公園で一緒に
この公園はかなり広い。
メインの公園には大きな池があって、スワンボートが泳いでいる。
奥には美術館、サッカー場、バスケットコートもあり、緑も豊かだ。
俺と吉野さんは図書館を出て、公園をゆっくりと歩き始めた。
池を囲むようにベンチが置いてあり、噴水が出す水がキラキラと美しい。
池の真ん中には小さな神社があり、紅い旗がパタパタと気持ちよさそうに揺れ、小さな子どもが神社にかかる橋から石を投げているのが見える。
ポチャンと大きな水しぶきがあがり、子ども達が走り回っているのが見える。
俺はそれを見ながら口を開いた。
「バイト先の人の子どもとよく一緒にこの公園で遊ぶんだけどさ」
「え? バイト先のお子さんと? それってなんだかすごいね」
「バイトしてる店は、俺のばあちゃんが経営してる店だから、従業員はみんな知り合いだし、家族みたいに付き合うんだ」
「え……すごくいいな。そんなバイト先あるんだ。バイトなんてパッと行って仕事して……だと思ってた」
「ばあちゃんはそういうのが好きな人だからさ。俺も楽しいよ」
不登校になってばあちゃんに引っ張り出されたのとか、実は飯屋だけじゃなくて、キャバクラも風俗もホストクラブも色々持ってるけど……それはさすがにドン引きされそうで黙る。
吉野さんは池の方を見て、
「いいなあ。私ね、小学校の頃は、月曜日はピアノ、火曜日はプール、水曜日は塾、木曜日は体操、金曜日は書道習って、土日はお母さんと一緒に色々してたから、全然遊んだ記憶がないの。習い事ばっかりしてた」
俺はその言葉を聞いて絶句する。
「ちょ、ちょっと待って。それは……え? 小学校一年生から、ずっと?」
「うん。でも自分でやりたいって言ったの。ちゃんとした大人になりたくて」
「ちゃんとした大人?! ええ?! そんなこと小学生の時に考えたことなかったよ。俺はそうだな、小学生の時は砂場に磁石を持っていって砂鉄を集めるのにハマってた」
それを聞いて吉野さんは手を叩いて笑う。
「本当に砂場に砂鉄ってあるの?」
「あるんだけど、多い公園と、少ない公園に分かれるんだよ。近所の公園はあんまり取れないのに、少し遠くの住宅街の真ん中にある小さな砂場は砂鉄がすごく出ることに気がついてさ」
「誰もいなかったのかな?!」
「そうそう。まだ誰も入ったことがない森……狩り場だったんだよ」
「狩り場!」
「狩りだろ、だって。父さんにお願いしてかなりデカい磁石買ってもらって、朝から夕方のチャイム鳴るまで砂鉄集めてた。その頃に集めた砂鉄は今も部屋にあるよ」
「こんど写真見せて!」
「分かった。なんだか捨てられなくてさ、あの頃の努力が。あとは……あの子たちみたいに池に石を延々と投げたり?」
俺は小さな池のほうで石を投げている子ども達を見た。
吉野さんはそれを見ながら、
「あれ……真ん中の大きな石に、小さな石を入れようとしてるの?」
「そうそう。あれは江戸時代かな? なんか殿様がはじめた占いで、この公園の名物なんだよ。石は周りに沢山落ちててさ、それを真ん中の大きな石のくぼみに入れられたら、願いが叶うってヤツ。なんたら将軍は、それで戦いに勝ったらしいよ」
「やりたい!!」
「じゃあ行こうよ。あれ地味にハマるよ」
「楽しそう!」
吉野さんはゆっくりと歩いていたけど、突然スキップするみたいに小さく飛び跳ねてその場でくるりと回った。
メッシュが入った髪の毛がふわりと広がってめちゃくちゃ可愛い。
この公園は、大昔誰かお殿様の庭園だったらしく、公園内には日本庭園が残されている。
その一部が、この『願い石の池』だ。でもこの池、結構大きくて、真ん中にある巨大な石……『願い石』まで10mある。
池の外部分には大小ふくめて大量の石が置いてあって、休日となると、その石を投げる人達で混雑するレベルだ。
当然中心の石付近には石の山が出来るんだけど、公園の管理者の人が定型的に周りに戻すので、石は豊富にある。
吉野さんは足下にあった石を掴んで、俺を方を見て目を輝かせた。
「これを、あそこに?」
「そうそう」
吉野さんは石を持って、上から思いっきり投げた。
「ん……ショーーー!!!! あれ? ちょっとまって、全然届かないんだけど」
石は無情にもかなり近くにポチャンと落ちた。
俺は軽く頷く。
「そうなんだよなあ。これ予想より難しいんだよ。俺も高校受験の時に来てトライしたんだけど……」
足下に転がっていた石を掴んで立ち上がってヒョイと投げると、石は真ん中にある願い石の中心にコツンと入った。
