイト先のことは秘密にしてて全くアップしてないから、無印良品みたいなヤツになってる。

 でもそれでいいんだ。俺は吉野さんとだけ繋がってれば……。

 チラリと一番前の席を見ると、吉野さんが俺のほうを見て頭を下げた。さあ委員会準備室に行こう。





「これでここ三年の写真は全部入れられたかなと思います」

「すごい辻尾くん、めっちゃわかりやすいよ、これが欲しかったんだよーー」


 みんなが集まって騒がしい委員会準備室。

 内田先生は俺の肩を掴んでガタガタと揺らした。

 とにかく雑にデータが投げ込まれていたPCの内容を整頓して、ここ数年の旗のデータを集めた。

 去年は「この布で好きに作って!」とだけ言われて、先輩たちが作っているのを盗み見てなんとか作ったのだ。

 今までずっと作ってきただろうに何の参考もなく、丸投げで雑すぎる……と思ってPCの中を見たら、今まで作ってきた旗の写真は全部あった。

 なんなら最優秀旗賞のインタビューや、作り方、工夫した所とかも残してあった。

 それなのに全く日の目を見ず、PCの中で眠っていたかと思うと悲しくなる。

 『来年の委員会の人へ!』とフォルダーまでつくってあったのに……。

 だから俺は過去数年分の旗の写真を集めて、参考用にPDFを作った。


「こんなに色んな旗があったんですね……。わあ、みんなで切り分けて持ち帰って、個々が刺繍してるのがあるんですね」

 

 画面を見た吉野さんが目を丸くした。

 俺もそれは驚いた。それを作っていたのは三年生で、誰が旗を作るかでモメた結果、人数分に布を切って家で刺繍。

 それを家庭科室で一枚に仕上げたようだ。全体に豪華な刺繍が入っていて、その年の最優秀旗賞に選ばれていた。

 たしかに誰かだけが残ってやるより効率が良いし、見栄えもいいかもしれない。

 写真を見ながら話していると、穂華さんが顔を突っ込んできた。


「お兄さん、お昼は色々騒がしくしてごめんね~。ちょっと楽しくなっちゃったの」

「手は大丈夫だったの?」

「ちょっと挟んだだけだよー。てかPC詳しいの?」

「それなりに。普通かな」

「私も配信してるから動画とかアップしたけど、全然上手にできない。難しくない?」

「事務所はやってくれないんだ」


 中園は頭が悪すぎて「プロゲーマーになって芸能コースに入れないかなー」と調べていたけど、最低何時間か仕事をしてる必要があるらしく、入試資格が得られなかったと言っていた。

