壊れかけのロボットと不老不死の兎。
ふんわり設定です。
これは、遠い遠い未来の話。
世界が毒に犯され、滅びたあとの世界の話。
滅んだ世界の中心に存在している、とある研究所施設跡地。この場所に、一台の壊れかけたロボットが居ました。
彼の名前は『NE―2538―』。
彼は、施設で造られたお掃除ロボットでした。
研究所が生きていた頃、彼は研究所内を忙しく駆け回り、毎日毎日休む事なく働いていました。
そんな彼の傍には、兎が居ました。
白い色の、少しだけ薄汚れた兎。彼女は不老不死でした。研究所で造られ、育てられた不老不死の兎。
彼女は研究所で唯一の成功作として、大切に育てられていました。
NE―2538― と兎が出会ったのは、世界が完全に毒に犯され、その影響で研究所が崩壊した数年後の事。
兎は今日も住み家として使用していた小屋を抜け出し、研究所内を探検していました。
研究所の廊下には、朽ち果てた人間の骨が散乱し、崩れた壁からは無数の蔦が侵入していて、それが廊下にまで伸びていました。
今度は何処へ行こうかな? と、ぴょんぴょんと廊下を移動しながら兎は考えます。
そして辿り着いたのが、NE―2538― の居る部屋だったのです。
+
「…………?」
兎はそこで、無数の蔦に絡まるNE―2538― を見つけました。
NE―2538― は残り少ないエネルギーで目をパチパチとさせて、こちらにやって来る兎を見ていました。
片目でしか見えませんが、その兎は彼にとって久しぶりの生き物でした。
彼の傍まで近寄り、兎はじっと彼を見つめます。目をパチパチとさせた事で、兎は彼がまだ生きているという事に気が付いたのです。
ここで、兎は彼に話し掛けました。
「………貴方は、ロボット?」
「……ウン。僕ハ、ロボット」
「名前は?」
「……名前。NE―2538―。ソウ呼バレテイタ。…君ハ?」
「私は、成功作1号って呼ばれていたわ。……意味はわからないけれど」
NE―2538― と、兎の出会いは偶然でした。
偶然から生まれた出会いは、いつしか一生の縁となる。誰が言った言葉かはわかりません。
それからも、彼と兎は会話を続け、いつしか彼との会話が、彼女の毎日の日課となっていました。
+
今日も、兎はNE―2538― に会いに行くために小屋を抜け出します。
NE―2538― は、兎に会うのを毎日の楽しみにしていました。
今まで話し相手といえば脳内メモリーの自分だった彼にとって、彼女との出会いは彼には胸が高鳴る出来事でした。
今日も、彼と兎は会話を弾ませます。
「貴方の好きなものは何?」
「僕ノ好キナモノ?」
「そう。貴方の好きなもの。……私は、空よ」
「空? ドウシテ?」
「明るいからよ。そして広いから。私ね、いつかあの真っ青な空みたいになりたいの」
「………、ヨク、ワカラナイ」
「難しかったかな?」
「………。僕ノ、好キナモノハ、……何モナイ」
「何もないの?」
「ウン。何モナイ。……僕ハ、ロボットダカラ、好キナモノ、プログラムサレテナイ」
NE―2538― は、言いました
自分には、好きなものはない。
NE―2538― は、考えました。
好きなものって、何だろう?
NE―2538― は、メモリーを遡ってみました。
自分を造ってくれた人間が居る。
『NE―2538―』という名前をくれた大切な存在。
世界が毒に犯されたあとも、その人は死ぬまで僕の面倒を見てくれていた。
僕は、あの人が大好きだった。
………なら、僕の好きなものは、あの人?
