エピローグ 決まってるでしょ!
弁護士事務所での騒動から1ヶ月が過ぎた。
しばらくはゴタゴタが続いたが、最近ようやく落ち着きを取り戻した俺達は、再び平穏な学生生活を送っていた。
「やっぱり正太には勝てないか」
昼休みに校内で貼り出されていたのは、先日実施された実力テストの結果。
上位に目をやりながら栞は俺を見た。
俺が一位で栞は二位。
たが栞は全く悔しそうで無かった。
「そんな事ないさ、今回も2教科は負けたし」
栞が得意とする英語と数学には敵わない。
4年前からずっとだ。
「まあね...でも正太ったらトータルの点数は全然落ちてないんだから」
今回のテストで栞は少し成績を落としてしまった。
それは仕方ない、一連の騒動で集中出来なかったんだろう。
「これでも一応特待生だからな」
「それだけ?」
伺うように俺を見る栞。
聞きたいんだな、いいよ。
「栞のお父さんを失望させる訳にいかない...栞の彼氏を続ける為にも、な?」
いつもの言葉に少し後を付け足す。
栞の目が大きく開き、そして頬が赤く染まった。
「...正太」
「そういう事だよ」
自分で言った言葉に照れ臭くなる。
これは恥ずかしいな。
「見せつけてくれるね」
いつの間にか数名のクラスメートが俺と栞を囲んでいた。
全然気づかなかったぞ、さっきのを聞かれてしまったのか?
「本当、たまんないわ」
1人の女子が俺達に近づく。
確か彼女は栞の告白が罰ゲームだと俺に言った子だ。
あの時は栞凄く激怒したな。
いつも冷静な栞が本気であの子に食って掛かって...
先月一応二人は仲直りしたそうだが、
まだ本心じゃ赦せないって栞は言ってた。
「妬かない、妬かない」
隣にいた別の女子が、冷やかすようにその子に笑う。
俺達も笑うが、栞の目はまだ本心から笑って無い...ってどうして俺は栞の本心が分かるんだ?
「もうそんな気持ちは起きないって」
彼女はバツ悪そうに栞に頭を下げた。
彼女も栞がまだ赦して無いのが分かる様だ。
「絶対よ」
「分かってるってば栞!もう赦してよ、仲直りしたでしょ?」
「ダメ、本当に苦しかったんだから」
「ごめんなさい」
彼女は再度、栞に頭を下げた。
これ以上は駄目だ、場の空気が悪くなる。
「止めろよ、元を質せば俺が栞を信じ切れなかったせいでもあったんだし」
「...ううん」
栞の肩にそっと手を置く。
その上に自分の手を重ね、栞は微笑む。
なんて愛らしいんだ...
「はい、ご馳走さん」
「学食に行きましょ。山口君と栞、今後の幸せを祝って」
「そうだな、正太何か奢れ」
「なんでそうなる?」
俺達は仲間に背中を押され学食に向かった。
大きなテーブルに集まり、しばらく雑談に華を咲かせた。
なんでもない会話が心地良い。
「そう言えば神山学園が大変な事になってるな」
「へえ、そうなんだ?」
仲間の1人がポツリと言った一言に緊張が走った。
栞も驚きながら俺を見ている。
一連の騒動は当然だが決して口外していない。
全ては内々に処理したんだ。
尤も糞伯父の経営していた会社が詐欺で起訴され糞伯父夫婦が逮捕された事は隠してないが。
従兄弟の昌夫は逮捕こそ免れたが、大学は退学。
詳しくは知らないが、調子に乗って下らない事をしていたんだろう。
そう言えば一度あの馬鹿伊集院さんの弁護士事務所に突入を試みたそうだ。
たちまち取り押さえられて...