 つまりそれくらいは仕事をしている(売れている)ということだからそういうのは全部スタッフが作ってくれるんだと勝手に思っていた。

 穂華さんは金色の髪の毛をぶんぶん振り回して、


「ぜんっっぜんっっ!!!! うち所属してる子の数が多すぎるのよ。あっ、今度配信見に来てね、紗良っちはたまに見に来てくれてるんだよー」

「そうね、頑張ってるもんね」

「アイドルも学校も楽しまないと損だもん! 営業営業~!」


 そう言って穂華さんはみんながワイワイしている中心に向かった。なんという気持ちがよいほどのアイドル。

 俺は作ったファイルのプリントを頼まれたので、プリンターがある資料室に取りに行こうかな……と立ち上がったら、吉野さんが、


「資料室に行くなら、一緒にアイロンを家庭科室に取りに行きませんか。何個か持って貰えると助かります」

「あ、はい。わかりました」


 昼に「一緒にいきたい」と誘われていたこともあって、なんだかそわそわしてしまう。

 ざわざわと騒がしい委員会準備室を出て横を見ると、吉野さんも俺を見ていた。

 それは秘密の合図で、もうそれだけで心臓がドクンと跳ねた。

 もっと遠くにふたりで行きたい、誰もいないところに、学校で。

 まずは職員室横の資料室に行き、プリントアウトした紙を取りにいった。

 そして家庭科室がある専門棟がある建物のほうにふたりで歩く。

 歩いていたのに、少し駆け足になって、でも離れないでふたりで一緒に。

 専門棟のほうは家庭科室や、図工室、図書館や理科室があって、あまり人がいない。

 俺と吉野さんはふたりで静かな専門棟を走る。吉野さんは角を曲がって、家庭科室に入った。

 俺も入ると、吉野さんは急いで家庭科室のドアを閉めた。

 世界から俺たち以外を締め出すように、ピシャリと。

 家庭科室の外から野球部のランニングの声が聞こえてくる。吹奏楽部の練習の音、バレー部のかけ声……前を見ると吉野さんが思いっきり微笑んだ。

 やっとふたりになれた……という甘い笑顔で顔の表情を解かせるように、ゆっくりと甘く。

 そして家庭科室の少し高めの椅子に「ヨイショッ」と腰掛けて俺のほうを向いて、ふにゃりと口元を緩ませて、


「えへへ、学校でふたりっきりだー」


 と、蕩けるような笑顔を見せた。

 ……すげぇ可愛いんだけど、マジどうしよう。

 誰もいない薄暗い家庭科室で吉野さんとふたりっきり。

 何を話せばいいのか分からなくて何かウケそうな話題を探して口を開く。


「『……あーー、このクラスの状況……まーーるでくだらない現代の戦争のようですね』」

「!! 家庭科専科の石井先生のモノマネだ」

「『あーー、すぐに争う……まーーるでくだらない現代の戦争のようですね』」


 俺が石井先生のモノマネを言うと、吉野さんは両手を叩いてケラケラと笑った。

 それはさっき委員会準備室にいたときとは、全然違う笑い方で。


「石井先生、それ言うよね、あれ意味わかんない。なんでクラスのことが戦争と関係するのって思ってたよ」

「あれ完全に自分がしたい話してるだけだよな。しかもループするんだよな」

「わかる! 一分前にした話、またするんだよね!」

「中園は『石井はタイムリープしてる』って言ってた」

「わけわかんないんだけど!」


 吉野さんと俺は誰もいない家庭科室ででケラケラ笑った。

 良かった、一瞬緊張しちゃったけど先生のモノマネは鉄板だ。

 吉野さんは俺の制服の袖をツンと引っ張って引き寄せて上目遣いになり、コホンと小さく咳をして声を整えて、


「『あーん、もう無理無理、ぜったいもう間に合わないのお!』」

「内田先生」

「あったり~!」


 そう言った吉野さんのクシャクシャの笑顔は外と同じで可愛くて、それでいて風貌は学校の吉野さんで、それがものすごく興奮した。 

 もっとその笑顔が見たい……と思って俺も吉野さんの制服の袖に手を伸ばした瞬間、廊下の奥の方で笑い声が聞こえた。

 吉野さんは「えいっ」と家庭科室の机から飛びおりて、姿勢を正した。


「じゃあ、アイロン持っていきましょうか」

「……はい」


 声質さえ違う切り替えかたに、少し笑ってしまう。

 唇を噛んだ俺に吉野さんが身体ごとぶつかってきて、俺はアイロンを持ったままふらりとしてしまうが、笑うことを止められない。

 家庭科室を出た吉野さんは、出る瞬間に俺の制服の袖を引っ張って、俺の耳元に口を近づけて、


「(そういえばね、昨日の夜も『お前だろ!』って追いかけられたの)」

「(え。マジで? 大丈夫だった?)」

「(なんか最近多いよ。走って逃げたけど……)」

「(今日終わるの何時? 終わりも一緒なら駅まで送る)」

「(22時)」

「(同じだ。じゃあ店まで行くね)」


 俺たちはコソコソと話しながら廊下を歩いた。

 この距離感も、学校で話せるのも、最高に楽しい。


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[一言]  う~わ~~~~、いちゃこらだ(^^)
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