「………………」
NE―2538― と、兎は今日も会話をします。
NE―2538― は、兎に言いました。
「君ハ、空ガ好キ?」
「ええ。好きよ」
「……僕、好キナモノ、ナントナクワカッタ」
「本当? 教えて!」
「……僕ヲ、造ッテクレタ人」
「? それが、貴方の好きなもの?」
「ウン。好キナモノ。……モノ、ジャナイケレド。僕ノ、好キナモノ」
「…………。それ、凄く素敵ね」
「アリガトウ。君ノ好キナモノモ、ステキ」
「ふふふ。ありがとう」
兎は笑います。
嬉しそうに笑う彼女を見て、NE―2538― は胸に温かいものを感じました。
+
それから、二年の時が経ちました。
兎は、いつものようにNE―2538― の元へ向かいます。
この二年間で、兎とNE―2538― の間には友情が芽生えていました。
NE―2538― にとっては、久しぶりの友達。兎にとっては、初めての友達と呼べる存在でした。
口に咥えた一輪の花を落とさないように、兎は嬉しそうに研究所の廊下を走ります。
今日は何の話をしよう。どんな話で盛り上がるのだろう。
彼とだったら、たとえどんな話になったとしても絶対に楽しいだろう。
兎は考え、期待に心を踊らせながら廊下を走りました。
NE―2538― の元へやって来ると、兎は最初に、咥えていた花を彼に渡しました。
もちろん、彼はそれを嬉しそうに受け取ります。
……しかしーー
「……? どうしたの?」
兎は聞きます。
NE―2538― は、その問い答えました。
「……、兎サン。……僕ハ、モウ駄目カモシレナイ」
「駄目?」
「……、僕、モウスグ、燃料ガ、ナクナル。脳内ニアルパーツモ、サビツイテ、ゲンカイガキテル。モウ、イツ機能ガトマッテモ、オカシクナイ」
「………え?」
NE―2538― は、言いました。
もうすぐ自分は動かなくなる。
彼は彼女にゆっくりと伝えました。
兎は、彼が何を言っているのかわかりませんでした。
動かなくなる。とは、どういう事だろう。
「よくわからないわ。もうちょっと簡単に教えてくれる?」
「……僕ハ、君タチデ言ウトコロノ、死ヲ、モウスグ迎エルンダ。ロボットニトッテ、動カナクナル、死ヌ、ト、同ジ」
「し、……?」
簡単に聞いても、兎にはわかりませんでした。
何故なら、兎は不老不死の。
絶対に死ぬ事はない、完璧な兎なのだから。
「……、貴方は、動かなくなったら、どうなるの?」
「ワカラナイ。動カナクナッタラ、シャベラナイ。シャベレナイ。……モウ、君ト、オハナシ出来ナイ」
「お話できないって、……そんなの嫌よ。せっかく友達になったのに」
「……ゴメン。デモ、イツカハ僕ハトマル。イツカハ、君モ死ヌ。別レ、絶対ニヤッテ来ル」
「………………」
兎は混乱しました。
このロボットは、一体何を言っているのだろう。
「ダカラ、モウ、ココニハ来ナイデ欲シイ。僕ガ動カナクナル瞬間ヲ、見ラレタクナイ」
「…………、」
兎は、NE―2538― に背を向けて走り出しました。頭の中がぐるぐると回ります。
今日は、あまり楽しくなかった。
それどころか、胸の奥がなんだか苦しくて悲しくなっている。
泣きたい。苦しい。痛い。気持ちがぐちゃぐちゃしていてよくわからない。
いろいろな感情が口の中から飛び出してきそうで、彼女はどうしていいのかわからなくなっていました。
+
次の日。
兎は、NE―2538― の元へは行きませんでした。
次の日も。また次の日も。
兎は、NE―2538― の元へは行きませんでした。
そして、兎がNE―2538― の元へ行かなくなって半年後。
季節が秋から冬に替わった、とある日。
NE―2538― は、動かなくなってしまいました。
+
「……………」
数十年後。
兎は、動かなくなってしまったNE―2538― の元に居ました。
もう、兎は彼の声を覚えていません。
どんな会話をしたのかも、どんな話で盛り上がったのかも、もう何もかも兎の頭には残ってはいませんでした。
「……、ねぇ」
「……………」
「……どうして、私はまだ生きているのかしら?」
「……………」
「……どうして、私は不老不死なのかしら」
「……………」
不老不死じゃなければ、……私がただの兎だったなら、今頃私は貴方と一緒に死ねていたのだろうか。
私は、どうして造られたのだろう。
私を造った人たちは、どういう意図を持って、私を不老不死にしたのだろう。
疑問を持っても、もう誰も答えてはくれない。
……――、また、私は一匹になってしまった。
「………、私は、これからも、生き続けなければいけないのよね。貴方の代わりに。"最期"まで」
兎は笑い、NE―2538― に近付きます。
彼の腕の中に小さな体を寄せて、彼女はゆっくりと目を閉じました。
それから数千年の時が経ち、兎はずっとNE―2538― と傍で眠り続けていました。
きっとこれからも兎は、世界が時を刻み続ける限り、ずっとNE―2538― の傍に居るのでしょう。
……ずっと。
……ーーいつまでも。
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