『馬鹿はどこまで行っても馬鹿という事ですな』
栞のお父さんは事の顛末の最後に吐き捨てた。
その後、昌夫の行方は知らない。
知らない方が良いんだろう。
「俺の親父から聞いたんだけど、なんでも保護者だけじゃなく、学校関係者までマルチに手を染めてたとかで関係者は一斉処分だってさ」
「私も聞いた!」
友人達は口々に盛り上がる。
人の口に戸は立てられないって事か。
神山学園は有名だから特にだろう。
「正太は知ってたか、4年前まで通ってたんだろ?」
「さあな、全く交流無いし」
「そうなんだ」
素っ気なく返す。
そんな俺に友人達は特に不審を抱く事無く、話題は次に移った。
俺の頭の中はその後、
由美香の家族に起きた事が浮かんでいた。
由美香のお父さんは紹介した会員達に出資金を全て返金した。
起訴こそ免れたが、会社の信用は地に落ち、殆どの社員は会社を辞めたそうだ。
新規の顧客だけで無く、古参の顧客も失い、由美香のお父さんが経営する会社は今、伊集院のお父さんが経営する会社の1つに吸収される事が決まった。
『残った社員の雇用と残った借金の為ね、お父さんらしいわ』
そう栞から聞いた。
事態が深刻なのは神山学園の方だった。
由美香の母親から広がったマルチの罠はどんどん学園内を拡がり、気づけば大人数に及んでいたそうだ。
由美香の母親が直接勧誘した人以外からも弁済を求める人が殺到し、当然断ると川合家を非難する声が上がった。
結局、由美香の母親は由美香を連れ実家に逃げた。
遠方だから暫くは安全だ。
高校三年の大事な時、由美香は知らない土地でやり直す事となったが、逆にその方が良いだろう。
由美香の母親は伊集院さんの関連会社にパートとして勤めるらしいが...まあ関係無いな。
『由美香の洗脳はまだ解けるのに時間が掛かりそうね、次は母親から切り離さないと』
栞はそんな事を言ったが、まさか由美香と交流があるのか?
栞はいつも俺の事を考えてくれる。
そんな俺は一体栞に何をしてあげられるだろうか?
『....俺に出来る事があるじゃないか』
俺は携帯を取り出し、そっと栞にラインを送った。
ラインの着信に気づかず、友人との話に盛り上がる栞。
栞もすっかり変わった。
その笑顔にまた心を奪われてしまうのだった。
放課後、校舎の屋上で1人俺は栞を待っていた。
「正太お待たせ」
息を切らし栞はやって来た。
生徒会役員の栞はいつも忙しいのに、悪い事したかな?
「ごめんな急に」
「いいのよ、でどうしたの?」
気にしないでと笑う栞。
改めて見ると、本当に可愛いな...
「正太?」
「な、なんでもない」
落ち着け俺。
大きく深呼吸して、栞の前に向き直った。
「ここ覚えてるか?」
「...もちろん」
栞は恥ずかしそうに笑う。
そう、ここで栞は俺に告白してくれたんだ。
でも俺は栞の告白をOKしただけで、ちゃんと返して無かった。
俺の気持ちを...
「栞好きだ。
こんな俺だけど...この先もお願いします」
勇気を振り絞り栞に告白する。
まさかこんなに緊張するなんて...
「こちらこそ、ありがとう...」
真っ赤な顔で笑う栞。
目には涙が浮かんでいた。
「栞!」
「正太!」
思わず抱き締めてしまう俺、栞は驚きながら受け止めてくれた。
「どうして急に?」
「2ヶ月たったから」
「あ!」
栞は思い出したんだろう。
嘘に騙された俺、栞が言った言葉。
『2ヶ月ちゃんと私を見て』と。
「嬉しい...」
栞は腕の中で声を震わせる。
俺はなんて幸せなんだろう。
初恋は無惨に砕けたが、最初の告白が栞で本当に良かった。
そうだ、栞を好きになれて本当に良かった!
「俺、栞と居ると本当に幸せなんだ。
なぜか分かる?」
栞はそっと顔を上げた。
小さく頷く栞と俺は声を重ねた。
「「好きだからに決まってるでしょ!」」
秋空に俺達の声が響いた。
ありがとうございました。