「あれ。入った」
「えええええ?!?! 辻尾くん、すごい、嘘、なんで?!」
吉野さんは俺の腕にしがみついてピョンピョンと飛び跳ねて叫んだ。
おおおおお……! 周りにいたカップルや子どもたちも拍手して讃えてくれた。
いやいや。俺は慌てて、
「いや、実は高校受験するときに、通りかかるたびになんとなくやってたんだよ。子どもの頃も来てたし」
「え、先生。コツを教えてくださいっ!!」
吉野さんは俺の横で両手をギュッと神様に祈るように合わせて真剣な表情だ。
やっぱり基本的な性格が真面目すぎて面白い。
たかが石投げで……と思うけど、子どもの頃から遊んでなくて、それに入らないと若干イラッとするのは分かる。
吉野さんの後ろでは子どもたちがムキになって石を投げまくっているし、なんなら親もムキになっている。
それに遊ぶなら夢中で、本気になったほうが絶対楽しい。
俺は足下に転がっていた石を吟味して吉野さんに見せる。
「まずわりと大きめの石のがいいよ。大きさは4センチ×2センチくらいで、重いほうがいい。それで立ち方なんだけど……」
「先生ちょっとまって、一気に説明しないで。だめな先生の特徴だよ。内田先生の説明思い出してよ、全部一気に言うヤツ!」
「……ん。分かった。ここで引き合いに出される内田先生に若干同情するけど」
確かに内田先生は、あれもこれもそれも一気に説明するから、冒頭に言われたことを聞いているほうは忘れてしまう。
それをヤラれてる時はイラッとするのに、言われてみないと意識しないもんだなあ。
吉野さんは、
「4センチくらい? それでちょっと重たいの? うーーん、待ってね、待ってね。無いなあ。これは軽いもんなあ。これは小さい」
と言いながらピョンピョン移動している。
時間はお昼過ぎで、実はこの公園休日になると朝から石投げをしている子たちがめぼしい石を願い石に投げてしまって、小さい石か、欠けている石、かなり大きいとか、軽い石しか残ってない。俺が投げたのも良い石が半分に割れたものだったけど、慣れてるから少し強めに投げた。
なんだかこれも経験で、そんなこと全くない吉野さんに言っても仕方ないわけで。
吉野さんはピョンピョン、ウサギ跳びみたいな状態で移動して、かなり遠くまで行った。
ピョンピョン跳ねるたびに髪の毛がアホ毛みたいに動いてて、それがすごく可愛い。
挙げ句の果てには、良い石が無いのか、土の中に指を突っ込んでいる。さっき図書館で見た時、ピンク色に可愛く塗られていた気がするけど、大丈夫なんだろうか。
そしてほじほじと石を取りだして、泥だらけの指で石を掴んで俺に見せた。
「辻尾くん、これは?」
「いいと思う。じゃあそれを、放物線を意識したほうがいいよ。投げつけるんじゃなくて、あの石より少し遠くに落とすみたいな感覚なんだ」
「ちょっと待って、ちょっと待って。その前にドコに立てばいいの?」
「そっか。うーん、じゃあ俺が立った所は?」
「そこにするっ!!」
吉野さんは石を持って、さっき俺が立っていた場所に立った。
そして足を水際ギリギリに置いて、腰をかがめて、腕を何度もフイ、フイ……と動かして、
「向こうに、落とす!」
と言って投げた。
その石は放物線を描いて、ものすごく近くにポチャンと落ちた。
むしろ高く投げすぎてその水しぶきが吉野さんの顔にボチャンと飛んできた。
吉野さんは俺の方をみて、
「……リベンジする」
「……あははは、あはははははは!!」
俺の方を見た吉野さんの顔は池の水で濡れていて、目は完全に据わっていて、口を一文字に結んで、むっすりとしている。
眉間に皺がよっていて、完全にふてくされた子どもだ。こんな吉野さん見たこと無い。
吉野さんはハンカチを取りだして顔を拭いて立ち上がった。
「もっかいーーー!」
と石を探しに移動をはじめた吉野さんに向かって俺はスマホを見せた。
実はさっきから通知がきている。
「もうとっくにマックが出来てるみたいだけど」
「あっ……そうだった。ご飯頼んでたんだっけ。完全に忘れてた」
「もし良かったら、俺が取ってこようか? あっちにベンチあるから、そこで食べる?」
「お願いしていいの?! うれしい。私、もっと遊びたいの」
そう言って吉野さんは目を輝かせた。
もっと遊びたいの。学校でもそうだし、勉強してる時もそんなカケラも見えなかった。
でもそんな吉野さんが俺は可愛くて仕方が無い。
俺は頷いてその場を離れてマックを取りに行った。